『GROW THE PIE』フォーラム第2回 実施レポート(後編) <持続可能な経済・企業経営を、「動的な学び」で実現する〜ラーニング・ソサイエティ〜>
本レポートでは、2024年11月28日に開催された『GROW THE PIEフォーラム:持続可能な経済・企業経営を「動的な学び」で実現する 〜ラーニング・ソサイエティ〜』(リアル&オンライン開催)の内容をダイジェストで紹介しています。本ページはその後編となります。「人・事業・社会の価値を創発する(パイを拡大する)これからの学びのあり方」について、4名の実践から探求を深めた様子をぜひご覧ください。
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『GROW THE PIE』フォーラム第2回 実施レポート(前編) <持続可能な経済・企業経営を、「動的な学び」で実現する〜ラーニング・ソサイエティ〜>
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人・組織・地域の双方向の学びに向き合う:地域から学びの革新に挑む2名のストーリー
今回のフォーラムでは「既存の枠組みを乗り越える新たな学びのあり方」をテーマにしています。しかし、そうした枠組みのシフトは、日々の仕事の中だけでは起きづらいところがあります。そこで注目されているのが「ラーニング・ジャーニー」です。
「ラーニング・ジャーニー」は、異なる視点や立場の人々が集まり、共に学びながら複雑な課題の解決や変革を目指すプロセスです。変革のイニシアチブに取り組むリーダーたちが、さまざまなフィールドでの越境学習を通して、自分たちの既存の枠組みを壊しながら共に学ぶことで、組織、事業、社会の力強い変革につなげていく方法論として、多くの企業・組織で活用されています。
フォーラムの後半では地域にも視点を広げ、地域でラーニング・ジャーニーに取り組む2名からお話をいただきました。
一般社団法人あがのがわ環境学舎 代表理事 五十嵐 実氏
阿賀野川マタギエコツアーはなぜ企業人のマインドセットを揺さぶるのか
五十嵐さんは新潟県阿賀町を舞台に、マタギエコツアーというラーニング・ジャーニーを主催されています。現役のマタギによる案内のもと、豊かな自然の恵みを体感しながら、その土地で栄えた近代産業により水俣病の発生に至った光と影の軌跡も辿る中で、多様な企業人が現地でしか得られない学びを体感しているストーリーをお話しいただきました。
新潟県における公害からの地域再生という文脈で始まった阿賀野川マタギエコツアーですが、それは船と船をつなぐ行為になぞらえて「もやいなおし事業」と呼ばれ、流域の民間企業とも協働しながら取り組まれてきました。地域の住民とも数百回という話し合いを重ねる中で、公害の被害といった影の部分だけではなく、企業が栄えることによる光の両方を見ていくこと。そして公害だけではなく、新潟にある豊かな歴史や文化、風土も体感できる機会を設けようというコンセプトのもと、ツアーが生まれました。
水俣病というと、工場から出た有機水銀によって川が汚染されたことで発生したというのがよく知られる事実かもしれません。しかしさらに深く調べてみると、水俣病の発生よりも以前に、足尾銅山鉱毒事件のきっかけとも言える草倉銅山や、電力元となる鹿瀬ダムが存在していたという背景もあります。ツアーの中では、こうした近代産業を掘り起こして、歴史的な意義を見つめることで、そこからどういう位置付けをすべきなのか俯瞰して考えられるようになることを大事にしているのだそうです。
また、そうした公害の影の部分に向き合うことで、阿賀町にある豊かな歴史や文化、風土といった光もより深く感じることができます。阿賀町は阿賀野川という険しい山々から集水した川が流れる地域です。旅行家のイザベラバードは阿賀野川を船で下った際、ライン川よりも美しいと大絶賛したとも伝えられています。そんな豊かな自然と水、それによって生み出される食を地域の人との関わりの中で体感するうちに、自然と多角的な視点が得られたり、重層的な構造にも目が向いていくようになるのだそうです。こうした経験によってツアーに参加した人それぞれの価値観が形成されていくのだということでした。
ツアーの体験を通して、重要なことは現実の難しさに立ち止まることなく、複雑性に向き合い、本質とは何かを問い続けることではないか、と五十嵐さんは投げかけます。
ツアーに参加される方は、公害問題に直接取り組もうとしている人たちではないかもしれません。しかし、その場でさまざまな光と影の縮図に接する中で、自然と産業、社会価値と経済価値というような社会の中の二項対立や矛盾を超えて、どうすればそれらを両立することができるのかといった洞察が得られるのではないか、それが企業人のマインドを揺さぶるのではないかといったヒントが感じられました。
フォーラムの参加者からは「現実に向き合う時に大切なことは何でしょうか」という質問が投げかけられ、「まずは自分が楽しむこと。このツアーも最初は楽しいからやっていただけだった。でも後々『実はすごいことをやっているんじゃないか』と気づいた」とおっしゃっていたことも印象的でした。実際に五十嵐さんはツアーに人を誘う際、「絶対に楽しいし、美味しいから!」と伝えるそうです。現役のマタギと地元の料理人によるそこでしか味わえない食事や豊かな自然を体感する中で、深く自分自身を内省したり、暮らしを見つめ直す豊かな時間には、日常の中では得られない学びがあるようです。
また公害については、今でこそ教科書で学ぶことができますが、逆説的に言うと、それ以外に触れる機会がないということではないでしょうか。実際、新潟県でも高齢化が進み、公害のことを詳しく知る人がいないという状況も起きているのだそうです。その中で、阿賀野川マタギエコツアーは地域の越境はもちろんのこと、時間をも越境した学びがあるように感じました。
株式会社ヒューマンバリュー 保坂 光子
個人・事業・社会に三方良しの価値を生み出す「双方向性の学び」~ワーケーションからバウンダリーレス・エクスペリエンスへ~
最後の登壇はヒューマンバリューの保坂が務めました。ヒューマンバリューでは観光庁と自治体の事業である、「事業創造・人材開発型ワーケーション」の実証実験に参画し、取り組んできました。個人・事業・社会の三方良しの状態を目指したワーケーションは、3年間の実践によって意味合いを変え、新たな価値を生み出す取り組みへと変化している。そんなストーリーが語られました。
ヒューマンバリューでは個人の成長を支援していくことはもちろん、事業や地域への支援など、さまざまな仕事に取り組んでいます。そうした多様な仕事において、多様なステークホルダーに関わる中で、個人も組織も地域もお互いに目指している社会のあり方は似ているのに、取り組みは別々に行われていることに違和感を感じていたそうです。
ワーケーションの事業がスタートしたのは、コロナ禍であらためて個人・事業・社会が共に価値を得られるような三方良しの状態を模索していた中のことでした。
初年度は、ワーケーションで得られる価値を企業価値の向上につなげられないかという模索が行われました。ワーケーションを単体で捉えるのではなく、事前のオリエンテーションや自己紹介、そしてワーケーション後のリフレクションなど、総合的なワーケーションプログラムとすること、そして同じ会社の人たちが、1つの地域でワーケーションをするのではなく、さまざまな地域で、さまざまな会社の人たちが参加している取り組みにすることで、ワーケーションから帰ってきた人たちが、自社に価値や変革を生み出す流れを構築していきました。
その経験も踏まえた2年目は、子育て家族も参加できる親子ワーケーションへとチャレンジの幅を広げました。一部の人(単身)しか参加できない取り組みは、個人・組織・地域にとっても実現したい状態ではありません。個人・組織・地域に加えて、地域で子どもが過ごす施設も加わった四方良しの状態を目指し、時にはお互いの当たり前がぶつかりながらも、大人と子どもが共に成長しながら地域で過ごす新たなワーケーションのあり方が実現されたようです。
そして2年を経て得られた学びや気づきを共有した時、それは「ワーケーション」という言葉で語られるものではなく、越境して、脱境界していく体験の価値、つまり「バウンダリーレス・エクスペリエンス」だという、新たな意味を持つ言葉が自然と生まれてきたのだそうです。その体験価値を明らかにする実証実験に、今まさに取り組んでいるところですが、現段階で見出されている内容についても紹介されました。
例えば、地域という観点で考えると、自治体の施策に地域のステークホルダーが関わりながら取り組みを行っているようですが、それは多様な住民が共に地域の未来の可能性を進化させ続けているという意味で、長期的な地域活性化にもつながります。
そして、組織にとっては、参加した個人が普段過ごす場所から離れた地域の環境の中で思考の枠組みが変化したり、自分自身の生き方や働き方の問い直しが起き、その体験を経て組織に戻ることで、組織で当たり前とされている思考や行動に対して揺らぎが起こる。それが組織にとっても新たな可能性を拓くきっかけになるのかもしれない、という価値が見出されています。
このような双方向性での学びや変化が、組織と地域、個人と組織、地域と個人、それぞれの領域を越えて育くんでいくことにより、三方良しの変化が社会全体へと広がっていくことになります。
一方で、そのような価値は今この瞬間に起こるものではなく、「未来への投資」と捉えることで、その価値を信じて、今後も支援していくことができるのではないかと保坂は投げかけます。
変化は右肩上がりに起きるものではなく、時間がかかるものです。その過程で生まれてくるモヤモヤや、わからなさに向き合い続けるネガティブ・ケイパビリティは日常生活においても必要な力だと言えます。時には痛みも伴うそのプロセスをどう支援するのかということは、ヒューマンバリューで大切にしている「プロセス・ガーデニング」という思想にも通じており、今後も探求を続けていきたい、ということでストーリーが締めくくられました。
筆者自身も、本人からワーケーションでのさまざまなストーリーを聞くことがありますが、その体験ですら、私にその地域の情景を思い起こさせたり、相互作用の中での葛藤を追体験したり、自分自身のあり方を問い直すことにつながっていると感じます。参加した人・していない人、地域の中での立場や役割、大人と子どもといったような枠を超えて、自然と学びが広がっていく作用が、バウンダリーレス・エクスペリエンスにはあるのかもしれません。
パネルダイアログに代えて
〜ラーニング・ソサイエティによって生まれた変化と今後の展望〜
最後に、今回登壇していただいた4名それぞれから、越境の学びの場を設けることでどのような変容があったのか、これからの展望、チャレンジしたいことをお聞きして、フォーラムの総括といたしました。
中谷さん
「違った業界の方々に、『10年でカルチャーを変えたいんだ』と言うと、その時間軸について違った捉え方をしている方もいらっしゃって、そこで我々の10年〜20年で何かを変えていこうという時間軸は非常識なんだと気付いたりする。そうすると、普段考えていることと、今やらないといけないことに変化が生まれて、引き続きいろいろな方々と学ぶことでカルチャーが面白い方向に行くんじゃないかと思いますし、社内の常識が社外の非常識ということを学びの中で体感できるので、その辺が価値かなと思います」
堺さん
「テーマとなっている書籍『GROW THE PIE』で印象に残ったのは、問題を解決するだけではなくて、問題を発見することが大事だというメッセージです。当社は、もともとエンジニアがたくさんいる会社でしたので、お客さまから要望をお聞きして解決することは得意でした。これからは、先ほどご紹介した児童相談所へのコールセンター導入事例のように、何が問題なのかを考えることが大事なのだと思います。問題発見のきっかけとなるのがコミュニティです。職場内のコミュニティもあれば、組織を超えるのもありますし、会社を超え、地域すらも超えて対話することで、今まで見えていなかった問題が見えてくるはずです。今日の皆さんの話をお聞きして感じたのは、社内の土壌を耕して、他者に入ってきてもらうこと、見えていない視点に気づくことが重要だということでした。今後、そこにつながる取り組みをやっていきたいと感じています」
五十嵐さん
「2泊3日の旅行をやり出したのは、自分のワクワクを多くの人に伝えていきたいというところが大きかったんですけど、自分としては、個人の可能性と組織の可能性というものをどうすれば最大限引き出せるかに興味があるんだなと。大きな公害を起こしたような企業と、今の組織は全然違うわけですよね。では、過去を再定義して、未来に生かすためには、どう関わっていくことができるのか。それを学んでいくには、我々のジャーニーは非常に重要じゃないかと思っています。今後はいろいろな方に体感していただいて、個人と組織の可能性の未来を信じるというようなツアーをぜひつくっていけたらと思っています」
保坂さん
「ワーケーションをキーワードとしてお伝えしたんですけど、バケーションみたいな響きが強くて、レジャーみたいになってしまうのはもったいないなと思いますし、越境することの価値って何なのか、それをどうやったら起こすことができるのかを1社の中だけとか、地域だけ、この人の中だけではなく、どうダイナミックにつくっていけるのか。こういう場もその機会なのかなと思います。行った人、行っていない人もある種の分断だとすると、どうみんなで豊かにするのかという後のプロセスも、これから探求していきたいなと思っています」
クロージング
ここまでフォーラム当日の流れに沿って、ダイジェストでご紹介してきました。フォーラム終了後にはアンケートでたくさんの感想をいただきましたので、その一部をご紹介します。
- 率直な感想は、対話による気づきを得ることができて、大変良い時間を過ごすことができたなと思いました。それと、最初からこれでいくというのではなく、やりながら、走りながら形になっていくのだなということです。
- 社内、社外、地域、行政の関わり方について、考えさせられるフォーラムだった。バイアスをかけた見方をせず、事実を体感し、自分がどのように感じるかが大事だとあらためて気付いた。
- 自分の枠組みがぐらぐら揺さぶられた経験でした。最近は、できること、会社で受け入れられそうなことばかりに思考が向きがちだったが、もっと大きく素晴らしい可能性が広がる世界があるということに、あらためて気づくことができました。
- 事例を伺うことで、登壇者の皆さんが楽しみながら実践され続けていること、そして、その実践において、社員一人ひとりの主体性を大切にされていることが伝わり、元気をいただきました。
- 講演された方々はもちろんのこと、参加されていた方々の意識が非常に高く、刺激を受けました。
- 今回のストーリーテラーの皆さまの「やりたいからやる」「楽しいからやる」という純粋な意図と熱量に触れると、何でも言語化・数値化しなくてもいいんじゃないかという気持ちにもなりました。
- 人が生きるということは、社会価値と経済価値を生み出す中で幸福をつないでいくことなんだと、一見バラバラに見える4名のお話がそこで共通していると感じました。
- 異業種・異分野の方々の登壇が多くありつつも、取り扱っているテーマ、課題についても共通項が「多い」と感じられた。
- 前半のお二人の話には、「企業がここまで個人の人生に関与しなければ、人が人らしく生きられないのか」という新鮮な驚きがありました。お話自体は大変面白く、企業の取り組みとしては勉強になりましたが、言葉を選ばずに言うと、違和感でした。こうした事例の陰の部分にこそ、向き合うべき課題があるように思いました。
- 「楽しかった」の一言に尽きる。あんな楽しそうなプレゼンは他ではなかなか聞けないかも。プレゼンター・進行役・参加者全員が、笑顔であの場に集中しているあの感覚を共にできたこと。おかげで思考の枠組みがぐんぐん外れる感覚があった。
これらの感想を眺めながら「こんな視点もあったのか」と、ここにも越境した学びがありました。多様なバックグラウンドをお持ちの参加者同士で対話を行う中で、皆さんの中に立ち上がるラーニング・ソサイエティの意味や価値があったのではないかと思います。同時にそういった意味や価値を生み出していくプロセスは、一人だけで歩むのは難しいことも再確認するような時間でもありました。
このような想像もできない学びに気づき、生かしていけるような土壌を育んでいくことが、新たな学びのあり方としてのラーニング・ソサイエティと言えるのかもしれません。今回のフォーラムをきっかけとして、今後もさまざまな切り口から学びのあり方を探求する場を設けられたらと思いますし、皆さまとの対話を通じて、その意味や価値を常に問い続けていけたらと思います。
※前編をご覧になりたい方はこちらから
『GROW THE PIE』フォーラム第2回 実施レポート(前編) <持続可能な経済・企業経営を、「動的な学び」で実現する〜ラーニング・ソサイエティ〜>