『GROW THE PIE』出版記念フォーラム 実施レポート
本レポートでは、2023年8月24日に開催された『GROW THE PIE』出版記念フォーラム ―パーパスと利益の二項対立を超えて、持続可能な経済・経営を実現する―の内容をダイジェストで紹介するとともに、当日の動画を配信しています。企業の実践家、投資家、アカデミアを交えたサステナビリティや社会価値創造の議論の様子をぜひご参照ください。
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ビジネスのパーパスを再考する際には株主とステークホルダーの両方を重視する必要があります。「どちらか」ではなく 「どちらも」です。まさにこのことを伝えるために私は本書を執筆しました。
この本はすでに多くの言語に翻訳されていますが、特に日本で発刊されることには特別な想いを抱いています。日本には パイ拡大のマインドセットをさらに発展させる条件が揃っていると思います。
中でも長期的な視点は最も重要です。確かにパイは拡大することができて株主とステークホルダーの両方が その恩恵を受けられますが、それでもパイの拡大は 時間を要するからです。
しかし、日本文化や日本のビジネスの中核には長期的な思考があります。公的年金のような息の長い投資ファンドがあり、また企業と従業員の関係も長い目で捉えられています。
皆さんが本書から何らかの学びやヒントが得られますよう願っています。
8月24日、GROW THE PIEの著者でありロンドン・ビジネス・スクールの教授であるアレックス・エドマンズ氏のこのようなメッセージの元、GROW THE PIE 出版記念フォーラムが開催されました。
フォーラムでは、事業会社・投資家・アカデミアなどさまざまなバックグラウンドを持つ方々にご参加いただき、GROW THE PIEの内容や日本における意味合い、パーパスと利益を両立していく企業経営・経済活動の実践について探求していきました。
以降、フォーラム当日の流れに沿って、その様子をご紹介していきます。
オープニングセッション
アレックス・エドマンズ教授のメッセージ
オープニングセッションでは、冒頭で紹介したように、アレックス・エドマンズ教授のメッセージが共有されました。
格差の拡大や気候変動など、社会の持続可能性が危ぶまれる中で、企業がビジネスを通して社会課題を解決し、社会に価値を創出していくことの重要性に疑問を投げかける人は少ないかと思います。
ただ一方で、そうした社会への価値創出は企業が生み出す利益を減らすものであるという認識も少なからずあるのではないでしょうか。
エドマンズ教授は、企業が社会にもたらす価値全体を「パイ」と表現した上で、そのような認識を「パイ分割のメンタリティ」と呼んでいます。
パイ分割のメンタリティでは、パイの大きさは決まっているので誰かのパイの取り分を大きくするには、必然的に他の誰かを犠牲にしなければなりません。つまり、株主とステークホルダー(従業員、顧客、地域、取引先、政府等)は利益相反の関係になってしまいます。
しかし、実際には株主とステークホルダーは二項対立の関係にはなく、社会に価値を生み出すことを通して利益を得ていく企業経営は可能だとエドマンズ教授は主張します。
エドマンズ教授は、「パイの大きさは変えられる」という認識を「パイ拡大のメンタリティ」として紹介します。
ここでは 株主とステークホルダーは利害関係にありません。
企業がステークホルダーに投資することは単なる慈善活動ではなく、誰かにパイを分け与えているわけでもありません。それは、パイを拡大し、企業が生み出す価値を大きくすることで、最終的に株主が受け取る利益を高める行為なのです。
こうした企業の営みが果たして可能なのかということを、さまざまなデータや事例を用いて検証していくのが書籍『GROW THE PIE』の中身となるのですが、その1つとして、今回のフォーラムのメッセージにおいては、「従業員に丁寧に向き合うことに積極的な企業は競合企業に比べて 株主利益が年率にして2.3〜3.8%高く、28年間で累計すると89〜184%の違いがある」という28年間のデータを活用した従業員満足度の効果に関する研究が紹介されていました。
その上で、イギリスのボーダフォン社がケニアで取り組んだ、銀行口座や銀行カードを持たない人でも携帯電話を活用して送金できるM -PESAや、競合企業でありながら災害対策をはじめとした社会課題に対して協力するNTTとKDDIの取り組み、コバルト採掘の際の環境負荷を減らすためにコバルトフリーの電池を開発するパナソニックの取り組みなど日本企業の事例も交えながら、パーパスを持つことの重要性、単純な損得勘定では意思決定できない大胆な投資行動を可能にするパーパスの力について、熱を込めて語っている姿が印象的でした。
「社会の役に立とう」というパイ拡大の考え方があれば企業はこれまで以上にイノベーティブに より高みを目指し、ハングリー精神をもった組織に成長し、それが結果的には株主の利益につながります。
パーパスを中心に据えた企業は「聞こえは良くても 地に足が着かない退屈な企業だ」「財務的成果にコミットしない」などと勘違いされがちですが、それは間違いです。パーパスに本気で取り組む企業はハングリーで、社会的価値を生み出すことにコミットしており、そのコミットメントがあるからこそ株主の利益を生み出すことにもつながるのです
最後に、今後パイの拡大に取り組もうとする日本の読者や参加者に向けて、
「私が手にしているものは何だろうか?」
「自分たちがもつリソースと卓越性を用いて、社会の役に立ちパイを拡大するにはどうしたらよいだろうか?」
そういったことを、ぜひ少し創造的になって考えてみてください。
という問いかけがなされ、フォーラムでの探求がスタートしました。
訳者による概要紹介
エドマンズ教授のメッセージの後は、翻訳に関わったヒューマンバリューのメンバーが出版に至った経緯や書籍の概要について語り、パーパスに基づいた意思決定を支える「増幅の原則」「比較優位の原則」「重要度の原則」という3つの原則などが紹介されました。
増幅の原則は、その取り組みがステークホルダーのために創出する価値が、企業が負担する費用を上回るかどうかを問うものです。その取り組みによってパイが大きくなるかどうかを問い、利益が増えるかどうかを問わないところがポイントになっています。
比較優位の原則は、その取り組みを通して、自社が他社よりも大きな価値を生み出せるかを問うものです。他社の方が大きな価値を生み出せるのであれば、自社の利益を還元して、その他社が取り組みを行えるような再投資を促す方が、パイが大きくなるという考えが背景にあります。
重要度(マテリアリティ)の原則は、取り組みの対象となるステークホルダーがビジネスに強い影響を及ぼす(ビジネス的重要度)、あるいは企業にとってとても大切な存在である(内発的重要度)という点で重要かを問うものです。
この3つの原則を組み合わせることで、社会に貢献するのであればなんでも行ってしまおうということではなく、意思決定に規律を持たせることが可能になります。
特に比較優位の原則や重要度の原則は、エドマンズ教授の「自分たちがもつリソースと卓越性を用いて、社会の役に立ちパイを拡大するにはどうしたらよいだろうか?」という投げかけに呼応するものであり、フォーラムを通じて、探求の際の軸になっていたように感じました。
企業による実践ストーリー
今回のフォーラムでは、GROW THE PIEのコンセプトを理解し、実践のヒントを得るために、そのアイディアと文脈を同じくする日本企業の取り組みが共有されました。
当日、実践ストーリーを共有いただいたのは、小田急電鉄とレゾナック・ホールディングスです。
インフラ企業が挑む『地域価値創造型企業』への変革ストーリー
小田急電鉄株式会社でデジタル事業創造部 課長を務める政光賢士さんが、小田急電鉄の取り組みストーリーを共有くださいました。
政光さんが、最初にお話しされたのは長年取り組み続けてきた風土改革の取り組みです。
きっかけは2005年のJR西日本の福知山線脱線事故を受けて2006年に導入された「安全管理規程」だったそうです。
これは、ヒューマンエラー防止の観点から管理を強めるための制度だったが、減るはずの事故が増えてしまっていました。
ルールに縛られてしまい、運転士や車掌間の対話が減っていたことが原因ではないかという話になり、かつてどの職場の休憩所にも置かれていた「だるまストーブ」を囲んで行われていた「ストーブ談義」に着目し、「ストーブミーティング」と称して対話の機会を増やしていきました。各職場に取り入れた結果、さまざまなプロジェクトが立ち上がり徐々に事故が減少していきました。そこで、この方法を各組織の計画策定に取り入れ、風土改革を進めることにしました。
こうした取り組みによって心理的安全性やグロースマインドセットが育まれ、対話を通して学んでいく風土が作り上げられていったそうです。今では、役員陣が「グループの未来について語る」合宿を行ったり、各部門が「どうしていきたいか」を語る未来創造会議が行われたりしているといったお話が紹介されていました。
このような風土の中から、2021年に発表された経営ビジョン「UPDATE 小田急 ~地域価値創造型企業にむけて~」は生まれました。
小田急では『地域社会軸』『経済軸』『環境軸』という3つの軸をバランスよく経営判断に取り入れて事業を進めていこうと議論を重ねてきました。
という政光さんの言葉にあるように、ステークホルダーへの貢献か利益かという「どちらか」ではなく、「どちらも」で自社のビジョンを考え抜いてきた姿勢はまさに『GROW THE PIE』の内容と合致するところです。
経営ビジョンの探求の経緯と内容の紹介後、地域価値創造型企業を目指す中で、どのように地域課題を解決していくかという新規的な取り組みがいくつか紹介されました。
・人々の移動を支える会社だからこその「モビリティ領域でMaaSアプリ開発」
・車両の運行管理の能力を活用した「廃棄物処理のウェイストマネジメント」
・地域に根差し、地域の住民を大切にするからこその「獣害対策」や「不登校の小中学生に向けたオルタナティブスクール」
など、比較優位の原則や重要度(マテリアリティ)の原則に則った新規事業の数々は、どのように自社の強みや卓越性を活かして社会に貢献すれば良いかを考えるとても良いヒントになっていたように思います。
また、社会の子育てを支援するという意味合いで2022年3月に実施されて話題となった小児IC運賃の一律50円化についても触れられ、「これも社員の対話の中から生まれたものであり、ある意味パーパスと利益の二項対立を超えて実現した施策なのではと思っている」とおっしゃるなど、二項対立を超えて施策を生み出していく上での対話の重要性や組織風土の重要性に触れられていたのも印象的でした。
長い時間をかけた継続的な取り組みによって組織風土を醸成し、その風土の中で培われた対話の習慣から自分たちのパーパスや社会における存在意義、その解決に貢献したい社会課題を探求してビジョンとして定め、単なるトップダウンではなく、対話を通した探求から二項対立を超える新規の取り組みを社員の中から生み出していく。
エドマンズ教授が指摘していたようにパイの拡大には長期の時間を要しますが、こうした一連のストーリーは、これから社会価値と利益の両立を目指す多くの企業や人々にとって一つの道を示していたように感じました。
「化学の力で社会を変える」ーパーパスを起点にした社会価値と企業価値の最大化
次に実践ストーリーを共有くださったのは、株式会社レゾナック・ホールディングスのサステナビリティ部 部長の松古樹美さんです。
20年以上の金融機関でのご経験をもつ松古さん。
日本でもESG投資の何回目かのブームが来るかもしれない時に、この金融機関のやり方でESG投資が盛り上がるのが果たして良いことなのだろうか?金融機関の評価で行うサステナビリティの取り組みは本当の企業の強さや価値や、全体の幸せにつながっているのかなと思った時に、クエスチョンマークがついた。でも、答えがないので、一回軸足を事業会社に移したらどうかと思って転職しました。
とご自身が事業会社に移られた経緯や学生時代からのご自身のキャリアを振り返りつつ、
・社会の持続可能性について向き合っている点
・多様なステークホルダーの重要性と、企業価値の定義や意味に触れられている点
・比較可能性重要視の非財務価値の評価方法に対して問題提起をしている点
を、GROW THE PIEのコンセプトに共鳴している理由としてご紹介くださいました。
その上で、昭和電工と日立化成の統合新会社であるレゾナックでの取り組みに話は移っていきます。
2社が合併した際にパーパスを『化学の力で社会を変える』と定めました。私たちは材料を手掛ける企業です。あらゆる産業の起点にある化学がさまざまなステークホルダーと共創すれば、多くの課題を解決できます。最初にその立ち位置を認識することが大切でした。
一方で化学は物事を根源から変える力も持つので、光をもたらすこともあれば、影を落とすこともあります。化学の力を正しく使うために、多様な視点を持っている方と一緒に解決策を考えた方がいい。そのため、化学業界に閉じるのではなく共創型の化学会社として事業を展開していくためにこのパーパスを定めました。
と、会社としてのパーパスを定めた経緯が共有されました。
レゾナックのサステナビリティビジョンには、「社会に価値提供することにより、自らの持続的な成長と企業価値の向上を実現する」という、『GROWTHE PIE』の中でのパイコノミクス(社会に価値を創造することを通してのみ利益を得る)の定義とほぼ同義の記載があり、まさにパーパスを追い求めて、それによって利益を得ていこうとする姿勢が印象的でした。
では、そのパーパスをどう実現していけば良いのでしょうか。
エドマンズ教授が言う「パイ分割のメンタリティ」から「パイ拡大へのメンタリティ」への変化と同じように、マインドセットの大改革が必要だと、松古さんはおっしゃいます。
どのように改革に取り組み、パイ拡大の道を進もうとしているのか、
・統合報告書を活用したパーパスや経営陣の想いの発信とコミュニケーション
・組織文化の醸成と人材育成
・社外のステークホルダーとの対話
といった具体的な取り組みに基づいてご紹介くださいました。
特に、「CEOが最優先で取り組むのは人材育成」と宣言し、企業として従業員を重要なステークホルダーと捉えて積極的に投資していっているというストーリーは、パイ拡大の意思決定を支える3つの原則(増幅、比較優位、重要度)に照らし合わせても非常に納得度が高く、確実にパイ拡大につながっていくのではないかと感じさせるものでした。
最後に、松古さんは今後目指していく道をこのような言葉で表現されていました。
環境保護活動に取り組んだ『沈黙の春』のレイチェル・カーソンと、『新自由主義』のミルトン・フリードマンの考え方は対立的であると考えがちです。でも、二人が握手するような世界感を作っていければと思います。
26000人の従業員が働く大企業において、第2創業のような形でパーパスを定め、社会価値と企業価値の最大化に向けてスタートアップ的なチャレンジをまさにスタートさせているというストーリーには、歴史のある組織において、どのようにパイ拡大への道を歩み始めれば良いかについての多くの示唆があったように感じました。
投資家やアカデミアから見る『GROW THE PIE』の可能性
企業の実践ストーリーのあとは、投資家やアカデミアの観点から『GROW THE PIE』の内容や日本における意味合いを探求できればという形で、株式会社Zebras and Company共同創業者の陶山祐司さんと、一橋大学大学院経営管理研究科の篠沢義勝教授に、それぞれの観点からお話をしていただきました。
経産省、VCを経て見えた日本企業のポテンシャル ゼブラ企業のムーブメントと“GROW THE PIE”から見えること
非上場市場は、ベンチャー・キャピタルやPEファンドが中心で、社会的な意義が大きく、創業者も素晴らしい想いを持っていて、収益性が十分にある事業であっても資金・人材が不足している。そうじゃないようなお金の流れを作っていくことが新しいチャレンジを応援することになるんじゃないか。
行政やベンチャーキャピタルでさまざまな経験をされた陶山さんは、ご自身が今の活動をするに至った経緯をこのようにお話しされました。
金融や投資の領域で社会性とは何かを追求する流れがすごい起きている中で、違う活動をしないといけないと思った時に、社会性と経済性を両立するゼブラ企業のコンセプトに出会われたそうです。
ゼブラ企業は、短期・独占・株主至上主義といった風潮に危機感を覚えた米国の4人の女性起業家が2017年に提唱した概念です。
「極めて短期間で急成長するところばっかりにお金が集まる。富裕層向けのテクノロジーを使って利益率が高いところにばかりお金が集まるのではなく、新しい社会を作るようなもっと多様なところにお金が集まるべきじゃないか」というの課題意識が背景にあります。
その上でこのゼブラ企業のムーブメントが日本の中でも広がっていることを陶山さんは紹介します。
社会、資本、経営、それぞれのレベルで短期じゃなくて長期、財務だけじゃなく社会的インパクト、株主だけじゃなくステークホルダーを見ようねという流れが起きている
実際に、人口減少局面を迎え地域課題を多く抱える日本では、「地域の社会課題解決の担い手となり、インパクト投資を呼び込む中小企業(いわゆるゼブラ企業)」という文言が今年の骨太の方針に盛り込まれるなど注目を集めています。
その上で、
僕自身の問題意識はスタートアップから入っているんですが、ゼブラ企業の取り組みをしていると、地域の企業や老舗企業の経営者の方から、自分たちは売り上げを伸ばすことを大事にしてないし、規模の拡大や上場なども、あり得なくはないけど目標ではない。自分たちが目指すところはゼブラ企業なんだと言われる。これはGROW THE PIEと通じるところだと思う。
など、地域に根差した企業や、歴史の長い企業の多い日本社会と、ゼブラ企業やGROW THE PIEのコンセプトの親和性などについてお話しくださいました。
最後に、
社会意義があっても儲からないところがある。SDGsの中でも経済価値が遠いところがある。そこでいかに自治体や行政を巻き込むか、そこまでやらないとパーパスの実現ってやりきれない。行政側ももっと開いていかないといけないという問題意識がある。
と陶山さんはおっしゃり、より高い社会価値の創出に向けては、ますますの対話や協働・共創が必要であるという認識を示されました。
行政や金融など幅広い経験を持つ陶山さんのお話を聞くことで、パーパスと利益を共に実現する経営や経済の実現に向けた道を俯瞰的に捉えることができたように思います。
学術研究と経営実務の交差点: GROW THE PIEを読みながらこれからのESGを考える
最後にお話しいただいのは、一橋大学大学院の篠沢義勝教授です。篠沢教授は、『GROW THE PIE』の原著をご自身の学部生向けの授業の中で教材として活用されていらっしゃいます。実はその関係からヒューマンバリューにお問合せをいただいたという経緯があり、日本で誰よりも『GROWTHE PIE』を読み込んでいる篠沢教授にぜひ解説をしていただきたいということで、ご登壇をご依頼することとなりました。
篠沢教授は、GROW THE PIEのような書籍や企業経営の事例やデータを見る際のポイントや注意点、昨今の学術研究が示していること、およびご自身の最近の研究結果についてお話しくださいました。
お話の冒頭、お持ち帰りポイントとして以下の4点が示されました。
1. こういう書籍を読んだり話を聞く時には、逸話(外れ値)と平均値を区別しないといけない。
2. ESGをやると株価が上がるんじゃないかという期待があるが、実は資本市場はかなり効率的。やったらすぐ株価が上がるという期待はあまり現実的ではない。
3. ESGの効果に対する学術研究では、プラスの効果はあまりない。中にはマイナスの効果があるとする論文も出ている。
4. 健康経営の分析をやった結果わかったことは、優良銘柄に選ばれると株価が上がるかというと実はあまり影響がない。ただ、このリストから落ちると株価の評価が下がる。
1点目の逸話と平均値の違いについては、
ファイナンスをやる人間は大体回帰分析をする。ところが、ケーススタディや事例研究はこの外れ値の話をするんです。ここを区別する必要があります。エドマンズ先生の本を読んで感動するのが、学者の苦労話がすごい書いてあること。すごい細かい作業をやった上で編集者からガンガン突っ込まれて、さらに直してと、この作業の繰り返しでこの論文が出ているんですよと。だから、エピソードの後に示されている学術研究の回帰分析の直線は、シビアな査読を経て出ているものになります。
とエドマンズ教授と専門を同じくする篠沢教授ならではの解説がありました。
また、2点目から4点目を総括して、「結局ESGなどに企業の方が取り組む際に、いきなりすごい成果や改善ができるというのは期待をしがちだが、実際にそこまで高い成果は出ない。ただ、プラスの傾きに対してマイナスの傾きの方が高く、ESGに取り組まないで放っておくと、それは資本市場からペナルティがつく」という姿が浮かび上がってくるというお話がありました。
これは不作為による過ちを重視するというGROW THE PIEの主張を別の形で示していると言えるのではないかと感じました。
また、日本においてもパーパスを定める企業が増えている中で
パーパス経営については斜めの見方をしていて、これをやったからってそんなに急に企業の業績は変わらない。皆さんパーパスを読んでパッとどの企業か当てるのってかなり難しいと思うんですよ。どの企業でも当てはまるようなパーパスで、その会社の求心力や方向性が本当に出るの?っていうのが、私の斜めの見方です。大学教員は斜めの見方をすることに社会的意義があると思っていますので。
とユーモアたっぷりにお話しされるなど、アカデミアの視点から、 GROW THE PIEの実践に向けて新しい補助線を引いてくださり、参加した皆さんに多くの笑顔と新鮮な気づきを提供してくださいました。
パネルダイアログ
フォーラムの最後では、ご登壇いただいた4名の方にパネルダイアログという形式で対話をしていただきました。
それぞれのお話を聞いての感想を共有した後、
実は今回のエドマンズ教授のハイライトって、何でもかんでもいいことやれって言ってるわけじゃないっていうことなんですよね。自分たちの特殊な強みを生かせばこそなんだと。飲料会社の例が書籍の中で紹介されていました、世界各地に販売ネットワークがあって、そこの強みはアフリカに冷たい飲み物を運ぶロジスティックのシステムができているということ。そこで世界的な飲料企業は何をやったかというと、子供のワクチンとか暑いとダメになっちゃうものを運ぶようにしたんですよ。これってすごいですよね。つまりすでにある既存の技術なりそれを生かした社会貢献を目指す事っていうのが実は、今回のエドマンズ教授の面白いところだと思います。
という篠沢教授の投げかけから、比較優位の原則や自社ならではの強みの探求に関する対話が続いていきました。
卓越性や比較優位性、自社の強みといったものも対話を通して見出せるものであり、その様な機会が大切ではないか。また、自分たちが普段いる領域の外に出ることによって自分たちの当たり前になっている強みに気づけることがあるという様な内容が印象的でした。
その後は、パイの拡大に向けた取り組みと、企業価値や株価との関係性もテーマの1つとして上がり、
「市場は非常に効率的だけど、まだ織り込まれてない部分についてどれだけ企業が社会とコミュニケーションを取っていけるのかが大事ではないか」という話や、「企業価値の最終指標として株価を見ることは果たして適しているのか」「オルタナティブな見方も今後もっと出てくる必要があるのではないか」など、それぞれの登壇者が体験の中で感じていることが共有されていきました。
パイの拡大に向けた取り組みやESG関係の取り組みによるリターンは明確に計算できるものではなく、不確実性があるけれども、そうした中でも意思を持って内発的に取り組むことに価値があるというエドマンズ教授のメッセージが改めて確認された時間でもありました。
企業、行政、金融、アカデミアという多様な観点が交差するダイアログは、『GROW THE PIE』が包含する領域の広さや奥深さを非常に鮮明に際立たせていた様に感じます。
本書が提唱する、さまざまな役割や立場の人が共に関与し対話することを通して、社会にとっての意義や価値を見出し、取り組みを生み出していくことの重要性を肌で感じることのできる時間となったのではないでしょうか。
ここまで、8月24日に行われたフォーラムの様子を紹介させていただきました。
貴重なお話を共有いただいたご登壇社の皆さま、探求にご参加いただいた皆さまに改めて感謝申し上げます。
ヒューマンバリューでは今後もこうした探求と対話の場を開催することを通して、パイの拡大につながる実践をさまざまな形で生み出すことに貢献していけたらと考えています。