ATD(The Association for Talent Development)
ASTD2010概要
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ASTDについて
ASTDは、1944年に設立された非営利団体で、世界中の企業や政府等の組織における職場学習と、従業員と経営者の機能性の向上を支援することをミッションとした、訓練・開発・パフォーマンスに関する、世界第一の会員制組織です。米国ヴァージニア州アレクサンドリアに本部を置き、現在100以上の国々に70,000人余りの会員(会員には20,000を越える企業や組織の代表が含まれる)をもっています。
ASTDは国際的な企業と産業の訓練資源に対して比類ないアクセスをもち、この団体の事業は、世界の最高水準にあると認められています。
ASTDは、トレーナーやトレーニング・マネジャーたちに専門的な開発材料やサービスを提供し、職場における学習促進を援助し、世界中の政府・企業等、各種組織に属する従業員や役員たちのコンピタンス・パフォーマンス・充足感を高める手助けをすることを使命としています。
ASTD2010
ASTD2010 International Conference & EXPOが、2010年5月16日~19日の4日間、米国イリノイ州シカゴ.の McCormick Placeにて開催されました。
今回の統一テーマは、「Find Your Value(あなたの価値を見つける)」で、コンファレンスでは、延べ登録数で262のセッションと3つの基調講演が行われ、同時にエキスポも開催された。参加人数は昨年よりも増えたようで、8,000~9,000名の参加があったと伝えられていました。また、海外からの参加も増加しており、近年の傾向としてASTDがまさにグローバルでの国際会議となっている様子が伺えます。
ASTD2010の参加国・参加者数
本年の参加国数と参加者数は以下の通りとなっています。
参加者について
トータル:8,000~9,000名
米国外からの参加者が多い順
韓 国:390名
カナダ:202名
クウェート:122名
日 本:103名
デンマーク:92名
ASTD2010のカテゴリー
ASTD2010は次の5つのカテゴリーで展開されました。
1.Developing People(人々の開発)
2.Implementing Solutions(ソリューションの実行)
3.Learning Design & Facilitation
(ラーニングデザインとファシリテーション)
4.Learning Technologies(ラーニング・テクノロジー)
5.Personal Development(自己啓発)
ASTD2010コンファレンスの報告
ASTD2010 International Conference & EXPOが、2010年5月16日~19日に米国イリノイ州シカゴにて開催された。
このコンファレンスは、職場における学習・訓練・開発・パフォーマンスに関する世界最大の会員制組織であるASTDが毎年開催しているものである。
このコンファレンスは、世界中から集った企業や教育機関・行政体の人材開発や組織開発に携わる者たちが、一堂に会してそれぞれの取り組みを発表し、学びあう場として多くの参加者を集めている。
今回のコンファレンスの参加者は約8,000~9,000人であり、昨年と比べて増加していた。昨年はかなり空席が目立ち、盛況感に欠けていたが、今年は活気が戻ってきたように感じている参加者も多かったようだ。基調講演なども久々に大会場の大半の席が埋まっていた。昨年は新型インフルエンザの影響で直前のキャンセルが多かったこともあり、実際の感覚値では1,000人以上増えているのではないかと思われる。今年は新型インフルエンザ等の騒ぎもなく、米国の景気もリーマンショック直後に比べると落ち着きを取り戻しつつあることがコンファレンスの参加者数増につながっているのではないかと考えられる。
海外からの参加者も1,800名と多く、全体の約20%を占めていた。セッションの中でグループワークを行っても、米国以外の国からの参加者とグループを組んだり、セッションの発表者も、ブラジル、アルゼンチン、サウジアラビア、インド、トルコ、南アフリカ、韓国、日本と多様化してきていた。発表の内容も、以前はその国特有の事例ややり方を発表していることが多かったように思われるが、現在はASTDで使っているHPIやタレントマネジメントの考え方を基盤にした取り組みが多く見受けられた。世界の人材・組織開発のスタンダードがASTDに統一されてきていることから、ASTDもますますグローバルの国際会議の様相を呈しているといえる。
ASTDが発行するCPLP(Certified Professional in Learning and Performance)と呼ばれる人材開発担当者向けの資格の取り組みや認知も広がってきており、今後ますますこの傾向は加速すると思われる。コンファレンス会場のインターナショナル・ラウンジも名称が「グローバル・ビレッジ」と変更になっており、グローバルでひとつのファミリーになっていこうというASTD側の意向も伺えた。
国別の参加者を見ると、韓国が390名と昨年の151名から大きく数を伸ばしていた。韓国は例年400名前後参加しており、新型インフルエンザの影響を受けなくなって人数が戻ったと思われる。ただし、人数が増えたこと以上に、参加している人の背景や構成が変わってきているようである。これまで韓国からASTDに参加している人の大半は、企業のインセンティブとしての参加であり、人材・組織開発とは直接関係のない人がオブザーバー的に参加しているという場面も見受けられていた。
しかし、今回はサムスングループからだけで35名の人が参加しており、全員が人事・人材開発関連の業務についている人々であるとのことであった。サムスンの人に直接話を聞いてみると、これからグローバル化を進めていくにあたってグローバルでの人材・組織開発のあり方を探求しに来ているとのことであり、学習する姿勢や目的意識も高いものが見受けられた。
参考までに下記に過去の国別の参加者数の経緯を記しておく。
ASTD2010の統一テーマ
ASTDではその年のコンファレンスのテーマを掲げている。昨年行われたASTD2009のテーマは「Learning Engagement(ラーニング・エンゲージメント)」であった。このテーマは、コンファレンスは「理論」と「実践」が出会い優れた理論からいかにベスト・プラクティスが生まれるかを学ぶ場であり、「公的機関」と「私企業」が出会い相互作用する場であり、「アイデア」と「リアリティ」が出会い学んだアイデアを仕事に戻って活かす場であるなど、多くのものが出会って関係性を深めるということを指していた。
ASTS2010のテーマは、「Find Your Value(あなたの価値を見つける)」であった。ASTD側にこのテーマに込められた考えを事前に聞いてみたところ、グローバル・マーケットの中で進化を続けてきているASTDは、ワークプレイス・ラーニング&パフォーマンスに関する最新のトレンドやベスト・プラクティス、専門家によるセッション、最先端のサプライヤーによるエキスポなどに満ちたコンファレンスを、参加者が期待できる場であるという意味合いがあるとのことであった。前回と同様に、様々な学びの場から、自分自身にとっての価値を見つけて欲しいというメッセージとも受け取れる。
会議の概要
ASTD2010は会期中の4日間で、合計262本のセッションが開かれる大規模な会議である。構成としては、会期前のプレコンファレンスでASTDの1日から2日間のサーティフィケートプログラムが開催された。これは人材開発や組織変革などの重要なテーマについて学習し、ASTDから認証が貰えるコースで、今年は日本からも数名が参加していた。また会期前には、13本のワークショップコースが開催された。
本会議では、基調講演が3本、コンカレント・セッションが延べ数で240本開催された。(同一テーマ・内容で2回開かれるセッション24本あるので、それらを除くと216本になる)また、エキスポ展示者によるデモセッションが22本行われた。
セッションの中では発表者によるプレゼンテーションが行われるが、多くのセッションでは参加者と発表者、あるいは参加者同士がインタラクティブに交流するワークショップ形式で行われた。昨年くらいからの傾向として、ハンドアウトが当日配られることはなく、事前にASTDのサイトからウェブで配信されるようになった。事前にハンドアウトに目を通すことができるため、参加するセッションを選ぶ参考になったり、事前に読み込んでくることでより理解を深められたりした。
今年の新たな取り組みとしては、ガバメント・パビリオンと呼ばれる場所がグローバル・ビレッジの隣にオープンしていた。これは特に政府関係の参加者が集まるコミュニティ・スペースであり、その中では政府の取り組みに特化した特別セッションが行われたりしていた。ASTDは、雑誌「The Public Manager」を買収しており、今後行政における人材・組織開発のサポートに力を入れていこうとしている傾向が見受けられる。
またコンファレンスと並行してEXPOが行われていた。今年のEXPOの出展者は324社であった。ここ数年EXPOは活気を失ってきており、縮小傾向にあったが、今年は以前のような活気が戻りつつあるという印象を持つ参加者が多いようであった。近年はほとんど行われていなかったブースのパフォーマンスが復活していたり、参加者の数も昨年と比べて増えていた。
ブースの傾向として、特に目新しいトレンドがあったわけではないが、Eラーニングという言葉が完全に消えて、ソーシャル・メディア系のサービスを提供するブースが増えていたり、コンテンツのデモにiPadを使っているところも多かった。
ASTD2010からみる人材開発・組織変革の全体的な傾向についての考察
ASTD2010は大規模な会議であるので、筆者1人で全容を把握することは不可能である。そこで、ヒューマンバリューが主催した現地での情報交換会に参加した方々の意見を参考にしながら、全体の傾向についての印象をまとめてみた。ASTDコンファレンスを通して今後の人材開発・組織変革のあり方を考えようとする方にとって、ひとつの仮説として探究の一助になれば幸いである。
ASTD2010の最も大きなトレンド:「ソーシャル・ラーニング」
今年のコンファレンスの最も大きなトレンドは「ソーシャル・ラーニング」と言えるだろう。
昨年ぐらいからASTD側のメッセージとして、ソーシャル・メディアなどを活用したインフォーマル・ラーニングを推進していくことの重要性が多く見受けられるようになった。この背景には、インターネットの生み出したネットワーク環境と経済環境の変化のスピードが、人材開発の枠組みをはるかに越えたことから、人材開発の専門家たちが、既存のモデルを変えていかなければならないという意図が込められていた。特に、現在では働く人々の世代構成が大きく変わろうとしている。FacebookやTwitter、You Tubeなどに代表されるソーシャル・メディアを自由に使いこなすミレニアム世代やネットGenと呼ばれる人々が、近い将来働く人々の大半を構成するようになるという社会状況がある。
そうした状況では、既存のクラスルーム・トレーニングのような学習形態だけでは人々の学習と成長に貢献できなくなってしまうため、ソーシャル・メディアについて私たちが学び、それを活かした人材・組織開発を行っていこうというメッセージが強かったように思われる。ただし昨年は、「ソーシャル・ラーニング」に関する捉え方もばらばらで議論の枠組みも狭く、社会の変化に人材開発の専門家たちが、まだ対応し切れていないといった印象があった。
今年は、昨年と比較するとソーシャル・ラーニングに対するASTDや世界の人材・組織開発に携わる人々の自信が少しずつ高まってきているように感じられた。その背景には、この1年間でASTDによる調査研究や、企業による様々な取り組みが試行錯誤を経ながら行われてきたこと、また参加者側のソーシャル・メディアに対するリテラシーや理解度が高まってきたことが考えられる。
冒頭にASTDのCEOであるトニー・ビンガム氏が行ったスピーチの中では、デロイトやシェブロンなどの先進企業のCLOのコメントをVTRで紹介しながら、ラーニングのパラダイムを変えて、ソーシャル・ラーニングに取り組むことが実際に組織の生産性を高めているということを自信を持って伝えられていた。コンファレンスの中でもソーシャル・ラーニングに関する数多くのセッションのほとんどが盛況であり、人材・組織開発担当者の関心度の高さが伺えた。
ソーシャル・ラーニングを扱ったセッションとしては、「M200:The New Social Learning」「M217:Delivering the Most Value:Informal and Social Learning Solutions」「M318:Informal Learning:How to Take Advantage of the Hidden Opportunities」など多数が上げられ、内容も企業の取り組み事例やパネルディスカッションなど多岐に渡っていた。
企業事例では、例えばインテルにおいてキャリアや人材開発の一環として80,000の社員が社内のFacebookに参加していたり、その他にもクォルコム、FRB、タイム・ワーナー・ケーブルなど様々な企業や組織の取り組みが紹介されていたようであった。発表者と参加者のやり取りも、単なる質疑応答を越えて、実際にソーシャル・メディアを活用していくにあたってのセキュリティをどう考えるかなど地に足のついた実質的な議論が行われていた。
また、ASTDのコンファレンスの中でもそうしたソーシャル・ラーニングによる学びが行われていることが印象的であった。会期中には「#astd10」というハッシュタグのもとでTwitterによるやり取りが行われており、休憩時間中に何百ものツイートが参加者からなされていた。ヒューマンバリューのデリゲーションメンバーの一人は、基調講演の最中にTwitterにアクセスしていたのだが、講演者が発言するたびにツイートで感想が共有されたり、この会場に来ていない人からフィードバックが入ったり、講演者が見せていたスライドの入手先の情報がリアルタイムでアップされていく様子に感動したと話されていた。
コンカレント・セッションの中でも、たとえば「TU320:The 2020 Workplace:How the Social Web Will Change How We Learn」では、今後私たちに大きな影響を及ぼすと考えられるソーシャル・テクノロジーについて、携帯電話による投票が行われたり、発表者に投げかけた質問に対して参加者が出したアイデアをテキスト・メッセージやTwitterで投稿すると、それらが全てスクリーン上に映し出されたりと学びのスタイルが変わっていくことを感じさせられた。
このように盛況な議論や探求が行われたソーシャル・ラーニングであったが、それらを集約したのが、ソーシャル・テクノロジーの分野でのオピニオン・リーダーであり、「Open Leadership: How Social Technology Can Transform the Way You Lead」の著者であるシャーリーン・リー氏による基調講演であった。講演の内容について、ポイントのみ紹介すると、まず「ソーシャル・テクノロジーの波は既に起きていてコントロールが出来ない。これからのリーダーやマネジメントはいかにコントロールを手放すことが出来るかが大切である」といった考え方が投げかけられた。そして、ベストバイやウォルマート、デルなどの具体例を紹介しながら、これから私たちがイノベーションを生み出していくためには、失敗を恐れずにEmbrace(抱擁)しながらソーシャル・テクノロジーの活用に一歩を踏み出し、リーダーと社員、あるいは顧客と対話を行い、学習を深めていくことの重要性が訴えかけられていた。ソーシャル・テクノロジーの進化を踏まえて、今後の組織構造やリーダーシップのあり方についての深い考察が共有されたと言える。
同氏のメッセージや自分たちが置かれた環境に向き合いながら、人材・組織開発のプロフェッショナルたちが、自分たちの仕事の意義や使命について改めて問い直していくことが集合的に行われたコンファレンスであったと感じられた。
ラーニング2.0
上述したソーシャル・ラーニングの流れを受けて、学習をどうデザインするかの考え方が大きく変わろうとしている。そうしたラーニングのパラダイムシフトを受けて、マーク・ローゼンバーグ氏を始め、様々な人が「ラーニング2.0」というコンセプトを扱っていた(マーク・ローゼンバーグ氏は、「SU103:What Every Manager Must Know About Learning 2.0」というタイトルで講演を行っている)。
ラーニング2.0の中では、特にインフォーマル・ラーニングが重視されている。これまでにも、「学習の7割以上はインフォーマルに起こる」ということは言われ続けていたが、実際にはクラスルームトレーニングに代表されるフォーマルな学習が中心にあり、インフォーマル・ラーニングはそれを補足するような位置づけで扱われてきた感があった。しかし、今年のコンファレンスでは、完全にパラダイムが変わっていて、インフォーマル・ラーニングの中で、体験や人々との関係から社会構成主義的に学んでいくことこそが学習の中心にあるという考え方が、学習をデザインする上で現実の議論になってきていた。
ASTDのCEOであるトニー・ビンガム氏は、「Holistic(全体的な)ラーニング」という言葉を用いていたが、フォーマルもインフォーマルも含めた全体的な学習体験のデザインを行っていく必要があるとの考え方が背景にある。たとえば、「M111:Synchronizing Leadership Development at UPS With the Demands of Global Growth」の中では、UPS社が40万人を対象とした人材開発のあり方を再設計するにあたって、「Holistic Learning Experience」を重視し、フォーマルなトレーニングや施策だけではなく、経験からの学習、コラボレーションからの学習、そしてプロフェッショナルとしての学習も含めて、包括的に学習環境のデザインを行っていった例などが紹介されていた。こうした取り組みは他でも多く紹介されていた。
こうした傾向から、学習者が何を学ぶかを設計していくインストラクショナル・デザインの考え方のみではなく、学習者が人々といかにつながり、どのような環境で学んでいくかをデザインする学習環境デザインの考え方が今後人材・組織開発に携わるものとして必須となってくると思われる。
その際、「インフォーマルなラーニングをフォーマライズする」という言葉も多く見受けられた。これは偶発的に起きる学習を偶然に任せるだけではなく、計画的に偶発的学習が行われるようなデザインをしていこうという考え方が背景にあると考えられる。
インフォーマル・ラーニングに何を含めるかは議論があるところであるが、そうした背景から今回はインフォーマル・ラーニングの手段としての「コーチング」や「メンタリング」に改めてスポットが当たり始めていた。それも単にコーチングのスキルを身につける研修を行ったり、メンタリングの施策を実施するというものだけではなく、構造化したコーチングやメンタリングを仕組みとして提供していくことで学習環境デザインを行っていこうとする傾向が見受けられた。
たとえば、「SU101:Stop Talking, Start Coaching! How to Create a Coaching Culture」では、この業界のグル的存在であるジャック・ゼンガー氏が、構造的に手順の定められたコーチングを導入しながら、コーチングの文化を創り上げていくことについて話されていたとのことであった。また、「M214:Group Coaching:Tools for Leveraging Learning in Groups and Teams」では、グループコーチングについてのセッションが行われたが、ここでは安全なスペースを創り出すために構造化されたグループコーチングの仕組みを使いながら、職場でグループコーチングを行い、人々の内省や学習を生み出していくことが推奨されていた。
また、「M117:Designing Mentoring Programs That Positively Affect Productivity and Engagement」では、デル社におけるメンタリングの仕組みづくりが紹介されていた。こうしたコーチングやメンタリングのセッションはいずれも多くの人が参加しており、インフォーマルな学習環境を構築していくことへの関心の高さが伺えた。
ラーニング・トランスファー
上述したようにラーニングのデザインの考え方が変化していく中で、今年特に注目を集めていたのが「ラーニング・トランスファー(学習の移行)」というキーワードであった。具体的には、フォートヒル社が「Learning Transfer Guaranteed」シリーズという形で、ラーニング・トランスファーを扱ったセッションを3日連続違う内容で行っていたりした。
ラーニング・トランスファーという言葉は以前からも使われている言葉であり、なぜ今年注目されたのかの背景について、詳しいところはわからないが、学んだことを早めに行動に移し、時間をおかずに振り返りを行っていくことが高いパフォーマンスを生み出していくうえでのポイントであるという理解が深まってきているのかもしれない。
また、同様にナレッジ・トランスファーというキーワードも良く見受けられた。たとえば、「TU216:Solving the Knowledge-Transfer Problem:12 Practical Strategies」では、ナレッジを移行するために有効な12の戦略が紹介された。また、「SU109:Harvesting Expert Knowledge」というセッションでは、トランスファーという言葉は使われていないが、SMEからナレッジを引き出す効果的なインタビューの方法などが紹介されていた。こうしたセッションが行われる背景には、ベビーブーマーが退職するにあたって、社内のナレッジを残していくことへの切実なニーズがあると考えられる。
・人材開発のスタンダード化
本報告の前半に、ASTDを中心として人材開発のスタンダード化が進んでいると紹介したが、今年はそれが顕著に現れていた。特にグローバルにビジネスを展開している企業の取り組み事例の発表では、どこの国から発表されるかという国籍を問わずに、基本的なプロセスが丁寧に取られていることが印象的であった。その際、特に共通していたポイントとして挙げられるのが、「企業のビジョンや戦略とアライメントを取ること」「必要なステークホルダーを巻き込みながら事業ニーズを明らかにしていくこと」「モデルを明らかにしたら、全ての施策にそのモデルを適用し、整合性を取れるように徹底すること」「施策を展開する前にリザルトを明らかにすること」などがあった。
具体的には、「SU114:Driving Culture Change:Integrating Mission and Values Into People Process」ではタイム・ワーナー・ケーブル社が47,000人を対象とした人材開発プロセスに同社のミッションとバリューを反映していった事例が紹介されていた。また上述した「M111:Synchronizing Leadership Development at UPS With the Demands of Global Growth」ではUPS社の事例が、「Aligning Leadership Development With Global Strategy」ではブリストル・マイヤーズ社の事例が、「TU110:Strategic and Personal Alignment:Individual Learning for Employee Engagement」ではシンシナティ小児病院メディカルセンターの事例が扱われていたが、全て基本となるプロセスがしっかりと押さえられており、リーダーシップ開発やHPIのお手本となるような事例であった。
今後グローバルでの人材開発のあり方が統合されてくる中においては、こうした傾向がますます進んでいくものと考えられる。
ハピネス&ミーニング
ここまで大きくソーシャル・ラーニングやラーニングのあり方の変化について紹介してきたが、ASTD2010のもうひとつのトレンドとして考えられるのが、人材・組織開発の担当者が、スキルや知識獲得にとどまらず、人々がより良く生きることを支援していこうということである。
たとえば、「SU100:MOJO:Finding Meaning and Happiness at Work and at Home」ではコーチングのグルと呼ばれるマーシャル・ゴールドスミス氏が、提唱する「MOJO」というコンセプトや研究結果を昨年に続いて紹介していた。MOJOとは、自分が今行っていることへのポジティブなスピリットであり、自身の内側から外側へと発せられるものである。人生において何が大事かを自分の内側から明らかにしていこうとしたセッションであったと言える。
また、基調講演を行ったダニエル・ピンク氏は、モチベーションを高めるのに金銭的なインセンティブが与える影響に限界があることを示したうえで、AutonomyやMastery、Purposeといったより内発的な動機付け要因を大切にしていくことの重要性を訴えていた。
その他にも「TU201:Bringing Love to Leadership:Servant Leadership in Action at Southwest Airlines」では、レジェンド・スピーカーのケン・ブランチャード氏とサウスウエスト航空名誉会長のコリーン・バレット氏が対話形式でセッションを行った。セッションの中では、サウスウエスト航空のストーリーが語られ、バレット氏が本当に働いている人々を家族のように扱っている姿に感銘を受けた人も多かったようであった。
昨年のコンファレンスでは「他の人をヘルプしよう」というメッセージがトレンドとして上げられていたが、その傾向がより強化され、人々がより良く生きることを支援していきたいというコンテクストが生まれていたように見受けられた。
終わりに
ここ数年、ASTDの中で明確なトレンドが見出せないことが続いていたが、今年は「ソーシャル・ラーニング」という大きなトレンドが明らかになった大会であった。ただし、ソーシャル・ラーニングのあり方については答えが用意されているわけではなく、まだまだ混沌とした中から試行錯誤や探求を進めていく必要がある段階にあると思われる。しかし、基調講演のシャーリーン・リー氏の話にもあったように、ラーニングの世界でも失敗を恐れずに着実に一歩が歩まれていると感じられる。そうした一歩の価値を実感しながら、より良い未来を生み出していくためにそれをどう活かしていくかを今後も模索し続けていきたい。来年のオーランドで行われるコンファレンスでは、昨年よりもBetterな自分たちであれるよう、私たち日本で人材・組織開発に携わるものたちも実践と学習を重ねていきたいと思う。