カンファレンスレポート

<HCIバーチャル・カンファレンス2021:Create a Culture of Feedback and Performance参加報告> 〜「フィードバック」を軸としたパフォーマンス向上の取り組み〜

2021年 6月 30日に、HCIバーチャル・カンファレンス「Create a Culture of Feedback and Performance(フィードバックとパフォーマンスのカルチャーを築く)」が開催されました。

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近年、「フィードバック」への関心が高まっています。働く人々のグロース・マインドセットを育み、組織のアジリティやコラボレーションを促進する鍵として、組織全体でフィードバックのあり方を根本から見直していくチャレンジに取り組む組織が増えています。

そうした中、2021年 6月 30日に、Human Capital Institute(以下、HCI)によるバーチャル・カンファレンス「Create a Culture of Feedback and Performance(フィードバックとパフォーマンスのカルチャーを築く)」が開催されました。HCIは、HR領域における米国の研究機関であり、エンゲージメントやD&Iなど、多くのHR系イベントやカンファレンスを主催していますが、「フィードバック」をメインテーマにしたカンファレンスを開催するのは、おそらく初めてであり、米国においてもテーマへの関心が高まっていることがうかがえます。

私たちヒューマンバリューにおいても、2021年11月1日に『フィードバックの真価〜職場に信頼を生み出し、共に成長する』(タムラ・チャンドラー & L.グレーリッシュ著、ヒューマンバリュー出版)を刊行予定ですが、今回、「フィードバック」の最前線で、どんな議論が行われているのかを探るべく、本カンファレンスにバーチャル参加いたしました。

本レポートでは、そこで議論されていたテーマや得られたインサイトを紹介し、フィードバックについて考えるきっかけにできればと思います。

COVID-19で働き方が変わる中、あらためてフィードバックの意味を考える場

フィードバックへの社会的な関心は以前から高まっていましたが、COVID-19の影響を受け、働き方が変わる中で、またあらためてその価値が問われているように思います。

HCIが発表している本カンファレンスの開催の趣旨を見てみると、オンライン、オンサイト、ハイブリッドなど私達の働き方の多様性が高まる中、どのような働き方をするかにかかわらず、組織の成功にとって、フィードバックの重要性と戦略的な価値が高まっていることが語られています。

特にコロナ禍の中で、社員が物理的にも精神的にも孤立した状態に置かれ、組織が環境の変化に迅速に対応しなければならないというプレッシャーの中で、フィードバックや一対一の会話の重要性が増加していることが開催の背景にあるようです。

本カンファレンスでは、30分前後のプレゼンテーションで構成された5つのセッションが開催されました。登壇者の顔ぶれとしては、企業や医療機関の人事担当者、研究者や著述家、コンサルタントの方々が見受けられました。オンライン実施のため、参加者の数や属性は明らかにされていませんが、各セッションの質疑応答の内容などからみると、各社の取り組み概要を把握するために参加しているというよりは、それぞれの組織ですでに取り組みを行っているなど、フィードバックに関して高い関心をもっているように感じられました。

フィードバックの3つの切り口

カンファレンスの議論に触れてみてまず気づいたこととして、一言で「フィードバック」というテーマを掲げていても、その捉え方や語られているものは、様々であるということでした。

たとえば、評価フィードバックをはじめとしたマネジャーからメンバーへのアプローチを指すものがあったり、フィードバックの具体的な手法を扱うものから、それを支えるカルチャーの話をするものがあったり、またサーベイの結果を1つのフィードバックの素材としてどう生かしていくかといったセッションまで、幅広いものがありました。フィードバックの捉え方や意義、活用の可能性が広がっているといえるのかもしれません。

その中でも、本カンファレンスでは、下記に示す3つの切り口が特に印象に残りました。

1. パフォーマンス・マネジメントにおける「フィードバック」:「信頼」に基づき、成長を支援する
2. 「フィードバック」の定義を見直す
3. バーチャル環境におけるマネジャーのあり方の変化:管理・監督から支援へ

ここからは、それぞれの切り口の概要と得られたインサイトを紹介していきます。

1.パフォーマンス・マネジメントにおける「フィードバック」:「信頼」に基づき、成長を支援する

サラ・デヴロー氏

メンバー一人ひとりがストレッチなゴールを設定し、そのゴール実現に向けて日々チャレンジやコラボレーションを行い、マネジャーと成長や成果の向上に向けた会話を行っていくといった一連のパフォーマンス・マネジメントの中で、「フィードバック」は重要な要素といえます。

Google社のエグゼクティブ・ディベロップメント・プログラムの前トップである、サラ・デヴロー(Sarah Deveraux)氏からは、パフォーマンス・マネジメントを軸にした評価における「フィードバック」についての発表が行われました。

デヴロー氏からは、まず「パフォーマンス・マネジメントがうまく機能しなかった場合、どのようなことが不安か?」という問いかけがありました。

そうした不安には、エンゲージメントの低下、正当な報酬が与えられない、自分への期待がわからないなど、様々なものがあり、パフォーマンス・マネジメントは本来こうした不安を解消していくものであるはずです。しかしデヴロー氏は、どんなに素晴らしい制度を整えたとしても、それに参加する人々やタイミング、そのときの感情など様々であり、皆が不安に感じているものをすべて解消する完璧なパフォーマンス・マネジメントなどないと述べています。

では、フィードバックを軸にして、人々のモチベーションを高め、エンゲージメントを促進するようなパフォーマンス・マネジメントを機能させるために必要なものは何でしょうか。

デヴロー氏は、それは唯一、「信頼(Trust)」だと強調しました。デヴロー氏によると、「信頼」はこれまで、様々な取り組みの中で強調されてきましたが、パフォーマンス・マネジメントの取り組みの中で焦点が当てられたことはなかったいうことでした。なぜなら、パフォーマンス・マネジメントはこれまで、「良くない行動」を察知し、取り除くために行われてきたからだということです。しかし、人事・人材開発の施策において「信頼」こそが、最初に実践されるべきだと述べています。

そして、「信頼」があれば下記の3つが高まるということでした。

● エンゲージメント:信頼されていると感じられている人々は、仕事やチームにより関心をもって関わろうとする
● イノベーション:アイデアを共有したり、複雑な問題を解決したりしようと、自らの時間をより投資しようとする
● クオリティ:信頼の結果としてモチベーションも高まり、クオリティが向上する。

フィードバックと信頼をセットで考えるということは、昨今の重要なポイントといえるでしょう。

フィードバックに関して、試行錯誤を重ねる

また同セッションの中では、Googleが信頼に基づく「フィードバック」を生み出していくために試行錯誤を重ねている様子も共有されました。

たとえば、Googleでは、4,5年毎に従業員の意見を取り入れながら、パフォーマンス・マネジメントの仕組みを変更しています。

これまでを振り返ると、設立7年目となる2006年当時、Googleにはきちんとしたパフォーマンス・マネジメントの仕組みはなく、とても混乱した状態だったそうですが、そこから企業の成長とともにパフォーマンス・マネジメントの仕組みを整理していきました。

しかし、そのようにフォーマルな仕組みが整備されることによって、逆にフラストレーションも高まったということです。そこで、2019年に仕組み化しようとした制度では、フォーマルなフィードバックである評価を年に1回とし、例年より頻度を下げることで、インフォーマルなフィードバックを増やそうと試みました。

ただし、結果的にこの試みはうまくいかなかったとのことでした。自分をうまくプロモーションできる人が有利になってしまったり、コラボレーションにおける評価を得るために無意味なコラボレーションが増えたり、フィードバックが脅威になってしまったり、同僚との競争意識などが高まったり、成長よりも昇進が重視されるようになったりと、制度の意図と反して様々な齟齬が生まれたようです。

この例を見てもわかるように、信頼に基づいたフィードバックというのは、たやすく手に入ったり、最初からうまくいくものではありません。こうしたうまくいかなかった取り組みも含めて、オープンに共有し、そこから学び、より良い取り組みを生み出していくプロセス自体が、フィードバック・カルチャーの醸成につながるのかもしれません。

変革をどこから始めるのか:「モチベーション」や「成長」が起点

参加者のコメントから作成したワードクラウド

また、本セッションの最後のパートでは、参加者にパフォーマンス・マネジメントについてどのような感情を抱くか、アンケートが行われましたが、そこでの参加者の回答は、ストレス、不安、疲れる……など、ネガティブなものばかりでした。こうした感情は仕事の生産性を上げることにはつながらず、人々が燃え尽きる(burn out)ことにつながってしまう危険性があります。そして、こうした社員の不安を減らし、日々の幸せや健康を生み出すのは、決してセルフケアの福利厚生やウェルビーイングプログラムではなく、日常のフィードバックやパフォーマンス・マネジメントを変えることにあると述べています。

では、パフォーマンス・マネジメントをより良くしていく旅をどこから始めればよいでしょうか。

デヴロー氏は、管理や計測ではなく、人々の「モチベーション」や「成長」の観点から取り組みを始めるべきだという示唆を投げかけました。そして、パフォーマンスを、報酬や罰を与える過去の取り組みとしてではなく、ラーニングや成長、組織への帰属意識として考えることが重要であり、そこでフォーカスを当てるべき領域として、下記の3つを紹介していました。

● 自律性:決定する自由を与えることで、一人ひとりがよりオーナーシップをもつことにつながり、生産性も向上する。
● 心理的安全:チームの力の鍵となっている。人々が所属している感覚や、信頼されている感覚をもつことで、懸念やアイデアも安全に共有することができる。
● 透明性:実際に起きていることを正直に率直に話せること。そして、それが十分な頻度で行われていること。

フィードバックには広い意味が含まれていますが、本セッションでは、多くの人が「フィードバック」という言葉に嫌な感情を抱いてしまう背景となっているパフォーマンス・マネジメントの切り口から、フィードバックが語られていました。フィードバックの取り組みを組織に浸透させる際には、まずフィードバックに対する嫌悪感を緩和していくことが重要です。今回の取り組みにあるように、真に「信頼」に基づき、成長に焦点を当てたパフォーマンス・マネジメントが実践されることで、「フィードバック」という言葉そのものの印象も大きく変化していくレバレッジになるのではないでしょうか。また、組織の仕組みを支えるパフォーマンス・マネジメントの「フィードバック」が、信頼に基づいて行われることで、一人ひとりのウェルビーイングやエンゲージメント、そしてパフォーマンスの向上へとつながっていくように感じられました。

2.「フィードバック」の定義を見直す

リアン・デイビー氏

ここまで、フィードバックと信頼および成長の関係を見直していくことの重要性を紹介してきましたが、カンファレンスの中では、その前提として、フィードバックの捉え方そのものを見直していくべきだという観点も共有されました。

たとえば、書籍『You First』および『the Good Fight』の著者である、リアン・デイビー(Liane Davey)氏からは、「フィードバック」に対する誤った捉え方が広まってしまっている現状について問題提起がありました。そして、その捉え方を変え、「フィードバック」の文化を組織に浸透させる重要性が語られました。

デイビー氏によると、現状として「フィードバック」は、安全な高度から爆弾を投下し、そこからすぐに退散するようなものになってしまっているのではないかということです。しかし、フィードバックをより健康的で、生産的なものにしていく必要性が高まる現在の環境において、フィードバックを下記の5つの視点から再構成していくことが必要だと紹介されました。

● 定義:製品や人のパフォーマンスに対する反応など、改善の基礎となる情報。
● オリエンテーション:フィードバックは相手に対する真実ではなく、相手に対して「自分がどのように反応したか」という真実。相手が何を考え、何を感じ、どんな人であるかについて、仮説をもってはいけない。
● マインドセット:自身の考えを率直に話すことでチームに貢献することが重要。ネガティブなフィードバックというものはなく、良い行動を促し、効果的ではない行動を減らすためのフィードバックがあるだけである。フィードバックは「評価」ではない。フィードバックは「信頼」を生み出すもの。
● 定形プロセス:具体的な状況を述べた上で、それについて自分がどのように感じたのかを共有し、相手の意見を聞く
● 習慣:頻度を高める。よりカジュアルに実施し、良いフィードバックの事例をつくって奨励していく。

今回のセッションのタイトル「Great Feedback : Two truth、Not one(素晴らしいフィードバック:1つだけではない、双方の真実)」にあるように、フィードバックをする際には、自分の枠組みで捉えたことを真実として語り、相手に押し付けるのではなく、フィードバックを自身が感じたことの1つとして共有した上で、相手の想いや背景といった相手にとっての真実にも耳を傾け、対話を行うスペースをつくることが重要です。そして、そうした取り組みからこそ、「成長」や「信頼」が生まれてくるということです。

3.バーチャル環境におけるマネジャーのあり方の変化:管理・監督から支援へ

また、フィードバックを提供する重要なステークホルダーとして、「マネジャー」のあり方にフォーカスを当てた議論も行われていました。

たとえば、Forbes社のインターナショナル・リモートワーク・ストラテジストであるロレル・ファラー(Laurel Farrer)氏からは、COVID-19の影響を受けて広がるバーチャル環境におけるマネジメントの変化について語られました。

ファラー氏は、働く場所、プロセスやプロダクトなど、様々なものがバーチャルに切り替わる中で、マネジャーのマインドセットだけがいまだに物理的なままだと問題を提起しています。

それに対する提言として、具体的には、いかに管理やマイクロマネジメントを減らし、生産性を高めることに意識を向けるか、また共に働くチームの力を高めるためにOKRやKPIを定め、プロセスを明確にすることができるのか、そしてバーチャルであっても雑談ができる機会や場をいかに創出していくことができるのかといった視点が語られました。

また同セッションでは、フィードバックを与える側だけではなく、受け取る側の視点として、従業員の自律性を併せて高めていくことが重要だという強調がなされていました。そのために必要なスキルとして、ロベルタ・サワツキー博士(Dr. Roberta Sawatzky)が提唱した、リモートワーカーの8つの重要なスキル(Trust:信頼、Discipline:規律、Communication:コミュニケーション、Empathy:共感、Critical Thinking:クリティカル・シンキング、Flexibility:柔軟性、Accountability:アカウンタビリティ、Self-Motivation:セルフ・モチベーション)が最後に紹介され、議論が行われました。

バーチャル環境への転換が否応なく進んだ現在においては、管理・監督というマネジメントの前提を根本から手放し、信頼に基づいた効果的なフィードバックを通して、一人ひとりの自律性を高めるサポートを行うといった新たなマネジメント像やあり方をいかに確立していけるかが、共通の命題としてあるように考えられます。

最後に…

ここまでご紹介してきたように、本カンファレンスでは「フィードバック」という言葉が様々な意味をもって語られており、明確な定義が共有されているわけではないように感じられました。そうした中でも、それぞれの「フィードバック」に共通していたのは、他者の視点や意見を取り入れることで、自らの成長やチーム・組織のより高い価値創造に生かしていこうとする動きではないかと思います。変化が激しく、将来が見通しづらい時代において、誰か一人の力で必ずうまくいくというようなやり方を見出すことは難しくなってきました。そうした中で、一人ひとりが主体的に成長し、集団としてより高いパフォーマンスを生み出すことができる力を高めていく必要があると感じました。

また、今回のカンファレンスでは、多くのセッションで「信頼(Trust)」という言葉が共通して語られていたように思われます。多くの企業ではリモートワークが常態化してきており、隣に人がいないという状況の中、お互いへの不信感が少しずつ募ってしまうこともあります。また、そのような不信から、チームの力が発揮できない状況に陥ってしまっている企業も増えてきているかもしれません。

そのようなときだからこそ、今回ご紹介した様々な企業が、取り組みのベースに「信頼」を置いていたのではないでしょうか。信頼に基づいたフィードバックが行われることで、人々の自律性や成長が高まり、それが「フィードバック」そのものへの信頼の醸成につながる、そうした循環を育んでいくことの重要性がカンファレンス全体で語られているように思いました。そのように、フィードバックが「嫌なもの、避けたいもの」ではなく、「成長のために必要なもの」という信頼を得ることで、フィードバックを軸とした変化が生まれ、パフォーマンスを高め続けることができる組織が実現されるのではないでしょうか。

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私たちは人・組織・社会によりそいながらより良い社会を実現するための研究活動、人や企業文化の変革支援を行っています。

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