AI2007国際コンファレンス参加報告書
The 2007 International Appreciative Inquiry Conference
The Power of Positive Change
A Symphony of Strengths- An Unprecedented Opportunity for Change
関連するキーワード
The 2007 International Appreciative Inquiry Conference
The Power of Positive Change
A Symphony of Strengths- An Unprecedented Opportunity for Change
CONTENTS
1. International Appreciative Inquiry Conferenceについて
2. コンファレンスの概要
3. キーワードと傾向
1.International Appreciative Inquiry Conferenceについて
International Appreciative Inquiry Conference(以下、AIコンファレンス)は、人や組織のポジティブな変革を実現する実践的な手法であるAppreciative Inquiry(以下、AI)についての理論や実践例などを組織の垣根を超えて学び合い、洞察を深める場であり、世界中から研究者や実践家が集います。同コンファレンスは米国にて、3年に1度のタイミングで行われ、今回が第3回目の開催となりました。
第1回のコンファレンスは、2001年9月30日~10月2日に、メリーランド州ボルティモアで開催されました。当時は9月11日のテロの直後ということもあり、開催を危ぶむ声も出る中、コンファレンス・デザインチームが集まって協議を行いました。その結果、「今こそ世界が肯定的な能力の開発を必要としているときである」という想いのもと、開催が決断されました。そして、コンファレンスが「ビジネスが世界の利益に貢献するためにはどうすればよいか」について考える場となるように、デザインの修正を行いました。この時のテーマが、その後のAIコンファレンスの大きなミッションの1つになったと考えられます。
第2回のコンファレンスは、2004年9月19日~22日に、フロリダ州オーランドで開催されました。第2回のテーマは、「Creating Extraordinary Organization for Business and Society(ビジネスと社会のために、並外れた組織を創る)」であり、高い価値を生み出すための組織の創り方が議論されました。特に、AIの基本プロセスである4Dサイクルに合わせてコンファレンスが運営され、初日がDiscovery(ディスカバリー)、2日目がDream(ドリーム)、3日目がDesign(デザイン)、4日目がDestiny(デスティニー)について学ぶ構成となっていました。それぞれのプロセスをいかに回し、組織力を高めていくかに議論の焦点が当てられ、具体的なツールやノウハウ、取り組み事例が数多く紹介されました。
そして第3回目となる今回は、2007年9月16日~19日にフロリダ州オーランドのディズニー・ヨット・アンド・ビーチ・リゾートで開催されました。ディズニーならではのホスピタリティにあふれた雰囲気のもと、500名近い人々が世界各国から集い、40を超えるセッションに参加しました。今回のテーマは、「A Symphony of Strengths ? An Unprecedented Opportunity for Change(強みのシンフォニー-変革のためのかつてない機会)」と題され、一企業の変革のみならず、個々の人々や組織の強みを連携して、社会に価値を生み出していこうという気運が高まっており、AIの取り組みが次のステージに入ったことをうかがわせました。
2007年のコンファレンスに、弊社から3名(松瀬理保、川口大輔、高間えみこ)が参加しましたので、本報告書にて、その概要と具体的に話し合われていたテーマ・内容をお伝えしたいとと思います。
2.コンファレンスの概要
日程:2007年9月16日~19日
場所:ディズニーヨットハーバー会議場(米国フロリダ州)
参加人数:475名(スタッフ・スピーカーを含む)
参加国:約25カ国(日本、香港、タイ、シンガポール、インド、ネパール、ベネズエラ、
ドミニカ、ブラジル、チリ、アルゼンチン、メキシコ、オーストラリア、デンマーク、
オーストリア、オランダ、UK、カナダ、アメリカ、他。(※日本からの参加者は6名)
主催:AIコンサルティング
スポンサー:ケースウエスタンリザーブ大学、ペンシルベニア大学、ベネディクティン大学、
カーリン・スローン社、アプリシエイティブ・リビング
メディアパートナー:キングフィッシュメディア、エクセレンス
コンファレンスの構成
1.キーノート・セッション(Keynote Session)
本年度は6人のキーノート・スピーカー(下記参照)による6つの講演と、9人のパネラーによる2つのパネルディスカッションが行われました。
David Cooperrider(デービッド・クーパーライダー)
AIの創始者であり、クリーブランドのケースウェスタン・リザーブ大学ウェザーヘッド・スクール・オブ・マネジメントの組織行動学部教授、兼チェアマンを務める。
Marcus Buckingham(マーカス・バッキンガム)
元ギャロップ社のシニア・リサーチャーであり、ベストセラーとなった「Now, Discover Your Strengths(邦題:『さあ、才能に目覚めよう』)の著者。
Martin Seligman(マーティン・セリグマン)
ポジティブ心理学の大家であり、ペンシルベニア大学教授を務めている。著書に「Authentic Happiness」(邦題:『世界でひとつだけの幸せ』)などがある。
Peter Coughlan (ピーター・コフラン)
IDEO社において、変革の実践を主導している。特に、デザイン思考や手法を用い、クライアントと協働して、新しい商品やサービス、体験などを生み出すことを支援している。
Barbara Frederickson(バーバラ・フレデリクソン)
Positive Emotionsの提唱者であり、ノースカロライナ大学チャペルヒル校において心理学の教授を務める。
Dadi Janki(ダディ・ジャンキ)
インドにおける女性の精神的なリーダーの一人であり、精神を高める構造化された方法を具体化し、世に広めたパイオニアである。国連にて、Brahma Kumaris Million Minutes of Peace Appealなど、平和の実現に向けて数々のプロジェクトを立ち上げた功績が称えられている。
※Dadi Janki氏は、体調不良のため、欠席となり、代役のシスターにより基調講演が行われました。
2.ブレイクアウト・セッション(Breakout Session)
AIやポジティブ心理学を実践・研究している各国のスピーカーにより、約40に及ぶ90分間のセッションが開催されました。
3.プレ・コンファレンス(Pre-Conference)
9月16日にプレ・コンファレンスが開催されました。プレ・コンファレンスは、1日のワークショップ形式で行われ、1つのテーマについてより深く学びたい人々が参加していました。今年は5つのテーマに基づいてワークショップが行われました。
4.ネットワーキング・ブレイク(Networking Break)
本コンファレンスでは、「ネットワーキング・ブレイク」と呼ばれる休憩時間を設けており、コーヒーを片手に出会った人たちがネットワークを作る場となっていました。特定のテーマについて、ラウンドテーブルでダイアログをする人たち、新たなビジネスの機会について話し合う人たち、アジア・ネットワークなど同じ地域の人たちでコミュニティを形成するなど様々でした。
3.キーワードと傾向
今回のコンファレンスの中で、特に繰り返し述べられていた言葉やフレーズを中心に、以下の7つのキーワードを挙げました。これらのキーワードが述べられていた文脈や背景を見ることを通して、同コンファレンスの根底に流れる潮流を捉えてみたいと思います。
【キーワード】
(1)3つの分野の融合
(2)Strength-Based-Organization(強みに基づいた組織)
(3)Sustainability(持続可能性)
(4)Sustain(持続させる)
(5)Design(デザイン)
(6)Engagement & Meaning(エンゲージメントと意味形成)
(7)Meditation(瞑想)
(1)3つの分野の融合
今回のコンファレンスは、「Appreciative Inquiry(アプリシエイティブ・インクワイアリー)」「Positive Psychology(ポジティブ心理学)」「Strength-Based Leadership & Management Development(強みに基づいたリーダーシップとマネジメントの開発)」の3つのコミュニティが一堂に会した大々的なイベントとなりました。今回のコンファレンスの司会を務めたジム・ルデマ(Jim Ludema)氏は、冒頭の挨拶で次のように述べています。「今回は、個人、組織、そして社会の繁栄に貢献し、成長している3つのコミュニティが初めて集まった歴史的なコンファレンスです。これはまさに、”Symphony of Strengths”(強みのシンフォニー)となるでしょう 。」
特に、AIの創始者であるデービッド・クーパーライダー氏、ポジティブ心理学の大家であるマーティン・セリグマン氏、そしてビジネスの分野からストレングス・ファインダーの開発者であるマーカス・バッキンガム氏と、それぞれのコミュニティのオピニオン・リーダーたちが集まり、初日に連続して3つの基調講演を行っていたことが今後の流れを象徴しているように見受けられました。デービッド・クーパーライダー氏も、自らの基調講演の中で、これらの分野のリソースを融合していくことの必要性を投げかけていました。彼らが共に手を取り、分野を超えて協力し合うことで、マーカス・バッキンガム氏が言うところのStrength-Based Revolution(強みに基づいた変革)の動きが様々な領域で加速していくと考えられます。
以下に、3名の基調講演の中で、どのようなテーマや内容が話されていたかの概要を紹介したいと思います。
◆David Cooperrider(デービッド・クーパーライダー)
オープニング基調講演は、デービッド・クーパーライダー氏により行われました。The Symphony of Strengths Growing Encore(強みに基づいた成長のシンフォニーへのアンコール)というタイトルのもと、AIの起源から変遷、最新領域、そして目指す世界について、自身の取り組みを交えながら話されました。具体的には、まず今回のコンファレンスの大きなテーマでもあるStrength Revolutionについて、「Strength-Elevating」「Strength-Concentrating and Connecting:」「Strength-Extending Organization」という3つの観点を示し、強みに着目してそれを高め、相互作用を通じて強みを結び付けて創発を起こし、組織を超えて強みを拡張していくことの重要性を訴えていました。
具体的な取り組みとしては、国連のコフィ・アナン氏の主導により、世界中の企業の経営陣200名が集まってAIサミットを実施したグローバル・コンパクトや、強みに基づいて社会や組織の変革を行った数千ものストーリーをデータベースに納めたワールド・インクワイアリー、そして、ウォルマート社やフェアマウント・ダイアモンド社の事例などが、ビデオを交えて紹介されていました。
また、クーパーライダー氏が、最近注目しているAIの最新テーマとしては、「イノベーション」と「デザイン」の2つが挙げられるとのことでした。
全体を通して、AIを企業や組織の枠だけにとどめるのではなく、各企業の強みを連携してコネクトし、より大きなイノベーションを起こしいこうというメッセージが投げかけられていました。
◆Marcus Buckingham(マーカス・バッキンガム)
ASTDの基調講演などでもお馴染みのマーカス・バッキンガム氏は、最近ギャロップから独立し、The Marcus Buckingham Companyを立ち上げました。講演の主題は、パフォーマンスと強みとの関係性に関するものでした。内容は、優れたパフォーマンスを発揮するチームと、そうでないチームの差についての考察を示しており、優れたチームに共通する特徴として、「仕事において、毎日自分の最高を発揮する機会がある」と感じている社員が多いということをデータに基づいて紹介していました。また、Strength-Based Revolution(強みに基づいた変革)が進む一方で、成功に必要なのは、強みを築くことではなく、弱みを克服することにあるという認識が、依然として人々の中に強くあるというデータを示していました。その認識を変えていくためには、リクルーティング・システムやパフォーマンス・マネジメント・システムといったPeople Systems(人に関するシステム)を変えていくことが必要だと述べていました。最後に、強みを活かして仕事をしていくためのポイントとして
(1)Identify:自分の強み・弱みを認識する
(2)Change:行動を変える
(3)Grow:人々に自分の強み・弱みを理解してもらうようコミュニケーションを取り、人々の協力を得ながら成長する
という3つのステップを紹介していました。
◆Martin Seligman(マーティン・セリグマン)
ポジティブ心理学の大家であるマーティン・セリグマン氏は、主に「幸せ」とは何かということに重きを置いて講演を行いました。
最初に「LS(Living in Strength)=PE(Positive Emotion)+エンゲージメント+MEANING」という公式を打ち出し、「幸せな人生とは、エンゲージメントと意味が存在していること」と語りました。エンゲージメントとは、流れに従う能力と言い換えられていました。また、Meaningful lifeとは、人生の目的を見出し、自らの最もチャレンジングなことを知っているという状態であると述べられていました。それによって、Productivity(創造性)やGrowth(富み)、Health(健康)が生まれるということです。
次にセリグマン氏は、ポジティブな感情が知性・社会的・肉体的なリソースを創り出すことについて説明しました。特に印象的であったのは、知性が創り出される際には、そのポジティブな感情が、私たちに違ったモードで物事を見るショック(衝撃 Jolts)を与えるということでした。
また、幸せになるエクササイズとして、以下の3つのステップを紹介していました。このエクササイズを3カ月続けると、落ち込んだりすることが減るというので、ぜひ試してみてほしいと思います。
(1)満足すること
(2)介入すること(interventions):感謝の気持ちをもち、訪問する。そのときに、その想いをテスティモニー(証拠)として書き、ドアの前で読みあげる
(3)夜に3つ、今日の良かったことを書く
(2)Strength-Based-Organization(強みに基づいた組織)
3年前(2004年)のコンファレンスではあまり用いられておらず、今回のコンファレンスから特に用いられていた言葉として、「Strength-Based-Organization(強みに基づいた組織)」というものがあります。このStrength-Basedというのは、組織だけに関わらず、たとえば、Strength-Based-Individual(強みに基づいた個人)、Strength-Based-Perspective(強みに基づいた観点)、Strength-Based Revolution(強みに基づいた革命)、Strength-Based Leadership & Management Development(強みに基づいたリーダーシップ&マネジメント開発)、あるいは似たような意味合いをもつ言葉として、Living in Strength(強みに生きる)など、様々な形で用いられていました。今回のコンファレンスから3つの分野が融合し始めましたが、それらのムーブメントを総称する際の言葉として、「Strength-Based-X」という呼称が今後一般的な言葉として定着していくものと考えられます。
(3)Sustainability(持続可能性)
今回のコンファレンスの中で、特にテーマとして多く取り上げられていたのが「Sustainability」という言葉でした。デービッド・クーパーライダー氏に代表されるAIの取り組みが、一企業の組織変革で完結するのではなく、社会にとっての変革までを目指していることが見受けられました。AIは関わる人々の視座が高まる手法でもあり、自分自身だけでなく、周囲や社会にどう貢献していくかを考えるようになると、自然に取り組みがSustainabilityに発展していくものと考えられます。国連でのグローバル・コンパクトの取り組みなど、具体的な成果も発表されていました。
またSustainabilityに関する議論として、ビジネスでの貢献が強調されていたことが興味深いと感じられました。デービッド・クーパーライダー氏は、講演の中でクリス・ラツィオ(Chris Lazsio)氏のSustainable Valueのモデルを紹介していました。このモデルはStakeholder ValueとShareholder Valueの2つの軸で表され、本当の意味で持続可能な価値を生み出すためには、両方の軸の価値を高める必要があることを示しており、その例として、トヨタのプリウスを紹介していました。また、Sustainable Valueを高めるためには、Obligation(義務)からInnovation(革新)へとシフトする必要があるということも話されていました。実際にSustainable Valueを高めた企業の取り組みとしては、「Sustainability and Strengths Based Organizational Change: A Wal-Mart Case Study(持続可能性と強みに基づいた組織変革:ウォルマートのケーススタディ)」というセッションの中で、ウォルマートが、自分たちの強みである規模やアライアンスの力を活かして、いかにSustainabilityに取り組んだかということについて、支援を行ったBluSkyeというコンサルティング会社の人が紹介していました。ウォルマートでは、CEOのリー・スコット氏の旗振りのもと、重点的な戦略の一環としてかなり本格的にSustainabilityに取り組んでいるとのことでした。具体的な取り組みとしては、自社ビジネスの環境へのインパクトを調べてみると、90%以上が製品から発生するものであることが判明し、自社だけではなく、商品を提供する側も含めたサプライチェーン全体を巻き込んで、「Sustainable Value Network」を形成していました。そこでは、SustainabilityをDefensive Strategy(防衛的な戦略)ではなく、Offensive Strategy(攻撃的な戦略)として捉え、Sustainabilityに他社と協力して取り組むことが、コスト削減につながったり、消費者へのマーケティングにつなげたりすることで、ビジネス上でWin-Winの関係を築くことを重要視しているとのことでした。
(4)Sustain(持続させる)
前述の「Sustainability」とは異なる意味合いで、「Sustain」(持続させる)や「Keep」(保つ)という言葉も多く使われていました。この言葉は、「変化を持続させる」といった文脈で使われるケースが多く、その背景としては、AIなどで生み出された変化やエネルギーをDestinyのフェーズでいかに持続させていくかといったことに関心が高まっているものと考えられます。日本でも海外でも同じ傾向が見受けられるところが興味深く感じられました。
「Sustain」や「Keep」という言葉がタイトルに付けられていたセッションとして、以下のようなものが挙げられます。
1. 「Vital Networks: Engaging the Enterprise in Sustainable, Strengths-Based Design」(重要なネットワーク:持続可能で強みに基づいたデザインに企業を関与させる)
2. 「Transformation Leadership ? How Revealing the Hidden Potential in Unexpected Situations Sustains Long-Term Positive Change」(変革リーダーシップ-予期できない状況において隠れたポテンシャルを明らかにすることが、いかに長期的なポジティブ・チェンジを持続させるか)
3. 「Design Approaches to Sustainable Value Creation of Brand Identity ? Creating value for share- and stakeholders」(ブランドのアイデンティティーに関する持続的価値を生み出すためのデザイン・アプローチ-株主、及びステークホルダーに価値を生み出す)
4. 「AI COP: The Art and Practice of sustaining successful AI Communities of Practice in Communities and Organization」(AIのCoP:コミュニティと組織において、AIのコミュニティ・オブ・プラクティスを持続的に成功させるための技と実践)
5. 「AI Applications in HP’s Imaging and Printing Group: Keeping Positive Change ‘Real and Relevant’ in a large, diverse and geographically dispersed organization」(ヒューレット・パッカード社のイメージング・アンド・プリンティング・グループにおけるAIの活用:大きく、多様性に富み、地理的に離れた組織において、本物のポジティブ・チェンジを持続させる)
6. 「Developing Appreciative Leadership Capacity to Accelerate and Sustain Organizational Transformation」(組織変革を加速し、維持するために、アプリシエイティブなリーダーシップ能力を開発する)
具体的な内容として、まず④のセッションでは、ヒューレット・パッカード社(以下、HP)での取り組みを紹介していました。HP社では、Community of Practice(以下、CoP)の活用を進めています。CoPを持続的に成功させるためのやり方としてAIを活用して、参加するメンバーの意識や情熱を高め、コミュニティを活性化しているとのことでした。
特に持続させるためのポイントとしては、共通した関心テーマをもつ他のコミュニティとパートナーシップを取る、コミュニティ設立の目的を記したステートメントを書き直して、より大きな組織とのつながりを見出す、メンバーでAIを使い続ける、外部コミュニティやスポンサーにアプローチして影響範囲を広げるなどが挙げられていました。
また、⑤のセッションでは、同じくHP社の「Imaging and Printing Group」部門でのAIの取り組みが紹介されていました。これは、④で紹介されたHP社のCoPの取り組み以降にスタートしたもので、経営ボードをスポンサーにし、どのように文化的なトランスフォーメーションを起こすかということをテーマに置いたものでした。このAIの取り組みは、リージョン毎に6回に渡って行われたとのことでした。
(5)Design(デザイン)
「Design(デザイン)」という言葉も、コンファレンスを通して、様々なところで聞かれ、またテーマとして掲げられていました。その使われ方としては、AIの4Dサイクルにおける「デザインフェーズ」のことを指す場合もあれば、「組織デザイン」のようにデザインする対象やねらいを指していたり、建築家やアーティストに代表されるような「デザイナー」を指している場合もあるなど、様々でした。以下に「デザイン」に関する議論の概要を紹介したいと思います。
・組織デザイン
プレ・コンファレンスで行われた「Designing Strength Based Organization: An Emerging Practice」(強みに基づいた組織をデザインする:出現するプラクティス)のセッションでは、「The Appreciative Inquiry Summit ? A Practitioner’s Guide for Leading Large-Group Change」(アプリシエイティブ・インクワイアリー・サミット-大規模な変革を導くための実践ガイド)の著者のBernard J Mohr(バーナード・J・モーア)氏らが、強みに基づいた組織のデザインをAIの4Dを使っていかに行うかについてのワークショップを開催していました。その中で、組織デザインの成熟度のレベルを「Levels of Appreciative Design」(アプリシエイティブなデザインのレベル)として、以下のように切り分けて紹介していました。
・Low = design of a “one time” event (eg. – a strategic planning retreat, a performance appraisal session, a visioning workshop etc)
低レベル=「一時」のイベントをデザインする(たとえば、戦略立案のためのワークショップ、パフォーマンス評価のセッション、ビジョン検討のワークショップなど)
・Medium = design of a “mission critical” business process (eg. – patient transfer from unit to unit, strategic planning deployment process) or an organizational sub unit (eg team, department etc)
中間レベル=「極めて重要な」ビジネスのプロセスをデザインする(たとえば、ユニットからユニットへと患者を運ぶプロセスや戦略立案展開プロセスなど)、または、組織のサブユニットをデザインする(例えば、チームや部署など)
・High = design of a whole ” stand alone” organizational unit (eg. a business unit, a plant, etc)
高レベル=「独立した」組織ユニット全体をデザインする(たとえば、ビジネスユニットや工場全体など)
同様の議論として、基調講演を行ったマーカス・バッキンガム氏も、People Systems(リクルーティング・システムやパフォーマンス・マネジメント・システムなど人々に関わるシステム)を変えていくことの重要性を訴えていました。これらは、AIの取り組みを行う際に、サミットに代表されるような「イベント」をデザインするだけではなく、組織全体を強みに基づいてデザインしていくことが必要であるということへの警鐘にも見受けられました。デービッド・クーパーライダー氏も講演の中で、「自分の組織が船だとしたら、最も重要なリーダーの役割は何であろうか?それは船長ではなく、『設計者』である」というPeter Senge(ピーター・センゲ)氏の話を引用した上で、「リーダーの役割は、未来に向けてのシステムをデザインすることである」といった話をしており、AIの中でも根本的なシステムをデザインしていくことへの関心が高まっているように感じられました。
・デザイナーから学ぶ
デービッド・クーパーライダー氏は、数年前からAIにデザインの視点を取り入れようとしており、同氏が所属するケースウェスタン・リザーブ大学の校舎を改築するにあたっては、建築家らとかなり協働を重ねていったとのことです。デービッド・クーパーライダー氏は、基調講演で次のように述べていました。「これからのマネジメントに必要なのは、アーティストや建築家の視点や感覚です。従来の分析や統計に軸をおいたトップダウンの組織デザインを続けるだけではなく、より斬新な視点が求められていくでしょう。」
そうした背景から、今回のコンファレンスでは、デービッド・クーパーライダー氏と、デザインの分野で著名な商品を世に送り続けているIDEO社のPeter Coughlan(ピーター・コフラン)氏が協働で基調講演を行いました。テーマは、IDEO社で行っている「デザイン」の思考法をAIなどの組織開発にあてはめて考えてみることでした。基調講演には珍しく、グループワークを主体とし、実際に「ある職場をよりSustainableにする」ことをテーマとした商品のコンセプトやプロトタイプづくりをIDEO社のブレーンストーミングを使いながら行うというインタラクティブなセッションでした。
セッションの中では、4DサイクルとIDEOの思考プロセスとを比較し、DiscoverをUnderstand、DreamをEnvision、DesignをTry & Learn、そしてDestinyをScale, Spread, & Sustainというように対応させていたことが興味深かったです。
また、システム的な変化を起こすためのデザインの考え方として、以下の3点を紹介していました。
・Empathize with real people(本当の人々と共感する)
・Envision an idealized future(理想の未来を想像する)
・Experiment to introduce & spread change(変化を導入し、広げるために実験する)
特に「Empathize with real people」では、具体的な人々をイメージすること、また「Experiment to introduce & spread change」では、Rapid Prototyping(迅速なプロトタイプ化)の重要性について述べられていました。
セッションの中では、その他にも色紙を使ったワークを行うことで発想を広げることの重要性が紹介されるなど、組織や社会のデザインを行う際に、建築家やアーティストがもつ右脳的な側面を取り入れていくことへの動きが垣間見られました。
(6)Engagement & Meaning(エンゲージメントと意味形成)
マーティン・セリグマン氏から、初日の講演で出された「LS(Living in Strength)
= PE (Positive Emotion) + Engagement + Meaning」という公式が、その後の分科会セッションにも取り上げられていた。その公式は、「Happiness」というものが科学的に証明しにくいため、それを「ポジティブな感情(Positive Emotion)」「ポジティブな性格(Positive Character)」「ポジティブな慣習(Positive Institution)」という要素に消化し、それぞれを「幸せな人生(The Pleasant Life)」「エンゲージされた人生(The Engaged Life)」「意味のある人生(The Meaningful Life)」というように言い換えていました。そして、それぞれが計測可能で、かつ建設可能ということを述べていました。
EngagementとMeaningについて、コンファレンスで詳しく述べられることはなかったので、ウェブで調べたところ、以下のような説明を見つけることができました。(http://www.uel.ac.uk/positiveconference/)
・Engagement – using one’s strengths to achieve optimal performance and flourishing
ある強みを活かし、最高の(optimal:最善の、最適の)パフォーマンスと繁栄を達成する
・Meaning – creating a sense of organisational cohesion, building psychological and social capital.
組織的な結束(cohesion: 結合、団結)の意識を創り、心理的・社会的中心地を建設する
EngagementとMeaningは、たとえば英国アシュリッジ・コンサルティングと英国携帯通信会社のO2(オーツー)という会社が行った「Cultural Change」をテーマにしたAIの取り組み発表の冒頭にも引用されていました。
コンファレンス全体の中でも、社会や組織に価値を生み出すためにも、まずは1人ひとりの変化から始めるという話が共通して見受けられ、自分自身が幸せで意味のある人生を送ることがそのベースにあるというメッセージを感じることができました。
(7)Meditation(瞑想)
コンファレンス最後の基調講演は、ポジティブな感情についての研究者として権威であるバーバラ・フレデリクソン氏と、国連が選ぶ世界10人の知恵の保持者にあげられるシスター・ダディ・ジャンキ(Dadi Janki)氏の代役として登場したシスターとのコラボレーションでした。そして、セッションのテーマとして特に取り上げられていたのが、瞑想でした。
バーバラ・フレデリクソン博士は、「ポジティブな感情は、人々の幸せを増幅する重要なリソースとなる」という仮説のもとで行われている自身の最新の研究内容を紹介していました。特に興味深かったのは、同氏が行った瞑想に関する実験です。その実験では、対象を7週間の瞑想のプログラムに参加している群と、参加していない群に分け、両者のポジティブな感情がどう変化するかを測定していました。結果としては、瞑想を行っている群のほうが、時間が経過するとともに、高いポジティブな感情を示すということを、データから示していました。
次に、シスターから「幸せな人生」が、個人の内的な世界にアクセスしてこそ生み出されるということが語られました。これは、コンファレンスのスタート時に、バッキンガム氏やセリグマン氏が述べていた、「幸せは自ら創り出せる」ということに通ずるものがあり、幸せとは、自らの内的な平和によって生み出されるものであるという意味が体験として理解することができました。
そして、シスターのガイダンスに従い、実際に参加者たちも3分間の瞑想を行い、コンファレンスの幕が閉じられました。
このセッションでは、科学の権威であるバーバラ・フレデリクソン博士と、スピリチュアル・リーダーであるシスターが、同じテーマで互いに学び合いながら、講演を行っている姿が(実際に壇上でシスターが博士に質問をしていた)、今回のコンファレンスの流れを象徴しているようで、大変印象的でもありました。
また、瞑想そのものについての人々の関心も高まっているようです。デービッド・クーパーライダー氏と共にAIに取り組み、大変大きな成果をあげたことで名高い、Green Mountain Coffee Roasters社のCEOであるBob Stiller(ボブ・スティラー)氏は、「AI and Individual Awareness: Sustaining Positive Change at Green Mountain Coffee Roasters(AIと個人の気づき:グリーン・マウンテン・コーヒー・ロースターズ社においてポジティブ・チェンジを持続させる)というセッションの中で、瞑想の重要性や自社での取り組みなどについて語っていました。ブレイクアウト・セッションではありましたが、大変多くのビジネス・パーソンの方が参加しており、セッション開始時に「瞑想について興味があるので参加した」と表明している人の数も多かったです。今後ポジティブな感情を生むためのスタイルとして、瞑想というものがビジネスの中で取り入れられる機会も増えてくるかもしれないと感じられました。