4名のワールド・カフェ実践者の物語〜意味を問い直す〜
ワールド・カフェの手法が誕生してから30年、その対話を通じた「つながり」の創出は、私たちの社会に大きな貢献を果たしてきました。しかし、今日、コロナ禍やDE&Iに対する反動など、多様な要因が社会に新たな分断を生み出す中、これまでのアプローチに新たな視点を加える時が来たのかもしれません。
本稿では、ヒューマンバリュー主催のワールド・カフェ・プラクティショナー養成コースに参加した4名の実践家たちの物語に耳を傾けてみたいと思います。4名が、コースでどんな学びを得たのか、そして体験したワールド・カフェの世界がどのような価値を紡いできたのか。4つのストーリーを通じ、再定義されるワールド・カフェの意義を共に問い直すとともに、これからこの手法を学び、実践していく皆さまに向けた新たな示唆と可能性を感じ取っていただければ幸いです。
(1)日立アカデミー 小田絵里子さん 〜予定調和を超えて〜
(2)日産自動車 瀧川 由紀子さん 〜手詰まり感を乗り越えるワールド・カフェの可能性〜
(3)株式会社eiicon 米澤 航太郎さん 〜自分たちが本当にやりたいことを生み出す〜
(4)株式会社文鳥カンパニー 山田路子さん 〜時間軸、空間軸を超えて働きかける〜
(1)小田 絵里子さんのストーリー
〜予定調和を超えて〜
株式会社日立アカデミー
研修開発本部 ラーニング&ディベロップソリューション
主任L&Dプランナー

―コースに参加するきっかけ
私がワールド・カフェを知ったのは、ある同僚が「これ面白いよ」と教えてくれたのが始まりでした。その同僚は、既にヒューマンバリューさんのコースに参加していて、社内で何度かワールド・カフェを試していたんです。新しいアイデアを引き出そうとすると、組織は時に強制的になりがちですが、ワールド・カフェにはそういう圧がない。そうしたところから、私にも「行ったほうがいい」と勧めてくれたんですね。
―印象に残った「収束しない学び」
コースの中で一番印象的だったのは、最後の「ハーベスト」のプロセスです。それまで教育の場では、話し合いや議論を最後にきっちり収束させて、学びの目標に落とし込むことが当たり前だと思っていました。でも、ワールド・カフェでは、その時、その場にある考えや想いを徹底的に重視していきます。その時に、これについて考えようというのはありだけど、場合によっては、そこじゃなかったよねとなることもあり得る。そのことをすごく覚えていますね。
―「予定調和」を超えて
教育の場では、どうしても予定調和が求められます。特に企業内では、「これを学んで、こういう成果を出す」というゴールが決まっていて、それに向けて内容が構築されるのが普通です。でも、ワールド・カフェはその逆で、「どこに転がるかわからない」んですよね。進め方は同じなのに毎回起こることが変わるその偶発性が、私にとって新鮮で、予定調和に少し飽きていた自分にとっては大きな発見でした。
それでも、ただ「面白がる」だけではなく、進むべき方向を探るための説明や準備が必要です。主催者や参加者にとって、「何が起こるかわからない」という不安を解消しつつ、その自由なプロセスを楽しんでもらう工夫が必要です。
―実践で感じたワールド・カフェの可能性
コースを修了してから、職場や新規事業のキックオフ、事業部間の連携強化など、様々な場面でワールド・カフェを取り入れています。たとえば、組織再編で事業部が統合されるタイミングでは、雑談すらできない同僚同士が一堂に会し、「私たちの部署をどうしていきたいか」を自由に話し合いました。お酒も持ち込まないし、無礼講とも違うけれど、適切な距離感を保ちながら本音を引き出せる。企業の経営者であったり、上位層の人たちは、「もっと自由に、年齢とかキャリアとか考えずに話し合える場が欲しい」と考えています。そこにワールド・カフェって本当にピッタリなんですよ。 また、新規事業の立ち上げの前段階でやることも多いですね。いきなりアイデアを出せ、というと、萎縮してしまうので、「まずみんなが何考えているのか探ってみませんか」という雰囲気で。カフェの中では、アイデアを集約させて予定調和に持っていかないことが大事ですね。そのためにもプラクティショナー養成コースであった「判断を保留する」というルールをかなり時間をかけて説明しています。白黒をつけると思考が止まってしまいます。「グレー」のまま考え続ける状態を持ち続けることを大切にしています。
―ワールド・カフェは「武器」
私にとってワールド・カフェは「武器」のようなものです。教育やワークショップをデザインする立場からすると、かなりネガティブな状態からでも話し合いを組み立てることができます。また、一人のファシリテーターの立場からは、擬似的にほぼ全員の人たちと会話できるコミュニケーション・ツールになりますね。 このコースに出ていなかったら、もしかしたら人材育成の仕事をもうやっていなかったかもしれません。よく教育で受講者の意見を引き出しなさいって言われますが、引き出すということが本質的にわかっていなかったように思います。
―これから学ぶ人へのメッセージ
ワールド・カフェは、まず「主催者自身が楽しむこと」が大事です。前に立つ人が眉間にしわを寄せていたら、参加者は萎縮してしまいますから。
そして、ワールド・カフェは毎回違います。同じ進行方法を使っても、出てくるアイデアや場の雰囲気は全く異なります。ぜひ、予定調和に縛られない自由な場の可能性を楽しんでみてください。
(2)瀧川 由紀子さん
〜手詰まり感を乗り越えるワールド・カフェの可能性〜
日産自動車株式会社
日本アフターセールス本部 アフターセールスリテンション部

―ワールド・カフェと出会うきっかけ
私がワールド・カフェに興味を持ったのは、当時の職場での体験がきっかけでした。チーム全員が集まる週1回のミーティングで、あるメンバーが、チームのビジョンを語り合う機会を持とうとしました。しかし、まず「チェックイン」をしようとしたところで、「それは何か」「何のためにやるのか」と場が炎上し、全員でビジョンを共有することの意味も伝わらないまま、1時間が過ぎて会議は終わりました。その間、何もできなかった自分が悔しくて、何か方法があるはずだと探しました。そしてこのコースに出会いました。
―心に残った「静けさ」の瞬間
コースの中で一番印象に残っているのは、意外なことに、終わりの合図でした。カフェ・ホストが手を挙げると、それが伝わっていき、最後に静かな瞬間が訪れます。全員で作るその静けさの中に、ワールド・カフェが大事にしている「場の力」が凝縮されている気がしました。それは、今も私が最も好きな瞬間です。
―実践の中で感じた変化
コース修了後、さっそく職場や有志活動のチームでワールド・カフェをやってみました。
今の部署に異動したときには、その部署がめざしているもの、大切にしていることを知りたくて、ワールド・カフェの場を持ちました。異動時のチームの印象は、思いやりがあって仲がいい。だからこそ、それを壊してまで本音を言い合う感じではありませんでした。
ワールド・カフェで意外に思ったのは、時に率直な反対意見や不満が語られましたが、それは他の人が見えていないリスクを教えてくれるものとして、受け入れられていくことでした。その場に出た取り組みのアイデアのいくつかは、後に部署の年度計画に織り込まれ、実現していきました。
―大きな組織の手詰まり感とワールド・カフェの役割
日々職場で過ごす中で、最近感じていることがあります。それは、特に規模の大きな組織ほど、これまで当たり前だったやり方が限界に達しているのではないかということです。例えば、上司が部下に指示することや、部下を評価することは当たり前ですが、指示する人とされる人、評価する人とされる人という関係が固定化すると、自由な意見交換や共創が生まれにくくなってしまうようにも思います。また、仕事をロジカルに進めようとするあまり、感情が置き去りにされていることも多いのではないでしょうか。
そうした「手詰まり感」に対して、ワールド・カフェは新しい可能性を広げてくれると思います。ポジションパワーが薄まり、ふだん意見を聞く機会が少ない人の発言から新たな気づきを得たりして、固定化した関係性が動き始めるきっかけになると感じます。
―「生き物」のような場づくり
私にとって、ワールド・カフェは「生き物」のような存在です。デザイン段階では、場に集う人々を思って問いを深く考え、準備にも力を入れますが、実際に始まると、場が独自の生命を持つように進化していきます。毎度その意外な展開に驚き、楽しんでいます。
―これから学ぼうとする方へ
ワールド・カフェは構造がシンプルで、親しみやすい手法だと思います。ただシンプルなだけに、その奥にある大事なものは、表面的には見えにくいかもしれません。 このコースでは、五感を通じてワールド・カフェを体験することができます。自分が感じたことを手がかりにして、「自分にとってのワールド・カフェ」を見つけに行くそのプロセスが、とても楽しかったのを覚えています。今も探求の途上にいますが、この旅路を共に歩む仲間が増えたら嬉しいです。
(3)米澤 航太郎さん
〜自分たちが本当にやりたいことを生み出す〜
株式会社eiicon
Consulting事業本部 Consulting1G Consultant

―コースに参加した理由
僕がこのコースに参加したのは、新規事業のアイデアを生み出すための方法を模索していた時期でした。当時、研究企画の仕事をしていて、研究所の仲間は本社からの指示を受ける形で研究を進めることが多かったんです。でも、それでは「自分たちが本当にやりたいこと」にはたどり着けないと感じていました。
もっと多様なアイデアを引き出し、それを太らせていくプロセスが必要だと考え、1人ひとりが自分の想いをフラットに話せる場を作りたいと思っていました。このコースなら、そのヒントが得られるのではないかと期待して参加しました。
―印象に残った「書く」という行為
一番印象に残っているのは、模造紙に書きながら対話を進めるというワールド・カフェの特徴です。特に2ラウンド目以降、アイデアがどんどん広がっていく様子がとても印象的でした。参加者が自然と前のめりになり、島ごとの会話がスムーズに進んでいく。それを目の当たりにして、「この仕掛けには何か特別な力がある」と感じました。 たとえば、大人数で輪になって「さあ話しましょう」とやると、最初は戸惑う人もいますよね。でも、ワールド・カフェの仕掛けは自然とそのハードルを下げてくれるんです。その空気感が、他にはない魅力だと思います。
―実践で得た手応え
コース修了後、ワールド・カフェを応用した対話の場を数多く実践してきました。特に印象に残っているのは、以前所属していた会社の経営会議でカフェのエッセンスを取り入れたときのことです。それまでの会議は発表者と経営陣という構図で、どちらかというと「評価される場」でした。でも、ワールド・カフェ的な話し合いの形式に変えたことで、経営陣から個人的な想いや夢が語られる場面が生まれました。社長としての役職に基づく話ではなく、「個人的にはこんなことをやりたいんだ」という率直な意見が出てきたんです。こうした気持ちを出したり、考える場がワールド・カフェの力だなと。
―「対等さ」を大切にすること
僕がファシリテーションや場づくりで一番大切にしているのは「対等さ」です。特に上の立場の人たちは、率直な意見を聞く機会がどんどん少なくなっていきます。だからこそ、鎧を脱いで本音で話せる場を作ることが重要だと思っています。 そのために心掛けているのは、柔らかい雰囲気を作ること。フランクな声掛けや軽いジョークを交えながら、場全体がリラックスできる空気を作ります。それが対話を深める土壌になると信じています。
―ワールド・カフェとは?
ワールド・カフェは集団での話し合いの方法ですが、僕にとっては、「個人の探求の場」と言えます。人が普段まとっている正解や不正解という鎧を少しずつ脱ぎながら、自分の考えを深掘りし、他者と共有していく。そのプロセスが新しい気づきを生み出します。そして、参加者一人ひとりが自分が探求したものを持ち帰ることができる。これが、ワールド・カフェの仕組みかなと思います。
―コースで得たもの
このコースは、ワールド・カフェを「体験する」ことでその本質を理解できる場でした。本やウェブで知識を得るだけでは分からない、場の空気感や仕掛けの力を五感で感じることができたのが大きかったです。そして、その体験を通じて、「自分にもできるかもしれない」と思えるようになりました。
―これから学ぶ方へのメッセージ
まずは楽しんでください。ワールド・カフェは、参加者が自然と満足感を得られる場です。そして、何よりも対話そのものを楽しむことが、場を作る上での最大の秘訣だと思います。
(4)山田 路子さんのストーリー
〜時間軸、空間軸を超えて働きかける〜
株式会社文鳥カンパニー
代表取締役/ファシリテーター

―コースに参加した理由
実を言うと、ワールド・カフェ自体に強い関心があったわけではなかったんです。ヒューマンバリューさんの講座には毎年1回参加して学ぼうと決めていて、その年に開かれていたのがこのコースだった、というのがきっかけです。
それでも参加を決めた背景には、自分自身を見つめ直したいという想いがありました。プラクティショナー養成コースで大切にされている価値観や原則は、私にとって本物だと感じているんです。それらを基準に、自分自身を内省する機会を得たいと思いました。この講座は、まさにそうした場になりました。
―印象的だったこと
振り返って印象に残っているのは、「参加者と場の力を信じる」という考え方に出会えたことです。それまで無意識に実践していたことが、このコースで明確な形として示され、「これでよかったんだ」と腹落ちした瞬間が何度もありました。その一方で、これまで時間の制約などで大切にできていなかったことや、自分本位だったアプローチに気付かされる場面もありました。
もうひとつ記憶に残っているのは、模造紙を囲んで手を動かし、対話を重ねる時間です。その視覚的な記憶が、今も鮮やかに心に残っています。
―実践してきたこと
コース後、私が実践する中で最も大きく変わったのは「問いの立て方」です。私の場合は1日、2日のセッションを通しですることが多いのですが、その中でワールド・カフェを入れるのはカリキュラム上難しいこともあります。ただセッションの最後に、カリキュラムとは別に、全体のコンテクストを踏まえながら、「この問いでみんなで話したいな」という問いを入れるようになりました。
たとえば、リーダーシップ系のプログラムであれば、「周囲にどう影響を与えたいか」や「これから自分が大切にしたい方向性は何か」といった、個人の内側に深く入り込むような問いです。そこから創発的なものが生まれてきて、行動への動機づけがしやすくなるんです。
―ファシリテーションで大切にしていること
一言で言うと、参加者の方の「自分でやってみたい」という思いを大事にすることですね。ビジネスとして研修に携わる中で、その場で即座に結果を出すことも当然求められます。そこでついやりがちなのが、表面的に盛り上がったり、よく見える手法を使うこと。ただ、それだけでは本質的な変化にはつながりません。
そうした働きかけはできるだけ最低限にして、その先や、現場に戻った時の彼らがその先にいる人に何をするか、あるいは3ヶ月後、半年後彼らが何を感じることができるか、あるいは家庭に帰った時に家でどういうふうにいい影響を与えるかということを考えながら、時間軸や空間軸を超えたアプローチを心掛けています。参加者が自ら主体的に考え、行動できるようサポートすることが何よりも大切です。
―ワールド・カフェとは?
私にとってワールド・カフェとは、「皆で可能性を作り出す場」です。参加者が当事者となり、自分たちの可能性を広げていくための仕組みです。 このコースは、ヒューマンバリューさんが提供するプログラムの中でも、最も基本的でありながら、すべての基盤となるエッセンスが詰まった場でした。ワールド・カフェの原理・原則は、ファシリテーションの基本であるだけでなく、日常生活や社会の中でも活用できる知恵が詰まっています。
―これから学ぶ方へのメッセージ
ワールド・カフェに少しでも興味を持ったら、ぜひ参加してみてください。職場や家庭、地域の中で「こんな会話ができたらいいな」と思う方にとって、大きなヒントが得られるはずです。そこには、組織や社会をより良くするための、普遍的な価値が流れています。
『ワールド・カフェ・プラクティショナー養成コース』の概要はこちら
『プラクティショナー養成コース』の開催日程一覧はこちら