SIOP Leading Edge Consortium 2015
2015年10月2日(金)~3日(土)に米国ボストンで開催されたSIOP Leading Edge Consortium 2015に、ヒューマンバリューから2名のメンバー(長曽・佐野)が参加いたしました。以下にカンファレンスの様子をレポートいたします。
カンファレンスの概要
SIOPとは、Society for Industrial and Organizational Psychologyの略称で、現在有料会員は8,000人に上っています。定例の年次カンファレンスでは、研究成果の発表など、学術的な色彩が濃いようですが、別途毎年開催されているLEC(Leading Edge Consortium)では、実践的なテーマを特定し、扱っています。2013年はタレント・マネジメント、2014年はサクセッション・ストラテジーといったテーマが選ばれており、今年はパフォーマンス・マネジメントをテーマとして”Building a High Performance Organization: A Fresh Look at Performance Management”(ハイ・パフォーマンスの組織をつくる:パフォーマンス・マネジメントを見つめなおす)というタイトルが掲げられました。
全体での参加者数は189名と、比較的小規模のカンファレンスでしたが、その分、朝食や昼食中の交流だけでなく、休憩中にもスナックが用意されるなど、小さなコミュニティで参加者同士が雑談をしながらネットワーキングができるような仕立てになっていました。参加者の構成については、ほとんどが米国内からの人々で占められており、属性の内訳としては、全体の半数以上が企業、続いてコンサルタント、アカデミアの順でした。
カンファレンスの内容は企業事例の紹介が中心でした。主なスピーカーの所属企業や組織は、Eli Lilly、Cargill、Google、Sears Holdings、GE、FBI、Deloitte、Gap、Rockwell Collings、Pfizerなど多岐に渡り、参加者の多くは、こうした先進的な取り組みを実践している企業や組織をベンチマークしたり、全体のトレンドを知ろうとしたりしている様子でした。また、パフォーマンス・マネジメントに関する調査研究を行っている組織としては、CEB(Corporate Executive Board)、NeuroLeadership Institute、University of Southern Californiaなどの方がスピーカーとして登壇しました。
カンファレンスに参加したきっかけ
2015年のATD(Association for Talent Development)カンファレンスにおいて、正規分布カーブに沿って従業員をランキングやレイティングすることを廃止し、より従業員の成長やパフォーマンスに重点を置いた会話を促進する、新しいパフォーマンス・マネジメントのムーブメントが紹介されました。また、ヒューマンバリューでは、これまで十数年に渡り、数々の企業の評価制度に関する取り組みに関わらせていただいており、業績向上や社員の成長を実現するためのツールとしての評価や、企業の戦略やフィロソフィーと現場のマネジメントとのアラインメントを大切にしてきました。このようにATDで紹介された動きが、これまでのヒューマンバリューの取り組みとも共鳴するところがあることから、帰国後も興味をもってさらなる研究を進めてきたところ、今回カンファレンスの存在を知り、参加することにいたしました。
パフォーマンス・マネジメント変革の背景
新しいパフォーマンス・マネジメントへの変革のムーブメントが起こるに至った背景には、大きく2つの要因があるようです。1つは、今日の社会やビジネスを取り巻く環境の変化が挙げられていました。変化のスピードが速く、不確実性や複雑性が増すなど答えのない環境の中で、人々はより主体性を発揮し、コラボレーションしながら仕事を進めたり、成長したりすることで、高いパフォーマンスを生み出すことが求められています。また、働くことに対する価値観が多様化することによって、報酬や地位といったものに皆がモチベーションを感じづらくなってきたこともあります。
もう1つは、従来のパフォーマンス・マネジメントが実質的に機能していなかったことが挙げられます。各スピーカーの企業でも、従来、パフォーマンス・レビューが年1回のイベントとして取り組まれることが多く、日常業務と切り離されてしまっていることが多かったようです。期末のパフォーマンス・レビューにおいて、何ヵ月も前のことについてフィードバックしても、理解や納得をして成長へつなげることは難しく、日常的にパフォーマンスについて会話する機会がセットされません。また、多くの時間と労力を費やしているにも関わらず、意図した成果が生み出されていないという現状があることも大きな理由となっているようです。以上の背景から、従来のパフォーマンス・マネジメントは、多くの企業や組織のマネジャー、従業員にとって満足のいくものではないというのが実情です。また、近年、ニューロサイエンス(神経科学)の視点から、レイティングのような一方的なラベル付けがモチベーション向上の妨げになっていることがわかってきたことも、これまでのやり方を見直し、より成長やパフォーマンスを促進するような仕組みの検討に踏み込む企業が増えている大きな要因となっています。
カンファレンスから見えてきたポイント
今回のカンファレンスを通して、大切だと感じられた3つの大切なポイントを以下にご紹介いたします。
1. 組織が目指す姿を明らかにし、戦略の一部として位置づける
2. 頻繁なカンバセーションの実践から、パフォーマンス・マネジメントを日常に統合する
3. マインドセットのシフトによって、行動変化を促す
1. 組織が目指す姿を明らかにし、戦略の一部として位置づける
オープニングセッションでのElaine Pulakos氏(CEB)の話の中で、「『我が社はレイティングを辞めたほうがよいだろうか』という質問は、間違ったところからスタートしている」という言葉がありました。レイティングを継続するのか、廃止するのかが大切なのではなく、「どうしたら組織のパフォーマンスを上げることができるか」について語ることが、パフォーマンス・マネジメントを考える上でのスタート地点となるということでした。
現に、Google社やFBIではレイティングを残したパフォーマンス・マネジメントを実施しています。Google社では、パフォーマンス・マネジメントをより速く、よりシンプルに、より意味のあるものにするというゴールのもと、育成や成長にフォーカスした、公正な評価を実現しようとしているそうです。そこで、正確なフィードバックと、それに基づく行動につながるよう、トップ・パフォーマーとボトム・パフォーマーの違いを明確化することが重要であるとし、複数のマネジャーが参加するカリブレーションに基づいたレイティングを実践しています。FBIでも、16年前から育成とカンバセーションに注力したパフォーマンス・マネジメントを行ってきましたが、従業員の特性からも、トップ・パフォーマーを明らかにしたいという声が多くあったため、レイティングを継続しているそうです。どんなパフォーマンスを高めたいのか、そのために何をするべきか、その施策が自組織のカルチャーと合っているか、という質問に答えることなく、単に「レイティングを廃止すべきかどうか」の検討だけでは、本来の変革の目的を果たすことはできません。
「どうしたら組織のパフォーマンスを上げることができるか」を語る上では、各企業で目指したい姿、たとえば、どんな企業として存在したいか、従業員にどんな働き方をしてほしいか、どんな文化をつくりたいか、どんな戦略を実現したいか、といったことが明確になっている必要があり、それらを実現するための1つの方法として、パフォーマンス・マネジメントの変革が位置づけられます。たとえば、Pfizer社では、企業のカルチャーの変革を押し進めるための1つの施策として、この取り組みを位置づけています。カンファレンスでは、このことを「戦略とのアラインメントをとる」という言葉を使って話されており、2日間を通して大切なコンセプトとなっていました。
食品関係の商社であるCargill社では、従来のパフォーマンス・マネジメントが、全社的な戦略的プライオリティとして挙げている、よりアジャイルになること、プロセスをシンプル化すること、価値を生み出すことにフォーカスすることとマッチしなくなってきたことが、変革のきっかけになったそうです。これらのプライオリティの実現のため、それに合った新しいパフォーマンス・マネジメントとして、パフォーマンス・マネジメント・プロセスのシンプル化、日々のカンバセーションへのフォーカス、フレキシブルでシンプル化したゴール設定、レイティングの廃止という施策を打ち出しました。特に、マネジャーと従業員間で行われる日々のカンバセーションによって、パフォーマンスにつながる行動とはどんなものか、本人が戦略にどう貢献しているのかについて話し合う機会としています。結果、こうした日々の会話を頻繁に行うことで、従業員のエンゲージメントの向上が見られたそうです。
また、製薬メーカーのEli Lilly社は、従来のパフォーマンス・マネジメント・システムで、あまりにも多くの目的を実現しようとしていたため、戦略を明らかにした上でそれを実現し、結果につなげるために、組織デザインの整理を行いました。組織デザインの中でパフォーマンス・マネジメントがどこに位置づけられているかを明確にし、パフォーマンス・マネジメントにおいて実現したい目的を絞っていったようです。
基調講演のJohn Boudreau氏(University of Southern California)は、「ハイ・パフォーマンス」の定義は、戦略やビジネスの状況によって変化するものであり、どんな戦略やポリシーをもっているかによって、それをサポートする施策も変わってくるとしています。そのため、各社で高めたいパフォーマンスとは何か、求められるタレント像とはどんなものかについて明確化することが重要となります。
2. 頻繁なカンバセーションの実践から、パフォーマンス・マネジメントを日常に統合する
カンファレンスでは、登壇したすべてのスピーカーが、日々のインフォーマル・フィードバックの重要性について語っていました。パフォーマンス・マネジメントは、1年に1度のイベントに終始するのではなく、日々の仕事の中に統合して、成長やパフォーマンスについての会話を行うことが大切です。この日常で行う頻繁なカンバセーションを、各スピーカーの企業では、たとえば、Check-in(Eli Lilly、Deloitte、Sears Holdings)やTouch Point(GE)、Touch Base(Gap)など、名称を工夫しながら、つながりや頻繁に実施できるイメージをもって浸透するよう、定着化を図っています。
また、新しいパフォーマンス・マネジメントの取り組みを語るうえで、マネジャーがメンバーに質問を投げかけながら、従業員の気づきや学びを促していくコーチのような役割を果たすことがより求められるようになってきています(GE、Gap)。マネジャーは、プレイヤーとして成果を出すことではなく、チームをマネージすること、利用できるリソースを最大限に活用して、メンバーの成長を促しながら、チームのパフォーマンスを高めることが求められています。チームのリソースの1つである報酬についても、マネジャー自身が担当するチームの予算の中から、メンバーの報酬を決定するといったように、マネジャーがより大きな裁量をもってチームをマネージすることになった例が多く見られました(Deloitte、Gap、Pfizer)。
同時に、新しいパフォーマンス・マネジメントでは、チーム内のコミュニケーションを変化させていくことが重要なポイントとなってきます。これは、マネジャーをフィードバックする側、従業員をフィードバックを受ける側として固定化するのではなく、双方がパフォーマンスについての会話やチームとしてのパフォーマンスにオーナーシップをもって取り組むことが重要とされています。FBIでも、社員のほとんどが非管理職であるため、彼らに対してフィードバックの受け方や生かし方のトレーニングを行うことが大切だと考えているそうです。同時にピア・ツー・ピアや、従業員から上司へのフィードバックも同様の理由で重要視されています。FBI、Google社、GE社、Sears Holdings社といった企業が、日々の仕事の中で互いにフィードバックし合える文化をどうつくっていけるかを、現在のチャレンジとして取り組んでいるそうです。さらに、GE社、Sears Holdings社では、より頻繁なフィードバックを促進するために、新たにITツール(アプリ)開発し、活用を促しています。つまり、新しいパフォーマンス・マネジメントとはチームに属するメンバー全員で取り組んでいくことが大切なポイントなのです。
また、報酬についての話題がパフォーマンスに対するフィードバックの会話に組み込まれることで、小さな金額の差が気になったりするなど、パフォーマンスの会話に集中できなくなることがあります。健全なカンバセーションを保つために、多くの会社でパフォーマンスについて話し合う日々のカンバセーションと、報酬についての話をするリワード・カンバセーションを分けて実施するという工夫が行われていました。Gap社やPfizer社では、日々の会話を丁寧に行い、頻繁に従業員本人のパフォーマンスや組織への貢献についての会話やフィードバックがあることによって、年度末のリワード・カンバセーションにおける納得感が格段に上がったそうです。日常の仕事の中で行われるフィードバックや軌道修正の会話があるからこそ、それらを踏まえた最終的な結果としての報酬を決定することができ、それが従業員の納得感につながります。そのため、日々の会話がないまま年度末を迎えてしまうことは、組織のパフォーマンスにとっても、従業員の納得感の醸成という意味でも、非常に危険だといえます。
3. マインドセットのシフトによって、行動変化を促す
この新しいパフォーマンス・マネジメントの取り組みは、単なる評価・目標設定制度の変更だけを目指すものではありません。企業が目指したい姿を見据え、それに向けて従業員の働き方、ひいては企業文化まで変えていく取り組みとなるため、従業員やHRが物事の捉え方やマインドセットを変化させることによって、日々の行動や仕事の進め方をシフトしていく必要がありそうです。このマインドセットのシフトを促すため、各企業では、一連のパフォーマンス・マネジメント・システムをブランディングすることに力を注いでいます。一部を挙げてご紹介すると、Sears Holdings社のPerformance Enablement、Gap社のGPS、Pfizer社のNo Labelsなどがあります。
今回のカンファレンスの基調講演者であるDavid Rock氏によれば、「自分の能力は努力と経験を重ねることで伸ばすことができる」という考え方に基づいたGrowth Mindsetをもった人物と、「自分の能力は固定的で変わらない」と考えるFixed Mindsetの人物では、失敗の捉え方が違うということです。従来のレイティングでは、人々が自分を向上させること(Getting Better)ではなく、自分を証明すること(Looking Good)に注力している、Fixed Mindsetを助長しているのです。Growth Mindsetの持ち主は、フィードバックを受け止め、上手に活用して次に向けて計画することができます。新しいパフォーマンス・マネジメントで目指しているのは、組織のGrowth Mindsetを育てることなのです。
まず、マインドセットのシフトを起こしていくための施策として、トレーニングに力を入れる必要がありそうです。Growth Mindsetを育てるために、多くの企業が参考にしているのが、近年注目されてきている脳科学の知見です。Gap社では、NeuroLeadership Instituteが打ち出しているSCARFモデル(※1)に基づくカンバセーションのやり方、フィードバックの仕方などの教育を実施しているそうです。恐れから解放された会話を続けることで、自然とフィードバックを提供し、受け止められる文化が生まれてくるようです。
次に、Pulakos氏の調査によれば、目標設定の時期に、目標の立て方や上司との話し合いの仕方についての短いビデオが提供されるなど、タイムリーなバイトサイズ(一口サイズ)の学習を活用することが、行動変容においては有効であるとのことです。航空・防衛・宇宙メーカーのRockwell Collins社では、トレーニングの世界で広く知られている70:20:10のルール(※2)を体現していくこと、知識を詰め込むトレーニングではなく、アウトプットを促すことや、経験の中での学びを促進することを重要視して取り組んでいます。
そして、多くの場合、この取り組みの推進者となるHRの役割についても変化が求められています。Gap社の発表でもあったように、制度やルールをきちんと決めて現場に展開したり、きちんと評価が行われているか監視したりする役割から、現場のマネジャーがチームのパフォーマンスを最大化できるように取り組む際のサポート役を担うことが求められています。
※1 Status(地位),Certainty(予測性),Autonomy(自律性),Relatedness(関係性),Fairness(公正性)の5つを表しており、ニューロサイエンス(神経科学)の知見から、これらが脅威に感じられるか、精神的な報酬として感じられるかによって、人間のモチベーションを左右するとされる。
※2 学習の7割は経験、2割は他者との関わり、3割はフォーマル・トレーニングの中で起こることを表すモデル。CCL(Center for Creative Leadership)によって提唱された。
全体所感・今後注目したいこと
今回のカンファレンスを通して、新しいパフォーマンス・マネジメントの取り組みは、制度の変更だけにとどまらず、多くのステークホルダーを巻き込み、戦略や企業のありたい姿とアラインメントをとりながら進める、チェンジ・マネジメントの視点が大変重要だと感じました。スピーカーの企業の中にも、トップ・マネジメントがロールモデルとなってメッセージを発信したり、パイロットを実施しながら小さく始めて変革の輪を広げていったり、個々の施策を実施するにあたって、取り組みの全体像の設計と、既存の施策とのアラインメントを大切にしている印象を受けました。パフォーマンス・マネジメントの変革を通じて、企業のあり方や私たちの働き方が将来どうあったらよいのか、今一度未来を描き、目指したい姿を見つめ直すタイミングに立っていると強く感じます。
最後に、答えのない新しい取り組みを推進するHRがGrowth Mindsetを体現し、実践と振り返りの中から学びながら取り組む姿勢が成功に導く鍵となっているように感じています。今回、推進者である各企業のスピーカーの方々自身の、情熱や想いが非常に印象的でした。従来のパフォーマンス・マネジメントに潜む障害を取り除き、従業員が成長し、生き生きと働いて欲しいという、誠実な願いを肌で感じ、そのことに一番感動しました。日本でも今後こうしたムーブメントが起こるかもしれませんが、企業がどうありたいのか、働く一人ひとりがどう働いていきたいのか、それをサポートする私たちにできることは何か、といった目指したい姿を見失うことなく、意味ある取り組みになればと願っています。