海外カンファレンス報告

『未来創造のあり方を探求する』 <ニューロリーダーシップ・サミット2018参加報告>

現在の組織マネジメントの大きな潮流の1つとなっている「パフォーマンス・マネジメント革新」のムーブメントに大きな影響を与えたものに、「ニューロサイエンス(脳科学)」の進化があります。グロース・マインドセットや心理的安全性、バイアスなど、マネジメントの世界に新たな言葉が定着してきたのも、脳科学の後押しがあったからこそといえるでしょう。

「ニューロリーダーシップ・サミット」は、そうした脳科学とマネジメントを掛け合わせ、知見を生み出していく最先端の議論の場です。ニューロリーダーシップ・インスティチュート(以下NLI)が主催する同サミットは、2007年より毎年開催され、500〜700名の参加者が集います。新進気鋭の脳科学者、グローバル企業やベンチャー企業のHR、コンサルタントが、領域を横断してフラットに対話を行い、答えのない問いに挑むサミットとして年々注目度を増しています。本サミットでは、グローバルのHR領域で今何が探求されているのか、そこに科学の力をどのように生かしていくのかといった豊富な気づきを得ることができます。

2018年10月に開催された本サミットにヒューマンバリューから川口・高柳の2名が参加してきましたので、本レポートを通してサミットでの議論のテーマや内容、得られた気づき・発見を幅広く紹介していきたいと思います。

<1.過去のサミットのテーマの推移:個人へのフォーカスから組織・カルチャーへ>

  最新のテーマを紹介する上で、最初に前提として、過去のサミットで扱われてきたテーマの推移を振り返って整理してみることで、「脳科学✕マネジメント」の議論がどのように変遷してきているのかを俯瞰してみたいと思います。

  図1に、ヒューマンバリューが参加した2015年からの主なトピックを並べてみました。

図1:ニューロリーダーシップ・サミットにおける探求テーマの推移

  たとえば、2015年頃は、「ノーレイティング」に代表されるパフォーマンス・マネジメント革新に多くのグローバル企業が移行していこうとする過渡期であったように思いますが、このときは特に働く一人ひとりのモチベーションやグロース・マインドセットをどう育むのかといった議論、そして、ゴール設定や報酬のあり方を旧来のものから変えていこうという投げかけが多かったと記憶しています。

  そこから転じて2016年くらいからは、探求テーマが組織やカルチャーへと広がっていきました。個人のパフォーマンスやマインドセットを考える上で、それに大きな影響を与えるチームや職場環境のあり方に議論の焦点が当たるなど、より集合的なところに要因を見出していく流れが生まれてきたように思います。

  2017年は特に、カルチャーを形成する軸となる「言語」がクローズアップされていました。私たちがこれまで当たり前のように使ってきたマネジメントの言語自体を変えていかないと、カルチャーを根本から変革することにはつながらないといった主張がなされていました。

  こうして見ると、探求の方向性が、個人へのフォーカスから、チームや組織へ、そして仕組みや制度の議論からカルチャーづくりの議論へと、時代に合わせてより本質的・根本的なテーマへとシフトしてきているのがうかがえます。

<2.2018年のテーマ:Invent the Future(未来を創り出す)>

  そうした変遷を経て、2018年のサミットでは「Invent the Future(未来を創り出す)」が大テーマとして掲げられていました。その背景には、未来の不透明性が高まり、未来を予測することが非常に困難なVUCAの時代において、私たちは未来にどう向き合い、未知の領域に踏み出し、どう未来を創造するのだろうかといった、根源的な問いがあるように思います。

  一年前の「Disruptive Language(ディスラプティブな言語)」の議論からさらに一歩踏み出し、私たちの「未来思考」や「未来創造」のあり方について、脳科学をはじめとした多様な観点から探求がなされていたことが、非常に興味深いといえます。

  ここからは、このテーマのもと、本サミットの2日間においてどんな議論が行われてきたのかを具体的に紹介していきます。

<3.未来思考:未来から顧みるアプローチ>

  オープニング・キーノート・セッションでは、その年のサミットの主題が毎年提起されます。2018年は、シリコン・バレーにあるシンクタンク「インスティチュート・フォー・ザ・フューチャー」の元CEOボブ・ヨハンセン氏が中心となり、コロンビア大学の脳科学者ケビン・オシュナー氏、シェル社のシルビア・ジュリア―ノ氏、マイクロソフトのクリス・イェイツ氏、NLIのハイディ・グラント・ハルバーソン氏らが、「フューチャー・シンク(未来思考)」というテーマのもと、未来を思考するとはどういうことなのかについて、知見を共有し合いました。

  セッションの冒頭では、P&G、ケロッグ、ディズニー、ウォルマートなどの多様な企業に対して未来への洞察を提供してきたボブ・ヨハンセン氏が、自身の経験や知見をもとに、未来創造の思考プロセスを紹介しました。

基調講演を行うボブ・ヨハンセン氏

「未来を創造する『フォーサイト ー インサイト ー アクション』のサイクル」

  ヨハンセン氏は、「実は10年後を見ることは、1年後を予想することよりもたやすい」と述べます。VUCAの時代において、足元の現状から未来を予測することは、ノイズが多すぎ、1年後の予測さえも不可能な状況です。そうした予測的なアプローチを取るのではなく、「今すでに起きているのに見えていない変化のシグナルに耳を澄まし、そのシグナルが10年後にどういうパターンを生み出しているのか」を考えることが重要とのことでした。

  こうした将来についての洞察のことを、ヨハンセン氏は「フォーサイト(Foresight)」と呼びます。フォーサイトは、未来の景色ではありますが、決して予測するものではありません。未来に向けた一貫性のあるストーリーとして、私たちに“Aha(アハ)”という気づきを呼び起こすものです。

  そうしたフォーサイトによって生み出された気づき(Aha)を「インサイト(Insight)」と呼びます。インサイトとは、気づきが生まれた瞬間、私たちの脳の中に形成される「新たな結びつき」のことを指します。

  そして、この「フォーサイト」と「インサイト」に基づいた行動を「アクション」として取る、「フォーサイトー インサイト ー アクション」のサイクルを回していくこと、またそれらをつなぐ「ストーリー」を語り、生み出していくことが、新たな未来を創造していく上で重要であると述べていました。

「フォーサイト ー インサイト ー アクション」のサイクルを回す(ボブ・ヨハンセン氏)

  サイクルのイメージについての具体例として、ヨハンセン氏がディズニーからの依頼を受けて、テーマパークに関する「フォーサイト」を提供したときのことが語られていました。そのフォーサイトとは、9.11以降、親の世代は子どもたちを集団の中に送り込むことへの懸念を強くもち、安全性を求める一方で、人々(特に子ども)は、こうした不確実な時代だからこそ「楽しさ(スリルのある非日常な体験)」を求める傾向が著しく増すだろうといった見解でした。そうした一見矛盾するパターンが現れたフォーサイトを受けて、ディズニーの人々が導き出したインサイトは、「ディズニー・ワールドは、世界で最も“Safely Scared(安全に怖がることができる)”な場所であるべきだ」という統合的な気づきだったそうです。そして、この“Safely Scared(安全に怖がることができる)”という統合されたビジョンのもとで様々な施策が展開されたといったストーリーが紹介されていました。

「戦略策定のあり方の革新:フォーキャスティングからバックキャスティングへ」

  セッションの中で、ヨハンセン氏は、イノベーション研究の大家であるクレイトン・クリステンセン氏の言葉を引用して、「もはや『Present Forward Strategy(現在から未来を予測する戦略)』は機能しません。今は、『Future Back Strategy(未来から顧みる戦略)』が重要です」といったメッセージを語っていたことが、特に印象に残りました。

  振り返ってみると、パフォーマンス・マネジメント革新も、脳科学の影響を受けて旧来的な仕組みや制度を再構築していくムーブメントとして進行しています。私感になりますが、それと同様に、今後企業の戦略構築のあり方も、脳科学を梃子として、フォーキャスティング(予測的)なアプローチからバックキャスティング的なアプローチへと大きくイノベーションされていくことがこうしたセッションから予見されます。

「リーダーが大切にしたい姿勢=ポジティブVUCA」

  そしてセッションではさらに、こうしたサイクルを回して未来を創造する上で、リーダーがどんな姿勢を大切にしていくべきかについても議論されていました。中でも、ヨハンセン氏が提唱していた「Positive VUCA」という考えが興味深かったです。これは、VUCAのそれぞれの文字を「Volatility(不安定)→Vision(ビジョン)」「Uncertainty(不安定)→Understanding(理解)」「Complexity(複雑性)→Clarity(明瞭さ)」「Ambiguity(曖昧性)→Agility(敏捷さ、アジャイル)」に置き換えたものであり、不確実な時代だからこそ、こうした姿勢を高めるべきであるとのことでした。

  特にヨハンセン氏は、Clarity(明瞭さ)の重要性について、Certainty(確かさ)との違いを通して強調していました。「現代の世界において、Simple(シンプル)は良いことですが、Certainty(確かさ)を求めて、Simplistic(シンプルにカテゴライズする)に考えることは危険といえます。人がCertainty(確かさ)を求めることは、思考のプロセスではなく、愛や怒りのような、無意識の脳のメカニズムです。Clarity(明瞭さ)は、ストーリーで表され、人々をエンゲージしますが、Certainty(確かさ)は、ルールで表され、わかっていることをさらに強化するバイアスにつながります」といったメッセージが、多くの聴衆の共感を呼んでいました。

  その後に行われたパネル・ディスカッションでは、「シナリオ・プランニング」の取り組みで著名なシェル社のシルビア・ジュリア―ノ氏から、「シナリオをつくるリーダーに必要なのは、好奇心とオープンマインド、見えないものに気を配ること、一人では問題は解決できないという謙虚さ、忍耐、自信をもつことです。そして、障壁としては、『未来を考えるスペース』がないことが挙げられます」と述べ、リーダーがスペースをつくっていくことの重要性が語られました。

  マイクロソフトのクリス・イェイツ氏も同様に、「リーダーは、人々が自由に問いを掲げられるような『心理的安全』な場をつくることが必要です。特に『Purpose(目的)』に関してメンバーに問いかけ、自分自身の目的とマイクロソフトの目的をつなぐことが重要であり、それが心理的安全につながるのです」といった視点を自身の体験から投げかけていました。

  また、講演の後半では、脳科学者のケビン・オシュナー氏が登壇し、未来を予測することがいかに難しいことであるのかを脳科学の観点から解説するとともに、未来を想像するための実践のポイントを紹介し、参加者間で探求を深めました。

パネル・ディスカッションの様子

<4.脳にかかる負担について考える>

  ここまでオープニング・キーノートでの議論の様子を紹介してきました。2018年のサミットでは、オープニングの議論を起点として、その後、様々な側面から未来創造について考えるセッションが設けられましたが、その1つに、「脳にかかる負担」に言及したセッションが見受けられました。

  たとえば、ニューヨーク大学のテッサ・ウエスト博士は、「脳のキャパシティの視点から、組織や仕事のあり方を考えること」を提唱していました。つまり、脳には処理できる情報量に限界(キャパシティ)があり、何かが難しいと感じれば、実践することや継続することが困難になります。そこで情報が多く、変化のスピードが速い現代では、こうした脳のキャパシティや負担を考える視点を取ることが大切になってくると主張していました。

  そして、脳への負担をいかに減らすかについて、下記の3つの切り口を紹介していました:

・Context(コンテクスト)
 - すでにわかっている情報を提示し、考えるエネルギーを減らす

・Amount(量)
 - 情報量を減らし、考えやすくする

・Resources(エネルギー)
 - 継続して考えすぎると、脳がオーバーヒートしてしまう

  たとえば、アマゾンやネットフリックスなどの、消費者向けのユーザーインターフェースに目を向けてみると、ここに挙げた要素がすでに考慮され、生かされています。

  コンテクストについては、人気や値段、おすすめなどの順番で、作品や商品がわかりやすく並べられています。情報量については、インターフェイスはシンプルに作られていて、見やすいものになっています。そして、脳が使うエネルギーを減らすという点では、注文履歴や閲覧履歴などが見られるようになっていて、もう一度購入したい、見たい、と思うものをすぐ見つけられるようにしています。

  これらの要素を考慮し、脳の負担を減らしているユーザーインターフェースは、非常に使いやすく、人気があります。

  そして、職場でも同じように、脳の負担を考慮したデザインを行うべきではないかというアドバイスがなされました。たとえばコンテクストについては、ミーティングを行う上では、事前にアジェンダや目的を明らかにしてから始めたり、情報量でいえば、考えるだけの時間を日中に設けたり、エネルギーの点では、個人作業は自宅からリモートでできるようにするなど、人にとって働きやすく、脳の負担を下げ、未来を考えるスペースを生み出す環境をつくる試みがさらに必要になると話していました。

<5.他者の視点から物事を見て考える」(Perspective Taking)>

  また、その他に今年のサミットで何度も登場したのは、「他者の視点から物事を見て考える(Perspective Taking)」というキーワードです。他者視点をもつことによって、多様な観点を取り入れながら、不確実な未来に向き合い、自ら創造することができるとのことです。ただし、その他者視点をもつことは、脳の機能の助けによってもたらされると同時に、阻害されることもあるそうです。そうした他者視点について、「共感」「バイアス」「権力」の3つの観点から主に語られていたので、以下にその議論を紹介したいと思います。

「共感(Empathy)」

  未来の創造は一人で成し遂げることは難しく、他者との関わりが不可欠です。そうした文脈から、サミットの中では「共感」というテーマについて深掘りしていくセッションが目立ちました。「Mentalizing and Empathy(メンタライジングとエンパシー)のセッションでは、3名の研究者がそれぞれの視点から問いかけを行い、研究結果を共有していましたが、その講演からは、人は共感によって、判断が影響されやすいことが見受けられます。

  たとえば、最初に発表を行ったデラウェア州立大学のピーター・メンデシードレッキ氏 (Peter Mende-Siedlecki) は、痛みを感じている他者の表情を見たときに生じる共感の正確さについて研究をしています。彼は、白人と黒人男性の顔を痛みのスケールで表し、人がどれだけ他者の痛みを正確に読み取れるかを実験しました。現時点での結果としては、同じ人種の人に対してのほうが正確に痛みのスケールを読み取ることができるそうです。無意識のうちに、脳は似ている人に対して共感する傾向が生まれるとのことです。

共感力のテストに使用されている、痛みを感じている人の顔

  続いて行われたリオール・ハッケル氏 (Leor Hackel) の講演では、人の優しさは伝染するという研究結果が発表されていました。たとえば、朝誰かに優しくされ、いい思いをした人は、後で別の誰かに優しい行動をする可能性が高いとのことです。共感されたと感じたことによって、人の行動に変化が生まれることがわかります。

  また、3人目のジェイソン・プラックス氏 (Jason Plaks) は、共感の限界について話をしていました。脳は共感をすることができるが、何人に対して、どこまで共感ができるかには限界があるとのことです。「一人の人の死は悲劇、何千人となると、統計の数字」というスターリンの有名な格言を例に出しながら、脳は共感するか否かについて、どういう基準で判断しているのかの研究を発表をしていました。その中では、少なくともアメリカでは、「自分で自分の人生をコントロールする」という考えが強いため、「自分でコントロールできたはずなのに失敗した」と思えるような人には共感せず、「コントロール外の不幸が起こった」と思えば共感し、同情をする傾向が示されていました。しかし、実際その人がコントロールできたかどうかはわからないので、そうしたバイアスによって、判断をすることの危険性について忠告をされていました。

  こうした「共感」についての理解を深めることで、多様な人々と未来をコ・クリエーション(共創)していくための観点が見えてくるかもしれません。

左から:ファシリテーターのバーバラ・スチール (NLI) 、ジェイソン・プラックス氏 (University of Toronto) 、ピーター・メンデシードレッキ氏 (University of Delaware) 、リオール・ハッケル氏 (Stanford University)

「バイアス(Bias)」

  前出の「Empathy(共感)」の議論では、知らないうちに、私たちの共感に影響を与える要素がいくつかあることがわかりました。それらが「バイアス」と呼ばれるものです。今回のサミットでは、アンコンシャス・バイアス(無意識なバイアス)という単語も頻繁に取り上げられていました。

  たとえば、ダイバーシティ&インクルージョンをテーマにしたセッションにおいても、バイアスが大きなテーマになっていましたが、デイビッド・ロック氏は「イメージとしてはダンスパーティーで、いろいろな人が招待されることがダイバーシティ、一緒に踊ろうと誘われることがインクルージョン。そしてバイアスはそもそもパーティーに招待すらされていない理由」という例えを出していたことが印象に残りました。

  バイアスに関しては、NLIから、前提となる3つの見解が紹介されていました:

・Bias is a natural part of the brain (バイアスは脳の機能である)

・You can’t mitigate it all the time (コントロールできないこともある)

・You need help from others to avoid bad decisions (悪い選択を避けるためには、他者視点が必要)

また、アンコンシャス・バイアスを生む要素について、それらの頭文字を取ったSEEDSというコンセプトに整理して紹介していました:

・Similarity(類似性) – “People like me are better than others.” (自分と似ている人のほうが他より優れている)

・Expedience(便宜) – “If it feels right, it must be true.” (正解だと感じたら、事実である)

・Experience(経験) – “My perceptions are accurate.” (自分が感知したことは正確である)

・Distance(距離)– “Closer is better than distant.” (遠いものより近いものがよい)

・Safety(安全性) – “Bad is stronger than good.” (悪いことのほうが、良いことよりも影響が強い)

<「権力(Power)」>

  また、他者の視点を考える上で、権力(パワー)のある人とない人の、それぞれの視点や、それが脳に与える影響について発表が行われるセッションもありました。

  権力(パワー)をもっているかいないかで、その人の組織内での行動や発言は変わってきます。
セッションでは、権力をもっていると感じている人の脳には、どのような傾向が見られるかについて、紹介をされていました。

  権力のある人は、以下の傾向が増えるそうです:

・Goal-focus(ゴールへのフォーカス)

・Risk-taking(リスクを取る)

・Action in conflict situations(問題発生時に行動をする)

・Vision focus(ビジョン思考)

・Focusing on WHY(「なぜ」に執着)

そして、以下の傾向が減るそうです:

・People-focus(人へのフォーカス)

・Caution(警戒)

・Physiological response to stress(ストレスに対する身体的な影響)

・Negative perception of losses(失敗をネガティブに感知する)

・Detail focus(細部にフォーカス)

・Focusing on HOW(「どうやって」に執着)

  権力がないと感じている人々は、この逆の傾向があるとのことでした。

  この2つの傾向に関するリストは、どちらかが良く、どちらかが悪いというものではありません。どちらの特徴も組織にとっては大切な考え方、あるいはあり方であり、両方のバランスを取ることが必要です。ただし、自分たちに権力がないと感じている人々は、発言もしなくなるので、このバランスが取られていないことが組織においてよく見受けられます。

  たとえば、スペースシャトルのチャレンジャー号の事故、またその他金融機関、病院の例など、権力が少ないと感じている人たちが発言をしなかったために起こった不幸な事故がいくつか紹介されました。その中で、リーダーとして、そういう人たちが発言しやすいようにできることについてのアドバイスとして、以下のルールを作ってみるのも良いのではないかと紹介されていました。

・チーム内の役割を変える
 - たとえば、ナースがチェックリストの確認をする役割を担ってみる

・チーム内のルールをつくる
 - 人が喋っているときに割り込まない・つっこまない

・リーダーのあり方を変える
 - ミーティングでは最後に意見を言うか、出席しない

・情報や意見の集め方を工夫
 - 匿名で集める

・リーダーが自身のリアクションを変える
 - メンバーが発言したことに対して褒める・感謝をする

  上記のルールによって、権力者とそうでない人がもっているそれぞれの大事な視点をバランスよく取り入れることができる習慣をつくろうといった議論がなされていました。

  以上、「共感」「バイアス」「権力」についての議論を紹介してきました。これら脳の機能は、他者視点を取ることには不可欠でありながら、未来を創造する上での阻害要因ともなり得ます。それをどう受け入れて、向き合うのか、どう自分の武器にしていくかを考えていくが大切かと思いました。

<6.“インサイト”を“デザイン”する>

  オープニングのキーノートでは、ボブ・ヨハンセン氏が、未来を創造していく上で「フォーサイト ー インサイト ー アクション」のサイクルを生み出していく重要性について述べ、その中で、インサイトとは、気づきが生まれた瞬間、私たちの脳の中に形成される『新たな結びつき』のこと」と表していましたが、クロージング・キーノートでは、その「インサイト」について多面的に深める議論が行われました。

  最初の講演では、HR領域のアナリストとして著名なジョシュ・ベルシン氏から、次のような問題提起が行われました。「変化の激しい社会の中で、たとえば2年前には存在もしていなかったような知識やスキルを学び、変化に適応していく必要があります。その一方で、現在従業員は業務量の多さや複雑さに圧倒され、学ぶのに十分なスペースを取れない現実があります。その中で、どのように行動変容につながるインサイトを得ることができるのでしょうか。キーとなるのは、『仕事のフローの中に学習経験を埋め込めるようにすること』にあります。テクノロジーがその手助けになるでしょう」。ジョシュ・ベルシンや他のパネラーからは、インサイトが生まれる瞬間を日々の中にいかに統合的にデザインしていくかといった点が議論されました。

ジョシュ・ベルシン氏の講演では、日々の仕事のフローの中に、「マイクロ・ラーニング」をいかに組み込んでいくかにフォーカスが当たっていた

  ジョシュ・ベルシン氏から議論を引き継いだNLIのデイビッド・ロック氏は、「インサイトとは何か」についての知見をさらに深めます。NLIでは、インサイトとは「無意識から生まれるソリューション(Solution from the non-conscious)」であり、「突如としてアウェアネスになる(Emerges suddenly into awareness)」ものであり、「既存のデータを新しい方法で結合する(Combines existing data in new way)」ことで得られるものと定義しているとのことでした。こうした定義を見ると、インサイトとは、客観的な知識を習得するような静的な学びというわけではなく、より創発的な学びの一環であることが示唆されます。そして、人はこのインサイトによって変化への意志が生み出され、インサイトの強度によって行動変容につながる度合いが高まるとのことでした。

インサイトの強度が行動の変容につながる

「インサイトとは何かを明らかにし、測定する」

  それでは、インサイトの強度はどのように表されるのでしょうか。NLIでは、現在インサイトの強度を測定する方法の研究を進めており、現状での仮説として、「解放された感情の強さ(Strengths of emotion released)」「得られた意味の数(Number of Implications)」「行動へのモチベーション(Motivation to Act)」「後で思い出せる能力(Ability to recall later)」「余波・後の影響の数(Number of Aftershocks)」といった視点からインサイトの強度を測る試みを行っているとのことでした。こうした研究が進むことで、効果測定のあり方、ひいては私たちが行う学習が何を目指すものなのかの議論にも変化が生まれていくのではないかと思われます。

「インストラクショナル・デザイナーからインサイト・デザイナーへ」

  そして最後には、こうした「インサイト」を生み出していくための「デザイン・スキル」に関する議論も行われました。中でもデイビッド・ロック氏は、「“ストーリーテリング”と“サイエンス”をブレンドする」ことの重要性を説きます。感情的な側面から気づきや意味を生み出すストーリーと、私たちのものの見方や気づかなかった視点を与え(脱学習)、枠組みを広げてくれるデータの両者が、我々のインサイトを彩り豊かにし、どちらも欠くことはできないものであるといえます。IBMのデブ・バブ氏は、パネル・ディスカッションの中で、「これまでインストラクショナル・デザイナーとして学習領域の専門家を採用していましたが、今はデータ・サイエンティストや機械学習の専門家で人の成長や学習に情熱を持っている人に加わってもらうようにしています」と語っていました。

  こうした議論の延長として、パネル・ディスカッションの中で特に印象に残ったキーワードに「インストラクショナル・デザイナーから“インサイト・デザイナーへ”」があります。実際に、NLIでは現在「インサイト・デザイナー」という呼称に変更しているとのことでしたが、これは今回のサミットの内容を象徴し、私たちの今後の役割を考える上で意味深いものと感じました。インサイト・デザイナーというレンズで人の成長・学習に携わる私たちの役割を捉え直してみると、その貢献領域が、教室やEラーニングに閉じられた世界を超えて、大きく拡がることにつながるのではないでしょうか。

  たとえば、今パフォーマンス・マネジメントの領域で行われている、フィードバックのあり方やOne on Oneに代表される頻繁なカンバセーション、ゴール設定など、すべてのマネジメントの営みが学習につながるフィールドです。そうしたフィールドの中で、たとえば、働く一人ひとりが様々なデータにアクセスする、多様なストーリーを相互に共有する、現実の課題に働きかけながら気づきを結晶化する、といった豊かなインサイトが生み出されていくデザインをいかに行っていくかが、個人と組織の未来創造を支えていく私たちのこれからの役割であり、さらなる探求が必要であると感じることのできたサミットでした。

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