Performance Management Summit 2016
2016年12月13~14日の2日間、ニューヨークでPerformance Management Summit(主催:The Conference Board)が開催されました。参加した株式会社ヒューマンバリューの霜山・三宅が、以下にその様子をレポートします。
「One Size Fits One」、他の企業の取り組みをそのまま真似してもうまくはいきません。この動きの本質は、従業員に対する根本的な考え方・イデオロギーの変化なのです。ルール・規則のチェンジではなく、カルチャーのチェンジこそが求められています
冒頭のキーノートで発せられたこのようなメッセージから、サミットはスタートしました。
サミットの主催団体であるThe Conference Boardは、1916年に設立されたニューヨークに拠点を置く会員制のリサーチ機関です。
今回のサミットは、米国でますます注目を集めるパフォーマンス・マネジメントに関して、企業の中で実践しているメンバーを集めて、それぞれの取り組みを共有する中から、この変化が意味するものは何なのか、各企業が検討する・取り組む必要があることとは一体どういうことかを探求しようという趣旨で開催されました。
約100名の企業の担当者が集い、全部で12の企業が自社の取り組み事例を共有しました。
設定したテーマに関して、2~3社が自社での取り組みを話し、それを基に会場からの質問も受けながら、パネルディスカッションを行う形式で進められていきました。
設定されたテーマは以下のようになっています。
このテーマの切り方自体が、パフォーマンス・マネジメントの変革を考える上での一つの観点・参考になるのではないでしょうか。
・Building The case for Change
・Revisiting the Link Between Performance and Compensation Systems
・Managers Hold the Key to Success
・Leveraging Technology Support and Demonstration
・Integrated Talent Management and Performance
・The impact of New Organizational Realities
・New Directions in Managing Performance
・Ratings, Rankings, Assessments
・Driving Culture Change
・Next Generation Performance Management
“One Size Fits One” という言葉が示す通り、どこかの取り組みを真似したからといって価値が生み出せるわけではないからこそ、どの企業もオープンに自社の取り組みを語っている姿勢が印象的でした。
ここからは印象に残った部分を中心に、サミットの中で語られていたことを紹介していきたいと思います。
キーノート・スピーチ The Performance Management Revolution Shifting the Focus from Accountability to Learning (パフォーマンス・マネジメント革命:アカウンタビリティから学習へ焦点を移す)
サミットはペンシルベニア大学ウォートン・スクールのピーター・カペッリ教授とニューヨーク大学のアンナ・テイビス准教授のキーノートで始まりました。
なお、この二人は、このスピーチと同じタイトルの記事をハーバード・ビジネス・レビューに寄稿していますので、ご興味がある方はこちらもご参照ください。
アカウンタビリティ⇔ディベロップメント
キーノートの中では、パフォーマンス・マネジメントのアメリカでの歴史的経緯が振り返られ、その時代においてアカウンタビリティ(業績に対する責任を明確化する)とディベロップメント(従業員の能力向上につなげる)のどちらにパフォーマンス・マネジメントの軸足が置かれていたかという紹介がありました。
第1次世界対戦以降、社会・経済的な状況に合わせて、パフォーマンス・マネジメントにおいて、アカウンタビリティが重視されたり、ディベロップメントが重視されたりという移り変わりがある中で、1970年代にアメリカでインフレが進んだことが従来型のパフォーマンス・マネジメントの起源となっているということでした。
具体的には、成長へのプレッシャーに晒された企業が、目標数値・ゴールをトップダウンでカスケードし、ゴールの達成に対して得られる報酬を明確にしたため、パフォーマンス・マネジメントにおいては、設定したゴールの達成度合いを測ることが最重要課題になったということです。
こうした中ではディベロップメントの要素は薄くなり、コンピテンシーなどの項目にチェックを付ける、いわゆるチェック・ボックス・エクササイズになってしまいました。
これで生産性が上がる時代もあったのですが、2000年代に入って機能しづらくなってきており、そうした流れを受けて、ディベロップメントの要素も含めた新しいパフォーマンス・マネジメントを生み出そうとする変化のトレンドがあるという認識を共有していました。
各社がパフォーマンス・マネジメントの変革に取り組む理由
様々な企業がパフォーマンス・マネジメントを変革しようと取り組んでいる昨今の状況ですが、その背景には、下記のような従来のパフォーマンス・マネジメントの弊害があると2人のスピーカーはまとめています。
コスト:ある会計事務所では100万時間を費やしている
Forced Ranking(従業員に順番をつけること)の失敗:チームワークが低下し、低いパフォーマンスの原因であると特定された
評価バイアス:上司による評価にはバイアスがかかることが広く認識された
昇給額に差をつけづらくなった:必死に差をつけようとしても得られるものが少ない
その上で、
ビジネスのアジャイル化
ディベロップメントの重要性の高まり
という2つの実際のビジネスで起きている変化が、パフォーマンス・マネジメントのあり方にも大きく影響しているという認識を示しました。
つまり、ビジネスの高速化が進んで1年周期で動くビジネスが少なくなり、プロジェクトベースの素早い仮説検証サイクルの遂行がビジネスの現場で求められる中で、ウォーターフォール型ではなく、頻繁なカンバセーションを軸としたアジャイルなパフォーマンス・マネジメントが必要になってきている。
また、特に専門的なサービスを提供する知識労働の分野においては、能力開発や従業員の成長が何よりも重要であり、アカウンタビリティではなくディベロップメントや学習にフォーカスしたパフォーマンス・マネジメントが求められてきているということです。
変革を試みる上で重要になること
上記のような背景の中で、ノーレイティングや頻繁なカンバセーションで、ツールの活用、マネジャーに対するトレーニングといった様々な具体的施策が実践されている現在の状況ですが、スピーカーの2人は変革を進めるに当たっては表面的な施策ではなく、カルチャーの変革に注目しなくてはいけないと強調します。
“新しい仕組みはより民主的でダイナミックなプロセスで、マネジャーのフィードバックの質にかかっている”
“この取り組みは、マネジャー・セントリックからエンプロイー・セントリックへの大きな変革である”
“失敗する理由は、どこかのコピーをする、ビジョンを共有できていない、組織の文化を変えられていないということに帰結する”
実際に、トレンドを真似してノーレイティングで頻繁なカンバセーションを軸とするパフォーマンス・マネジメントに変更したものの、自分のボーナス額を他者と比較して、裏でどのような査定・ランク付けをされていたかを探り合うシャドーレイティングが蔓延してしまったり、マインドセットが変わらず、恐れや不安に満ちたカンバセーションが頻繁に行われてしまって失敗している企業の例も紹介されていました。
“One Size Fits One” という言葉に象徴されるように、それぞれの企業が実現したいフィロソフィーやカルチャーに関して真摯に向き合い、従業員と密にコミュニケーションしていくことの重要性を強くメッセージとして伝えていたのが印象的でした。
デザインシンキングの考え方をベースにした変革(ピープルセンタードの広がり)
今回のサミットの中では、従業員を中心に据えて、従業員が得る経験を豊かにするための様々なアイディアを考え、アジャイルに仮説検証していくような、デザインシンキングをベースにした変革に取り組んでいる企業事例が多く共有されていたことがとても印象的でした。
新しいBehaviorを生み出すという意味で、Fast Worksという新しいアプローチをデザインしました。カスタマーのことを真に理解することが大事。インテント・リスニングでカスタマーに話を聞いたら、GEの社員がやらされて仕事をしているのがカスタマーにとってのペインポイントでした。それをシニアリーダーに共有したら、非常に衝撃を受け、そこから更に変革が進んでいったのです。
現場のシンプリフィケーションを重視して、Fast Cycle Learningを推進しています。デザインシンキングは、すべての違った視点がテーブルに上がるのがいいところです。色々なレンズが多様性をもたらし、沢山のシナリオが生まれることに価値があると考えています。
ソフトウエアチームの仕事の仕方がドライバーになりました。デザインシンキングは非常に参考になります。デザインシンキングのプロセスがカルチャーを作りました。文化を作り上げるプロセスでは、ソーシャルダイアログが助けになったと思います。ダイアログで方向性を決め、また沢山のフィードバックが得られるからです。
冒頭のキーノートで、ビジネスのアジャイル化が取り上げられていましたが、現場のビジネスでデザインシンキングやアジャイルなソフトウェア開発が実践されていることに影響されて、それに合わせてパフォーマンス・マネジメントをアジャイルで従業員中心のものに変革していこうとするプロセス自体を、デザインシンキングで取り組むことの親和性は非常に高く、形式的な変化にとどまらず、カルチャーの変革を実現する上でも重要なポイントなのではないかと感じました。
カンバセーションの質の向上
パフォーマンス・マネジメントの変革を行うにあたっては、マネジャーとメンバーとの間で交わされるカンバセーションの質が重要であるということは、広く認識されてきていますが、今回のサミットにおいても、発表したすべての企業がカンバセーションの質を高めるべく、何かしらの取り組みを行っていました。
たとえば、Johnson & Johnsonでは、5年以上前からEmployee Experienceを重視したカルチャーの変革に取り組んでおり、Employee Experienceに大きな影響を及ぼすマネジャーが質の高いカンバセーションを行えるよう様々な取り組みを行ってきているそうです。
一貫性のあるオンゴーイングのカンバセーションがネクストレベルのパフォーマンスを導くと考えています。そのためにまず心がけたことはシンプルにすること。環境がシンプルでなくなったからこそ、シンプルであることが重要なのです。キークエスチョンは、クイックカード(葉書くらいの大きさ)に書いてあります。 eラーニングは15ヶ国語で作りました。「Let’s Talk」というキャンペーンでは、カードからカンバセーションをスタートして、双方のストーリーをシェアすることを行ってきました。
また、保険会社のXL Catlinでは、仕組みや制度、システムの方には手を付けていないものの、まずはオンゴーイングのカンバセーションを行う能力を高めることを目的に、先行的にリーダーやマネジャーの育成に取り組んでいるということでした。いきなり制度に変更を加えるのではなく、カンバセーションの質を高め、そこから会社のカルチャーを徐々に変えていくことからパフォーマンス・マネジメントの変革に取り組むというプロセスは、日本の企業にとっても参考になるのではないかと思います。
マネジャーの役割と人事の役割の変化
パフォーマンス・マネジメントを変革する中で、報酬の決定プロセスを変えている企業も多くあるのですが、そうした企業の中では報酬決定プロセスの変更に伴って、マネジャーと人事の役割が変化してきていることは、今のトレンドの大きな特徴と言えそうです。
これまではレーティングによってボーナスを決めていました。まさに、チェックボックスエクセサイズです。マネジャーは「私は高い評価をつけたがHRが下げたので、だからあなたの報酬は・・・」と説明していたのです。以前のHRはポリスマンでした。しかし、オーナーシップカルチャーにフォーカスし、マネジャーに裁量を任せるようにしました。大きな違いはマネジャーがHRとして振る舞うようになったことです。
毎四半期、チームベースのゴールを更新するように変更しました。フォーカスは成長と継続的なフィードバックです。コンペンセーションとレーティングのリンクは全くありません。マネジャーに大きなフレキシビリティを担保しました。この制度を導入してどうカルチャーが変わるのかをマネジャーとよく話しています。社員を評価したり、認めたりすることのオーナーはマネジャーと同僚です。HRではないのです。
コンペンセーションも大きく変えました。従業員のペルソナを作り、どのようにして満足度を上げるかを考え、コンペンセーションの仕組みを変えました。ビッグシフトは、以前はHRがすべてのデータを握っていたところから、マネジャーを支える側になったということです。どのようにして良いディシジョン(マネージャによる報酬の決定)を支えるかを考えています。
こうした変化のトレンドを形式的にまとめてみると、下記のような表になるのかもしれません。会社ではなく、現場のマネジャー・従業員に主体を置いて、大きな裁量と柔軟性を担保しようとするトレンドが伺えるのではないでしょうか。
テクノロジーとデータを活用した変革
他のカンファレンスにおいても注目されていたことではありますが、パフォーマンス・マネジメントを変革するプロセスにおいては、テクノロジーやデータの活用が欠かせないものになってきています。
今回のサミットのスポンサーである、Reflektive社はオンゴーイングのカンバセーションや柔軟な目標設定をサポートするアプリを開発・提供している企業ですが、様々な企業がこのようなアプリを開発・活用して、シンプルでフレキシブルなパフォーマンス・マネジメントのプロセスを支えようとしています。
また、カンバセーションのあり方を学んだり、従業員同士で考えや経験を共有したりすることをオンライン上でできるようにしている企業も多く見受けられました。IBMのMichelle Ames Rzepnicki氏が、「これまでHRはプロセステラーだったが、エクスペリエンスを伝え、広げるストーリーテラーへと役割を変える必要がある」と話していたように、あるところで起きた良い経験をいかに伝えて広げるかという部分においても、テクノロジーをうまく活用できるのではないかと思います。
また、パフォーマンス・マネジメントの変革には正解がないため、取り組んでみては状況を確認して、良い変化が生まれているのかを頻繁に確認し、適切に軌道修正できるようにする必要があります。そのために、データを集めながら進めていく必要があり、多くの企業がパルスサーベイやエンゲージメントサーベイを先行指標として活用していると発表していました。また、社内ソーシャルなどを利用して社員の声を聴くようなソーシャル・リスニングのツールを活用する企業も出てきているようです。
以上、2日間のサミットで共有されていたことをお伝えいたしました。
強く印象に残っていることは、100名ほどの人事に関わる方々が、とてもオープンに自社の取り組みを話し、そこからお互いに学び合おうという姿勢を強くもっていたことです。
“One Size Fits One” という言葉が示すように、他社の取り組みを真似してもうまくいくわけではないのですが、正解のない取り組みだからこそ、相互の学び合いが大事になるのではないでしょうか。
今回のサミットでは、企業が掲げるフィロソフィーを具現化する具体的なアプローチも多く紹介されていました。環境も文化も違う日本において、こうしたアプローチを形式的に取り入れただけでは、実現したい状態は生み出せないでしょう。
日本においても、相互の学び合いと探求を通して、より良いパフォーマンス・マネジメントのあり方を模索していけたらと思います。