Performance-Based Instructional Systems Designカンファレンス
Performance-Based Instructional Systems Designカンファレンスの全体的な傾向
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1.Attack on ISD(ISDへの批判)の振り返り
今回、同カンファレンスが開かれた背景として、ISDの現状に対する批判が挙げられるということは冒頭で述べた。この批判が表面化するきっかけとなったのは、米国の雑誌”Training Magazine”の2000年4月号、及び2002年2月号の2回に渡って掲載された”The Attack on ISD”(ISDへの攻撃)という記事である。
本カンファレンスにおいても、”The Attack on ISD: The Rest of the Story”というタイトルでスペシャルセッションが設けられていた。そこでは、現在ISDがどのような課題を抱えているのかを明確化し、その課題に対してどうのような策を講じていくべきかが、パネルディスカッション形式で話合われていた。
以下に “Attack on ISD”の記事の中で、具体的にどのような批判が出ていたのかを示すことにする。
Attack Point 1
ISD is too slow and clumsy to meet today’s training challenge
(ISDは今日のトレーニングにおけるチャレンジに対しては
時間がかかりすぎ、使い勝手が悪すぎる)
・ISDは、環境の変化が遅い工業化時代に、スキル化された労働力を得るために開発された
・New Economyの時代においては、より速く、柔軟性のあるものが求められる
Attack Point 2
There’s no “there” there. (そこには何もない)
・ISDはインストラクションを作り出すテクノロジーであると主張されるが、実際は違う
・ISDはインストラクションを開発するためのアルゴリズムであるというよりは、プロジェクト・マネジメントのシステムのようである
Attack Point 3
Used as directed, ISD produces bad solutions
(ISDのガイドにそのまま従うと、質の悪い解決策を生み出してしまう)
・ISDはガイドラインとされているにも関わらず、適切なものではない
・ISDの柔軟でないプロセスに従うと、トレーニングをデザインする活力が奪われてしまう
・結果として、退屈なトレーニングのプログラムや教材を作り出す
・さらに、柔軟性や創造力に欠けた均質的な従業員を生み出してしまう
Attack Point 4
ISD clings to a wrong-world view (ISDは間違った世界観に固執している)
・ISDは「学習者は知識がなく、専門家はスマートで知識をもっている」という考え方に基づいている
・ISDにおいては、仕事は事前に定義できるものだとしているが、実際の仕事は、仕事が進みながら構成されていくものである
以上The Attack on ISD: The Rest of the Storyより引用
パネルディスカッションにおいて、インストラクショナル・デザイナーたちは、ここに指摘されている問題は現実に起こっていることであるという認識を共通してもち、批判を甘んじて受け入れていた。
しかしながら、それでもISDがもはや必要なくなったのではなく、適切なやり方を用いれば、上述の問題は解決され、十分効果が得られるはずであるとの意見が大半を占めていた。今回のカンファレンスにおいては、その「適切なISDのあり方」に関するナレッジ・シェアリングが第一の目的とされており、次節以降にどのようなアイデアが紹介されていたかを示していくことにする。
2.ベスト・プラクティスの共有
上述したような批判が出てきた要因の1つには、ISDが生まれてきた背景と現在の環境とのギャップにある。ISDが生まれた当初の目的は、工業化社会においてより効率よく教育を提供するために、開発手順を適切な理論のもとに体系化し、その手順に従えば誰が行っても(教育経験のない初心者でさえも)同じ品質のインストラクションが開発できることにあった。しかしながら、環境の変化の激しい今日、それらの手順を1つひとつ確実にこなしていたのでは、変化のスピードに対応できなくなっているのが現状のようである。
今回のカンファレンスでは、このような背景を受けて、体系化されたマニュアルからではなく、ISDで成果を上げている熟達したインストラクショナル・デザイナーのベスト・プラクティスから学ぼうという動きが多く見られた。ISDはこれまで俗人的な要素を排除した「システム」としてインストラクションの開発に貢献してきた。しかし、体系化が進むにつれ、ISDは、膨大な量のプロシージャーを有したマニュアルへと変化し、そのプロシージャーを規定通り全て踏むのは難しくなってきた。そこで、ISDをいかに自分なりに応用して使うかというインストラクショナル・デザイナー個人の力量に再び注目が集まっているといえる。
Human Performance ImprovementのコンサルタントであるDarryl Sinkのセッションの中では、”What master developers know that the novice does not”(ISD初心者が知らなくて、ISDマスターが知っていること)というタイトルのもと、ISDエキスパートたちがどのようなスキルを有しているのかについて、様々な専門家の意見を紹介していた。以下にその一部を抜粋して示す。
◆Dr. Brenda Sugrue, elearnina.com
マスター(ここではISDの熟達者のこと)はISDの全てのステージを同時に考えている。よって、彼らは1つのステージである決断を下すとき、他のステージへの影響についても考えている。
マスターは、自信をもって、ISDのプロセスをプロジェクトのコンテクストに応用させることができる。初心者は、何をどのように応用してよいのかわからない。
◆Dr. Jeanne Farrington, Redwood Mountain Consulting
マスターにとってアナリシスのフェーズは、Learner Analysis、Context Analysis、Content Analysisをそれぞれ別々に行うのではなく、達成したい目的に沿った1つのステップとして行われる。
◆Dr. Paul Swan, Darryl L. Sink & Associates, Inc
マスターは”Reusable instructional components”(再利用可能なインストラクションの要素)を自分のキャビネットに集めている。彼らは、再利用性を考慮しながら、コンテンツの開発や編集を行う。彼らは、既に存在している要素をできるだけ、いつでもどこでも活用しようとしている。
◆Dr. Sivasailam “Thiagi” Thiagarajan, QB International
マスターは、効果的なテンプレートを、将来のトレーニング開発においても再利用する
マスターはトレーニングセッションをできるだけOn the Jobに近い形にする。
以上ISD:Faster/Better/Easier、Darryl L. Sink & Associatesより引用
このようにISDのエキスパートたちのベストプラクティスを共有することで、より効率のよいISDのプロセスを確立し、Attack on ISDに対応していこうという方向性が、カンファレンス全体で見受けられた。
3.より効率的なISDプロセスの体系化への取り組み
ISDへの批判の中でも、最も問題視されていたのが、Attack Point 1の「ISDは時間がかかりすぎる」というポイントであった。ISDのガイドラインにそのまま従うと、ニーズ把握をしてからトレーニングを提供するまでの間に、初期のころのニーズが変化していたり、提供する時点では知識が陳腐化してしまっているということが、実際に起きているとのことであった。
ISDは時間がかかるという問題に対してISDのエキスパートたちは、ISDの各ステップにおいて、省略できるものは省略してできるだけプロセスをシンプルなものにし、開発に要する時間を短縮しようとしている。そして、最近では、これらの時間短縮の試みを、あらためて体系化し、より効率的なISDのプロセスを確立しようという動きが出てきている。このような効率化されたISDは、”Rapid Instructional Design”などと呼ばれている。
具体的には、ISDが活用される場面(コンテクスト)を詳細に場合分けし、「こういった場面ではISDのこのプロセスは省略できる」というようなノウハウを体系化している。一例として、Darryl Sinkのセッションの中で紹介されていた場合分けの表を以下に示す。
また、「すばやく」ISDを行うことのほかにも、「適切に」行うことも当然必要となってきている。そこで、ISDの各フェーズにおけるノウハウをまとめたポイント集も多く紹介されていた(例えばインタビューを行うにあたってのコツといったもの)。
以下にDarryl Sinkのセッションの中で紹介されていたISDを行う上でのポイント集の中からいくつかを抜粋して示す。
1.プロジェクトを成功に導くうえで、最も重要な要素となるのがチームメンバーのセレクションとフォーメーションである。チームメンバーのセレクションは能力と信頼性に基づくべきである。
2.大きなプロジェクトは、キックオフミーティングでスタートすべきである。その中では、プロジェクトのゴール、そのプロジェクトが行われるビジネス上のニーズ、マイルストーン、コミュニケーション手段、などが明確に確認されるべきである
3.短い時間でプロジェクトを終了させるために、各メンバーのアカウンタビリティと終了に要する時間を明確にしなさい
4.メンバーが邪魔をされずに仕事をできる時間と環境を確保しなさい
…etc(以下省略する。このようなポイントがいくつも紹介されていた)
以上ISD: Faster/Better/Easier, Darryl L. Sink & Associates, Incより引用
4.RLOとテンプレート化へ向けての取り組み
ISDを効率化する手段として、Reusable Learning Object(再利用可能なラーニング・オブジェクト。以下RLOとする)の活用とコンテンツ開発においてのテンプレートの活用が大きく取り上げられていた。
RLOの基本概念は、学習を構成する情報群の基本単位である章、節、項でコンテンツをオブジェクト化し、メタデータをつけてデータベース上で管理し、受講者のニーズに合わせて再利用することで適切な教材構成を行う、というように説明できる。一度開発したコンテンツを別のコンテンツで再利用することができれば、ISDのプロセスを大きく簡略化できるため、インストラクショナル・デザイナーたちの関心も高かった。
ラーニング・オブジェクトの開発においては、1つひとつのオブジェクトを、それぞれ「Fact(事実)」「Concept(概念)」「Principle(原理)」「Procedure(手順)」「Process(プロセス)」というように得られる知識のタイプを学習理論に基づいて明確に分類し、それぞれのタイプに沿ったコンテンツを設計していく。このように開発の手順が明確となるため、ラーニング・オブジェクトは、体系化の得意なインストラクショナル・デザイナーたちの嗜好性に非常に即したものであるといえる。カンファレンスの中ではCisco Systems社でラーニング・オブジェクトの戦略を展開するChuck Barrittのセッションが、成功例として特に注目を集めていた。
また、同様にコンテンツ開発プロセスを効率化するテンプレートにも関心が集まっていた。一例を挙げると、elearnia.com社のBrenda Sugrueは、ケーススタディのEラーニングコンテンツを作成するためのテンプレートを開発し、紹介していた。同社のシステムは、Delivery Templates、Task Analysis Templates、Development Templatesを有しており、これらのテンプレートを埋めていく形でケーススタディを構成していく仕組みとなっていた。
5.既存のISDの限界
ここまで本カンファレンスで見られたISDに関する様々な取り組みを紹介してきたが、その大半は、既存のISDを、枠組みはそのままにして、いかにより効率的かつ適切に行うことができるかということにフォーカスが当てられていた。これはDarryl Sinkの行ったセッションタイトル”ISD: Faster/Better/Easier”(ISD:より速く、うまく、簡単に)からも伺い知ることができる。
しかしながら、紹介されていた全てのアプローチは、「既にある知識の構造を解明し、その知識を知っている人から知らない人へ、いかに効率的に教授するか」という客観主義的な考えに基づいたものであり、「学習者が主体的に知識を構築していく」という構成主義的、あるいは「学習者が周囲の人々との関わり合いの中から知識を構築していく」という社会的構成主義的なISDのモデルは、本カンファレンスにおいては見られることはほとんどなかった。
たとえば、本カンファレンスのセッションの中に、”Using ISD to manage performance uncertainty”(パフォーマンスの不確実さを管理するためにISDを活用する)というタイトルのものがあった。このセッションでは、大量の人材がオペレーションを行うときに生じる、各人材間のパフォーマンスの差異に着目している。そして、教育を提供する際には、それらの人材をマスで捉え、パフォーマンスの低い層に対していかにISDを用いて平均的なパフォーマンスをあげさせるよう管理するかについて述べられていた。
具体的には、Task Analysisを用いて業務を定義し、仕事におけるスタンダードプロセスを開発していくといった伝統的なISDの手法が展開されていた。当然このようなアプローチが必要な場面も依然として存在している。しかしながら、環境の変化の激しい現在において、企業に真に求められているのは、Task Analysisを用いて厳密に定義することのできる業務を確実にこなしていく人材ではなく、自ら課題を発見し、主体的にその課題の解決に向けて行動する自律的な人材である。そして、そのような人材を育成するためには、人材の多様性を認め、各個人がもつ特有の強みを発見し、それを活かしていけるような教育が求められているが、現在のISDはこのような考えと相反するものとなってしまっている。
恐らく今後も後者のような人材のニーズは高まっていくものと考えられる。そこで、今後ISDがその意義を確立していくためには、既存のISDのプロセスを改良することに加え、学習者が主体的に学習していくことを支援する環境を構築していく全く新しいモデルが必要となる時期にさしかかっていると考えられる。