ATD(The Association for Talent Development)
ATDヴァーチャル・カンファレンス参加体験レポート 〜新しい学びのかたち〜
ATD(Association for Talent Development)初のヴァーチャル・カンファレンスが、2020年6月1日〜5日に開催されました。
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人材開発に携わる方であれば、毎年5月に米国で開催されるATD(Association for Talent Development)の International Conference Exposition(ICE)について、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。毎年世界中から1万人が集うこの場は、本年度もデンバーでの開催が予定されていましたが、4月初旬にカンファレンスホストより中止の通達がありました。理由は言わずもがな、Covid-19の感染拡大によるもので、社会的状況を考慮し、参加者やスタッフの安全を優先して、中止の決定がなされました。ヒューマンバリューでは、これまで20年以上ATD ICEへの参加を続けて参りましたが、開催中止というのは初めての経験です。
しかし、ただ中止するだけでは終わりませんでした。中止発表後1週間も経たないうちに、ヴァーチャル・カンファレンスの開催が明らかになったのです。これは、開催中止の連絡を受けて肩を落としていた世界中の参加者に、驚きをもって受け止められました。
当初公開された情報は、開催期間や参加費等基本的なものばかりで、ATD事務局もまさに「走りながらつくっている」といった様子が感じられました。その後、日々新たな情報がアップデートされ、ATDの組織としてのダイナミックさを感じさせながら、ATD初のヴァーチャル・カンファレンスが、2020年6月1日〜5日に開催されました。
「Learning should never stop.(決して学習を止めてはいけない)」の掛け声の下、こうした非常事態においてもしなやかに、変化に適応しながら、世界中の人々の継続的な学びに貢献しようと奮闘するATDの姿には、ヒューマンバリューを含め、多くの方が勇気づけられたのではないでしょうか。
今回のヴァーチャル・カンファレンスに、ヒューマンバリューからは8名のメンバーが参加したほか、独自に「ミニ情報交換会」等を企画し、これまでATD ICEへの参加を通してつながりのあった方々と、本カンファレンスでの学びを共有し合う試みにご一緒いただきました。
ここでは、まったく初めての体験であったヴァーチャル・カンファレンスを振り返るとともに、その体験を通して得られた気づきを共有してみたいと思います。
ヴァーチャル・カンファレンスの概要
ATD ヴァーチャル・カンファレンスは、2020年6月1日(月)から5日(金)まで、5日間にわたって開催されました。
参加可能なセッションは200以上に及び、5つの「基調講演」では、『NEVER EAT ALONE』(邦題「一生ものの人脈力」)の著者としても有名なキース・フェラッチ氏、2018年のICEでも基調講演を務め、人の強みに着目しそれを育むことの大切さを語ったマーカス・バッキンガム氏、毎年のICEでもレジェンドとして登場しているケン・ブランチャード氏などが登壇しました。その他、スピーカーや他の参加者とやり取りができる「ライブ・セッション」、参加者が好きなタイミングで視聴する「オンデマンド・セッション」、そして過去のATD ICEのセッションが録画セッションとして提供されました。加えて、これまでICEにはなかった、アジア・アフリカ・中東・ラテンアメリカなどの地域別に、それぞれテーマを掲げて行われるパネル・セッションも企画されました。
開催期間終了後に発表された情報によれば、カンファレンスには71カ国から4,500名もの参加があり、開催中には合計2万4,000時間のコンテンツ視聴があったそうです。
ヒューマンバリューの取り組み
こうしてヴァーチャル・カンファレンスが開催されることになり、私たちはいくつかの問いと向き合うことになりました。
ヒューマンバリューでは毎年、クライアントや関わりのある方々と共にATD ICEに参加してきました。これは、私たちにとって、単にセッションの情報を現地で共有することだけにとどまらず、参加者の方それぞれの学びを皆で共有し、探求を重ねることを通じて、世界の潮流や人事・人材開発におけるトレンドを掴む旅でした。
一方で、初のオンラインによる開催ということで、どういったセッションが提供され、どういった体験が得られるかを想定することが難しいといった状況のヴァーチャル・カンファレンスに対し、どのようにこの機会に向き合うべきか、社内でも議論が続きました。
「今回のヴァーチャル・カンファレンスの開催は、日本でタレント開発に携わる人々やコミュニティにとって、どんな意義があるだろうか?」
「これまでデリゲーションのホストを務めてきた私たちが、ヴァーチャル・カンファレンスを通して、お客さまに提供できる価値はあるのだろうか? あるとしたら、それは何だろうか?」
「これまでATDにご一緒してきた方々は、ヒューマンバリューの取り組みや場づくりに、どんな価値を感じてくださっていたのだろうか?」
「私たち自身にとって、ATDや皆さんとのつながりはどんな意味をもつだろうか?」
そんな問いをもとに、何度も話し合いを重ね、「何が起こるかはわからないけど、毎年ATDでご一緒している皆さんと、初のヴァーチャル・カンファレンスを体験し、学び合う場を設けてみよう」と決断し、今回の企画に至りました。
具体的な企画の内容は、以下の通りです。
・カンファレンス開催前と開催期間中の「チェックイン」
→ここでは、カンファレンスへの参加の仕方を確認したり、また、開催期間中には、それぞれ方の状況や気になっていることなどを話し合いました(期間中3回実施)。
・開催終了後の2度にわたる「ミニ情報交換会」
→ここでは、視聴したセッションの内容を共有した後、学びや気づきをもとにダイアログを行い、互いの視点を混ぜ合わせながら、さらに学びを深めていく場とプロセスをデザインしていきました。
以上の企画をもとに、これまでATDを通してつながりのあった皆さんにご招待の連絡を差し上げると、予想を超える人数の方々が関心をお寄せくださり、結果的に延べ30名以上の方と、手探りの学びの旅をご一緒することになりました。
ミニ情報交換会で関心の高かったキーワード
多くの方々とご一緒することになったミニ情報交換会では、それぞれが視聴して、印象に残ったセッションの内容を共有し合うことから始めました。
また、セッション・コンテンツの共有だけでなく、基調講演やその他のセッションを通して、それぞれが気になったテーマについてのダイアログも繰り広げられ、終了時には、コンテンツ視聴を通して気になったキーワードの集計も実施してみました。
ここからは、上記の集計結果なども踏まえ、情報交換会で関心の高かった(また時間を割いて話し合われた)テーマについて、少しご紹介します。
非常に多くのコンテンツが詰まったカンファレンスだったため、カンファレンス全体を俯瞰するものではありませんが、日本においてこの領域に携わる約30名の方々が、いま関心をもって探求したテーマとして、受け止めていただければと思います。
ヴァーチャル
Covid-19のパンデミックを経験し、現在私たちに起きている働き方や学び方が変化していることもあってか、注目度が高かったのが、ヴァーチャル・トレーニングやテクノロジーを活用したトレーニング、人材開発のあり方、またその具体的なティップスを扱ったセッションだったように思います。
情報交換会の中でも、「以前はあまり興味がなかったテーマだけど、今年は環境の変化もあり、注目したい」という声が聞かれました。また、エリカ・ダワン氏の基調講演では、「デジタル・ボディ・ランゲージ」というキーワードが掲げられたことからも、今後もオンライン上でのやりとりが増える中で、ヴァーチャルな環境においても、大切なことを共有し合える新しいコミュニケーションのあり方が求められているのかもしれません。
チーム
5つの基調講演のうち、初日のキース・フェラッチ氏と最終日のマーカス・バッキンガム氏の2つのセッションでは、チームにフォーカスが当てられており、情報交換会でも、組織やチームのあり方の変化をテーマにしたダイアログに時間が割かれました。特に、フェラッチ氏が説いた新しいチームのあり方は、肩書や権力(オーソリティ)に頼ることなく、チームの全員が共に価値を生み出し、互いを高め合う関係性を「Co-Elevation」と呼び、情報交換会でもこのチーム観について、探求を深めました。
つながり
世界中で、ロックダウンの状況下にある地域があったり、リモートワークで働く人が急増する中、どのように職場の仲間とつながりを保っていけるのか、また職場だけでなく、家族や友人、社会とどうつながりを保つのか、ということにも関心が高かったように思います。また、つながりを生み出したり、他者との共感を促す際に重要となるものとして、信頼、ストーリー、エモーショナル・インテリジェンス(EQ)といったテーマにも注目が集まりました。ナンシー・デュアルテ氏とパティ・サンチェス氏による基調講演でも、ストーリーを通して他者をモチベートし、行動を起こすきっかけを生み出す力について語られていました。
ビジョン
先の見えない、激動の時代だからこそ、今一度自分自身を見つめ、あらためてビジョンを描き直すことの大切さを説いたのは、ATDのレジェンド・スピーカーでもあるケン・ブランチャード氏の基調講演です。情報交換会では、ここから私たちがどう変化し、どういったリーダーシップを発揮していくのか、非常に稀有で重要なタイミングにいるといったことが、さまざまなかたちで語られていたように思います。また、初日のキース・フェラッチ氏の基調講演で、これからのリーダー像として語られた「Serve、Share、Care」のコンセプトが、多くの方の心に刺さっていたようでした。
新しい学びのかたち
ここまで、4月にICEの中止が発表されてから、ヴァーチャル・カンファレンスへの参加を通して、私たちが経験し、感じたことなどを紹介してきました。カンファレンスの内容そのものからも、たくさんの学びを得てきましたが、今回は何よりも、まったく新しい学びのかたちを、ヒューマンバリュー内外の仲間と共に体験できたことが一番の収穫であったように思います。参加者の皆さまやヒューマンバリューのメンバーから寄せられた感想からも、そのことを物語っているように感じられます。
まず、ヴァーチャルでの実施によって、ATDの学びが世界中のより多くの人にとって、アクセスしやすいものになったことは言うに及びません。実際、「今までずっとATDに行きたかったけど、費用やスケジュールの関係で諦めていた」と、今回参加できることの喜びを共有してくださった方もいらっしゃいました。
また、例年のICEのような、ATDのCEOであるトニー・ビンガム氏による盛大な開会宣言もなくカンファレンスが始まったことも、日常と地続きのままに学習を位置づける印象的なポイントでした。加えて、ライブ・セッションを含めたすべての動画に、好きな時間に、好きな場所からアクセスすることができ、90日間何度も視聴可能となっており、日常と学びがこれまで以上に近づいた体験でした。
そして何より、一人でセッションを視聴し学ぶだけでなく、他の参加者の方それぞれの視点から今置かれている状況や体験を見つめ、その学びを周囲と共有し合うことで、一人で学ぶ体験とは比べものにならないほどの豊かな気づきがありました。社会的・経済的にも大きな変化の只中にありますが、そんな中でも多様な観点を持ち寄り、今起きていることを意味づけたり、自らのあり方を振り返り、互いから学び合おうとする参加者の皆さんから、多くを学ばせていただきました。
おそらく今後も加速するデジタルの進化の中で、学びは誰にとってもより身近なものとなり、日々の中でシームレスに生み出されるものになっていくのだと思います。そんな中で、周囲の人々と集い、学びを共有し合うこと、互いから学び合うこと、そうしたつながりをもつことも、これまで以上に価値あるものとなっていくのかもしれません。
最後に…
今回のATDバーチャルカンファレンスは、開催が決まった当初から情報が少なく、日本での参加をコーデネイトするヒューマンバリューとしても、新たなチャレンジの連続でした。そうした状況の見通せない中でも、ご一緒してくださった皆さまに感謝申し上げます。
そして、今回の参加は、日々「人」に携わる仕事に取り組む私たちが、現在の状況をどのように意味づけ、どのようなリーダーシップを発揮していくのかが、今後の世界をつくっていくのだということを教えられた体験だったと感じています。