ATD(The Association for Talent Development)
ATD2019カンファレンス・レポート(2019/05/24)
2019年のATDインターナショナルカンファレンス&エキスポは、5月19日(日)〜5月22日(水)の日程で、米国ワシントンD.C 、ウォルター・E・ワシントンコンベンションセンターで開催されました。
関連するキーワード
ATD-ICE2019の参加国・参加者数
本年の参加国数と参加者は以下の通りとなっています。
・トータル13,500名(内、海外からの参加者2300名、88カ国)
・国別の参加者(米国を除く)
韓 国:369名
カナダ:337名
日 本:227名
中 国:163名
ブラジル:118名
ATD-ICE2019の主要テーマ
ATD2019で行われるセッションは、以下の15のカテゴリーに分けられています。
・ラーニング・テクノロジー(Learning Technologies)
・ラーニング・ファンクションのマネジメント(Managing the Learning Function)
・リーダーシップ・ディベロップメント(Leadership Development)
・トレーニング・デリバリー(Training Delivery)
・インストラクショナル・デザイン(Instructional Design)
・タレント・マネジメント(Talent Management)
・キャリア・ディベロップメント(Career Development)
・グローバル・パースペクティブ(Global Perspective)
・ラーニングの測定と分析(Learning Measurement & Analytics)
・ラーニングの科学(Science of Learning)
・セールス・イネーブルメント(Sales Enablement)
・マネジメント(Management)
・ガバメント(Government)
・ヘルスケア(Healthcare)
・ハイヤーエデュケーション(Higher Education)
ATD-ICE2019の報告
ATD2019 International Conference & EXPO (ATD-ICE2019)は、今年で76回目の開催となる。75周年の記念大会であった昨年は、バラク・オバマ氏の招聘もあり、過去最大の13,000名の規模での開催であったが、今年はさらにその上をいく13,500人が参加した。背景には、米国での人気面ではオバマ氏に匹敵するオプラ・ウィンフリー氏が今年のキーノート・スピーカーに招聘されたことも考えられるが、ATD自体の米国並びにグローバルにおける認知度・関心度がますます上がっていることが感じられる。
今年のカンファレンスについても、300を超えるセッションを通して、多様なテーマについての議論が行われた。ヒューマンバリュー主催の情報交換会において、参加者それぞれからキーワードを挙げてもらったが、たとえば、フィードバック、レジリエンス、ストーリーテリング、エモーション、EQ、アンコンシャス・バイアス、心理的安全性、セルフ・アウェアネス、パーソナライズド・トレーニング、ブロック・チェーン、VR、チャット・ロボ、ヴァルネラビリティ、マインドセット、ハビット・・・など多岐に渡り、タレント・ディベロップメントを捉える枠組みが広がっていることが感じられた。
これらのキーワード一つひとつは、独立したテーマとして存在しているというよりは、それぞれが絡み合ったものであり、どの視点で語るかによって、同じ事象や出来事も違った見え方ができる。そこで、今回全体の傾向を紹介するにあたっては、以下に示す「4つの文脈」からカンファレンスでの議論を捉えることを試み、全体に流れる潮流・動向や意味を立体的に眺めてみることにする。
[1]フィードバックと心理的安全
[2]デジタル・トランスフォーメーションが及ぼすインパクト
[3]エモーションへの注目
[4]ハビット(習慣)の重要性の高まり
文脈で語るので、中で扱われているテーマは多少重複するところもあるが、それぞれの角度から起きている構造を読み解く視点として参照いただきたい。
[1]フィードバックと心理的安全
ここ数年、人への「フィードバック」に対する関心が全体的に高まっており、特に米国においてはややブーム的になっているようにも思われる。ATDにおいても、昨年くらいから、フィードバックがセッションの中でキーワード的に取り上げられることが散見されたが、今年はさらにその位置づけが高まり、フィードバックそのものをメインテーマに添えるセッションも複数見受けられた。
フィードバック自体は決して新しいテーマではないが、なぜ今このように関心が高まっているのかの背景を考えてみると、ひとつには、人の成長やディベロップメントにおけるキーとしての側面が挙げられる。昨今のパフォーマンス・マネジメント革新のムーブメントにおいても、マネジャーからメンバーに対して年に1回の評価のフィードバックを行うのではなく、頻繁なカンバセーションを行うことで、メンバーの成長の促進やグロース・マインドセットの醸成につなげていこうとする動きが加速している。そのためにはいかにして「効果的なフィードバック」を行うのかを模索する流れが1つあると思われる。
もう1つの流れとして、VUCAワールドやディスラプションと呼ばれるような激しいビジネス環境の変化が背景にあることが挙げられる。こうした環境下では、時間をかけて正しい答えを導き出すというアプローチはうまくいかず、実験的な試みや小さな一歩を繰り返し、失敗を重ねながら、少しずつ価値を高めていくことが重視されるが、そうしたアジャイルなアプローチを後押しするレバレッジとして、フィードバックが捉えられていることが考えられる。
フィードバックのあり方を再考する
このようにフィードバックの重要性への認識が高まる一方で、ハーバード・ビジネス・レビュー(英語版)の2019年3〜4月号で「なぜフィードバックがうまくいかないのか」という特集が組まれるなど、その「難しさ」についても共通の認識が生まれていると思われる。今年のATDにおいても、そうした傾向を踏まえて、「これまでのフィードバックのあり方を根本から見直していこう」というセッションが多く行われていた印象を受けた。
たとえば「SU110:Why We Fear Feedback & How to Fix it(なぜフィードバックを恐れているのか、そしてその改善方法)」では、『How Performance Management Is Killing Performance and What to Do About It(邦題:時代遅れの人事評価制度を刷新する)』の著者である、タムラ・チャンドラー氏が、同僚のローラ・グレーリッシュ氏とともに登壇した。
チャンドラー氏らは、フィードバックは、ビジネスの成果や働く人々のエンゲージメントを高める上で、重要なファクターであるにも関わらず、これまでの体験から人はフィードバックに「Fear(恐れ)」を抱いてしまっている状況を問題視し、フィードバックそのものをリ・ブランディングするムーブメントを起こしていこうといった投げかけが行われた。
具体的には、「Seekers(フィードバックを求める)」「Receivers(フィードバックを受ける)」「Extenders(フィードバックを提供する)」の3つの観点からフィードバックを捉え、それぞれの役割を見直していこうとしていた。中でも、特に「Seekers(フィードバックを求める)」の役割が重要と唱え、フィードバックを受け取る方が、積極的にフィードバックを求めるマインドセットをいかに持たせていけるのかについての言及がなされていた。
また、「SU415:Why Feedback Fails, and What You Can Do About It(フィードバックが失敗する理由と、それに対してできること)」においても同様に、フィードバックと聞くと反射的に構えてしまうような受け止め方を変えていこうといった言及がなされていた。たとえば、過去に自分が素晴らしいプレゼントを受け取った体験を思い返し、そこに何があったのかを考えながら、フィードバックを「ギフト」として捉え直すことができないかといった、フィードバックに対する認知転換の話から入っていくところが印象的であった。
ギフトとして捉えられるためには、「自分のユニークさが受け入れられること」「可能性に焦点が当てられること」「変化を触発すること」といったポイントが重要であり、そうした観点から効果的なフィードバックとそうでないフィードバックの差に何があるのかを考え、マネジャー、メンバーそれぞれの役割を見直していくための探求が行われていた。
フィードバックの価値をいかに高めるかを考えたとき、従来はマネジャーのフィードバックの与え方をどう強化するかに意識が向きがちであったが、この2つのセッションからは、受ける側に焦点を変え、組織全体でフィードバックのマインドセットを変えていけるか、そしてそれを組織におけるフィードバック・カルチャーへと昇華させていけるかが、大きなテーマとなっていく可能性が感じられた。
また、その他で人気の高かったセッションに、「M315:Radical Candor and Second City Works: Effective Gender Conversations(急激な率直さとセカンド・シティの取り組み:効果的なジェンダー・カンバセーション)」が挙げられる。こちらは、書籍「Radical Candor(ラディカル・キャンダー:急激な率直さ)」の著者のキム・スコット氏と、インプロで有名なシカゴのセカンド・シティがコラボレーションをしたセッションである。
ラディカル・キャンダーは、難しい課題をフィードバックするときこそ、「率直さ」が大事であるという考え方がもととなっており、昨今のフィードバックの動きに大きな影響を与えているコンセプトである。そこに、インプロで重視される「Yes, and」の考え方を加え、率直にフィードバックを行うには勇気がいるが、そこに生み出される可能性に踏み込んでいこうとするあり方を、即興劇を通じて体感的に学んでいくアプローチが紹介された。
フィードバックと「Yes, and」の関係を捉えるとYesの部分は、「I care you(私はあなたをケアします)」という寄り添いの部分が表されおり、andの部分は、相手が出したアイデアの可能性をさらに広げようというフィロソフィーが背景にあるという指摘が特に興味深く感じられた。この辺りの思想は、基調講演を努めたオプラ・ウィンフリー氏が話した「Be Your Truest Self in Service of Others(本当の自分になり、他者に尽くす)」といった考え方とも通ずるところがあるように思う。
本セッションで見受けられたように、フィードバックは、単にスキルやテクニックとして捉えるのみならず、フィードバックを与える側、受ける側のBeing(あり方)を再考していくことの重要性が高まっていくのではないだろうか。
心理的安全(サイコロジカル・セイフティ)の深掘り
フィードバックの文脈の中で押さえておきたい要因として「心理的安全(サイコロジカル・セイフティ)」が挙げられる。昨年のカンファレンスにおいて特に大きなテーマとして取り上げられていたが、今年もその傾向は継続しているようであった。
今年のカンファレンスで特筆すべきは、心理的安全の大家であるハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン氏が、ATDのパネル・ディスカッションに登壇したことであろう。エドモンドソン氏が、ゴア社のデブラ・フランス氏、リヴィングトン・グループのレイチェル・メンデロヴィッツ氏ら実践家たちと共に登壇した「TU407: Psychological Safety – What Is It? How Do You Cultivate It?(心理的安全−とは何か? どのように醸成するのか?)」には、多くの参加者が見られた。
このセッションでは、あらためて心理的安全とは何かについて、深掘りが行われた。エドモンドソン氏は、心理的安全とは、「Speak Up(声を上げる)できる環境をつくること」であると説いていた。それは、単にみなが仲良く心地良い雰囲気をつくることではなく、より率直にものが言える状態をつくることであるという。この指摘は、上述したキム・スコット氏のラディカル・キャンダ−の考え方とのつながりも感じられた。
そして、心理的安全には、Empathy(共感)、Curiosity(好奇心)、Mutual Respect(相互信頼)、ヴァルネラビリティ、「I don’t know mindset(私は知りませんと言えるマインドセット)」といったものが不可欠であると語られた。加えて、リーダーの役割として、なぜ心理的安全が必要なのかの理由として、自分たちのパーパスやミッションを示すことが重要であると述べていた。関係性を築くだけではなく、自分たちが何を目指しているのかがあってこそ、心理的安全が築かれるという考え方が意味深く感じられた。
また、エドモンドソン氏自身のストーリーテリングとして、メンターであるクリス・アージリス氏とのやり取りについて話されたのも印象的であった。エドモンドソン氏が、アカデミックの領域に本格的に入り始めた頃、アカデミックらしい考え方に自分を合わせていかなければいけないことに悩んでいた時に、自身が書いた論文に対して、アージリス氏から「I don’t see Amy in it(この論文の中にエイミー、あなたが見えないよ)」というフィードバックを受け、自分が見守られていること、そして、自分が自分であっていい(You can be You)ことに気づけたというストーリーであった。
この「自分が自分であっていい」という考え方も、オプラ・ウィンフリー氏の基調講演をはじめ、カンファレンス全体に流れる共通の文脈であるように思われる。心理的安全についても、単にスピークアップすることを求めるのではなく、そこに自分のホールセルフを織り込んでいくのが大事であるということが、心理的安全の概念に深みを与えていたように思う。
また、心理的安全の意義を脳科学の観点から後押ししようとする動きも去年から継続して多くあったように感じられた。たとえば、「M210:The Neuroscience of Psychological Safety and Trust in Effective Teams(心理的安全のニューロサイエンスと効果的なチームにおける信頼)」では、ここ数年連続して講演を行なっているケニス・ノヴァック氏から、心理的安全の重要性を裏付ける科学的根拠となるリソースが豊富に紹介されていて、参加者の理解度の高まりに貢献していた。
概念から構築へ(from concept to build)
そして、上述したパネル・ディスカッションの中では、心理的安全が、もはやコンセプトではなく、実際に構築していくものである(from concept to build)といったことが述べられていたが、そうしたことを志向したセッションも全体的に増え始めていたように思う。
たとえば、「TU313:7 Steps for Building Interaction Safety in Your Workplace(職場でインタラクションの安全性を高めるための7つのステップ)」では、インクルージョンの専門家から、心理的安全を職場の中で築いていくステップについての言及がなされていたり、「TU215:Get Big Things Done: The Power of Connectional Intelligence(大きなことを成し遂げる:コネクショナル・インテリジェンスの力)」では、仕事のメールやSNSのやり取りなど、かなり細かい場面で信頼を築きながらコラボレーションをどう進めるかが考えられるなど、具体的なアプローチの構築が試みられている印象を受けた。
その中でも特に印象的であったセッションに「M306:The Respect Effect:Reaching Beyond Tolerance to Build an Inclusive Workplace(敬意の効果:インクルーシブな職場を築くために寛容を超えて到達する)」がある。このセッションは、心理的安全を築く上でキーとなる「レスペクト」に焦点を当てたものであったが、1時間くらいの短いセッションの中で、レスペクトの考え方が、概念やモデル、体験や内省、ストーリー、具体的なルールを通して、効果的に紹介されるといった内容のものであり、実際にデュポン社などにおいて、全社的にこうしたセッションを展開して、ビジネスにポジティブなインパクトを生み出す例などが紹介されていた。
レスペクトやトラストといったものを高める上では、なぜそれが大事なのかといった背景にある考え方や思想を、職場やチームの中で共通言語として持つことの価値は、前述したタムラ・チャンドラー氏らも同様に語っている。
個人の成長をはかり、組織のパフォーマンスを高めていくには、頻繁なフィードバックが大切だが、それを実現するには心理的安全が必要である。この2つの側面を高める取り組みは、単なるテクニックやソフトスキルの習得では十分でなく、人々の認知や組織の文化を変えていくアプローチが求められる。
[2]デジタル・トランスフォーメーションが及ぼすインパクト
テクノロジーの発展やデジタル化の進展によって引き起こされるデジタルトランスフォーメーションは、ATDが扱うテーマに対して、どのように影響を及ぼしているのか。そうした観点で、今回のカンファレンスで共有されていた内容を見ていきたい。
変化の大きさに対する認識
3日目の基調講演に登壇したマーケティングに関する著名なスピーカーのセス・ゴーディン氏は、カメラ業界やレコード業界、ホテル業界などに起こった様々な変化を共有しながら、「世界は変わり続けている。そして、その変化の速度はもっと速くなる」「とても革命的な時代を過ごしている」という現状認識を示し、「産業革命以降、規則を大事にして平均的な人々を増やし、マスを対象にした、流れ作業による大量生産大量消費モデルはもはや成功をもたらさず、私たちは見方を変えないといけない」というメッセージを伝えていた。これは、昨年の基調講演に登壇したオバマ前大統領の「これから30年で起きる変化は産業革命以降今まで起きた変化よりも大きいだろう」というコメントと符合するものであり、デジタルトランスフォーメーションがもたらす変化の大きさについて、その認識はますます強まっているように感じられる。
例えば、「S1GOV:Leading in a Disruptive Era: Leadership Competencies at 21st-Century Public Service Leader Requires(破壊的な時代においてリードする:21世紀の公共サービス部門に求められるリーダーシップコンピテンシー)」においては、アメリカの連邦政府機関において、従来の仕事の仕方をし続けていては、テクノロジーや人口動態、社会的価値観の加速度的な変化の時代の中にあって、将来的にそのミッションを果たすことができなくなってしまうという認識が示されていた。その上で、従来の縦割りの階層型の組織で予算をつけて仕事をするのではなく、各省横断的なフラットな人材プールをつくり、プロジェクト毎に様々な専門家が集まり、そのチームに権限を与えて仕事を進めていくやり方へのシフトが求められているという調査結果が共有されると同時に、こうした変化をリードしていく人材の育成や、チームでの俊敏な働き方を行えるようにタレントやカルチャーを育んでいくことの重要性が語られていた。民間企業ではなく公共部門でもこうした変化を起こしていこうとする動きが高まってきていることに、デジタルトランスフォーメーションの影響の大きさが感じられる。
変化の中を過ごす人にとって重要なこと
では、こうした変化を受けて、人々はどのような能力を高めていけば良いのだろうか。そのためにどのようなことができるのだろうか。
セス・ゴーディン氏は「誰かが提示した正解に従ったり、変化の後追いをしたりするのではなく、今まで以上にリーダーシップとレスポンシビリティを持って、自分の意志に従って自ら変化を創り出していく」ことの重要性を強調していた。これは多くのセッションに通底するメッセージだったように思う。
しかし、誰もがいきなりこのようなマインドと行動をとれるわけではない。まだ誰も経験したことのない変化を前にして、自ら一歩踏み出すことに対しては、恐れが伴う。ゴーディン氏も「イノベーションとは失敗を伴うものだ」という認識を示しており、“Dance with fear. Engage with uncertainty.”が未来における大切なスキルだとプレスのインタビューで語っている。
こうしたスキルはどのように育めるのだろうか。オプラ・ウィンフリー氏は基調講演において、それぞれの瞬間に意図を込めること、自分の意図がどこにあるのか、自分の中で対話することの重要性を語っていたが、ここにその手がかりがあるように感じられた。また、多くのセッションでストーリーやストーリーテリングが取り上げられていたが、デジタルトランスフォーメーションがもたらす大きな変化と不確実な未来に対して、自分の全体性を整えた上で、自分の意図や目的をストーリーで自分や他者に語りかけることが、一歩を踏み出すことにつながるのだというようなメッセージを感じることができた。
また、そうして一歩を踏み出した後に重要になるのがフィードバックである。変化をなかなか予測できない中では、頻繁に周囲の状況を確認して、自分たちの取り組みが良い方向に向かうように軌道修正をし続ける必要があり、そうした観点からも頻繁なフィードバックの重要性が多くのセッションで語られていた。「TU414:Democratizing Leadership Development in the Digital Era(デジタル時代におけるリーダーシップ開発の民主化)」というセッションでは、オンライン学習プラットフォームのUdemy社の取り組み事例が共有され、デジタル時代において「フィードバックは燃料だ(Feedback is Fuel)」という言葉が紹介されていたのは印象的だった。
将来のワークフォースとリスキル
デジタルトランスフォーメーションは、将来のワークフォースにどのような影響を及ぼすのだろうか。こうした観点でデータやフレームワークを紹介するセッションも数多く存在した。
「M308:The Skills Quotient : An Easy Formula for Closing the Skill Gaps From Inside Your Organization(スキル指数:スキルギャップを埋める簡単な公式)」においては、デジタルトランスフォーメーションによって、仕事で求められるものが、効率性を高めることから価値を拡大すること、ルーティン作業を行うことから未知の機会や課題に取り組むこと、知識のシェアからスキルとケイパビリティを構築することへとシフトしており、事務作業の自動化やロボット(RPA)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)の導入が進む中で人間が行う仕事を再検証する必要があるという話が紹介された。
こうした中で、今後はクリエイティビティ・EQ・デザイン思考といったパワー(ソフト)スキルや、クラウドコンピューティング・AI・マシーンラーニング・データ解析・ロボティクスといったテクノロジースキルが強く求められており、こうしたスキルギャップを埋める必要性については、「TU400:Brave New World: Bracing for the Organization of the Future(素晴らしい新世界:未来の組織への備え)」においても、カンファレンス・ボードが行ったグローバルのCEO調査結果のレポートの中でも言及されていた。
では、こうしたスキルを組織内に取り込み、将来においても価値を生み出せるワークフォースを構築するにはどうしたら良いのだろうか。「TU220:Accelerating the Future Workforce : Rapid Reskilling(将来のワークフォースを加速する:迅速なリスキル)」では、
・BUY:新たなスキルや能力をもった人材をどのように惹きつけ採用するか?
・BUILD:既存の従業員のアップスキルや成長をどのように行うか?
・BORROW:外部の人材や組織内の能力をもった人材の力をどこで借りるか?
・BOT:どの仕事をAIやロボットに自動的に行わせるのか?
という4つの項目に、
POOL:どのようなタレントのプールがあるか?
RULES:どのような仕組み・制度・戦略を作るか?
TOOLS:どのような技術やツールを活用するか?
という3つの観点を組み合わせたシンプルなフレームワークが紹介され、破壊的な変化を恐れて立ちすくむのではなく、未来を見据えてこうしたフレームをもとに組織内で議論と検討を進めることの重要性が語られていた。
また、このフレームの「BUILD:既存の従業員のアップスキルや成長をどのように行うか?」に該当する部分では、「TU105:Data + Content + Technology + People=The Formula for Personalized Learning」などの中で、コンテンツ中心ではなく、個人を中心した学習環境の中で、それぞれの人に最適化したAdaptive Learningの進化と重要性が語られたり、上述の「M308:The Skills Quotient : An Easy Formula for Closing the Skill Gaps From Inside Your Organization(スキル指数:スキルギャップを埋める簡単な公式)」においては、L&D部門の役割を、コンテンツを管理するのではなく、従業員が相互に教えあったり、自分で自分の学びたいものを選択できるような環境を整えたり、組織の中のラーニングカルチャーを整えたりというような方向へとシフトさせる必要があると言う話も紹介されていた。
デジタルトランスフォーメーションは、ワークフォースそのものだけでなく、そのワークフォースをどう作るかというアプローチの部分にも大きな影響を及ぼしていることが多くのセッションを通して伝わってきた。個人データの活用など、さらにテクノロジーは変化していくと予想される中で、L&DやHRが伝統的なスタイルからどう自己変革していくかという部分も、デジタルトランスフォーメーションがもたらすインパクトとして重要になってくるのではないだろうか。
[3]エモーションへの注目
今年の傾向の1つとして、「エモーション(感情)」という言葉が多くのセッションの中で使われていた。自分自身の内側で湧き起こるエモーションを知覚・認知することの重要性が改めて注目されており、また他者との関わりの中でエモーショナルな部分をどのように扱い、より良い関わりを行っていくかといったことについて言及している内容が多かった。
エモーションが注目される背景の1つには、VUCA WorldやDdisruptive Worldと表現されるような、急激な変化が当たり前となっているビジネス環境がある。現在では、先行きが不透明であり、答えや正解は見えず、またこれまで安定していた状況がいきなり断絶してしまうことが多い。人々には、新しいことにチャレンジする際の恐れや、喪失(Loss)による恐怖がある。そうした状況の中では、レジリエンスの力が必要と言われている。
たとえば、「SU202:Resilience: Refocusing Energy in Times of Change(レジリエンス:変化の時代におけるエネルギーの再集中)」のセッションでは、変化に直面した際に自分自身の中で起こる感情や認知をまずは認識し、その上で新たな解釈や意味付けを行い、行動を起こしていくことの重要性について紹介されていた。そして、このセッションでは、個人のレジリエンスを高めるといった話だけにはとどまらず、メンバーを持つリーダーは、メンバーが変化に直面した際にもこのプロセスをメンバー自身が歩めるようにサポートすることが必要だという主張がなされていた。
自分自身のレジリエンスの力を高めるためにも、組織のレジリエンスの力を高めるためにも、エモーションをまずアクセプト(受容)して、それに対する認知を変容していくことの大切さが認識されてきている。
自分自身のエモーションをアクセプトして、パースペクティブを変え、心理的柔軟性を高め(セルフアウェアネス)、レジリエンスを高めて、力強く歩んでいくことが求められてきているのである。
エモーションが注目される2つ目の背景としては、一人ひとりが人間としての全体性を保持しながら、自分らしくより良く生きていこうとする流れにある。
自分自身がより良い人生をいきていくためには、目的(パーパス)やミッション(使命)、ミーニング(意味)が必要になってくる。それらの羅針盤となるのは、外側からの期待や要請ではなく、自分の内側から湧き上がってくる直感や自分の心の声である。それを掴むには、セルフアウェアネス(自己認識)を高め、今ここ(moment)の感情(直感)に従って、行動を起こしていくことが大切である。
例えば、オプラ・ウィンフリー氏の基調講演では、自身のストーリーを語る中で、「直感を信じること」「ホリスティックな自分(Wholeness)としてベストな状態にいること」「自分が今いる場所でできることから始めることが大切である」ということをメッセージとして伝えていたが、これらはいかなる状況においても、自分のエモーションへのアウェアネスを高め、真の自分とつながり、今ここ((Moment)から自分の肚感覚(エモーション)に従って歩んでいく生き方そのものの価値や素晴らしさを表現しているように思われた。
また、「M103:The Power of Habit(習慣の力)」では、効果的な習慣を築くためのポイントについて紹介されたが、その中で、行動を起こしたあとに得られるReward(報酬)には、エモーショナルなものとトランザクショナルなものの2種類あることが説明され、その中でも、よりエモーショナルな報酬にフォーカスすることで、真に持続する習慣が築かれやすくなることが説明されていた。
さらに、「SU407:Performance Psychology: Not Just for Athletes(パフォーマンス心理学:運動選手だけのものではない)」では、トップアスリートの世界で進化している心理学をビジネスの世界に応用したパフォーマンス心理学の知見から、エモーションとの向き合い方について紹介された。
このセッションの中では、エモーションにはパフォーマンスとWell-being、さらには振る舞いを通した他者への影響があると紹介され、自分のエモーションを認識するSelf-Awarenessの重要性や、Self-Awarenessによって気づいた自分の感情に対しての捉え方や見方を変え、行動へと移していく際のプロセスを表したACAAPモデル(Accept、Change Perspective、Attend、Amend、Practice)についてシェアされていた。
そして、エモーショナルな力をいかに高めるかと紹介するセッションとして、「M320: Become a More Emotionally Intelligent Leader: Awaken to Your Mindset(よりEQの高いリーダーになる:自らのマインドセットを意識する→リーダーのセルフアウェアネス/マインドセット)」があった。このセッションでは、人というのは自己認識(Self-Awareness)があまり高くないという話から、4つのマインドセット(FIXED ⇄ GROWTH 、CLOSED ⇄ OPEN、PREVENTION ⇄ PROMOTION、INWARD ⇄ OUTWARD)の存在が紹介され、これらのマインドセットをもとに自己認識を高めていく重要性が語られた。
その他、エモーショナルな部分もヴァルネラブルに包み隠さず、自分にとっての真実を伝えることで感動が生まれ、相手とつながれるストーリーを語ることができるといったストーリーテリングの価値や可能性について紹介するセッションや、社員のロイヤリティやエンゲージメントを高めるために共感(empathy)が大切な要素であるといったことについて述べられるセッションなどもあった。
今後は、デジタルトランスフォーメーションによる影響の中で、エモーションの重要さがますます高まると考えられる。テクノロジーの進化にともない、AIやロボットの存在感が日に日に増す中で、人間だからこそ生み出せる価値への期待が高まっていく。その1つは、人々が協力しあい、多様な仲間とコラボレーションし、意味を考え、よりよい世界に貢献していくことであろう。そのためにも、人と人とがつながるための要素として、エモーションについて再考する意味は大きいように思われる。
[4]ハビット(習慣)の重要性の高まり
さきほど挙げられた「デジタルトランスフォーメーションが及ぼすインパクト」にもあったように、外部環境の変化が激しく、先行きの見通しがつかない時代において、AIやロボティクスなどの新たな技術により、人間が手作業で取り組んできたことは自動化されるため、私たちがこれまで獲得してきたスキルや行動が不要になりつつある。そのため、リスキルし、新たな習慣や行動を獲得していくという重要性はますます高まってきているように思われる。
こうした状況の中で、多くの企業では、新たな習慣や行動を生み出していくために、多くのプログラムに取り組みはじめているが、思うように行動変容を生み出せていないのが現状かもしれない。セッションの中でも、「人材開発部門のプログラムの80%近くは、わずか30日後には失敗し、従業員1人当たりの生産性の損失は毎年15,000ドルかかっている」と話されていた。
では、新たな習慣や行動を生み出していくにはどうしたらよいのだろうか。今年のカンファレンスでは、「ハビット(習慣)」という言葉が、全米でベストセラーとなった「習慣の力」や、ニューロサイエンスの観点からの記憶や学習の定着など、複数のセッションでキーワードとして紹介されていた。具体的にどのような内容か見てみよう。
まず、「M103:The Power of Habit(習慣の力)」では、ハビットのメカニズムやハビットを育むポイントについて語られた。「会社の文化の中で、ベストな習慣は何ですか?」の問いかけから始められ、「ベストな習慣と思っている習慣が一番でない場合があり、変えるべきかもしれない習慣かもしれません。」と語られた。私たちの日々の行動の40%は自動的(無意識)である。無意識の行動であるハビットをコントロールすることで、自分自身を変容し、パフォーマンスを生み出していくことができる。ハビットは、 Cue(きっかけ)とRoutine(ルーチン:繰り返す同一の行動)と、その行動によって得られるReward(報酬)の自己強化ループによって形作られる。これを、「ハビット・ループ」という。何か良い行動を習慣化したいと思ったら、きっかけと、それによって得られる報酬について考慮し、ハビット・ループがより良い循環が生み出すように取り組むことが重要となる。たとえば、ランニングを習慣化したいと思うのであれば、寝る前にベッドの横にランニング用の靴を置き、起きたときに目についてすぐに履いて外に出られるようにし、それによって得られる達成感や爽快感などを報酬とするという例が紹介された。また、その報酬には、無形のもので、自分の自身の価値と紐付いて、認められたり達成したりするときに得られる「エモーショナル」な報酬と、有形のもので、達成したことに即座に得られる「トランザクショナル」な報酬が存在する。後者の報酬はパワフルであるが、徐々に効果が下がってしまうため、真に持続するエモーショナルな報酬を得ていく重要性が語られた。また、このようなハビットのメカニズムを押さえつつ、組織や集団の中における新たなハビットを生み出していく事例についても紹介され、チーミングを高めたり、イノベーションを生み出したり、より良いカルチャーを育んだりすることにもつながるとのことだ。組織や集団の中においては、ハビットは多数存在するため、キーとなるハビット(キー・ストーン・ハビット)をいくつか変えていくとよいというメッセージが感じられた。
次に、ニューロサイエンスの観点から、ハビットを生み出していくポイントを見てみよう。 「TU104:Wired to Grow 2.0: Critical Updates in the Brain Science of Learning(2.0に成長するための配線:学習の脳科学における重要な最新情報)」 では、最新のニューロサイエンスの知見に基づき、記憶のメカニズムと、ハビット・ループを実現するポイントが説明された。ある程度のものを忘れることは新しい情報を入れるスペースを明けておくということと関連性があり、記憶を呼び起こす上では、エビングハウスの忘却曲線に基づき、適切なタイミングで3回想起したり、睡眠時間を十分にとったりすることが大事であると語られた。また、より良いハビット・ループを身につけるための回数の目安が紹介され、「20回、反復すると学ぶことができる。40〜50回、繰り返すことで行動が獲得できる。66回、同じ行動を繰り返せば、神経が太くなる。」とのことだ。また、こうした繰り返しの学習を行っていくにあたり、昨今では、VRの技術が応用され、重要な役割を果たしている。飛行機を組み立てる作業や豪華客船の新人ウエイターがテーブルの番号を記憶する教育などにおいて試され、実際の場面で複数回繰り返すことが難しい行動に用いられている。
また、「SU113:The Neuroscience of Learning and Memory(学習と記憶の神経科学)」
では、認知科学者であるカルメン・シモン氏から、持続的な記憶力を築く方法について言及された。人が記憶した情報の90%は2日間で消えてしまう。これは人間の特性上仕方のないことである。では、残るわずか10%の記憶を有効に生かして意思決定や行動につなげるにはどうすればよいのだろうか。脳科学的な観点では、扁桃体が快として反応し、長期記憶に残るようにすることが重要である。
そこで、インフォグラフィックや動画などを活用し、扁桃体が快として注意が向くような情報を提示するとよい。そうすることで、情報の長期記憶への確率が高まりやすくなり、その情報を踏まえて、意思決定や行動をしやすくなる。「人間が行動するかどうか、意思ではなく、記憶次第なのである。より良い記憶の状態をいかに作るかが鍵である」と語られた。
こうした変化の激しい時代においては、個人や組織の集団としての行動の変容が求められるとするならば、ベストだと思っている習慣や、当たり前にしている行動そのものを見つめ直し、ニューロサイエンスを新たな知見を取り入れながら、40%を占めるという無意識の行動であるハビットを変化させ続けることが重要となる時代に入っているのかもしれない。
基調講演:オプラ・ウィンフリー
カンファレンス2日目に行われた基調講演では、オプラ・ウィンフリー氏が登壇した。日本人にとっては、あまり馴染みのない人物だが、グローバル・メディア・リーダー、慈善家、プロデューサー、女優として活躍している超有名人である。25年間にわたってトークショーのホストとして、米国を中心に156カ国で親しまれてきた。 ATDは7年間に渡って登壇を交渉し続けてきたそうだ。本人が登場した瞬間から、会場を埋め尽くした約1万人全員が立ち上がるスタンディング・オーベーションが起き、米国人の人気の高さと彼女への尊敬を伺うことができた。
今回の基調講演は、前半はウィンフリー氏が自身のストーリーを語り、後半はATDのCEO、トニー・ビンガム氏との対談形式で行われた。講演を通して、直感を信じること、他者に貢献するために自分を使うこと、リーダーを慎重に選ぶことなどが、メインメッセージとして語られていたように思う。以下、講演内容の概要をご紹介したい。
講演の冒頭でウィンフリー氏は、自分自身が常に「Truth Seeker(真実を追い求める者)」であったと語り始めた。真実に出会うときは、自分の中の何かと共鳴する。これから話すことは、目新しいことではなく、皆さんがすでに知っていることの「思い出し」であるという。長年にわたって続いた自身のトークショーが成功した要因も、視聴者がそこにウィンフリー氏ではなく、自分の真実を見るからではないかと語った。番組がプラットフォームとなり、他者のストーリーやアイデアの中に自分の真実を見つけ、共鳴し、「これでよかったのだ」と確認しているのだと。その「真実の確認(Validation)」こそが、誰もが求めているものなのではないか。
次に、ウィンフリー氏は、これまで体験した自身の失敗について語ってくれた。これまで経験した失敗は、リーダーシップの選択をおろそかにした時、もうひとつは自分の直感に従わなかった時に起こったという。南アフリカで女学校を立ち上げた時、才能ある女の子を選ぶのに一生懸命になるあまり、学校のリーダーである教師や周囲の大人たちの選考に十分な注意を払わなかった。そのことが原因で、複数の学生が性的被害を受けるという問題が起こってしまった。また、組織のリーダーとなる学校スタッフを選ぶ際、「何かが違う」と感じたことに対して、外国人である自分が声を上げることをためらってしまったことも、事件のきっかけをつくってしまったと考えている。しかし、起きてしまった問題を乗り切る際に大切にしていることとして、今(Moment)やれることに集中することだと語っていた。
ここからトニー・ビンガム氏が登場し、ウィンフリー氏に質問を投げかけるかたちで講演が進んでいった。ビンガム氏の最初の質問は彼女のキャリアについてであった。ウィンフリー氏はバルチモアでニュース・キャスターとして、テレビにおけるキャリアをスタートしている。ウィンフリー氏は、キャスターとしては共感的・感情的になりすぎると言われ、トークショーに「飛ばされ」たこと、そこでその後20年のパーパスを見つけることになったという。初回のトークショー収録の際、自らの「ホーム」を見つけた感覚を得たのだそうだ。ここでL&D、人事に携わるオーディエンスへの投げかけとして、ある役割を担うのに向いていないと感じる人については、その人が輝ける場所・役割に変えてあげてほしいと語っていた。
次に、ビンガム氏からリーダーに求めているものについて、質問があった。これには、自分のビジョンに共感しているだけでなく、そのビジョン達成のために実践した経験のある人と仕事をするようにしているとの答えがあった。また、キャラクターも大切で、面接では「スピリチュアル・プラクティス」について質問するそうだ。俗にいう宗教や精神世界の話ではなく、「自分自身を整えることができるか」「ホリスティックな自分(Wholeness)として、バランスを保ち、ベストな状態でいられるか」というポイントを見ているとのことだった。
最後の質問として、未来に対しては楽観的に感じるかという問いかけがあった。ウィンフリー氏は、ポジティブなこと、闇に勝る素晴らしいことを行うことができる人間の力に対して希望を持っていると答えた。私たちは今、物事がうまくいくかどうかの岐路に立っている。黙ったまま、何もしなければ、世界はよくならないと、聴衆に語りかけた。また、ウィンフリー氏は、清潔な服がないために登校できない生徒がいる家庭のために、洗濯機を購入した校長先生のストーリーを引き合いに出し、自分が今いる場所でできることから始めることが大切であると続けた。ウィンフリー氏が持ち続ける問いとして、「自分はどうやったら他者の役に立てるだろうか(How can I be used to serve you?)」があるという。自身のトークショーも視聴者の人生に貢献するためのプラットフォームとして考えるようになったそうだ。
ウィンフリー氏は、ゲーリー・ズーカフ氏の『The Seat of the Soul(邦題:魂との対話―宇宙のしくみ人生のしくみ)』を読んで人生が変わったと話している。どんな行為も自分に戻ってくる(カルマ)という考えのもと、「意図の力(Power of Intention)」を指針としてトークショーを実践してきたとそうだ。どんな行為対しても、それによって他者に対してどんなことができるのか、目的がない場合には実行するべきではないという。
加えて、ウィンフリー氏はメンタルヘルスについても語った。南アフリカの女学生たちが、理想的な学校に通い始めた際の環境の変化からPTSDに陥ってしまった時、学生や人に対する見方が変わったという。現代の私たちのなかにも、心に穴が空いてしまった人が沢山いる。自分のなかで何かが欠けている時、もう一度自分自身が満たされ、心身共にバランスの取れた状態(Whole)になるまでは、その穴が埋まることはなく、血を流し続けることになる。我々は自分自身がもう一度そうした状態(Whole)になるまで、努力し続けなければならない、というメッセージで講演が締めくくられた。退場の際には、聴衆からは大きな拍手とスタンディング・オーベーションが送られた。
約60年前に生まれた黒人女性として様々な経験を重ねながらも、国民からここまで大きな人気と支持を得る人物となった彼女の軌跡が、発する言葉一つひとつの重みや厚みを増していたように感じる。彼女の功績は、貧しさや差別の中でも自分自身の価値を信じてやまず、今ここにある自分自身を整えることに取り組んできた結果であり、彼女自身の人生がアメリカという国が辿ってきた歴史や、人間の持つ可能性を表現しているようにも感じられた。
基調講演:セス・ゴーディン
3日目の基調講演では、マーケティングの専門家であり、起業家、ベストセラー作家、そして著名なスピーカーでもあるセス・ゴーディン氏が、大きな変化に直面する時代の中で、「
変化の後追いをする人(やらなくてはいけない/外発的)ではなく、自ら変化を生み出す人(やりたい/内発的)になっていこう」というメッセージを、ユーモアとインサイト溢れる卓越したプレゼンテーションで、会場の聴衆に投げかけた。
冒頭から、矢継ぎ早に繰り出されるセンスの良い画像やユーモアをたっぷり交えた動画を背景に、まるでジェットコースターのようなプレゼンテーションが始まった。
彼は、伝統的なスタイルのままの学校教育を取り上げ、学校は学生をみな平均的な人間になるように教育してきたこと。150年前に小学校ができて、流れ作業のように今日まで規則正しい人を大量生産してきたことに触れ、そうした時代は終わり、テストで点を取れる人、人と競争する人ではなく、人と共創して伸びていくような人が求められていると語った。
また、高く育つひまわりは深い根っこを持っていることを例に出し、今必要とされている力は、付け焼き刃の教育では育たないこと。だから成長する基盤が大事だと彼は語った。そしてディベロップメントはトレーニングとは違うのだと語った。ディベロップメントは長期のプロセスで育てていくものであるという。Amazonのマーケットプレイスに出店するように1ドル単位の価格競争をするのではなく、オンリーワンの価値を生み出すことが出来る人を育てることは、そういうことなんだと彼は続けた。今世界では、正規分布の端っこにいるような、人と違ったことをしている人が新しいものを生み出している。そうした人をこれからはディベロップメントしないといけない。そして、今必要とされている、新しいものを生み出すスキルは、全てソフトスキル(後天的に開発するもの)だということを強調した。それらは、1時間の教育ではなく、何か月もかけて習得できるものだ。そして、人材開発の専門家であるあなたは、そうしたスキルの開発ができるのだと訴えていた。力強い彼の言葉は、会場にいた何千人もの聴衆の心を動かしたように感じられた。
さらに大きなボディーランゲージで、人々がつながっていることの重要性についても語った。つながりの中から価値が生まれる。なぜなら、経済というものは、coordination trust permission exchangeという4つの要素でなりたっているからだとゴーディン氏は説明した。そして、それらはソフトスキルに近いこと。それがとどまっていると高く飛べないこと。そして違いを生むためには、さらに、generosityとartの2つの要素が必要だと言った。つまり利己的ではビジネスができないということ(generosity)。そして、人間自身がクリエイトすること(art)である。一緒にクリエイトする仲間がいなければ、何もできないと強調した。お互いの持っているものを補い合うコネクションを理解することで、新しい考え方を学ぶことができ、それはあなたが今すぐにできることだと言った。
マーケティングの専門家である氏から、人材育成について、「人をどうやって教育するか。講義をするだけでは教育ではありません。30日間やってみること、間違っていてもやり直すことができると、テストの恐怖も克服できます。見守る側も、その人の成長をコミットすることは、それはそれで恐怖につながって、お腹が痛くなったりします。成長を見守る側も、もうちょっと時間をかけるべきだと思います。」という提言がなされた。
彼からの、こうした人材開発についての情熱溢れる言葉が発せられることによって、プレゼンテーションが進むに連れて徐々に会場にも、彼の伝えたい、これからの時代における人材開発の新たな意味や価値が伝わっていったように感じられた。
そして、彼は最後にこのようなメッセージを会場に送った。
「みなさん、今とても困難だと思っていることがあると思います。そこで、あなたは今何を持ってくるのでしょうか。それは、インサイトと情熱です。あなたが今ここで変化を受け入れようと思ったとしたら、ここで考えていただきたいのは、あなたこそが今ここで変化を起こす人物になるのかどうかということです。」
会場からは大きな拍手が彼に送られた。マーケティングの専門家らしいインサイト溢れるプレゼンテーションと、そして何より彼の情熱が会場に伝わった、素晴らしいプレゼンテーションだった。
基調講演:エリック・ウィテカー
最終日には、バーチャル合唱団のプロデューサー、作曲家である、エリック・ウィテカー氏によるキーノートスピーチが行われた。
彼のバックグラウンドの紹介から始まり、Deep Field 合唱団を結成し、表現していく道のりについてのスピーチが行われた。途中実際に彼の音楽の一部のいくつかを放映したこと、合唱団を引き連れその場で音楽を表現したことも加わり、聴衆が彼のスピーチと世界に取り込まれる魅惑的な時間となった。
彼は、アメリカ・ネバダ州で育ち、ラスベガスの大学で合唱団に入ったことにより本格的に音楽にのめり込むこととなった。
彼は大学に7年間在学するうちに彼は合唱音楽の作曲の道に進みたいと思うようになったことを述べた。一人ひとりの声を集めることで美しい音楽が織りなせることに気づき、作曲こそが天職だと思うようになったという。
また彼はある17歳のファンである女の子から送られてきたYouTubeビデオを紹介した。この動画で彼女の声がとても純粋で美しかったこと、それに感動した彼はこのような美しい声を集めて合唱団を作ることができるのではないかということを思いついたという。
彼はまたこの思いつきを実現するために、Facebookを使い呼びかけた。実際に125もの国から185人が応募が集まったという事実に対して驚きを表現すると共に、このアップロードされた動画が数百万回の再生記録を実現したことにも言及がなされた。
この動画に注目が集まったことにより、彼のバーチャル合唱団Deep Field は世界的な知名度を誇るグローバルな合唱団になったのである。バーチャル1.0から始まり、2.0、3.0とバージョンアップを重ねる中、歌手が自分のことを紹介できるページを作ったことによる影響についても説明がなされた。彼によると国の検閲が厳しいながらも動画を送ってくれた男性がいたこと、視力を失ったために合唱団で歌うことを諦めざることを得なかった男性がいたという。バーチャルな環境での合唱団を編成したことにより、世界中の様々な環境の人々が合唱団の「歌手」となる場を提供でき、より大きなものの一部になることの体験の素晴らしさについて話した。
続いて彼はTEDスピーカーに選出された経験や、NASAとのコラボレーションについても語った。とりわけNASAとのコラボレーションは彼の創造力が遺憾無く発揮されるものだったという。音の一つ一つが大きな意味に貢献することへの気づきから、オーディエンスに曲の終わりに携帯の画面を触ってもらう試みを行った。結果的にテクノロジーと芸術の融合が行われる革新的な取り組みとなったという。
最後に、彼はワシントンDCのメンバーを引き連れ生の合唱を披露した。これに世界中からのバーチャルでの参加も加わり、まさに会場がARの実体験の場となり、聴衆もより大きなものの一部になる体験を得ることができたと思う。観客の多くは立ち拍手を送るなど彼のアートへの賞賛を送る、素晴らしい時間となった。