組織開発の新たな地平 ~診断・介入による変革から、社員自ら推進する自律的な変革へ~ 【HRカンファレンス2018-春-】
組織開発が注目を浴びる今日、第三者によって診断・介入する旧来的なアプローチで、変革が頓挫したという話は少なくありません。あらゆる社員のグロース・マインドセットを育み、エンゲージメントを高めていくためには、現場の社員が自ら推進する「自律的アプローチ」が必要です。
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HRカンファレンス2018-春- 登壇レポート
組織開発が注目を浴びる今日、第三者によって診断・介入する旧来的なアプローチで、変革が頓挫したという話は少なくありません。あらゆる社員のグロース・マインドセットを育み、エンゲージメントを高めていくためには、現場の社員が自ら推進する「自律的アプローチ」が必要です。
今回、HRカンファレンス2018-春-に登壇し、ヒューマンバリューから組織開発と自律的アプローチの理論的背景をご紹介し、下記の実践企業から取り組みの概要やレバレッジポイント、今後のチャレンジを共有していただきました。
・ブラザー工業株式会社 人事部採用教育G シニア・チーム・マネジャー 佐々木 泰幸氏
・野村證券株式会社 人材開発部 Managing Director 岸本 和久氏
・ヴィジョンアーツ株式会社 代表取締役社長 萩原 崇氏
◆講演概要◆
組織開発の新たな地平 ~診断・介入による変革から、社員自ら推進する自律的な変革へ~
日時 : 2018年5月17日(木)14:15~15:25 @大手町サンケイプラザ 4F特大会場
参加者:約360名
以下に、当日の様子をレポートします。
テーマの概要解説:組織開発の理論的背景の紹介
最初に、ヒューマンバリューの兼清より、組織開発の理論的背景として、以下の内容についてご紹介しました。
・いま「組織開発」が注目されている背景
・グロース・マインドセットを育むポイント
・具体的なアプローチ例「未来共創ミーティング」
いま「組織開発」が注目される背景
――人材開発の限界、組織に焦点を当てる組織開発
これまで日本の多くの会社は、人材開発を行ってきました。組織開発が注目される1つの理由は、これまでの人材開発に限界がみえてきたからです。同じように育成を行っても、結果を出す人と出せない人がいて、それは組織や職場の状況に依存しています。
ダニエル・キム氏(マサチューセッツ工科大学 組織学習センター共同創始者)は、1998年に「組織の成功循環モデル」を提唱していますが、「関係の質」に焦点を当てることが重要です。
――旧来的な組織開発から、今日的な組織開発へ
組織をより良くするための方法として、今まで広がってきたのは、旧来型は「診断モデル」とか「問題解決モデル」といわれる組織開発であり、基準を設けて問題を指摘し、専門家が介入して解決するという方法です。
これでも組織に良い影響はあるのですが、誰かが介入してきますので、現場にやらされ感や依存を生んでしまったり、介入が終わると変化が終わって徐々に戻ってしまう可能性があります。
そこで2000年以降、新しいアプローチとして、ホールシステムアプローチやポジティブアプローチなど、対話型の組織開発が中心になってきました。
その後、今日的な組織開発としてチャレンジが始まっているのは、現場の社員が自ら推進する「自律的アプローチ」の組織開発です。「A地点→B地点」というような、ゴールを示して他動的に人や組織を動かすのではなく、組織を常に進化の過程として捉え、当事者間による集合的学習と、自律的な行動により、新しい知識や環境をつくり出し、漸進的に変化を生み出し続けるプロセスに進化しています。
あらゆる社員のグロース・マインドセットを育むポイント
ーーグロース・マインドセット
組織開発に関心が高まっているもう1つの背景には、脳神経科学の研究の進化もあります。人の成長を左右するのはマインドセットであり、グロース・マインドセットとフィックスト・マインドセットには成長曲線に大きな違いがある、ということが明らかになってきました。一言で言うと、フィックスト・マインドセットは、チャレンジを恐れ、グロース・マインドセットはチャレンジを楽しめるマインドセットです。
ーーSCARFモデルとVUCAワールド
もし、組織の中で恐れや不安が高まっていると、社員がフィックスト・マインドセットになりやすく、新しいチャレンジができなくなってしまうということになります。どういうものが恐れや不安を高めるかというと、Neuro Leadership Instituteが明らかにした、「SCARF」モデルがあります。
加えて、我々を取り巻く環境は、VUCAワールドであり、未来は不確実です。そういう意味では、放っておくとSCARFが脅かされるような環境になっています。
ーーソーシャルキャピタル
恐れの元となるSCARFが脅かされていない組織はどういう状態かというと、それは違う言葉で言うと、ソーシャルキャピタル(社会関係資本)が高い組織です。組織や集団における人と人との間に存在する関係が、信頼関係や協調関係というように、「豊かな関係」であればあるほど、未来の可能性が高まるということです。
具体的なアプローチ例「未来共創ミーティング」
ーーツールの提供と取り組みのサポート
今回、例として取り上げる「未来共創ミーティング」では、自律的な学習サイクルをサポートするツール(ワークブックやケーススタディ等)を、社内のイントラに入れて、現場の方がダウンロードできる状態にします。ツールを使いながら、現場のチームでミーティングを行い、日々の業務と連携させながら以下の学習サイクルを4カ月間(全4回)実施します。単純にツールだけ提供しても、事が起きづらいので、最初にオフサイトミーティングの時間を開催し、どう進めていくのかについて、検討する時間を設けています。
ーー取り組みを加速させるレバレッジポイント
2万人以上の方とこうした取り組みを続けてみて、明らかになってきた取り組みを加速させるレバレッジポイントがあります。
①ポジティブ・アプローチ
誰かから基準を与えられるのではなく、自分たちでありたい姿を描いていきます。リフレクションも、できなかったことではなく、生み出した価値や成長に焦点を当てるポジティブ・リフレクションで行います。 人間の脳は、過去に意味がないと否定されると、未来にも意味がないように想起するといわれています。
②「見える化」
我々はOcapiというツールを使っています。我々がみたい世界がチームメンバーにみえているのかの認知が明らかになり、それについて皆で対話を行うことで、次のチャレンジを生み出しやすくなります。
③ダイナミズム
取り組みの途中のプロセスを、各チームでお互いに共有します。たとえば、時には事務局から生まれた変化について社内に広報をするなどして、取り組みのダイナミズムを生むことが大切です。
ここまでが、後に続く、各実践企業の取り組みの背景となる理論の紹介でした。
その後、少しの時間、参加者による感想共有の時間を取り、その声に耳を傾けると
ポジティブ・アプローチが重要なのに、意識しないとギャップ・アプローチになってしまう
やらされ感ではない形で、グロース・マインドセットをいかに育むかが重要
といった、自律的アプローチで想定されるようなジレンマについて、共有されていたことが、印象的でした。
実践企業の取り組み共有
解説の後は、登壇企業3社から、取り組みの共有がありました。各社ともに10分程度で、取り組みに至った背景、具体的な変化や成果、取り組んでみての率直な感想についてお話しいただきました。
Ⅰ.ブラザー工業株式会社 人事部採用教育G シニア・チーム・マネジャー 佐々木 泰幸氏
デジタルデバイスの台頭によるペーパーレスの流れによって、大きな売上割合を占めるプリンティング事業の市場は縮小傾向にあり、新たな領域や新規事業に向けて変革に取り組むブラザー工業。昨年から始まった「チームで変革ミーティング」について共有していただきました。
――チーム力の低下という課題
今年で創業110周年のブラザー工業株式会社。毎年実施している従業員意識調査の結果から、「チーム力の低下」という課題から見えてきました。変革を実現していかなければならない状況において、この状況は深刻であると考え、組織開発の取り組み「チームで変革ミーティング」が始まりました。
――強制ではなく、導入を希望する部門に展開
チーム単位で行う4回のミーティングに、現時点で国内の従業員のうち4分の1にあたる1100名以上が参加しています。この取り組みはまず、役員・部門長といった部門トップを対象とした3時間の説明会からスタートし、強制ではなく、導入を希望する部門に展開します。
――指標で明らかになる具体的な変化や成果
具体的な変化や成果として、「変革の取り組み」が良い方向に進んでいて、さらに成果を生み出し始めているという認知が拡大し、関係の質の増加、「主体的行動」の変化もみられました。
――変革を促進する働き方・考え方とは
最初は、目の前の仕事を、固定化された役割でこなして、お互いが表面的な関わりで、問題を避けるチームだったのが、この取り組みによって、だんだんと変化していく。つまり、チームの認知枠を広げていくことで、変革が生まれてくるのではないでしょうか。
佐々木氏は、そのような変革を促進する働きかけ・考え方として、大切なポイントを以下のように考察します。
・比べない(各組織・チームにはそれぞれの状況がある)
・ジャッジしない(たとえ現在がどんな状況であっても、それは変革プロセスの途中にすぎない)
・決定権は常に相手側に(人事部が無理やり外から働きかけても、本当の変化は起きない)
最後に、「チームが本来もっている力で未来を創るということが、この取り組みの肝ではないか」というメッセージで締めくくられました。
Ⅱ.野村證券株式会社 人材開発部 Managing Director 岸本 和久氏
岸本氏からは、7年にわたる組織開発の取り組みについて、ご紹介いただきました。
――組織に変化を迫られたリーマンショック
7年前の当時は、リーマンショックで会社の内外が厳しい状況にありました。会社を根底からつくり替えるとか、部門間の壁を取り除くといった、目標を掲げました。AIとかフィンテックは、その頃にはあまりいわれていませんでしたが、未来に不安を感じる状況の中、何かやらないといけないんじゃないか。それで始まったのが組織開発でした。最初は、部店長が集まって、対話しながら未来を描くことから始まりました。
――「未来共創ミーティング」が始まり、人材開発部も現場でサポート
組織開発の取り組みが始まってからは、レイヤー別に研修やミーティングを行っていたのですが、一昨年から変わり、部店単位で、現場でソーシャルキャピタルを高める取り組み、「未来共創ミーティング」を始めました。現場では人材開発部も驚くほど様々な取り組みが実施され、その結果としてOcapiの数値が一年間で劇的に伸びた部署もありました。
2017年は、部店全体ではなかなか取り組めないという声もあったので、人材開発部が直接部店に行って、40部店の取り組みをサポートしました。
――結果をすぐに出すのは簡単ではない
ボトムアップの組織開発は、けっこう時間が掛かります。ここ半年、ソーシャルキャピタルとともに、実際の成果が出ていて、社内的な指標も越えて、お客様や社会に価値を実感していただき始めています。結果をすぐに出すのは簡単ではない。ただ、取り組まないと永遠に始まらない。ぜひ皆さんに取り組んでいただけたらと思います。
Ⅲ.ヴィジョンアーツ株式会社 代表取締役社長 萩原 崇氏
ソニーグループの会社であり、取引先もソニーグループ各社となるヴィジョンアーツ。代表取締役社長である萩原氏から、昨年取り組んだ「フューチャーミーティング」の取り組みや組織開発に対する考えを共有していただきました。
――社内外の課題から、組織開発に。
昨今、ビジネス環境においてソニーグループもビジネス構造に大きな変化があり、自社独自の変化もあって、社員全員が主体的に変化に対応していく必要がありました。また、我々ソニーグループの社員に対して行っている定点的な社員満足度調査において、組織内のコミュニケーションに関するスコアが低下していることがわかりました。それらの課題を改善し、強化しないといけない、という考えに至りました。
――取り組みの概要
取り組みとして、まず2日間、マネジメントとリーダーが集まり、合宿形式で「プレ・フューチャーミーティング」を始めました。その後、4ヶ月かけて「フューチャーミーティング」という名前で、4回のミーティングを各組織で行いました。最後に、社員全員で集まり、この時初めて兼清さんが先ほど話されたような内容や、取り組みの目的を共有しました。
――サーベイの結果は向上、その一方「費用対効果がよくわからない」という社員の声
今回の取り組みは「関係の質」の向上を狙いとしていましたが、フューチャーミーティング実施後に、Ocapiというサーベイを行ったところ、「関係の質」のスコアが上がりました。その後、社内でアンケートを取ったところ、社員の90%が「考え方・マインドセット」の観点で変化を実感し、75%が「コミュニケーション機会」「関係性」「相互理解」の観点で変化を実感していました。一方で、この取り組みを「継続した方が良い」と答えた社員が約半数いるのに対して、「継続しなくて良い」と答えた人が24%いました。コメントを読んでみると「費用対効果がわかりにくい」という言葉が多かった。そのあたりは今後の課題として考えています。
――成果の実感が難しい組織開発。でも、やってみないとわからないことが多い。
組織開発というと、ゴールとか到達点のイメージがしづらいというのが実感です。ITの仕事では、新しい技術を覚えたとか、スキルの成長は実感としてわかる一方、組織開発は人と人との繋がりの中ではじめて効果を実感するので、そのあたりが気付きづらい。また、組織開発は業務との繋がりが見えにくいという部分があります。また、現在のメンバーはよかったけれど、新しいメンバーになったらゼロリセットになってしまうのではないかという課題もあります。とは言え、成果が出ているかは、まだよくわかりませんが、先ほどのアンケートでも変化は実感できているので、そういう意味ではやってよかったと思っています。また、やってみないとわからないところが多い。短期的な成果を求めすぎず、今後、成果が出ることを信じて、マネジメントもやっていかないといけないと思っています。
登壇者によるパネル・ダイアログ
各社からの取り組みの共有の後は、あらためて3名に壇上に上がっていただき、兼清がモデレーターを務め、パネル・ダイアログが行われました。取り組みにおいて苦労したこと、成功を導いたレバレッジ・ポイントは何かといった問いを元に、それぞれの方に想いを共有していただきました。
――あらためて、取り組みにおいて苦労されたことは?
・野村證券 岸本氏:1万5000人の大所帯を対象とした組織開発ですので、皆さん、なかなかこれってどこへ到達するのかわからないというのがあり、組織開発の取り組みを新しい業績とかイノベーションを起こすためにやっているということを理解されるのが難しかったです。結果が出るまでは納得感がありません。今はやっと、いろんな結果が出てきましたので、ここから加速度的に広げていきたいと思います。
・ブラザー工業 佐々木氏:人事のほうに問い合わせがありまして、「全然実感ないんだけど」とか、「アクションプランで挨拶だけ本当にいいんだろうか」って。それで私は「大丈夫です」って皆さんに任せていて、これまでのアプローチとまったく違うので、本当に我慢するっていうことでした。
ーーあらためて、取り組みを先導されるにあたり大切なレバレッジポイントは?
・ヴィジョンアーツ 萩原氏:はっきり目的を言わずにやったんですね。全員が集まった最後のセッションで、取り組みの目的についてプレゼンをしたんですけど、そこで「だったら早く言ってよ」って反応がありました。そういう意味だと進め方がうまくいったかどうかはわからない。やっぱり「ゴールを明確に示す」やり方を社員は期待するので、その点は今まで我々にはなかった観点であり、進め方に苦労したポイントだったと思います。
・野村證券 岸本氏:やっぱり継続してやったことです。7年やってるんですね。最初の集合研修の2011年のときから、相当様変わりになった。皆さんの考え方が相当柔軟になっている。組織の風土も変わってきました。例えて言うと、最初はがちがちで肩が動かないというような状況でしたが、いまは肩甲骨が動くようになった感じで柔軟になってきました。
ーーHRや組織開発に関わる皆さんに伝えたいメッセージ
・ブラザー工業 佐々木氏:私、人事にいるんですけど、人事の人間としてのあり方でもあるんですが、「人とか組織の成長を信じる」ことがあらためて大事だなって。人とか組織を直すのでなく、その人がもっている可能性を信じて、それを引き出してあげるっていうスタンスを持ち続けることが大事だなって。
・野村證券 岸本氏:自主的なボトムアップの改革は時間が掛かります。やはり、成果が出てくるまでは信じて我慢し、継続することが大切だと感じます。当社は全国に支店がありますが、その地域の支店で働いている女性の方がこういう取り組みにかかわることで会社に来るのが楽しくなったというコメントを耳にすると、本当に続けていてよかったと思います。
・ヴィジョンアーツ 萩原氏:昨年始めたばかりで、皆さんの話を聞くと、じっくりと腰を据えて、継続していくことが大事だなと思いました。結果までは時間がかかるけど、信じてやっていくことが大事だし、私の立場からすると、社員に伝えられようにしたいなと思いました。どうも、ありがとうございました。
クロージング
最後のクロージングでは、『個人のあり方』と『組織のあり方』の次元をテーマに、今後の組織開発の視座を紹介しました。
こちらの詳細は、コラムをご覧ください。
その後、チェックアウトで感想を共有し、終了しました。
次の講演の時間が迫っている中、ほとんどの方が感想カードを共有してくださいました。中身を眺めてみると「組織開発が成果に結びつくには時間がかかる。それでも、人や組織の成長を信じて、まずは取り組むことが重要だ」といった登壇者からのメッセージが、多くの方の印象に残ったようでした。
●感想カード
参加者からいただいた感想カード(気づいたこと・大切にしたいこと)の内容は、こちらからご覧ください。
●追い風(参加者のその後)
参加された人の考え方や置かれている状況によって、同じ講演内容でも、その後のストーリーはそれぞれです。「HRカンファレンス2018-春-」の一週間後に、そうしたことを共有し合う“追い風”の共有をご依頼し、ご返信いただいた“追い風”をまとめました。こちらからご覧ください。
●インサイトレポート
今回、HRカンファレンスへの参加に向けて、ヒューマンバリューでは「組織開発インサイトレポート」を作成し、参加者の皆さんや、会場へお越しいただいた方々に配布しました。 これからの組織開発におけるポイントを、3つのレポートと、1つのコラムの形式で掲載しています。よろしければご活用ください。こちらからダウンロードできます