ATD(The Association for Talent Development)
ASTD2004概要
関連するキーワード
ASTD2004について
ASTDは、1944年に設立された非営利団体で、世界中の企業や政府等の組織における職場学習と、従業員と経営者の機能性の向上を支援することをミッションとした、訓練・開発・パフォーマンスに関する、世界第一の会員制組織です。米国ヴァージニア州アレクサンドリアに本部を置き、現在100以上の国々に70,000人余りの会員(会員には20,000を越える企業や組織の代表が含まれる)をもっています。
ASTDは国際的な企業と産業の訓練資源に対して比類ないアクセスをもち、この団体の事業は、世界の最高水準にあると認められています。
ASTDは、トレーナーやトレーニング・マネジャーたちに専門的な開発材料やサービスを提供し、職場における学習促進を援助し、世界中の政府・企業等、各種組織に属する従業員や役員たちのコンピタンス・パフォーマンス・充足感を高める手助けをすることを使命としています。
ASTD2004
今年で60回を迎えるASTDコンファレンス(ASTD2004)は、5月23日〜27日(プレコンファレンス5月20日〜5月22日)の期間、米国ワシントンD.C、ワシントン・コンベンション・センターにおいて開催されました。また、今年のセッションとワークショップの数は、約300程度で、エキスポのブースは300を越えていました。
ASTDコンファレンスに参加することにより、欧米の企業や大学などの人材開発の専門家が、今どのような問題を抱え、どのような取り組みを行っているかが一望でき、HRDに関する世界の最新動向をつかむことができます。
ASTD2004の参加国・参加者数
本年の参加国数と参加者数は、主催者側の発表では以下の通りとなっています。
参加者総数
約10,000名
米国外からの参加者
約2,000名
参加国数
78カ国
米国外からの参加状況(国別トップ5)
韓国:328名
カナダ:223名
日本:133名
台湾:87名
ブラジル:71名
ASTD2004の主要テーマ
ASTD2004は、次の10のテーマを中心に展開されました。
1. Careers: Guiding Yours, Guiding Others
2. E-Learning
3. Leadership and Management Development
4. Learning as a Business Strategy
5. Measurement and Evaluation
6. Organizational Culture and Change
7. Performance Improvement
8. Performance Consulting
9. Personal and Professional Effectiveness
10.Training and Specialized Training Programs
ASTD2004の全体的傾向
60周年にあたる今回のASTDは、昨年に比べて大幅に参加者が増え、約10000人規模の盛況な会議であった。相変わらず韓国からは300人以上の参加者があり、日本からも公式発表では133人の参加者があったそうだ。
今年からASTDの委員会のメンバーが変わり、委員長(チェア)には前マクドナルドのCLOであり、現在のトイザラスのCLO・副社長のPat Crull氏になった。そして、ASTDのCEOにはTony Bingham氏が就任した。
そのためかASTDの基調講演などのスピーカーが変わってきており、ややラーニングオーガニゼーション系(MITのピーターセンゲを中心とするSOLのグループ)が増えてきている。ASTDからのメッセージ性も前回までより強くなり、ASTDのミッションやHR関係者の役割について、将来へ向けた発信があった。そして会全体の運営もスムーズになってきた印象を参加メンバーに感じさせた。
今年のASTDの内容を見ると、第一印象として強く感じるのは、Eラーニングが表面に出なくなったことである。2001年ごろにはEラーニング一色という感じであったが、2003年ごろからややトーンダウンし、今年は消えたという感じを抱かせる。
しかし、実際には開催されたセッションの30%はEラーニングを扱ったテーマであるし、EXPOでのブースもEラーニングは多い。それがなぜ消えた印象を抱かせるのかというと、恐らくEラーニングが浸透し、ブレンデットな形で運用されるため、あえてEラーニングという括りで語るのではなく、ラーニングに吸収されたと捉えるが妥当ではないかと思う。毎年Eラーニングの動向を語るローゼンバーグ氏も、セッションで、Eラーニングに”×”(バツ)をつけてラーニングになったというチャートを示していた。また、今回のEラーニング系のセッションやブースでのプレゼンテーションでは、新しいコンセプトは出てこなかったが、その一方で、Eラーニングの具体的な運用での工夫や成果の発表が多かった。
Eラーニングの陰が薄れた反面、HRの人たちは自信と元気を取り戻したようで、HR本来の役割やミッションを語るようになり、よい意味で昔のASTDに戻ってきたようだ。これは、CLOの役割というテーマがセッションで多く扱われていることからもうかがえるように、知識・人材が企業の重要な戦略課題になってきたため、HRDが企業の中心的な活動として認知され、HRDのスタッフも自分達の役割の重要さを自覚し始めたことによるのではないだろうか。
ASTDのセッションでは、今年は新しいコンセプトや方法論といったもので、強くアピールするものは出ていなかった。
しかし、注意深くセッションの内容をみていくと、いままでなじんでいた言葉が再定義され始めていることが感じられる。たとえば、リーダーシップやROI、パフォーマンス、アライメントなどという言葉の意味づけが変わってきている。そして、セッションの中でもコーポレートゴールという言葉はよく耳にするが、プロフィットという言葉が出てこなくなっているというように、企業のHRの底流では静かで大きな変化が起きていると思われる。
たとえば、従来の問題解決の仕方であるギャップアナリシスによって問題を特定化し、その原因を見つけ、解決策を創造するというやり方ではもう対応できない。これからはディスカバリーが大事だといったことがセッションでよく取り上げられていた。またコンピテンシーを明確にして欠けたスキルをトレーニングするという発想から、人にはみな特別な能力があるのだからそれぞれの強みを発見し引き出していくという考え方への変化が見られた。
それはセッションで語られる内容が二極化されてきていることからもうかがえる。従来のROIをより精緻化して数量で測定できるようにしようという動きと、一方ではそれよりもVOIといった表現でラーニングが生み出すバリューや、測定できないインタンジブルなものを捉えようといった議論が出てきている。片方だけを見ると従来の延長線上でさらに実行に向けて具体化・詳細化が進んでいるように見えるが、もう一方を見ると、HRDを含む企業のものの捉え方に静かな革命が起きているように思われる。
それは組織の中での人の捉え方のルネッサンスといった印象があった。1つひとつのセッションで扱われているコンセプト自体は従来からいわれてきたことであるが、それが真剣に組織で取り組まれ始めたことが大きな変化だと思う。
目新しいコンセプトが見られなかった中で、今年注目を集めはじめた言葉としては、「AI」というものがある。これにはセッションで発表されていたAppreciative Inquiry(真価を認め・拡大させる質問 David L.Cooperrider and Diana Whitney)の重要性を説いたものとか、Action Inquiry(Bill Torbert)といった本が出版されている。
前者のAIは、ポジティブな質問によって、1.組織の強みを見つけ出し、2.未来への可能性をイメージし、3.それを実現するために必要な状態をデザインし、4.その実現に向けた変革の実施に結びつける手法。
この根本には、どのような組織も、価値を生み出す強みがあり、この強みはポジティブな変革を可能にするという考え方がある。これは、組織の欠陥や弱みに注目し、それを解決したり打開したりするという従来型の問題解決手法や変革とは、まったく異なる考え方に基づいているともいえる。
他のセッションでも「フィードバックをするのではなくフィードフォワードをしましょう」などといった、ポジティブな質問や考え方を重視する傾向がみられた。
後者のAIは、本当に行いたいと願うアクションと、できるアクションのギャップを行動やオペレーション、戦略・構造・ゴール、注意・意図・ビジョンの3つのレベルで常に意識し、探求する手法である。ダイアログを実践する際にどのような変化が起きるかを明らかにしたオットー・シャーマーのプリゼンシングのモデルと共通したテーマを扱っている。
このAIの傾向にあるように、会議全体で本当に実現したいことや価値を生み出す強み等を考えるという傾向が強くなっている。またそれを探るための質問が重要視されるようになり、レジュメでもプロセスのチャートでも”?”で終わる文章が多くなっている。
古くていつも新しいテーマであるリーダーシップに関しては、本質的に大きな変化が起きている。リーダーシップが個人的な問題だったのが、組織能力として扱われるようになってきた。それはリーダーシップエンジンといった概念を一歩進ませているものである。セッションの中でも”CO”が頭につく単語が多く使用されている。「個から”CO”へ」といったように、組織のメンバー全員がチームとしてリーダーシップを発揮できなければならないという考え方にシフトしてきている。それに伴い従来のリーダーシップの定義の見直しが試みられているようだ。
このように、多くのセッションが新しい変化を捉えて、新しい組織と人の結びつきのあり方(エンゲージメント)を探求し、新しいリーダーシップのあり方、新しいHPI(ヒューマン・パフォーマンス・インプルーブメント)のあり方を模索している感じがした。
しかしながら、まだ答えは見えていない。目指している組織のあり方、働き方の意味は共有されてきているが、それを表す新しい共有化できる言葉がまだできていないという印象をもった。パッション、オーガニック、コレクティブ、コネクテッド、アウエアネス、プリゼンシング、プラス、Beingといった言葉がよく使われるが、それらを的確に括る言葉がないのである。
こういったことについては、2005年のASTD(2005年6月5日から9日、オーランドで開催)で、明確な方向性が出てくるのではないかと期待される。
2004年のASTDのキーワード
2004年のASTDのセッションで比較的頻繁に使われていた言葉から、今後の方向性を示すと思われるキーワードを、コンファレンス期間中に開催した弊社主催の情報交換会に参加されたメンバーで選んでみた。
今回は非常にキーワードを選びづらかったが、あえて挙げるとすると以下の5個になるかと思われる。
1.CLO
2.リーダーシップ
3.AI
4.リフレクション
5.ROI
他にキーワードの候補となったものには、コンプレックス(複雑性)、オーガニック、リテンション、ディスカバリー、ファシリテーション、エンゲージメント、ラーニングコミュニティ、ワークライフバランス、プリゼンス、キャリア開発、アクションラーニングなどがあった。
1.CLO
チーフ・ラーニング・オフィサーという言葉は昨年も上げられたが、今回はその役割・ミッションが多く語られるとともに、具体的にどのような行動を取ったらよいのかが紹介されていた。日本ではまだまだCLOという立場の人は少ないようだが、今後は各企業で人材開発を戦略的に取り上げていく必要があることから、外資系を中心にCLOの登場が見られるようになるのではないだろうか。
2.リーダーシップ
リーダーシップの定義が、個人的な能力から組織能力に変化してきている。CCLがそれをコネクテッドリーダーシップという概念で、1日の連続したセッションを開催して紹介をしていた。これからのリーダーシップをイメージでいえば、従来のリーダーシップは鷲のような印象であるのに対し、これからは群れを成して動く魚のようである。その魚の群れの先頭はどんどん変わるのである。こういった新しいリーダーシップを育成するには、どのようにしたらよいかの実験的な試みが幾多のセッションで見られた。そのアプローチはギャップアナリシスではなく、多様性を認め合った中での発見や、全員のクリエイティビティの発揮である。それをどのように引き出すのかがテーマになってきている。
3.AI
AIという言葉は、「Appreciative Inquiry」(真価を認め・拡大させる質問)とか、「Action Inquiry」の略として使われていた。コーチングやファシリテーション、ダイアログでもこのAIの概念が重要になってくるだろう。このAIでは、本当に実現したいことや価値を生み出す強みに注目して質問と思考の構造をつくり、他と共有することで探求を深めるところに特徴があると思われる。現状の認識やものの見方、どうありたいのか、そして、将来がどうなっていくのかなどを、人々が共有してポジティブに学習し、変革していくには、今後は、リーダーやマネジャーが構造化された質問をしていく必要があることから、この手法は広がっていくものと予想される。
4.リフレクション
リフレクション(内省)とかリフレクティブという言葉が非常に多く使われていた。
個人学習における「仮説→体験→内省→」というシングルループを効果的に回すには、リフレクションをどのように行うかがポイントであるからである。また第2のループとして職場のチーム学習のループにそれを広げ、そして組織のゴールへのインパクトにつなげる第3のループ、さらに社会へのインパクトに広げていく第4のループにつなげていくポイントもリフレクションである。そしてこのループの全ての出発点は、個人の内省がないと変化が起きないことにある。これからの人材開発はOutside inからInside outにアプローチが変わっていくと思われる。
5.ROI
ROIについては、より詳細な事例が紹介されてきた。どのように計算するのかといったことや、どのようにデザインするかの手順・方法が大変具体的になった。カークパトリックの4段階モデルとジャックフリップスの5段階モデルをもとに、レベルごとに測定する方法・アンケートの取り方などが紹介されている。ROIの取り方の新しい方向としては、受講者のアンケートをパフォーマンスが見える時期に取り、その受講者に業績の伸びた分の何パーセントが研修の効果によるものかを聞き、さらにその数字の信頼度を聞き、それらを生み出した差異に掛けて、それを答えてくれた人数だけで足し込むことでROIを測るというものがあった。これは控えめな数字なので経営層への説得力がある。
そういった精緻化する議論が増えた反面、一方では学習というのはROIが測れないものが多いのだという意見も強く出てきている。読書をしてそのROIが測れるのかということである。また、ROIを全ての研修に取る必要はないという意見は共通していた。
いずれにしても、どのレベルで測定するかは別にして、研修の効果測定をきちんと行うことは当たり前になってきたようである。
ASTD2004 エキスポジション
本年のエキスポの概要は以下のとおりであった。
出展社数
ASTD2004プログラムガイドによると、本年度のエキスポの出展社数は約330社であった。
展示日時
・5/24 月曜日 9:45a.m.−2:30p.m.
・5/25 火曜日 11:15a.m.−4:00p.m.
・5/26 水曜日 9:30a.m.−14:00p.m.
エキスポの内容
◆全体の印象
本年度のASTDのEXPOにおいては、300を超えるブースが出展された。例年同様、それぞれのブースでは、人々の学習とパフォーマンスの向上をサポートする様々な商品やサービスが、デモンストレーション等を通して紹介されていた。ブースのカテゴリーは、Leadership、Organizational Development、Coaching、Retention、E-learningなど多岐に渡り、ASTDのホームページによると、カテゴリーの総数は約100にものぼっていた。(重複カテゴリーを含む)
全体としての印象は、昨年から同様の傾向であるが、全体に占めるEラーニングベンダーの割合が少なくなっているようであった。その原因としては、以下のようなことが考えられる。
1)Eラーニングを専門としている他のコンファレンス(オンラインラーニングやテックラーン)にEラーニングのベンダーが移りはじめている
2)大規模な合併が相次ぎ、ベンダーの数自体が減少している
3)景気が厳しい状況において、大々的にエキスポで宣伝を行い、集客に結びつけるというモデルを取るベンダーが減少している
4)米国の企業においては、Eラーニングがかなり浸透し、既にLMSなどを導入している企業がほとんどになっている(プラットフォームの市場がある程度まで成熟してきた)
5)Eラーニングに関する新しいコンセプトやテクノロジーが少なくなってきているので、エキスポで大々的にプロモーションをかけづらくなってきている
2000年〜2002年ぐらいは、ASTDはまるでEラーニングのコンファレンスであるように、Eラーニング一色であったが、今年はそれ以前のエキスポの状態に回帰した感もあった。
そのような状況の中、台湾のEラーニングベンダーは、米国においてアピールを行っているのがうかがえた。具体的には、国家プロジェクトである「ナショナル・Eラーニング・パーク」として、いくつものEラーニングベンダーが連携して出展を行い、注目を集めていた。またコンファレンスのセッションの中でもアジアのEラーニングの事例が多く扱われていたり、エキスポの会場で質問を繰り返している人の多くがアジアからの参加者であったりと、アジアにおけるEラーニング熱は、依然としてかなり高いように感じられた。
Taiwan National E-learning Park(台湾ナショナル・Eラーニング・パーク)
台湾政府は、自国のIT関連産業の競争力を高めるために、ナショナル・Eラーニング・プロジェクトを2003年に立ち上げた。
そこでは、IT関連企業の生産性をEラーニングによって高めることを目指しており、ナショナル・Eラーニング・パークは、そのプロジェクトの一環として構築された。ナショナル・Eラーニング・パークは台湾の中でも質の高いEラーニングベンダーが選ばれて構成され、1つの組織として連携し、台湾政府の支援を受けながら、IT関連企業の生産性向上に貢献しようとしている。
ナショナル・Eラーニング・パークに含まれる主なベンダーとしては、eKDI、PreLearning.net、Sun.net.tw、CyberLinkなどがあった。
EXPO全体として、以前のようなEラーニング色の濃さはなかったが、それではEラーニングが見られなくなったかというと、そうではない。むしろEラーニングを取り入れることはすでに当たり前のようになっているために、Eラーニングを専門としていない教育ベンダーも含めて、Eラーニングの要素を自社サービスに取り入れているところは増えていたように感じられた。
例えば、ケン・ブランチャード・カンパニーにおいては、”5 minutes Follow Through”というサービスにおいて、通常のコースのフォローアップをEラーニングで行ったり、DDIにおいては、自社のリーダーシップコースをEラーニングにて展開したり、Webinar(Web経由でのセミナー)を積極的に実施しているベンダーが増えていたり、アセスメント系のベンダーのほとんどは、フィードバックのツールをオンラインで用意するなど、幅広く浸透しているのがわかる。
その展開の仕方は大きく分けると、
1)自社のもっているサービスをEラーニングに置き換えて、メディアの選択を広げているベンダー
2)自社サービスのクオリティを高めるためのサポートツールとして活用しているベンダー
の2つに分類できるように思う。コンファレンスの中でも、Eラーニングの権威のマーク・ローゼンバーグが、「Eラーニングという狭い枠で考えるのではなく、ラーニング全体を考える必要がある」と提唱していたが、Eラーニングがラーニングに統合されるという流れがまさに起きていたのが、今年のEXPOの特徴であったといえる。