ATD(The Association for Talent Development)
ASTD2011概要
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ASTDについて
ASTDは、1943年に設立された非営利団体で、世界中の企業や政府等の組織における職場学習と、従業員と経営者の機能性の向上を支援することをミッションとした、訓練・開発・パフォーマンスに関する、世界第一の会員制組織です。米国ヴァージニア州アレクサンドリアに本部を置き、現在100以上の国々に70,000人余りの会員(会員には20,000を越える企業や組織の代表が含まれる)をもっています。
ASTDは国際的な企業と産業の訓練資源に対して比類ないアクセスをもち、この団体の事業は、世界の最高水準にあると認められています。
ASTDは、トレーナーやトレーニング・マネジャーたちに専門的な開発材料やサービスを提供し、職場における学習促進を援助し、世界中の政府・企業等、各種組織に属する従業員や役員たちのコンピタンス・パフォーマンス・充足感を高める手助けをすることを使命としています。
ASTD2011
ASTD2011 International Conference & EXPOが、5月22日~5月25日(プレコンファレンス・ワークショップ:5月21日)の期間、米国フロリダ州オーランド、オレンジ・カウンティ・コンベンション・センターにて開催されました。
今回の統一テーマは、「Learning to Lead(リードするための学習)」で、コンファレンスでは、延べ登録数で約300のセッションと3つの基調講演が行われ、同時にエキスポも開催されました。
参加人数は、ASTDの会長の講演では8,500名、そのうち2,500名が海外からの参加と伝えていました。
ASTD2011の参加国・参加者数
本年の参加国数と参加者数は以下の通りとなっています。
参加者トータル
8,500名
米国外からの参加者が多い順
韓 国:451名
カ ナダ:214名
ブラジル:146名
中 国:128名
日 本:119名
ASTD2011の主要テーマ
ASTD2011は次の9つのテーマを中心に展開されました。
1.Talent Management(タレント・マネジメント)
2.Learning Design & Facilitation(学習デザインとファシリテーション)
3.Learning Technologies(ラーニング・テクノロジー)
4.Organizational Effectiveness(組織の効果性)
5.Developing Effective Leaders(効果的リーダーの開発)
6.Learning as a Business Strategy(ビジネス戦略としてのラーニング)
7.Measurement, Evaluation and ROI(測定、評価、ROI)
8.Performance Improvement( パフォーマンス向上)
9.Personal Skills Development(パーソナルスキル開発)
ASTD2011コンファレンスの報告
ASTD2011では、4日間で約300セッションが開催された。ここでは、印象に残ったセッションの内容やそこで行われた議論、見受けられた傾向などをテーマごとに報告したいと思う。
報告は、「1.主なトピックス」「2.パフォーマンス向上」「3.リーダーシップ開発」「4.エンゲージメント」「5.組織の効果性」「6.ラーニング・テクノロジー」の6つのテーマごとに行っている。各テーマに関するセッションに比較的多く参加した弊社メンバーがそれぞれのテーマのサマリーを担当した。数多くのセッションがあり、全てを網羅できているわけではないが、コンファレンスの全体観をつかむ上での参考にしていただければ幸いである。
1.主なトピックス
ここでは、基調講演を中心に、ASTD2011における主なトピックをまとめている。
2日目に行われた基調講演は、「さあ、才能に目覚めよう」(日本経済新聞社刊)で著名なマーカス・バッキンガム氏による「Stand Out:How to Find Your Edge and Win at Work(スタンドアウト:あなたのエッジを見つけて職場で勝利する方法)」と題したプレゼンテーションであった。
この講演では、随所にユーモアや彼の体験談を交えながら、自分の強みを延ばすことの大切さが述べられていた。
昨今のソーシャルメディアにおいては、例えば画面に各ユーザに関連のある情報のみが表示されるなど、その人独自のフィルターをアルゴリズムで抽出する技術が発展している。また、組織においては、その人独自の強みを発揮することが組織のイノベーションにつながり、パフォーマンスが上昇する。これらの例から、各人の「強みを伸ばしていくこと」は重要な課題であるとしている。
強みを見つけるためのツールとして、彼が開発した「スタンドアウト」が紹介された。強みのタイプは「アドバイザー」「クリエイター」「コネクター」等9つあり、その中から自分の強みが測定されるというものである。講演では、これらの各タイプについて、例を交えながら紹介された。
3日目に行われた基調講演は、キャンベルスープ社CEOダグ・コナント氏とストラテジック リーダーシップ&ラーニング社のメッテ・ノルガード氏による「”Touch Points”:Transforming everyday Interactions into Powerful Leadership Moments(タッチポイント:日々の交流を、パワフルなリーダーシップの瞬間に変換する)」であった。
この講演では、自身の体験やキャンベルスープ社での体験を交えながら、「タッチポイント」について紹介していた。
タッチポイントとは、ある適切な瞬間に発せられる、6語以内程度の、短いが人生に大きな影響を与える言葉による一瞬のふれ合いのことである。そしてこれに触れると、これまで難しい課題として認識していた物事に対して可能性を見出し、コミットメントを強めることができるのである。
リーダーは、一人ひとりが持っている可能性にタッチし、コミットメントを引き出すことが重要である。具体的な事例として、2000年頃に業績や社内環境が悪化したキャンベルスープ社が、次第に業績を回復していったストーリーが挙げられた。この時期の回復のポイントは、「課題には厳しく、人には優しく」だった。つまり、社内の課題に対しては厳しい態度で対処して社内スタンダードを引き上げていく一方、社員に対しては優しく柔らかい心で接し、お互いを大切に思って気遣い合いながら、貢献に感謝しあう社風となったことがポイントだったのである。
リーダーとしてタッチポイントを実現するには、「How can I help?」という姿勢が大切である。そしてこのような姿勢が周囲に良い影響を与え、さらに広がっていくのである。この基調講演では、上記のような話を通じ、リーダーとしての姿勢やあり方について述べられていたように思う。
最終日に行われた基調講演では、米海軍の飛行デモ隊(ブルー・エンジェルス)の元リード・ソロ・パイロットであるジョン・フォリー氏が「The High-Performance Climb」という題目で講演を行った。
どうやってハイ・パフォーマンスを出すのかということをブルー・エンジェルスの取り組みから明らかにしたプロセスを紹介した。0.01%のハイ・パフォーマーになるには、4つのプロセスがあり、Belief Level、Brief、Contract、Debriefのうち、Debriefが特に重要である。そして、これらを支えるのがチームワークであり、尊厳をお互いが持ち、互いの尊敬の念がないと、うまくいかない。そしてみなが「Glad to be here」という気持ちを持つことが重要だと語っていた。
基調講演以外に、今年のトピックとしてぜひ挙げたいことに、ASTDのレジェンド・スピーカーであるドナルド・カークパトリック氏の引退講演がある。
今年限りで第一線を退くこととなったドナルド・カークパトリック氏が、最後のセッションを行った。
会場は、87才になった彼の有終の美に駆けつけた多くの人で賑わい、熱気に包まれていた。セッションの後半では、ドナルド氏の娘、息子、息子の妻の3人も一緒に壇上に上がり、ドナルド氏のメッセージを息子のジェームズ氏が読み上げる場面もあった。メッセージの内容は主に、「4段階モデルに関わった人々への感謝、妻への感謝と病の快復への願い、業界の変革への想い」であった。最後は参加者の温かいスタンディングオベーションに包まれ、セッション終了後も写真撮影する人が後を絶たなかった。
2.パフォーマンス向上
事前レポートにおいて紹介した、Human Performance Improvement(HPI)とPerformance Consulting(パフォーマンス・コンサルティング)といった、ビジネスゴール(結果)を達成するための人材開発のトータルアプローチ(分析、開発、実行、評価)に基づいた事例を紹介したい。
ASTD国際コンファレンスでは、パフォーマンス向上における様々な実勢の取り組み事例が毎年紹介されている。以前はアメリカやヨーロッパの取り組み事例が中心であったが、ここ数年では、たとえば、サウジアラビア、韓国、中国といった中東やアジア諸国の事例が登場するなど、パフォーマンス向上の考え方やアプローチがグローバルレベルで広がりを見せていることがうかがえる。
そこで、今年最も印象深かったサウジアラビアと韓国の2つ事例のサマリーを紹介したい。まずは、「SU118:University to Useful: Transitioning Performers from Classroom to Performance」で紹介されたサウジアラビアにある世界最大のアラミコ石油の事例である。同社は中東で最もパフォーマンス向上に注力している企業のひとつである。過去のASTDコンファレンスでもHPIに関する取り組み事例を発表した実績もある。今年の事例では、HPIを活用し、6ヵ月という短期間にて7つの職務に応じた技術者向けの150のカリキュラム開発を行った取り組みが紹介された。この取り組みが成功した要因としては、「Performance DNA」と呼ばれるHPIのシステムを活用し、人材開発担当とSME(分野別の技術専門家)それぞれの専門性を活かし協働しながら、実現したいパフォーマンスの設定、スキル抽出のためのタスク分析、プログラム開発という一連の流れを効率的かつ効果的に進めたことがあげられるようだ。時間的制約がある中でも、トレーニングプログラムによる学習と実際のパフォーマンスをつなげるというHPIの基本的な原則とそれを実現するための確立されたフレームワークが寄与した事例といえよう。
2つめの事例としては、「M117:Performance Consulting at Hyundai-Kia: Linking Training and Business Results」で紹介されたヒュンダイ・キア自動車のパフォーマンス・コンサルティングの事例である。ヒュンダイ・キア自動車は、オハイオ州立大との1年にわたるパフォーマンス・コンサルティングの導入プロジェクトを通じて、自社の人材開発部門をトレーニングプログラム重視型から組織成果重視型へとミッションを大きくシフトさせることに成功した。そもそもヒュンダイ・キア自動車がパフォーマンス・コンサルティングの導入に至った背景は、同社のコーポレートフィロソフィである”Realize the dream of mankind by creating a new future through ingenious thinking and continuously challenging new frontier”を実現するためには、従来のやり方であるトレーニングプログラム重視型の人材開発から脱却しないといけないというシニアエグゼクティブ層の高い問題意識がきっかけとなったようだ。では、このプロジェクトが成果をあげた2つのキーポイントを具体的に紹介したい。1つめは、プロセスにおいて、ステークホルダーを動機づけしながら巻き込み続けたことである。実際、代表的なステークホルダーである事業部門からすると、人材開発部門がなぜ事業部門のパフォーマンス向上の関わろうとするのか、根本的に理解しがたいところがあったようだ。しかし、人材開発部門の粘り強いコミュニケーションと姿勢が奏功し、徐々に事業部門の理解と協力を得ることができたようだ。2つめは、人材開発部門内でパイロットチームを編制し、小さくパフォーマンス・コンサルティングのプロセスをスタートし、回したことである。スモールスタートでトライアンドエラーを繰り返しながら、展開していくことで、体験的に各ステップの推進の押さえどころを獲得できたことが、同社にあったパフォーマンス・コンサルティングプロセスが形作ったようだ。
この2つの事例から共通点として感じたことは、HPIやパフォーマンス・コンサルティングのフレームワークを機械的に当てはめて実行するのではなく、それぞれの組織が置かれた状況や実現したいゴールを踏まえ、柔軟なコミュニケーションプロセスを重視しながら対応していることがあげられる。ハードで分析的なアプローチとしての印象が強いHPIやパフォーマンス・コンサルティングのイメージが大きく変わるきっかけなるかかもしれない。
3.リーダーシップ開発
リーダーシップ開発では、「Developing Effective Leaders」というカテゴリーのもと、様々なセッションが行われた。ここ数年の傾向として、グローバルでのリーダーシップ開発が着目され、展開事例が数多く報告されていたが、今年もその傾向は続いていた。
たとえば、「M317:Best Practices for developing Global Leaders : Lessons Learned(グローバルリーダーを開発するためのベストプラクティス:得られた教訓)」では、Pratt&Whitney社、Novartis社、B.Braun Medical社、Boston Scientific Corporationの重役によるパネル・ディスカッションが行われ、各社がグローバル・リーダーを育てるためにどのような取り組みやプログラムを展開しているかが取り扱われていた。
また、各社の事例を具体的に深堀した事例セッションも行われており、数多くの人々の注目を集めていた。たとえば、「SU303:Leadership Development Takes Flight: The American Airlines Story(リーダーシップ開発が飛び立つ:アメリカン航空のストーリー)」では、アメリカン航空の具体的なリーダーシップ開発のプロセスとプログラムの内容が紹介されていた。アメリカン航空では、2001年まで、何年にもわたって公式なリーダーシップ開発は行われていなかったが、その後、ビジネスの成果を高めるために、リーダーシップ開発への要請が高まり、「LIFT(Leadership:Improving the Future Together)」というプログラムが開発されたことが発表されていた。この事例では、「1.参加者の学習に対するエンゲージメント)」「2.個人に特化したコンテンツ」「3.リーダーシップの関与」という3つのデザイン原理(Principle)を掲げ、この3つの原理に基づいてプログラムの開発が行われたとのことであった。実際のプログラムの内容も公開されていたが、参加者の学習を支援する1対1のコーチング・セッションや、個人の開発エリアを特定する360度FBによる詳細なレポート、またリーダーシップ・チーム自身が講義を受け持つなど、適切な学習を実現するために、原理にこだわり、丁寧なプログラムの創り込みが行われていることが印象的であった。
アメリカン航空の事例以外にも、「SU215:Leadershift Navigation: From Power to Successful Communities(リーダーシフトのナビゲーション:パワーから成功するコミュニティへ)」では、フィリップス・ライティング社が、バリュー・サーベイの結果をもとに同社のリーダーのあり方をシフトするためのイニシアチブを立ち上げていたり、「W102:Leadership Engine: Building Leaders at All Levels(リーダーシップ・エンジン:すべてのレベルのリーダーを構築する)」においては、中華電力がインドで行ったリーダーシップ開発の事例が報告されるなど、様々な事例を通して、リーダーシップ開発のあり方についての議論が行われた。
また、その他の傾向として、複雑さと不確実性が増す今日の世界において、将来的に必要となるリーダーのスキルやコンピテンシーを探求することを指向するセッションも散見された。
具体的には、まず、「M113:Leadership Competencies for the Future(将来のためのリーダーシップのコンピテンシー)」では、ケン・ブランチャード氏、マーシャル・ゴールドスミス氏、ジャック・ゼンガー氏、ジム・クーゼス氏、ダイアナ・ブーアー氏といったリーダーシップ開発の権威たちが一堂に会し、未来のリーダーに求められるコンピテンシーについてのパネル・ディスカッションが行われた。数々の意見が寄せられたが、たとえば、「人々をビジネスのパートナーとして見なすこと(ケン・ブランチャード)」「自分が何者であるかが重要(ジム・クーゼス)」「クリエイティビティ、顧客やメンバーとの協働的なコミュニケーション(ダイアナ・ブーアー)」「働く人々を中心に置いた組織づくり(ジャック・ゼンガー)」「『知る』ことではなく、『実践する』こと(マーシャル・ゴールドスミス)」といった意見が挙げられていた。こうした権威たちの意見の傾向としては、個別のスキルというよりも、リーダーの全人格的なあり方(Be)の重要性が多く語られていたように感じられた。会場の参加者たちも、そうした意見の一つひとつに拍手を送るなど、高い共感を呼んでいたようであった。
また、「TU114:The Future of Leadership:3 keys to (R)evolutionize your Leadership(リーダーシップの将来:あなたのリーダーシップを進化(革命)させる3つのキー)」では、DDI社が2年に一度行っている「Global Leadership Forecast」と呼ばれるサーベイの結果を発表していた。様々なデータの報告がなされていたが、特に過去に重要と見なされていたリーダーのスキルと、将来的に重要になるであろうというスキルの比較が行われ、2つのスキルが新たに将来に必要になるとの見解が示されていた。一つは、「Identifying/developing future talent(将来のタレントを特定し、開発すること)」であり、もう一つは、「Fostering creativity & innovation(創造性とイノベーションを養うこと)」であった。特に創造性やイノベーションについては、このセッションに限らず、様々な場面で語られており、今後の人材開発でキーワードとなることが予見される。
また、「TU121:Who’s The Boss?Nine Vital Leadership Behaviors to Boost Employee Productivity(上司は誰ですか?従業員の生産性を上げる9つの重大なリーダーシップの振る舞い)」では、上述したジャック・ゼンガー氏と会社を共同経営しているジョセフ・フォークマン氏より、18000人以上を対象としたサーベイ結果に基づいて、従業員の生産性を上げる9つの行動が提示されていた。その9つとは、「Inspire and Motivate Employees」「Show Concern and Consideration」「Build Trust」「Set Stretch Goals with Employees」「Resolve Conflict」「Be an Excellent Role Model」「Create a Culture of Teamwork and Collaboration」「Develop Clear Strategy and Direction」「Find Opportunities for Developing Others」であり、このうちの2つ以上を高めることが重要であるとのことであった。
最後に、弊社が主催する情報交換会の中で出た議論について紹介する。ここ数年、リーダーシップ開発のアプローチとして2つの傾向があったように思う。一つは、グローバルなリーダーのタイプを明らかにし、そのコンピテンシーを明確にして、そのギャップを埋めていこうというアプローチである。もう一つは、リーダーの人格や倫理観、人を成功させること、自分のことばかりを考えない、奉仕といった、リーダーに求められる究極のポイントを語り、それを高めるトレーニングを行っていくというものである。今年の傾向としては、特に企業事例などでは、前者のアプローチが紹介されるケースが多かったようだ。その背景には、新興国でのビジネス展開などを中心に、大量のリーダーを開発していかなければいけないといった状況があるのではないかとの推測がなされていた。情報交換会の中では、特に米国以外の国々で、HPIによる丁寧な分析を用いたリーダーシップ開発が非常に丁寧に実践されていることに刺激を受けたり、日本での実践の必要性を感じたり、危機感を持った参加者も多くいたようであった。
その一方で、上述したような分析的アプローチを効率的に進めてパフォーマンスを上げることにフォーカスが偏りすぎていることに違和感を持った参加者も少なくないようであった。分析的アプローチ自体が問題というわけではないが、リーダーシップ開発の権威たちが指摘しているようなリーダーの全人格的な側面や、人々の主体性・自律性、情熱や目的意識、他者への奉仕・貢献といった側面を軽視しすぎると、現場から反発が起きたり、長期的にサステイナビリティやイノベーションを実現するリーダーの育成につながらないのではないかといった見解も示されていた。
そうした議論を統合するように、2つめの基調講演でダグ・コナント氏とメッテ・ノルガード氏が語っていたキャンベル・スープ社の事例では、「Tough-Minded」と「Tender-Hearted」の両者を重視して変革を成功に導いたストーリーが語られていて、とても説得力があった。今後のリーダーシップ開発においては、戦略的なニーズから適切な分析を行い、成果につなげていくアプローチと、人々のキャラクター(人格・人物)の醸成を重視し、想いや心に働きかけていくアプローチの両者を統合していくことが、大きなテーマとなるという予見が感じられた。
4.エンゲージメント
ASTDでは毎年エンゲージメントに関するセッションが見られるが、今年もいくつかのセッションでエンゲージメントをテーマにしていた。その中でいくつかの傾向が見られた。
第一に、エンゲージメントをなぜ高める必要があるのかという理由づけについて統一感が出てきた。多くのセッションでエンゲージメント高めるのは従業員の「ディスクレショナリー・エフォート(Discretionary Effort:自由裁量に基づく努力)」を増やすためという説明があった。「W117:21世紀のための創造的な従業員/雇用主の社会契約(Creative Employee/Employer Social Contracts for the 21st Century)」では、「ディスクレショナリー・エフォート従業員が日常的に提供するエネルギー、マインドの共有、ソリューションの検討、問題解決の量」としており、エンゲージメントを高めることによってディスクレショナリー・エフォートが増えて、組織の業績が伸びると説明していた。また、「TU121:上司は誰ですか?従業員の生産性を上げる9つの重大なリーダーシップの振舞い(Who’s The Boss? Nine Vital Leadership Behaviors to Boost Employee Productivity)」のセッションでは、取り上げられていた9つの行動のうちの2つができると、「ディスクレショナリー・エフォート」が増えるというデータを出しており、目指すべきゴールとして提示されていた。
第二の傾向としては、ポジティブ心理学が前提となっており、ポジティブ心理学の一部を取り入れた実践が増えているという傾向である。「M203:ヒーローになってください: 逆境を克服し、ベストな仕事を成し遂げる(Be the Hero: Overcome Adversity and Perform at Your Best)」では、人(他者)、状況、自分に対してポジティブなストーリーで解釈することで、被害者モードからヒーローモードへと自分を変えることができるとしていた。セッションの中では、具体的な小演習を通じてその切り替えのプロセスを体験することができた。また、「TU121:上司は誰ですか?従業員の生産性を上げる9つの重大なリーダーシップの振舞い(Who’s The Boss? Nine Vital Leadership Behaviors to Boost Employee Productivity)」でもポジティブ心理学の有名な研究結果を引用し、ポジティブであることの重要性を強調していた。「SU322:月曜日が待ち遠しい!:大好きな職場を作ってください(Thank God It’s Monday! Create a Workplace You Love)」では、仕事に関する意味(meaning)を見つけるためのシンプルなプロセスが紹介され、その一部を体験することができた。
第三の傾向としては、人から人への「伝染(Contagion)」に関する言及が増えているという点である。言い換えると、人と人は無意識的に影響し合っているという考え方に基づき、日常的に他者に配慮して接することが重要であるというメッセージが出てきている。例えば、前述の「SU322:月曜日が待ち遠しい!:大好きな職場を作ってください(Thank God It’s Monday! Create a Workplace You Love)」ではエンゲージメントが低い人は他者のエネルギーを吸い取ってしまう「エネルギー・バンパイア」という言葉で表現し、会場にいる人の共感を得ていた。また、「TU121:上司は誰ですか?従業員の生産性を上げる9つの重大なリーダーシップの振舞い(Who’s The Boss? Nine Vital Leadership Behaviors to Boost Employee Productivity)」では、幸福な人は周囲の人を幸福にし、不幸な人は周囲の人を不幸にするというソーシャルマップを使った実際の研究結果が紹介された。さらに、キャンベルスープ社CEOダグ・コナント氏とストラテジック リーダーシップ&ラーニング社のメッテ・ノルガード氏による基調講演、「”Touch Points”:Transforming everyday Interactions into Powerful Leadership Moments(タッチポイント:日々の交流を、パワフルなリーダーシップの瞬間に変換する)」では、終了間際のメッセージが、「人への配慮ある接し方は伝染するので、この会場を出るときにはそういったタッチポイント(接点)を作ってください」ということだった。
いずれにしても、これらの3つの傾向を見るとエンゲージメントは個人のモチベーションが高いか低いかという単純な話ではなく、仕事における人々の取り組み姿勢や組織の生産性にも影響するものとして認識されている。そして、日常的なマインドセットや人との交流の中でエンゲージメントを高めていくための具体的なメソッドが増えてきており、エンゲージメントというテーマが全体的に成熟してきているように感じられた。
5.組織の効果性(Organizational Effectiveness)
「組織の効果性(Organizational Effectiveness)」というカテゴリーでは、主に組織開発や組織変革をテーマにしたセッションが数多く行われ、ダイバーシティ、ビジョン、バリュー、ソーシャルテクノロジーの活用といったトピックが目立っていた。
ダイバーシティという観点では、「SU110:Successful Diversity Mentoring Around the World」というタイトルで、ヨーロッパのメンタリングの第1人者であるクラッターバック氏によるセッションが行われた。その中で、メンタリングにおいては、メンター(メンタリングする人)とメンティー(メンタリングを受ける人)の双方に学びが起きることの重要性が提示された。その上で、ダイバーシティ・メンタリングとは、相互学習の関係性の中で、理解を共有し、判断を保留することを通して、個人と組織、そしてときには社会における変革を実現するためのオープンなダイアログのプロセスであると定義された。このセッションではグローバル化が進み、先進国における労働人口の減少が予想される中で、ダイバーシティの重要性と組織的な効果が紹介され、それを効果的に推し進めるメンタリングのあり方が提唱されていた。
また、組織変革、風土や文化の変革という観点では、ビジョンやバリューを軸にしたセッションが多く展開されていたのが特徴であったように思われる。
「M100:Drive Positive Change in your Organization」では、多くの本の著者であり、多くの企業やアメフトのチームなどでポジティブチェンジを推進してきたコンサルタントのジョン・ゴードン氏によって、ビジョンを強く信じ、将来に希望を持ってポジティブに物事を捉えて行動することの重要性が取り上げられていた。事例などを交えながら、皆が信じられる簡潔で意味のあるビジョンを作り、それを共有すること。また、従業員一人ひとりが1ワードのビジョンをもつことによる、組織変革の手法が示されていた。
具体的な事例としては、「SU116:Getting to the Core: Using Values to Transform Your Organization」では、アメリカにある採石・加工会社のラック・カンパニーで実際に行われてきた組織文化変革のモデルが紹介されていた。ラック・カンパニーは1923年の創業で、家族経営によって成長を続けてきた。いわゆる肉体労働がメインの会社であり、指示・命令の文化が広く根付いていた。しかし、成長を続けるうちにこの文化による問題が数多く出てきたため、2003年からvalue’s journey”と呼ばれる取り組みを行い、文化的な変革を行ってきた。このセッションではどんな組織にもバリューがあり、そのバリューが組織の意思決定を推進しているのだが、そのことに意識的であるか無意識であるかが大きな違いであり、バリューを意識して組織文化をマネージすることの重要性が主張されていた。バリューを意識することで、日々の行動の意味づけの変化や、リーダーシップ・コンピテンシーの明確化、意思決定基準の確立が可能になり、そのことによってビジョンに邁進する文化が醸成されるという、バリューをレバレッジにした組織変革のモデルが紹介された。
「TU110:Equipping People with Value: How to Meld Corporate Values and Daily Practices」というセッションでは、韓国のコンサルタントが、クライアントに対して行った、バリューを組織に浸透させるプロセスが紹介された。バリューを人びと、組織の中に内面化させるためのステップを「バリューを知る」「バリューに基づいて行動する」「行動を習慣化する」の3つのプロセスに分けて考え、それぞれのステップに対して、感情的なアプローチと、論理的なアプローチを使い分けて組み立てていくフレームが紹介された。「バリューを知る」段階では、AIに似たようなポジティブアプローチ的な方法をとっており、そこでは組織のメンバーの信頼関係を構築しながらバリューに対する理解を深めていき、「バリューに基づいて行動する」段階では、理論的なアプローチをとって、コンピテンシーを明らかにしてロールモデルを作成し、具体的なアクションプランを作っていって、「行動を習慣化する」段階では、感情的なアプローチからステートメントを作成して、人々のコミットメントを高めていくという一連のプロセスが、3つの事例を使って紹介された。
上記2つの具体的な事例いずれにおいても、人それぞれに固有のバリューがあるが、組織が持つバリューには個人のバリューを尊重しながら、それぞれのベクトルを合わせて力を生み出す効果があるという説明がされていた。また、バリューを共有化していく段階では、どちらの事例でも、メンバーがお互いにバリューについてストーリーを話し合う中から理解と意識化が図られていた。上からバリューを押しつけるというよりは、人々の個性を尊重し、組織の一体感を作り上げたベースの上に、バリューの浸透を行っていくというプロセスは2つのセッションに共通していた。
6.ラーニング・テクノロジー
ラーニング・テクノロジーを語る中で今年新しく、よく耳にした単語は「モバイル・ラーニング」、「2020」である。
まず、モバイル・ラーニングだが、「SU223:2020年の職場におけるモバイル学習:Mobile Learning In The 2020 Workplace」の中では、今後のタブレット、モバイルを使ったラーニングの潮流が語られていた。また、昨年までは、セッションの中でインタラクティブに投票を行う際には、専用のデバイスが利用されていたが、今年のセッションの中では、モバイルでアクセスしてその場で投票を取るというセッションもあった。モバイルは現在ではほとんどの人が持っているデバイスであり、各会場でのネットワーク環境が整ったことで、コンテンツへのアクセシビリティの高さが注目されているようだ。
また、「2020」という単語は先の述べたSU223でも見られるように、現在は2020年が将来を語る一つの区切りとして語られているようだ。カテゴリーしてはビジネス戦略としてのラーニングに含まれているが、「SU103効率的な学習する組織のためのフレームワークとアーキテクチャを開発する:Developing the Framework and Architecture for an Effective Learning Organization」でもジェネレーション2020の出現に焦点が当てられていた。その中で2020世代というのは世界の市民であり、ゴールは繋がること、コミュニケーションはクラウドソーシングだという特徴が述べられていた。こうした世代のくくりが新しく見られたことで、2020年の職場や環境、世界について触れられているセッションも見られた。そうしたセッションの中では、今後についての予測がくわしく述べられている訳ではなかったが、今後を語る上で、2020年というのは一つの目安になりそうだ。
また、ソーシャル・ネットワーク、ソーシャル・ラーニングなどは昨年に引き続き注目が高まっている。今年は具体的な事例まで語られており「SU115:ミルスペース:ソーシャル・ラーニングについて米軍が教えられること:MilSpace: What the U.S. Army Can Teach You About Social Learning」では、米軍の中で、リーダーの育成を目的としたソーシャル・スペースの活用が紹介されていた。ミルスペースという専用のソーシャル・スペースを構築しているのだがその中には、マイクロブロギング(ツイッターに似た、ミニブログの機能)を組み込んだり、小隊のリーダーが読むべき本が掲載されており、リコメンドをつけられたり、おすすめの本を読めるプラグが備えつけられており、読んだ後はその本について話し合う場が設定されていたり、実際の体験を語るビデオクリップも600以上入れられているようだ。その他にも、写真や個人のプロフィールなどをのせ、お互い顔が見えるようにしたことで、信頼関係を構築し、グローバルに24時間、メンターやメンティーが見つかる仕組みが整っている。かなり包括的な取り組みがなされており、参加者も取り組みに対してとても真剣に、興味深く聞いている様子で、質問などが飛び交っていた。今後の動向として、ソーシャル・ネットワーキングが活用されていく過程で、セキュリティをどのように保つか、継続性をどのように維持していくかなどが注目されているようだ。