組織変革プラクティショナーズ・ストーリー 〜近咲子さんの物語〜
「自分たちがどうありたいか」という終わりのない問いに寄り添い続ける伴走者
「会社組織の状態があまり良くない」と思うと、「組織開発」の手法を用いて組織を変革する動きが出てきます。しかし、「組織変革は目的ではなくあくまで手段」と話すのがプロファシリテーターの近咲子さん。「自分たちがどうありたいか」から、そのプロセスや戦略について綿密に話し合うこと。それこそが組織自体をより良くするアクションにつながっていきます。外資系ヘルスケア企業に長年在籍して、多くの組織変革に立ち会い、ヒューマンバリューとも四半世紀以上にわたる関係性を持つ近咲子さんが携わってきた組織変革の物語について話を聞きました。
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成功に寄り添うプロファシリテーターとは
——まず、近さんの肩書「プロファシリテーター」という役割はどのようなものなのでしょうか?
近咲子さん(以下、近):私はファシリテーションには2つあると考えています。1つは「会議やワークショップをファシリテートする」こと。会社の戦略やミッションを策定する際に呼ばれて、皆さんの総意をつくるファシリテーションです。
もう1つが「トレーニングのファシリテーション」です。私が持っている知恵や考え方の枠組み、フレームワークなどをお伝えして、個人の考えや動機を引き出す役割です。ファシリテーターとは「成功に寄り添う伴走者」と、自分自身を捉えています。
――プロファシリテーターに至るまでの近さんのご経歴についても教えてください。
近:私は現在、何を隠そう62歳です。61歳まで会社員として35年間働いていました。本格的なキャリアとして最初に入った会社は、日本ベクトン・ディッキンソン株式会社です。そして、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社、GEヘルスケア・ジャパン株式会社といったグローバルヘルスケア企業で20年間ビジネスリーダーを務め、部下やチームのマネジメントを行いました。また、直近の数年間は社員のスキル開発・育成と組織開発を担当してきました。
――ところで、ヒューマンバリュー社との出会いはどのようなものだったのでしょうか?
近:もう四半世紀前の90年代後半のことです。私自身、SSW(ストラテジー・セールス・ワークショップ)というヒューマンバリューのトレーニングを受けて感銘を受けたのです。当時の私は検査や検査機器のマーケティングを担当していたのですが、何回聞いても「嫌気性菌」と「好気性菌」の違いの意味するところが分からなかったりなど、専門的な領域の勉強が全然できていなかったのです。しかしトレーニングを受けて、専門知識を高めること以上に「そのスペックはお客さまにとってどんな意味があるのか?」を考えて提案することが大切だということを学び、「それならば、分かります!」と皿が割れるくらい膝を打って納得して以来のご縁ですね。
それから、日本ベクトン・ディッキンソンが組織変革のチームをつくっていく過程で、ヒューマンバリューさんにもサポートをもらったのもきっかけの1つです。実は私は変革チームのメンバーではありませんでしたが、遠巻きに「面白そうだな」と思っていました。私の上司も、自身の業務を超えてのめり込んでいましたね。「なんぼ売る」という日々の業務オペレーションを話していたところから、話し方や視点が明らかに変わり、未来やどんなふうに世の中が変わっていくかを語るようになり、興味深かったのを覚えています。
――変革に取り組むきっかけにはどんなことがあったのでしょうか?
近:当時、社内に何か明確に危機意識があったわけではありません。私の解釈では日本ベクトン・ディッキンソンは「ビジョナリー・カンパニーになりたい」と思っていたと感じています。ちょうどその当時、私は2人目の子どもを出産したばかりで産休・育休を取得していたのですが、会社から『ビジョナリー・カンパニー』(日経BP社刊)が送られてきて、夢中になって読み、上司に「大きな変革に参加していると思うとワクワクする」と伝えたら、「グレートな会社にしよう」と返事をもらいました。
集団のマインドを変えるのは難しい
――組織開発の課題について感じていることを教えてください。
近:やはり、組織開発には集団のマインドを変えることの難しさがあると思っています。皆さん、なかなか安全地帯から出て来ない。変えることは、多くの方が嫌だと思うはずなのです。
私が女性の泌尿器系の医療検査機器のビジネスリーダーをしていたときの話です。女性の場合、加齢とともに子宮や膀胱などを支える骨盤底筋が緩み、尿漏れを起こしてしまうもの。それを改善する手術手法と製品を提供していたのですが、マーケットは広いものの目標未達の状態が続きました。
医療メーカーはお医者さんから要望を受けると出向いて製品の使い方の指導をしたりするものです。ただ、外科の手術は症例数をこなさないと医者さんの腕も上がりません。日本全国の病院に営業に出向いていましたが、1回きりのご縁で終わるのがほとんどだったのです。
そこで「薄く広く」から「濃く太く」に戦略を変え、「尿漏れに悩める女性の課題を解決する」というビジョンにとことん向き合ってくれるお医者さんとご一緒する形にしました。チームも営業ではなく「キーアカウントプロデューサー」と名乗り、米国や欧州の症例を学ぶために海外の学会とお医者さんをつなぐ勉強会を主催したり、悩む患者さんとお医者さんをつないだり、患者さん側にも改善したことを喜び合う患者会の結成のお手伝いをして発信したり、という活動を始めました。
1年目はなかなか結果が付いてきませんでしたが、徐々に活動を行っていくと、症例数も増えて、徐々にご一緒してきた先生の知名度が上がり、勉強会も学会に昇格していったりしたのです。ずっと鳴かず飛ばずであった事業も、3年で目標を達成するほど大きく伸びたのです。
このときは、チームメンバーも経営側も「今のままでは駄目で、やり方を変えなければ」という共通認識を持てていたがゆえに、スッと改革ができたように思います。組織変革においては、この変わるためのインセンティブをどう形成していくのかが重要に思います。
「組織を良くしよう」と呼びかける“だけ”では動かない
――自分たちから「変わりたい」と渇望しないことには、なかなか組織変革は起こせないのですね。
近:はい。よくビジョンを策定るワークショップを実施したときに、つくったビジョンに対して「私は賛成しない。ピンとこないし、行動を伴わないから意味がない」という方がいたりします。一見、反対意見を言っているようにみえますが、これは「積極的な受け身」。「自分が納得する目標や指標を設定してくれれば動きますよ」と言っているのです。
そんな状況下では、OST (オープン・スペース・テクノロジー)が有効なように思います。OSTは組織の状況が複雑で、人々や考えが多様で、コンフリクト(葛藤)が起きる可能性があるような状態のときに、短時間で問題の共有を行い、全員がコミットしたアクションプランを生み出すもの。自分たちの探究の中で気づいてもらうことが重要です。
「組織を良くする」ということは“目的”ではなく、あくまでも“手段”です。チームを見て「なんだか主体性がない。人任せだなぁ」と思う部分はあるでしょう。でも、それを変えたいがために何かアクションを行うのは少し違うと思います。大きな戦略の中で「何を成し遂げるのか。どんなプロセスが必要か。どんなチームであるのか?」を考えていくと、チームも納得ができるものが出てくると思います。
そして、「関係の質」だけでなく、ダニエル・キムの「成功の循環(Theory of Success)」にある「思考の質」「行動の質」まで変えないと「結果の質」を良くすることはできません。ヒューマンバリュー社のOcapiはチームの状態を見える化するために非常に良いツールだと思っています。チームの共通言語ができて、「どんなアクションを起こしますか?」と聞かれて、主体性を持って取り組める戦略を考えて行っていく。それを見えるようにできると思います。
ただ、この「成功の循環」のサイクルを回そうとすると、最初の「関係の質」を良くすることから入りがちですが、必ずしも関係性の質だけでなくてもいい。サイクルを回すことが大事です。「思考の質」で、たとえば「ロジカルシンキング研修」から変えていくこともできます。ロジカルシンキングを学び、そこで「じゃあ、実際にチームで動くときにはどうすればいい?」という問いに自分たちで考えてもらう。そこから変わっていきます。
変革はタイムラグがあるもの。イノベーターがいて、アーリーアダプターがいて徐々に変わっていきます。そして、最後に変わっていく「ラガード」の方もいるんです。「関係」「思考」「行動」「結果」、それぞれの「質」をどう高めていくのか。このサイクルを時間をかけて同時に回していくことが必要です。その意味では、組織もチームも個人も、自分なりにやることを見出せる機会と場をつくること。組織開発には終わりはありませんから、たとえば毎回Ocapiを使いチームの状況を見て、次の課題を見つけてさらに変えていく。そんなサステナブルな話ではないでしょうか。