ATD(The Association for Talent Development)

ASTD2013事前レポート

ASTD2013 International Conference & EXPOが、2013年5月19~22日に米国テキサス州ダラスにて開催されます。このコンファレンスは、Workplace Learning & Performance(職場における学習・パフォーマンスの向上)に関する世界最大の会員制組織であるASTDが毎年開催しているものです。このコンファレンスでは、世界中から集った先駆的企業や教育機関・行政体のリーダーたちが、現在直面している諸問題にどのように取り組んでいるかを企業の枠を越えて学び合います。世界における人材開発の最新動向に触れながら、これからの組織・人材開発のあり方について多くの人との情報交換や課題の探求をしていく最高の場であるといえます。
本レポートでは、ASTD2013公式ホームページに掲載されている内容を参考に、今年のコンファレンスではどのようなことがテーマになるのか、どのような人が講演を行うのかといった見所をご紹介していきたいと思います。

関連するキーワード

基調講演から探る人材開発やマネジメントの背景にある潮流

Sir Ken Robinson(ケン・ロビンソン卿)

1人目の基調講演者は、ケン・ロビンソン氏です。ケン・ロビンソン氏は、教育における演劇学の研究により1981年にロンドン大学で博士号を取得し、創造性および能力開発の世界的なリーダーとして、欧州やアジア各国の政府、国際機関、大企業、米国各州の教育機関、さらに世界各国の非営利団体や文化組織で活躍しています。彼が2006年と2010年にTEDで行ったスピーチには、150カ国2億人からのアクセスがあったといわれています。また、彼の著書”The Element: How Finding Your Passion Changes Everything”(邦題:『才能を引き出すエレメントの法則』祥伝社刊)は、ニューヨーク・タイムズがベストセラーとして取り上げ、21カ国語に翻訳されています。

同書の中でケン・ロビンソン氏は、様々な分野で大きな業績を残した人々に共通する点として、「自分のやりたいことと自分の得意なことが合致する場所」を発見していることに着目し、それを「エレメント」と呼んでいます。「私たちは1人ひとりが異なる才能と情熱をもっていて、その能力を想像以上に開花させる可能性があるが、その一方で多くの人が自分の能力を限定的に捉えてしまっている」という考え方のもとで、才能を引き出すための7つの法則を、多くの事例を交えながら紹介しています。

ロビンソン氏は、同書の中で、創造性やイノベーションの観点から教育システムが抱える課題等についても触れており、ASTDの基調講演の中で、人材・組織開発、教育に携わる人たちにどんなメッセージが投げかけられるのか、楽しみです。

John Seely Brown(ジョン・シーリー・ブラウン)

2人目の基調講演者は、ジョン・シーリー・ブラウン氏です。ジョン・シーリー・ブラウン氏は、Deloitte Center for the Edgeの共同代表であり、南カリフォルニア大学の客員教授です。それ以前は、ゼロックス社のパロアルト研究所のディレクターを務めており、在任中に研究所の研究テーマを組織学習やナレッジ・マネジメント、複雑適応系などの分野にまで広げたことで知られています。また、数多くの著作を出版しており、日本においても、”The Power of Pull”(邦題:『PULLの哲学』主婦の友社刊)、”Storytelling in Organization”(邦題:『ストーリーテリングが経営を変える』同文舘出版刊)、”The Social Life of Information”(邦題:『なぜITは社会を変えないのか』日本経済新聞社刊)などが発刊されています。

『PULLの哲学』の中では、現代のサクセスストーリーの背景には、「チャンスが訪れたときや困ったときに、必要な人材やリソースを自分のところに引き寄せる能力がある」という共通点があり、それを「プルの力」と呼んでいます。一方で、プルの反対の概念として「プッシュの力」を挙げ、情報の送り手が私たちのニーズを勝手に決め、それに沿った内容の情報を押し付けたり、指図をするようなことを指しています。ジョン・シーリー・ブラウンらは、知識のあり方がストックからフローに移行した現代、「プル」のあり方が重要であることを、数多くの事例を通して語っています。
 同氏の講演を通して、これからの知識社会や変革のあり方等について、探求していきたいと思います。

Liz Wiseman(リズ・ワイズマン)

3人目の基調講演者は、リズ・ワイズマン氏です。リズ・ワイズマン氏は、元オラクル社の重役であり、17年に渡ってオラクル・ユニバーシティのバイス・プレジデントとして、グローバル・リーダーの養成に携わってきました。現在は、シリコン・バレーに本社を置くワイズマン・グループの社長として、世界各国でエグゼクティブ向けにリーダーシップを教えています。 同氏の著書”Multipliers: How the Best Leaders Make Everyone Smarter, Harper Business” は、ウォール・ストリート・ジャーナルでもベストセラーとして取り上げられています。

同著では、周囲の人に活力を与え、才能を開花させることのできるリーダーを「マルチプライヤー(Multiplier)」と呼び、なぜそうしたリーダーたちが、周囲の人々の類まれな能力を高めることができるのかについて、リサーチに基づいたディシプリンとして明らかにしています。また、逆に周囲の人々の能力を低下させてしまう人を「ディミニッシャー(Diminisher)」と呼び、「マルチプライヤー」と対比的に紹介しているところが興味深いです。
同氏の講演をもとに、リーダーのあり方、そしてリーダーシップ開発のあり方などについても考えていけるのが楽しみです。

ここまで、今年の基調講演者3名について、簡単に紹介してきました。それぞれバックグラウンドの異なる3名ですが、人々の力や可能性を解放していくところに、何かしら共通のメッセージやトレンドが生まれそうな予感もあります。人材開発や組織開発の思想にどのようなパラダイムシフトが起きようとしているのか、基調講演等を通じて、ぜひ探求してきたいと思います。

ASTD2013のカテゴリーとセッションの見所

ASTDでは、基調講演の他に数多くのコンカレント・セッションが行われます。今年は以下の11個のセッション・カテゴリーに分けられています。昨年のセッション・カテゴリーから「トレンド」がなくなり、新たに「トレーニング・プロフェッショナルではない人向けのワークフォース・ディベロップメント」が加わっています。

・キャリア・ディベロップメント
・デザイン&ファシリテーティング・ラーニング
・グローバル・ヒューマン・リソース・ディベロップメント/li>
・ヒューマン・キャピタル
・リーダーシップ・ディベロップメント
・ラーニング・テクノロジー
・測定、評価、ROI
・トレーニング・プロフェッショナルではない人向けのワークフォース・ディベロップメント
・ハイヤーエデュケーション
・ガバメント
・セールス・イネーブルメント

キャリア・ディベロップメント

昨年同様、独立したカテゴリーとしてCareer Development(キャリア開発)があります。本カテゴリーでは、個人、及び組織のキャリアプランニングが扱われています。
本カテゴリーの傾向として、「M100仕事がよくできる - 日常会話を習得する」「TU205:彼らの成長を助ける、さもなければ彼らは去るでしょう:従業員が望むキャリアの会話」「W301:コミュニケーション2.0 - 21世紀におけるコミュニケーションのアート」など、キャリア開発のために、日々のコミュニケーションや会話が大切にされていることがうかがえます。

その他には、「SU220:言い訳はなし:あなたの人生に何が起ころうとも!」や「SU314:賢明な手段:キャリア・リスクテイクのベスト・プラクティス」など、より高いキャリアを構築するためにリスクテイクを推奨したり、「SU300:アヒルさえ溺れる:キャリア回復力をつける5つの鍵」といったレジリエンス(回復力)をテーマにしたものなど、不確実な時代背景を感じるセッションもいくつか見られます。
本カテゴリーには、「パーソナル・ブランディングのグル」としてニューヨーク・タイムズにも掲載された、ダン・シャウベルによる「TU105:未来のワークフォース(労働力)を構築する:どのように人材を採用し、保持するか」があり、2015年までに労働力の75%を占めるY世代やミレニアル世代をどのように魅了し、保持するかについて語られる予定で、注目をしたいところです。

また、ASTDで例年セッションをもつ、ビバリー・ケイによる「TU205:彼らの成長を助ける、さもなければ彼らは去るでしょう:従業員が望むキャリアの会話」というセッションも、本カテゴリーに含まれています。

デザイン&ファシリテーティング・ラーニング

このカテゴリーでは、学習効果を高める学びのデザインやファシリテーションについて、コアとなる伝統的なアプローチからイノベ―ティブなアプローチまで幅広く扱われています。
2013年の全体傾向としては、より複雑性が増している環境の変化に伴い、個人や組織の「アジリティ」「アジャイル」「クリエイティビティ」への対応をどのように高めるかといったテーマの方向性が見受けられます。
そうした流れを受けて、学習デザインに関しては、インストラクショナルデザインのような伝統的なアプローチから脱却し、新たな工夫を試みようという動きがより加速しているようです。

見どころとしては、ラーニング・テクノロジーの専門家であるアリソン・ロゼット氏の「SU205:学習とパフォーマンスをサポートするためのモバイル」が挙げられます。このセッションでは、モバイル・ラーニングによるパフォーマンス向上について学ぶことができるかと思います。近年、ASTDとしてもソーシャル・ラーニングやモバイル・ラーニングへの対応の必要性を主張していますので、今後の可能性を模索する意味で参加してみるのもよいかと思います。
また、もう1つの見どころとしては、マイケル・アレン氏の「TU107:ADDIEモデルをやめてSAM(連続近似モデル)へ移ろう」が挙げられます。これまで取り組んできた学習デザインのあり方を見直し、進化させていきたいという方には参考の1つになるかもしれません。

ファシリテーションに関しては、学習効果の向上やのクリエイティビティを高めるためのセッションが充実しています。たとえば、音楽や絵画を活用したアート、ストーリーテリング、脳や神経科学といった右脳や身体性の向上を意図したセッションが相対的に多いのが特徴です。

見どころとしては、ニューロリーダーシップ・インスティテュートの神経科学のアプローチを活用した「TU117:リーダーシップ・トランジションの神経科学」が挙げられます。個人のリーダーシップの質を高め、円滑に遷移していくための神経科学の適用ポイントを学ぶことができるかと思います。関連セッションとして、「TU207:学習の神経科学」も合わせて見るのも面白いかもしれません。
また、もう1つの見どころとしては、脳科学をベースとした人材開発で有名なハーマン・インターナショナルのCEOによる「M303:思考と学習のアジリティ:学習成果を最大化する10ステップ」が挙げられます。このセッションでは、個々人の学習性を高め、持続的な成長や発達を促し、パフォーマンスにつなげるためのポイントを学習することができるかと思います。

グローバル・ヒューマン・リソース・ディベロップメント

近年、ASTDでは、従来の米国主導の人材育成のアプローチだけでは、グローバルな育成課題に対応できないことから、各国の個別の状況を鑑みた取り組みを推進する方向へとシフトしてきています。実際、世界に目を向けてみると、アジア、中南米、中東などの新興国が目覚ましい経済発展をしている中、グローバル企業は、各国の文化や慣習などの特性を踏まえた業務の遂行がますます求められています。本カテゴリーでは、そうしたグローバルの変化を踏まえた人材開発の取り組みやそのポイントが紹介されます。

セッション全体の傾向を見ると、グローバル企業としてパフォーマンスを向上させるために、1. 組織文化や風土をどのように創り上げていくか、2. リーダー育成をどのように推進していくか、3. 業務における協働や学習支援をどのように行うかといった3つの観点が見受けられます。
その中で、見どころとしては、まずはDDIによる「M304:グローバルリーダーシップはローカルでスタートする:グローバル規模でのリーダーシップを創造する」のセッションが挙げられます。このセッションでは、グローバルなリーダーシップ育成のプログラムを開発・展開するときの文化差異への対応、グローバルとローカルのバランスの取り方など、グローバル展開する際のポイントを学ぶことができるかと思います。

他の見どころとしては、韓国のSKテレコム社の「TU208:どのようにチェンジ・マネジメントの実行を強化することができるか?」が挙げられます。著しい速さでグローバル化を推進している同社がグローバル企業の文化へと変容するべく、どのようにしてチェンジ・マネジメントを行っているか、そのプロセスとポイントを学ぶことができるかと思います。 

ヒューマン・キャピタル

昨年同様に今年も、Human Capital(ヒューマン・キャピタル)のカテゴリーが設けられています。
本カテゴリーではメンタリング、パフォーマンス改善、チェンジ・マネジメント、ラーニング・ファンクションのマネジメント、タレント・マネジメント等が扱われています。全体的には、人材をレバレッジとして組織に変革をもたらすアプローチや取り組みの紹介が多い印象です。

タレント・マネジメントのためにメンタリングを用いることは、数年前から注目をされていましたが、米国の大手通信会社AT&Tが事例を発表するセッション、「M308: AT&Tはタレント・ディベロップメントのために多面的なメンタリングをどのように使うか」では、メンタリングの実際の適応について概要をつかめるのではないかと思います。また、これまで多くの著書がベストセラーになり、世界各国で翻訳をされている、「Manager As Mentor」の著者である、チップ・ベルによるセッション「W211:メンターとしてのマネジャー:ラーニングのためにパートナーシップを構築する」にも注目をしたいところです。メンタリングはその他にも、いくつかのセッションでテーマとして扱われており、企業で多面的に適用されている様子がうかがえます。
また、変化の激しい時代において、チェンジ・マネジメントも現在注目が高まっている様子で、「TU220:チェンジ・マネジメント:それはトレーニングについてではない、それが与える影響について」では、MITスローン・マネジメント・レビューによって「今年のチェンジ・マネジメント・アプローチ」と称された、シックス・ソース・インフルエンサー・モデルが、紹介される予定です。

その他に、「W119:グッドカンパニー・インデックス:最高経営責任者(CEO)が知っておくべきこと」では、「良い企業」が、いかに人の側面、特にトレーニングと開発に力を入れているかということについて、HR分野における分析のエキスパートとして知られている、ローリー・バッシ博士が紹介をする予定で、こちらも注目をしてみたいです。

リーダーシップ・ディベロップメント

このカテゴリーでは、リーダーシップ開発に関するセッション全般が扱われています。このカテゴリーは、2011年に「Developing Effective Leaders(効果的リーダーの開発)」というカテゴリー名で登場し、昨年から「Leadership Development(リーダーシップ開発)」というニュートラルなカテゴリー名に変わりました。
今年はリーダーシップに必要なスキルやリーダーシップ・トレーニングのデザイン方法を扱うセッションだけでなく、モラル・ストレングスや信頼など、リーダーの素質についてのセッションが多く見られます。特に注目したいのは、「TU213:信頼があればうまくいく:持続的な関係性を築くための4つの鍵」です。ここでは、個人、チーム、組織単位で信頼関係を構築する価値を見つめ直し、職場で信頼について話し合うためのフレームワークや共通言語を導入する「ABCD Trust Model」を紹介しています。また、「M113:好成績を上げ続けるために、リーダーのモラル・ストレングスを育てる具体的戦略」では、成功するリーダーに必要となる、最も重要なコンピテンシーは人格であると説き、現在のリーダーシップ・プログラムにモラル・ストレングスの要素を取り込む方法について聞くことができます。

また、「どんなリーダーが求められているのか」について、セッションごとに様々な切り口で語られており、明確なトレンドが見られないことも、今年の特徴といえるかもしれません。上記に挙げた、信頼とモラル・ストレングスを切り口としたセッションの他にも、自己の内的探求とリーダーが進むべき方向性のフレームワークを提示するインナー・リーダーシップについて紹介している「TU215:インナー・リーダーシップへのロードマップ:手法、技術およびインパクト」や、良いリーダー(導く人)とは同時に良いフォロワー(後に続く人)であることができる人だと説く「W213:フォロワーシップ:最初の(かつ、最もキャリアを高める)リーダーシップの形」、そしてリーダーを思想家やファシリテータと捉えるアプリシエイティブ・リーダーシップを提唱する「SU317:アプリシエイティブ・リーダーシップ:質問や会話を通してバリューを根づかせ、変化をもたらす」などがあります。

今年のリーダーシップ開発に関する事例発表では、過去のASTDでも講演経験の多い、Comcastのバイス・プレジデントによる「TU309:自己認識しているリーダーを育てるための実証済みの方法」があります。ここでは、その他UPS、IBM、EWスクリップス社、オートデスク社など、有名企業もそれぞれセッションをもち、事例発表を行う予定です。

ラーニング・テクノロジー

Learning Technologies(ラーニング・テクノロジー)のカテゴリーでは、様々なテクノロジーを用いて学習を効果的に行う方法や事例などを取り上げています。
今年の傾向としては、昨年までに引き続きソーシャル・ラーニングやモバイル・ラーニングなどが多く取り上げられており、これらはラーニング・テクノロジーの分野では当たり前のように扱われるテーマとなった感があります。特にモバイル・ラーニングについては、今年は具体的な活用やインストラクショナル・デザインのあり方などが取り上げられています。「SU109:モバイルデザインの8つの要素:コンセプトから具体化へ」や「SU209:インストラクショナル・デザイナーのためのモバイル・ラーニング:モチーフプロジェクト」などでは、モバイル・ラーニングのデザインについての具体的なヒントが得られるかもしれません。

今年の見どころとしては、ゲーミフィケーションが挙げられます。「SU305:ゲームを始めましょう!学習者のエンゲージメントを促進するためのゲームのダイナミクス」「W209:双方向性、ゲームとゲーミフィケーション:ゲームを通じて学習者をエンゲージするためのリサーチに基づいたアプローチ」「W306:ゲームデザイナーから学ぶことができる10原則」などでは、ゲームというものの概念や仕組み、要素を分析し、それらが学習の設計や開発にどのように適用できるかを紹介しています。ゲームを通じて学習者のエンゲージメントを促進させ、モチベーションをキープするためのヒントが得られそうです。

また、技術的な領域としては、ラーニング・テクノロジーの標準規格が、SCORMからTin C
an APIに移行していることを受け、Tin Can APIについて扱ったセッションがいくつか見受けられます。たとえば、「M111:素晴らしい新世界に向けた「Tin Can」のケーススタディ」「M305: Experieince API(Tin Can)について知る必要のあるすべてのこと」「TU101: SCORMを越えたデザイン-Tin Can APIとは何ですか?」などがあります。ラーニング・テクノロジーの標準規格もどう変化していくのかに注目してみたいと思います。
 最後に、もう1つ注目してみたいキーワードとしてキュレーションがあります。ソーシャルメディアの発達やモバイルの普及によって、日々無数にある情報の中にいる我々にとって、情報をつなぎ合わせて新しい価値をもたせて共有していくキュレーション(Curation)の考え方は、ますます重要になってきているように感じられます。今年は、「SU210:キュレーション:専門用語の先に」の中で、キュレーションの種類やレベルなどを含めてキュレーションを定義し、学習環境への適用方法を紹介しています。

測定、評価、ROI

本カテゴリーは、リーダーシップ開発やコーチング、Eラーニングといった人材開発のための様々な施策に対する効果測定や、人々や組織の学習をどう評価し高めていくかといったことに関する基本的な考え方やモデル、その応用事例や実際のケースを扱ったセッションで構成されています。
近年の傾向としては、4段階モデルやROIモデルといった基本的なモデルをベースにした応用事例を紹介するセッションと、より戦略やビジネス全体のプロセスに合った形で効果測定を捉えていこうというメッセージをもったセッションの2つのトレンドがあります。
今年は、1つひとつの施策に対してモデルを活用し、いかに効果測定を行っていくかというレベルではなく、世界的な環境変化やビジネス全体の流れといったより広い文脈の中で、効果測定やROIを捉え直そうという傾向が見受けられます。もしかしたら、効果測定やROIに対する認識が、1つひとつの取り組みの効果を精査して淘汰するためではなく、組織全体としての目標や戦略の実現をサポートするためのものだという方向へこれまで以上にシフトしているのかもしれません。

このような傾向を表すセッションとして注目したいのは、「SU214:レディネスとROIの実施方法を変革する:長期的効果のある結果を生み出すための持続的なモメンタム」と「M115:組織的学習能力の評価:ケーススタディ」です。
カークパトリックの4段階モデルやジャック・フィリップスのROIモデルに関しては、基本中の基本として浸透しているので、モデルをそのまま紹介するようなセッションはありませんが、そこから派生したセッションは今年も数多く開催されます。
4段階モデルについては、ドナルド・カークパトリックの後継者であるジェームズ&ウェンディ・カークパトリックがここ数年打ち出しているROE(Return On Expectations)に関するセッションは今年も開催されます。
また、ROIモデルに関しては、ジャック・フィリップスが「TU115: ROIの測定に関する課題に組織はどのように取り組んでいるか」というセッションをもつ以外にも、ASTDがまとめたレポートに関するセッションをもつなど、いくつかの研究内容や最新の事例が紹介される予定です。

最近はどの分野でもROIを示すことが求められるのが世界の潮流であり、それは人材開発の領域でも同じことであろうと思います。そうした中で、グローバルの実践家達が効果測定やROIをどのように位置づけ、どのような指標を用いて、どのようにステークホルダーと関わっているのかを知ることは大きな価値があるのではないでしょうか。

トレーニング・プロフェッショナルではない人向けのワークフォース・ディベロップメント

このカテゴリーは今年から新しくできたカテゴリーです。今後は専門家だけでなく組織で働く1人ひとりが、より育成や組織開発に関わることが大切になってきているという傾向があらわれているかもしれません。
予定されているセッションでは、キーワードとして、エンゲージメントやモチベーションといったものが多く扱われており、従業員のマネジメントについてヒントを得たいと感じているマネジャー層に参考になりそうなセッションが多く見られます。

中でも、ケン・ブランチャード・カンパニーが提唱する、科学的な研究に基づいたモチベーションへの新しいアプローチを紹介する「M312:オプティマル・モチベーション?のビジネス実例をつくる」、例年詳しく自社の取り組み事例を紹介しているペプシ飲料会社による、「TU217:従業員エンゲージメントの強化:ペプシ飲料会社のサクセス・ストーリー」、ストーリーテリングを使ってどのようにタレントを育み、維持するのかについて問う「W113:ストーリーテリングで、従業員をエンゲージし、開発し、つなぎ留める」などのセッションに注目してみたいです。

ハイヤーエデュケーション

このカテゴリーは昨年新たに登場したもので、昨年は高等教育(大学以上)における学習や取り組みに関するセッションが4つ開催されていました。今年も、このカテゴリーのセッション数自体は4つと変わらないのですが、2つが高等教育機関によるプレゼンテーションで、2つは通常の企業によるセッションになっています。

今回もこのカテゴリーのセッションは、それぞれ異なる切り口のテーマを扱っています。高等教育機関によるプレゼンテーションの1つは、「W114:教授をトレーナーに、トレーナーを教授にするためのトレーニング」で、ビジネスパーソン向けの研修と大学での授業とのトレーニング・スタイルの違いを扱っています。もう1つは「W216: 18歳でも50歳でも、彼らは皆大人。エンゲージングな学習方法の活用」です。このセッションのスピーカーは昨年もこのカテゴリーで、高等教育での学生の年齢層の広がりを背景に、多様な生徒全員を引きつける学習方法をどのように提供できるのかをテーマにしたセッションを行っており、今年も同様のテーマで、セッションを行います。
企業によるセッションは「M103:職場のミレニアル<新世紀世代>の波乱」「TU314:参加者のエンゲージメントを高める技術をハイジャックする」の2つになります。

ガバメント

ASTDは近年、行政における人材・組織開発にも力を入れていこうとしています。「Government(ガバメント)」は、そうした背景からに、昨年度より新しく創設されたトラックです。昨年同様、連邦政府や州政府、地方自治体など、あらゆるレベルの政府で働く人々による学習とパフォーマンス向上に関する取り組みが紹介されています。
今年のガバメント・トラックでは、限られた費用の中でどのように効果的な研修をデザインするのかといったような、研修効果に関するセッションが多く見られます。たとえば、アラバマ州ジェファーソン郡において、年間$16,000という低予算で9,000人の従業員を効果的に教育し、成功を収めた事例が、「M217:お金がなくても問題なし:リーダーシップ・トレーニング資金の有効活用」で紹介されています。ここでは、厳しい予算環境の中で、より効果的に研修を運営したい人へのヒントが紹介されており、注目してみたいと思います。また、「W312:効果的なトレーニングからトレーニングの効果(カークパトリックのレベル3と4)への橋渡し」では、ラーニングを単に測定することから、実際にトレーニングが仕事にどのようなインパクトを及ぼしているかを測ることへの移行をいかに実現していくかを、実際の政府機関の例を紹介しながら解説していきます。行政においても、キーステークホルダーを巻き込みながら、効果を測定していくことのプラクティスが増えていることがうかがえます。

その他の興味深いセッションとしては、「M314:セーフティネットなしの空中ブランコ:省庁間連携における緊急事態」があります。このセッションでは、省庁を越えたコラボレーションを通して、いかに共通ゴールを達成していくのか、また効果的なコラボレーションを阻害する要因にはどのようなものがあるのかについて、3つのケーススタディをもとに紹介しています。
また、会場には、ガバメント・パビリオンも併設され、行政関係者のためのセッションが行われたり、ネットワーキングやそれぞれの経験、事例を共有したりできる場所となっています。

セールス・イネーブルメント

このカテゴリーは昨年初めて登場したもので、2年連続の登場となります。
セールスを強化し成果を生み出すための、全体的な考え方や仕掛けといったものから、実際のトレーニングコンテンツやツールなどといったものを扱うセッションで構成されています。
ASTDのCEOであるトニー・ビンガムは、昨年のコンファレンスの中で「長らく行われてきたセールス・トレーニングは、プレゼンテーションなど主に知識やスキルを高めていくということを主眼に置いていたが、セールス・イネーブルメントは早期にいかに効率的にセールスを立ち上げていくか、効果性を高めていくかということが主眼である。これは各事業会社のCEOの緊急の課題で3年前から力を入れている。これからも中立的な立場でセールス分野のコミュニティーを立ち上げて、新しいモデルや体系を検討していきたい」と発言しており、ASTDとしても近年力を入れているカテゴリーです。

昨年は、カテゴリーを立ち上げた最初の年ということもあって、セールス・イネーブルメントに対する考え方を発表するセッションが多くありました。そうした中で、個人にフォーカスを当てるのではなく、組織全体にフォーカスを当てながら、いかにカスタマーとの接点において学習を生み出していくかということが重要視されていたように思われます。
今年はセールス・イネーブルメントの定義自体を扱うセッションはありませんが、セールスを取り囲む状況の全体像や最新の潮流を扱うセッションとして、カテゴリーのリーダー的存在でもあるティム・オハイの「M119:プロフェッショナル・セリングにおける課題への対処」や、ミラー・ハイマンCEOサム・リースの「TU218:セールスの景観図」に注目したいと思います。

また、今年の新たな特徴として、セールスとソーシャル・ラーニングやソーシャル・ネットワークを結びつけた発表が多いことが挙げられるかと思います。
SNSやモバイルデバイスの進化の目覚ましさは言うまでもありませんが、そうしたものをどのように取り入れて成果を上げているのか、「W117:ソーシャル・セリングのABC – 常に繋がっている!」や「W116: 70-20-10:セールス担当者にソーシャル・ラーニングをもたらす」といったセッションにも注目する価値がありそうです。

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私たちは人・組織・社会によりそいながらより良い社会を実現するための研究活動、人や企業文化の変革支援を行っています。

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