手強い問題に挑む
近年のビジネス環境の複雑さ、未来の曖昧性、そして変化のスピードの速さの影響を受け、私たちを取り巻く問題の難易度も飛躍的に高まっています。
たとえば、
「問題がたくさんあり、どこに手をつけてよいのかわからない」
「今まで成功してきたやり方では、うまくいかなくなってしまった」
「頑張れば頑張るほど悪くなっていく」
「各組織は最善を尽くしているのだが、全体の成果に結びつかない」
「組織の中に壁があり、同じ土俵で問題を捉えることができない」
といった手強い課題が身の回りに多く現れているかもしれません。
これらの問題に対して、場当たり的に応急処置を施すだけの状況は、問題が慢性化し、人々が疲弊するなど、限界を迎えています。氷山の一角にある表面的な問題をつぶすのをやめ、それを生み出しているより大きな問題を見据え、腰を据えて取り組み、根本的な変化を生み出すことが求められているといえます。
そうした根本的な変革、イノベーションを生み出すための思考の様式の1つとして、「システムシンキング」に注目が集まっています。
システムシンキングとは
システムシンキングがビジネスシーンに登場したのは1990年代になります。「The Fifth Discipline(邦題:『学習する組織~システム思考で未来を創造する』)」の著者であるMITのピーター・センゲらによって提唱されました。その後、MITのジェイ・フォレスター教授によって開発されたシステム・ダイナミクスの考えをもとに、社会や企業で起きている問題への構造的な理解を深めるアプローチとして、同じくMITのSoL(Society for Organizational Learning)に参加した多くの企業や専門家らによって進化を遂げました。システムシンキングは、センゲらが主張するラーニング・オーガニゼーションを実現する上で、最も重要なディシプリン(規律)として認識され、その後の企業経営のあり方に大きな影響を与えています。
システムシンキングの特徴を表すキーワードに、梃子の作用を意味する「レバレッジ」があります。私たちが対峙する課題は、例えるなら大きな石を動かすようなものと言えるかもしれません。大きな石は力任せに手で押そうとしても動きません。そうではなく、石の構造を理解することができれば、支点に梃子をあてがうことができ、小さな力で大きな石を動かしていくことが可能となります。システムシンキングは、このように、一見すると手強く、取り組むのが難しいと思われる問題に対しても、構造を捉えて、レバレッジに働きかけることにより、小さな変化を大きな変化へとつなげていくようなアプローチといえるでしょう。上述した「The Fifth Discipline」では、「われに視点を与えよ。さらば片手で世界を動かさん」というアルキメデスの言葉が引用されています。
システムシンキングの考え方(1)~システムシンキングと分析的思考(要素還元的思考)との対比より~
それではシステムシンキングとは、具体的にどのような考え方なのでしょうか。ここでは、対にある考え方である「分析的思考(要素還元的思考)」との対比でみてみます。
問題をより大きな問題の一部として考え、他の部分とのつながりを考える
分析的思考では、より精密に科学的に捉えることで物事を正しく捉えることができると考えます。一方、システムシンキングでは物事を精密に捉えるよりも、より大きな全体の一部として考え、他の部分との関連を考えていきます。
たとえば、ある会社でセールスパースンの専門知識が不足しているという問題があったとします。分析的思考では、商品知識という範囲に問題を限定して、分野や商品ごとにどういった知識が不足しているのか、どれくらい不足しているのかを分析します。その結果、足りないとわかった知識を習得できるような手だてを講じて問題を解決しようとします。一方、システム思考では、単に専門知識の不足だけを問題視するのではなく、専門知識の活用方法はどうなのか、専門知識を提供するしくみはうまくいっているのかなど、より大きな全体としての視点から問題を捉え、他の部分との関連性から問題を位置づけて、トータルとして専門知識が向上する手だてを講じていきます。つまり、分析的思考では、専門知識という限定された領域で綿密に分析を行うことで、より正確に事実を捉えようとしますが、システム思考では、「セールスの専門知識」という領域を取り巻く全体の状況を捉えて、部分的な改善策ではなく、全体がうまくいくような解決策、つまりレバレッジを探していくのです。
全体を「部分の集合と考える」のか、「より大きな全体の一部として考える」のかという分析的思考とシステムシンキングの違いは、問題を捉える際の思考のプロセスだけではなく、問題を捉える際の世界観にも大きく影響します。分析的思考では全体は部分の集合にすぎません。そして、問題を細かく精密に分析しようとします。つまり分析的思考では、あらかじめ定められた問題という全体が存在しています。さらに考えてみると、問題の全体が限定されているため、細分化すれば必ず答えを見つけることができる。つまり、問題には必ず唯一絶対の正解があると考えているのです。
一方システムシンキングは、全体はより大きな全体の一部にしかすぎないとして考えるため、他の部分との関係を考えます。そこでは、一度より大きな全体を考えてみても、それよりもさらに大きな全体が存在するため、いつまでたっても問題の全体像を把握することはできません。言い換えれば、どのように問題を捉えるかによって、つまり、認識の仕方によって問題の全体像が異なってしまうということです。そこでは唯一絶対の正解は存在せずに、ある見方、ある認識の上に立った正解があるだけと考えます。
問題を動的に捉え、変化の過程の複雑さをみていく
分析的思考では、問題は静的で変化しないものと考えます。そのため、先に挙げたように問題を綿密に分析し、細部の複雑さを明らかにしようとします。一方システムシンキングは、問題を変化する動態的なものと捉え、どのように変化をするのかその変化の過程の複雑さを明らかにしていきます。たとえば、会社の売り上げが低下しているという問題があったとします。分析的思考では、事業部ごと、営業所ごと、最終的には担当ごとに売り上げの状況を分析して、どこに原因があるのかを明らかにしていきます。
一方システムシンキングでは、事業部や、営業所、もしくは個人の売り上げがどのように変化しているのか、その変化の過程、つまりパターンを明らかにし、そうしたパターンが起きている背景に何があるのかを探っていきます。つまり、分析的思考では、問題を静的に捉え、細部の複雑さを探求するのに対して、システムシンキングは、問題を動態的に捉え、変化の過程を捉えて、その中から問題の原因を探求するのです。
相互関連を捉えて、問題を循環する系として捉える
分析的思考では問題を「原因─結果」が常に直線的につながっていると考えます。そこではその直線をたどれば問題の原因を特定することができます。多くの問題解決手法は、このようにして問題を特定していきます。たとえば、「売り上げが伸びないのは、営業力が低いからだ。営業力が低いのは、営業所長の指導力が低いからだ。営業所長の指導力が低いのは、所長に対する教育がなされていないからだ。つまり、営業所長の教育を行えば問題が解決する」というように考えます。「風が吹けば桶屋が儲かる」というたとえ話がありますが、これは因果関係を直線的につなげていって、見当違いの結論に到達してしまう分析的思考の愚かさを風刺したものであるといえます。
一方、システムシンキングでは、問題を循環する系と考えて、相互関連を捉えていきます。たとえば、問題に関わるA、B、Cという3つの要因があったとします。分析的思考と同じようにA、B、Cの3つは因果関係で結ばれています。しかしこれら3つは相互に影響を与え合う形で循環しているため、Aが変化するとBもCも変化し、それが再びAの変化を引き起こしてしまいます。そのため、いくら直線的に因果関係をたどっていっても問題を究明することはできません。問題の相互関連を捉えて、問題を発生させている(変化を引き起こしている)メカニズムを明らかにしていく必要があるのです。この問題を発生させている(変化を引き起こしている)メカニズムがシステムということになります。
システムシンキングの考え方(2)~4つのレベルで捉える~
システム思考では、次にあるような4つのレベルで問題の状況を把握し、共有化したり、施策を生み出していきます。
1. 出来事、事実
2. パターン
3. 構造(システム)
4. メンタルモデル
1.「出来事、事実」のレベル
私たちの目の前に起こる問題とは、「地球が温暖化した」「不況になった」「失業者が増えた」「暴力事件が多発している」「売り上げが落ちた」など、表立って認識できるものです。それは、「出来事」や「事実」といった形で現れてきます。つまり、「出来事、事実」は問題として私たちの前に現れてくる事柄といえるものです。この出来事に対して即座に反応しているだけでは、問題の根本的な解決を図ることはできません。ビジネスにおいても、問題が発生したら、即座に解決する。これだけを聞くと積極的で有能なビジネスパースンを思い浮かべるでしょう。しかし、見方を変えると、目の前に起こった状況に即座に反応しているだけの受け身の姿勢の現れと考えることができます。
目の前の状況が変化したら、それを即座に修正するだけではなく、どうしてそういった変化が起こったのか、そのシステムを明らかにしなければ、問題の根本的な解決は図れないのです。たとえば、クレームが来たら謝り、事態の収拾を図る。これも大切な解決策であるといえます。しかし、こうしたことを繰り返していただけでは、問題は根本的には解決しません。経済施策にも同じことがいえます。不況で消費が低迷している。そこで減税を行い、消費を活発化させようと考える。こうした施策も問題が起こっている因果関係やシステムを明らかにせずに、目の前の状況に反応しているだけの受け身な姿勢の一例といえます。システム思考では、状況に即座に反応するのではなく、「出来事、事実」というフレームでものを捉え、まず関連する問題、出来事を洗い出していきます。それが、その後のレベルで問題を生み出すシステムを明らかにするのに役立ちます。
2.「パターン」のレベル
パターンとは、時間的な推移に伴う出来事の変化のことです。これは、出来事や事実を点で捉えるのではなく、変化の過程と捉え、その有様をみていくものです。具体的には、データの統計的推移もパターンの1つです。また、データや人々の行動をグラフに描いたときに見えるグラフの変化の形も1つのパターンです。パターンをみるといっても、必ずしも「過去から学ぶ」「答えが過去にある」といっているわけではありません。断続的であれ、継続的であれ、物事は変化をします。その変化の推移から、問題を生み出しているシステムを明らかにしていこうとするものです。
3.「構造(システム)」のレベル
ここでいう構造とは、出来事間の原因と結果の影響関係を指しています。たとえば、「供給が増えれば値段が下がる」「人は統制されるとモチベーションが下がる」というように出来事や事実同士がどういった因果関係をもっているかを示したものです。そして、それらを結び付けて、1つの固まり、系として表したものが「システム」です。この構造(システム)のレベルで複雑な影響関係を捉えることで、出来事を生み出しているメカニズムを明らかにしてくれます。
4.「メンタルモデル」のレベル
システムシンキングによって描かれたシステムは、それを描いた人がどのような世界観や価値観、固定概念や仮説をもっているかに左右されます。組織の中で作成したのであれば、その組織の文化や価値観、規範を示しているといえます。
このように「メンタルモデル」というレベルで問題を見てみると、問題の捉え方、問題を生み出しているシステムの捉え方が絶対的ではないことがわかります。つまり、「メンタルモデル」を通して、組織の中で異なる問題の捉え方をしている人々が存在すること、つまり、各個人や部署によって異なる問題の捉え方があることが明らかになります。そして、互いの違いを認め合った上で、問題の共有化を図ることができるのです。
システムシンキングという共通言語を使って話し合いをすることができれば、相手がどのように考えていたのか、相手の考え方の全貌がすぐわかります。そして互いの考え方の違いがよく理解でき、問題の焦点が明確になり、問題解決の深い話し合いができるようになるのです。
システムの種類
ここまで述べてきたように、システムシンキングでは、影響関係を捉えてシステムを明らかにしていきますが、ではシステムにはどんな特徴があるのでしょう。
システムシンキングでは、世の中で起こっている複雑な影響関係を拡張プロセスと平衡プロセスという2つの性質をもったループに分けて考えていきます。
拡張プロセス
拡張プロセスとは、状況や問題が加速度的に良くなったり、悪くなったりする系を指します。たとえば、「景気が悪くなると企業収益が悪化し、それにつられて株価が下がる。そして、株価がある水準を割ると銀行の自己資本を直撃し、自己資本の足りなくなった銀行は慌てて貸し出しを控える。銀行がお金を貸せなくなると景気はさらに悪化し、それが株価を直撃する」といった感じです。
これは悪循環、ドミノ倒し、雪だるま現象などといわれるものです。私たちは、企業の成長や衰退について考えるときには、無意識に拡張プロセスで捉えがちです。しかし、実際には自然界で起こる事象や人間の行動は、必ずしも拡張プロセスにはなっていないようです。一定期間、拡張プロセスが働き、成長を続けても、いつかはそれを制限するメカニズムが働きはじめたり、さもなくば破壊的状況に遭遇することになってしまうのです。
平衡プロセス
複雑な影響関係を捉えるもう1つの見方は、平衡プロセスです。平衡プロセスは波として考えることもできます。たとえば、景気の循環のように「景気が後退すると売れ残りの在庫が増える。すると、企業は値下げしたり返品したりして、景気は後退する。そのため在庫調整が行われる。在庫がなくなると品薄になり、注文が増加して生産が増え、景気が上向き不況を脱する」というものです。このように平衡プロセスとは、ある問題が良くなったり悪くなったり(値が増えたり、減ったり)しながら波を描いていきます。
ビジネスにおいて目標を達成しようとする行動も、平衡プロセスの一例として考えることができます。目標に達成していないと、積極的に行動し目標達成に近づこうとしますが、目標を達成してしまうとその行動を控えるようになります。そうすると再び目標達成が難しくなるので、積極的に行動するようになるといった具合に活動性に波が生まれてきます。
遅れ
システムでものを捉える際に重要な視点に「遅れ」の存在があります。これは、ある要素が別の要素に与える影響がタイムラグをもって現れるということです。たとえば、ある問題が発生したときに、何かしら解決策を講じたとして、すぐに効果が現れるわけではないので、つい解決策を取り過ぎてしまう(あるいは効果がないのでやめてしまう)とか、起きている問題の悪影響がすぐに現れるわけではないので、放置していたところ、気が付かないうちに悪化してしまい、気づいたときには手が付けられなくなるといったことです。システムシンキングでは、変化の過程を時間軸で捉えていくので、この「遅れ」を理解し、対応することが非常に大きなテーマとなります。
システム図
システムシンキングでは、システムを図示する手法として、システム図というツールを活用します。システム図を活用することで、起きている構造を可視化し、レバレッジを探ることが可能になります。
誰にでも描くことができる
システム図はシンプルなルールに基づいて問題の究明を行います。米国で開催されたシステムシンキングのカンファレンスでは、5歳の子どもがシステム図を描いて自らの問題を明らかにしたという発表がありました。システム図は誰もが使いこなせる問題解決のツールであるといえます。
問題の共有化を可能にする
問題はたとえ個人で理解できたとしても、それを第三者に伝えることは難しいものです。いくら言葉で説明しても理解してもらえないといった経験は誰しももっているのではないでしょうか。システム図はシンプルですが、明確なルールが定められ、問題を生み出しているメカニズムがわかりやすく示されています。そのため、システム図で描かれた問題は、第三者が見ても明らかになります。
そして、問題の「構造」を明らかにするだけではなく、問題解決に際するチームの共通言語を得ることができるようになるとともに、互いの認識の違いを明らかにしてチーム全体の学習性を高めることができるようになります。
システム原型
MITでは、一見すると理解しづらい複雑な様相を示している問題の中に、どこにでもよく見かけるシンプルな原型を発見しました。それをシステム原型といいます。システム原型は、現在9つあります。これらを理解することによって、日常の中で遭遇する複雑で解決困難な問題を洞察しやすくなり、システムシンキング的な視野が養われていきます。またそれぞれの原型固有の症状や、解決への糸口が理解しやすくなり、短絡的な問題解決や堂々巡りに陥るのを防ぐことが可能になります。
ここでは、システム原型の1つ、「問題のすり替え」という原型を取り上げ、紹介します。
システム原型(例):「問題のすり替え」
開発途上国に対する食糧援助
上記は、開発途上国に対する食糧援助に関するシステム図の例です。
今、開発途上国が慢性的な食糧不足に直面しているという問題があります。この問題に対して、食糧援助を行うという解決策と、灌漑設備や土壌改良、営農指導など開発途上国が食糧を自給自足できるようなインフラづくりを行うという2つの解決策が考えられます。2つの解決策(上と下のループ)は、問題に対して平衡プロセスをつくっています。しかし、実際にこの2つの解決策を講じてみると、インフラづくりは、実際にインフラが整備され、食糧の自給自足が可能になって、食糧不足という問題が解決されるまでにはかなりの時間を要することとなります。つまり、解決策を講じてから、実際に効果が現れるまでに時間的な遅れが生じるのです。一方、もう1つの解決策である食糧援助は、一時的ではありますがすぐに効果が現れます。そうすると、食糧援助というすぐに効果の現れる方策が採られることが多くなります。
しかし、こうしたことを繰り返しているとインフラを整備し、食糧を自給自足しようとする力自体が失せてしまいます。今まで進んでいたインフラづくりの計画がストップし、もしかしたら、すでに出来上がっていたものさえ衰えてしまうかもしれません。そうなると問題はいつまでも解決せず、余計に食糧援助に頼るようになってしまいます。すると、さらにインフラづくりが阻害されるといった形で、悪循環となる拡張プロセス(外側のループ)が回り始めて、食糧不足という問題状況はどんどん悪化してしまいます。
このように「問題のすり替え」というシステム原型では、対症療法的解決策と根本的な解決策の2つが平衡プロセスをつくっています。後者にはこれを講じても、成果が上がって問題状況が改善されるまでに時間的な遅れが発生するため、どうしても対症療法的解決策を講じることが多くなります。すると、副作用として根本的解決策を講じる力が失われてしまいます。すると、よけい対症療法的解決策に頼るようになり、問題状況はどんどん悪化してしまうというものです。
「問題のすり替え」から抜け出すには
以上のように「問題のすり替え」のシステム原型を活用すると、開発途上国の慢性的な食糧不足という問題が発生しているシステムが明らかになります。「問題のすり替え」というシステム原型に対する対応法は、MITの研究によると次のように3つあります。
・根本的解決策に焦点を絞る。
・どうしても対症療法的解決策が必要な場合は、根本的解決策を講じながら、時間を稼ぐために用いる。
・1つの解決策が根本的か対症療法的かは、その人の見方によって異なる。したがって、様々な角度から問題を検討して、より根本的な解決策を探るようにする。
これらの対応法通りに手を打てばすべてが解決するというものではありません。対応法はもちろん有効な手だてとなりますが、ここで大切なのはまず、システムシンキングおよびシステム図を活用して問題の一側面を明らかにし、それを皆で共有することなのです。もちろんこれは完全なシステムではなく、変数やループを加えたり別の観点からみれば異なったシステム図を描くこともできるでしょう。そうした認識の上で、別の変数やループを書き加えたりして、システム的に問題を解決するためのレバレッジを見つけていきます。システムシンキングでは、問題とその解決策が還元主義的に対応しているわけではありません。
たとえばこの事例でも、食糧援助が問題状況を悪化させていることは明らかです。だからといって、すぐに食糧援助をストップしてインフラづくりに励めば、問題がすべて解決するわけではありません。現在は「インフラづくりが進まない」「食糧援助が必要である」というシステムが働いているのです。そこでは、影響関係を捉えて、問題があったから取り除くというのではなく、システムとして問題が解決に向かうであろう術を見つけ出す必要があるのです。見方を変えれば、すべての要因は相互に影響を与え合っているために、1つの部分に手を打てば全体がよくなるというレバレッジを見つけることが可能であり、そこに手を打てば全体が良くなると考えることができるのです。
システムシンキングとラーニング・オーガニゼーション(学習する組織)
システムシンキングは、思考のあり方の1つといえますが、それは決して、問題を外側から他人事として捉え、解決策を誰かに提言するようなものではありません。問題を生じさせているシステムの中に自分を位置づけて、一人ひとりが当事者意識を高め、自らできるところに働きかけていくことが大切です。
そして、こうした姿勢、考え方はラーニング・オーガニゼーションの基本理念と重なるものです。ラーニング・オーガニゼーションでは、上が下を統制したりコントロールするのではなく、各個人が主体性と学習性を発揮して組織を動かしていきます。システムシンキングを活用することで、組織における各個人が当事者意識をもって問題に対して主体的に関わり、ラーニング・オーガニゼーションの構築に向けて踏み出すことができるのです。
システムシンキングを提唱したピーター・センゲは、次のように述べています。「学習する組織の中心には、我々が世界とは別の存在であるとする考え方から、世界と繋がっているとする考え方の転換があります。また、問題は誰か他の人によって引き起こされたとする見方から、自分の行動が問題をつくり出しているのだとする見方への転換でもあるのです」。システムシンキングは、単なる思考法ではなく、一人ひとりが世界をより良くできる存在であるという哲学、世界観、そして生き方といえるでしょう。