システムシンキングカンファレンス

System Thinking in Action 2004

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1.システムシンキング・イン・アクションについて

ステムシンキング・イン・アクションとは、書籍”The Fifth Discipline”(邦題:『最強組織の法則』)の著者ピーター・センゲ氏(Peter Senge)の提唱するラーニング・オーガニゼーションやシステムシンキングに関する様々な組織の取り組みや新しい考え方をシェアする場として、1990年よりスタートした国際カンファレンスである。同カンファレンスの主な参加者は、ラーニング・オーガニゼーションを研究するリサーチャーやコンサルタント、また導入企業の推進者であるが、最近では、政府関連やNGOといった団体など多様なバックグラウンドをもつ組織のメンバーが世界中から集結し、組織の垣根を越えてよりよい未来を実現するための深い話し合いが行われている。

2004年度のカンファレンスは、12月1日~12月3日の3日間、米国マサチューセッツ州ケンブリッジのハイアット・リージェンシーにて行われた。今回で14回目を迎える同カンファレンスには、世界各国から約500名の参加者が集まり、30を超えるセッションやワークショップに参加した。
このラーニング・オーガニゼーションやシステムシンキングが日本に紹介された当初、そのコンセプトはあまり浸透していなかったが、近年、先進的な取り組みを行う企業を中心として、導入や実践が進み、成果を上げ始めている。昨今では、JMAM発行『人材教育』の2005年1月号に「学習する組織」の特集が組まれ、その理論や国内での取り組み事例が紹介された。
このように日本でも注目度が高まっているラーニング・オーガニゼーションに関する最新動向を把握するために、弊社から2名が、システムシンキング・イン・アクション2004に参加した。本レポートでは、同カンファレンスの概要と具体的に話し合われたテーマについて報告することにする。

2.カンファレンスの概要

2.1 カンファレンスの構成

システムシンキング・イン・アクション2004(System Thinking in Action 2004)カンファレンスの構成は以下のとおりであった。

1.キーノートセッション(Keynote Session:基調講演)
本年度は以下の5名により、5つの基調講演が行われた。

●ピーター・センゲ(Peter Senge):
MITスローン・ビジネス・スクールのシニア・レクチャラー(上級講師)。ラーニング・オーガニゼーションの提唱者。2004年には最新刊”Presense”をオットー・シャーマー氏らとの共著で発刊。

●ダナー・ゾーハー(Danah Zohar):
物理学者、哲学者、マネジメントの思想に関する第一人者。主な著書に”SQ:Connecting with Our Spiritual Intelligence”がある。

●デボラ・マイヤー(Deborah Meier):
ミッション・ヒル・スクール創設者であり、校長を務める。40年間にわたってパブリック・エデュケーションに取り組んできた。主な著書に”In Schools We Trust”がある。

●クリスティアーノ・シェナ(Cristiano Schena):
キャタピラー社バイス・プレジデント

●ジュリアス・ウォールズ・ジュニア(Julius Walls Jr.):
グレイストン・ベーカリーのCEOであり、グレイストン基金のバイス・プレジデント

2.フォーラム・セッション(Forum Session)
システム思考やラーニング・オーガニゼーションの考え方を実践・研究している各国の人々により、24のセッションが開催された。

3.コンカレント・セッション(Concurrent Session)
システム思考やラーニング・オーガニゼーションの考え方を実践・研究している各国の人々により、21のセッションが開催された。

4.ラーニング・パス
1つのテーマについて、3日間を通して探求を行うラーニング・パスが3セッション開催された。

5.クリニック(Clinic)
今回のカンファレンスにおいても、例年同様、以下の2つのクリニックが開催されていた。
・コーチング・クリニック(Coaching Clinic)
・コーザル・ループ・クリニック(Causal Loop Clinic)

2.2 参加者の概要

今回のカンファレンスの参加者総数は約500名であった。2003年度の750名と比較すると、やや参加者数が減少しているものの、会場がコンパクトで、各セッションに活気があったために、人数の少なさはさほど感じられなかった。

今年も例年と同じく、企業、教育団体、政府機関、NGOなど、多種多様な組織が参加していた。また印象として、昨年度よりも企業からの参加者が多く、複数名の参加者を送り出している企業も増えているように感じた。具体的には、インテル、キャタピラー、シェル、ヒューレット・パッカード、フィリップ・モリスUSA、フォード、ブリストル・マイヤーズ、ボーイング、ロッキード・マーティンなどの企業が参加していた。米国以外の参加国としては、オランダ、シンガポール、ニュージーランド、ドイツ、ブラジル、メキシコ、カナダ、イギリスから参加していた。特に今年はオランダからの参加者が多く、オランダ単独でオフィシャルなミーティングが行われるほどであった。なお、日本からは、NTT西日本、及び弊社(ヒューマンバリュー)から計3名が参加した。

2.3カンファレンス全体の特徴

ファシリテーターの交代

2003年からの大きな変化として、13年間システムシンキング・イン・アクションのファシリテーターを務めてきたMITのダニエル・キム(Daniel Kim)教授に代わって、リンダ・ブース・スィーニー(Linda Booth Sweeney)氏がファシリテーターを務めたことが挙げられる。

スィーニー氏は、ハーバード大学において教育学の博士号をもち、”The Systems Thinking Playbook”や”When a Butterfly Sneezes”など、教育向けのシステムシンキング関連書籍の著者として知られている。カンファレンスも14回目を迎え、新たなフェーズに入ってきたことがファシリテーターの交代からも実感できた。

ワールドカフェがカンファレンスの主役に

今回のカンファレンスの大きな特徴として、「ワールドカフェ」による参加者同士の話し合いがカンファレンスの中心に置かれ、ダイアログを促進していたことが挙げられる。
ワールドカフェは、今回ファシリテーターを務めたアニータ・ブラウンやデイビッド・アイザックによって生み出された話し合いの形態である。そこでは、赤と白のチェックのクロスが敷かれたテーブルに5名程度の人が座り、参加者は自由にテーブルを移動しながら、様々な人とオープンな話し合いを行うことができる。ワールドカフェは、あたかも町のカフェにいるかのようなリラックスできる雰囲気の中で話し合いを行うことで、ナレッジを創発することをねらいとしている。

例年このワールドカフェによる話し合いは、基調講演の合間のダイアログで行われていた。特に2003年では、カンファレンスの参加者も成熟化してきたことから、ことさらにカフェテーブルを強調することをしなくなっていた。しかし、今回は、カンファレンス2日目の午後という中心となる時間帯にワールドカフェだけのために3時間半もの時間を割かれていた。また運営の仕方も、この手法が生み出された当初と比べてかなり洗練されてきていることなどから、参加者間の相互作用の中から学ぶという意図をあらためて明確にしていこうという主催者側の姿勢や、社会的にも生成的なダイアログに対するニーズが高まっていることがうかがえた。

デモクラシーに対する注目

イラク情勢の悪化や、米国大統領選挙直後にカンファレンスが開催されたこともあり、デモクラシーに関する発言が多く聞かれた。具体的には、基調講演を行った物理学者のダナー・ゾーハー氏による「デモクラシーのためにはダイアログとコラボレーションが必要である。
今はデモクラシーの本来の意味がゆがめられて理解されている」という発言や、同じく基調講演を行った教育者のデボラ・マイヤー氏による「デモクラシーは学校での経験を通じて育てていく必要がある」といった発言、また2003年度の基調講演者のアダム・カヘン氏による「51対49での問題解決は、力ずくでの問題解決と同じである」といった発言があった。米国のイラクへの武力行使などを通して、「デモクラシー」という言葉の意味を考え直してみようという動きがラーニング・オーガニゼーションのソサエティで起きていることがうかがえた。

3.全体的なテーマと傾向:コラボレーションの探求

システムシンキング・イン・アクションでは、毎年主催者側から全体的なテーマが設定されている。今回は、”Building Collaborations to Change Our Organizations and the World”(組織と世界を変革するためにコラボレーションを構築する)というテーマが提示され、カンファレンス全体としてコラボレーションについての探求が行われていた。具体的には、コンカレント・セッションの8割はコラボレーションをテーマとして扱っており、また上述のワールドカフェにおいては、以下のような質問をもとにダイアログが行われていた。

1. What is Collaboration? How do you know it when you experience it?
(コラボレーションとは何か?それを体験しているとどのようにわかるのか?)

2. What is Listening? How do you know when you are being heard?
(聴くこととは何か?あなたが聞かれているとどのようにわかるのか?)

3. What is Collaborative Intelligence? How do you know when it is present?
(コラボレーティブ・インテリジェンスとは何か?それが現れているとどのようにわかるのか?)

4. What conditions and/or architectures foster Collaboration? How do you know they are working?
(どんな状態や構造がコラボレーションを醸成するのか?それらが機能しているとどのようにわかるのか?)

今回、このようにコラボレーションが全体のテーマに置かれた背景としては、2003年に話し合われたテーマであるマイクロコズモ(Microcosm)の先を目指す意図があることが考えられる。マイクロコズモ(Microcosm)とは、全世界のシステムを代表する人々の集合体(組織)のことを指している。マイクロコズモ(Microcosm)を構成するのは、1人ひとりのBe(ビー:存在)であり、このBe(ビー)の変革の積み重ねがマイクロコズモ(Microcosm)の変革へとつながる。そして、このマイクロコズモ(Microcosm)において、自分たちが実現したいと願う世界を具現化することが、全世界での具現化につながるということが、2003年のカンファレンスにおける一貫した考え方であった。

2004年は、さらに一歩踏み込んで、マイクロコズモ(Microcosm)での変革から全体の変革を推進するためのコラボレーションのあり方をテーマに探求が行われたと考えられる。特に、多くの実例を通して、コラボレーションの目指す方向性や観点がカンファレンスの中で話し合われていたので、以下に紹介することにする。

3.1 Beyond its Own Boundary(自分自身の境界を越えて)

コラボレーションに関する内容として、コラボレーションを行うことによってどういう状態を目指すのかという、コラボレーションの方向性に関する話し合いが多く見受けられた。その際、キーワードとして挙げられていたのが、”Beyond Its Own Boundary”(自分自身の境界を越えて)であり、境界を越えたコラボレーションのあり方を考えるきっかけとして、以下のような事例が基調講演において紹介されていた。

グレイストン・ベーカリー(Greystone Bakery)社の事例

境界を越えたコラボレーションを行っている企業として、グレイストン・ベーカリー社CEOのジュリアス・ウォールズ・ジュニア氏らが、”Recipe for Success: Integrating Nonprofit and For-Profit Organizations to Uplift a Community”(成功のレシピ:コミュニティの向上に向けてノンプロフィットとプロフィットの組織を統合する)というタイトルで講演を行っていた。グレイストンは1982年の創業以来、ビジネスで着実に成長を続けている(2003年現在約500ミリオンドルの売上)だけではなく、同社が位置するNY州ブロンクスのコミュニティ向上への様々な貢献においても高い成果を上げてきた成功事例として、ここ最近フォーチュン誌やテレビなどでも取り上げられ、注目されている企業である。

講演に出席したのはウォールズCEOほか、3名であった。セッション構成としては、2代目CEOであるウォールズ氏が、創業時代からのグレイストンを、自身のビジネスポリシーと併せて語ったのち、シニア・バイス・プレジデントのデービッド・ローム氏が、同社のコアビジネスを中心とした独自の戦略モデルを紹介した。その後、現在CEOのエグゼクティブアシスタントを務めるウェンディ・パウエルさんとケースマネージャーの女性が、グレイストンのコミュニティ向上の取り組みについて、それぞれ同社で働くことになった経緯を交えて話した。

セッションの印象としては、企業としてビジネスの利益を上げながら、同時にコミュニティ向上においても高い貢献をしている事例として、まさにセッション・タイトルの「ノンプロフィットとフォープロフィットの統合」を示しているというメッセージ性の高いものであった。

講演の主な内容としては、下記のものであった。


グレイストンは1982年の創業以来、グルメレストランや有名ホテルにケーキなどを納めるベーカリーとして成長。大手顧客には、たとえばアイスクリームメーカーのベン・アンド・ジェリーなどが挙げられる。また、注文の中にはホワイトハウスへのバースデーケーキの納品などもある。
現在グレイストンの舵取りをするウォールズCEOは、グレイストンにはプロジェクトマネージャーとして入社。氏は、同社が位置するブロンクス育ちで、子供の頃、米政府の貧民層援助政策の一環である低所得者向けアパートに母親と兄弟の家族で住んでいた。その環境は劣悪であったが、もっと悪いことには、貧しい人々が政府援助を受けることにより、より依存的になり自活への熱意を失い、結果として貧しさから抜け出せないという悪循環に陥っているのではないかということを子供心に痛感したという。

現在、グレイストンは、社屋があるブロンクスでコミュニティ向上のために雇用促進をはじめとする様々なサポートを行って高い成果を上げているが、ウォールズCEOのそういった幼少時代の体験が、より具体的なプログラム推進へのエネルギーになっている。
たとえば、毎週水曜日にハイアリング・ディ(雇用の日)を設けて、空きポジションへの採用を行っているが、そこではストリートギャングやホームレス、シングルマザー、あるいはHIVポジティブといった様々な背景を抱えた人々に対して、分け隔てなく採用を行っている。その雇用形態も、パートタイム、アルバイトから、フルタイムまで多様であり、またマネージャーへの道も開かれている。

「働くこと」を通じてビジネスはもちろん、自分の能力を活かすということ、サポートし合うということを体験することが大事だという。また、ハウジングサービス、ヘルスケアサービスも行っているが、それは決して単なるチャリティではなく、プログラムに参加した人が、サービスを通じてサポートを得ることはもちろん、精神的にも経済的にも自律していくことを手助けすることを目指している。

次に、企画担当シニア・バイスプレジデントのデービッドローム氏より、グレイストンの戦略モデルが紹介された。それは、「コアビジネスであるベーカリー事業」「地域サポートを目的としたハウジングサービスやヘルスサービスを含むグレイストン・コミュニティへのサポート事業」「社員のコンピテンシーを高めるHRなどの様々なプログラム」、そして「職場での実践」の以上4つをコアとしている。
そして、その4つのコアをそれぞれ「ボディ」「ハート」「マインド」「スピリット」と位置付け、さらに中心には「セルフ」として、グレイストン・コミュニティ全体の戦略的方向性を、バランスをとりながら決定していく本社機能や投資部門・戦略部門を置き、これら全体を、マンダラに想を得たモデル「グレイストン・マンダラ」というフレームに統合している。

ウォールズCEOの解説によると、これは会社として特定の宗教に力点を置くことを意図したものではなく、様々な宗教的なバックグラウンドをもつ社員の誰もが、企業としても個人としてもより高い目的に沿ってより高い成果を上げることにフォーカスすることができるモデルとして紹介されていた。
また、ウォールズCEOが「60ミニッツ」という全米テレビ番組でのインタビューで、「グレイストンの考え方に、ダブルボトムラインという発想がある。1つはビジネス・ビジョン。これは売り上げや利益を上げるもの。もう1つはソーシャル・ビジョン。これはグレイストンに関わる人々が幸せであることを目指すもの。この2つが共に達成されることが重要と考える。」ということを話したのが印象的であった。

上述のグレイストン・ベーカリー社の事例に加えて、持続的な成長を続けるために地域コミュニティの成長に貢献しながら、ビジネスにおいても成功を収めているキャタピラー・ブラジル社の事例や、学校と家庭とのコラボレーションを地域コミュニティの中で推進しているデボラ・マイヤー氏の事例なども紹介されていた。

セントラル・パーク・イースト公立学校の事例

デボラ・マイヤー女史は、アメリカの教育実践家である。現在はボストンのミッションハイスクールの校長を務めている。ニューヨーク市イーストハーレムで3つの公立学校からなるセントラル・パーク・イースト公立学校を設立。
70年代当時、学校の意味が見失われ、特に同地域では7割の子供たちがドロップアウトするといった環境の中で、教師はもちろん、親たちとも密な連携をとりながら教育改革を行い、子供たちに希望をもたせることによって高い成果を上げたことで、北米の教育界では著名である。
(余談だが、1996年にアカデミー賞ドキュメンタリー部門に「スモール・ワンダーズ」としてノミネートされ、その後、メリル・ストリープ主演の長編映画「ミュージック・オブ・ザ・ハート」として有名になった音楽教師と子供たちの話は、このセントラル・パーク・イースト公立学校が舞台である)。

講演では、子供、学校、親というそれぞれがお互いに連携し合って子供たちをケアすること、子供たちが学校という環境の中でなるべく親以外の大人たちにもふれ、社会を学ぶ体験を重ねること、特にデモクラシー(民主主義)の基本を、お互いに考えを活発に議論し合うことで体験的に学んでいくことが、社会に貢献する本当の意味での成熟した大人になっていく上で重要であるということをメッセージとして伝えていた。

これらの事例からうかがえた点として、今回のカンファレンスでは特に企業の事例が多く紹介されていたことが挙げられる。2003年のカンファレンスでは、Department of Social Serviceやマサチューセッツ州のギャングやホームレスを更正するための団体であるROCAなど、公共機関、あるいはNPOといった、利益の追求からはかけ離れたところにある組織での事例が主であり、企業側からすると、ある種現実感のない内容になっていたところもある。

しかしながら、2004年のカンファレンスにおいては、グレイストン・ベーカリー社やキャタピラー・ブラジル社のように、実際に企業が地域とのコラボレーションによりビジネスとコミュニティの成長の両面から相乗的な成果を出し始めていることが紹介されていたのが特徴的であった。また、事例に挙げられていた企業では、自分たちが生き残るために、やむを得ず地域に貢献するといった関係でなく、地域に貢献し、共に成長していくということを自分たちのビジョン、ミッションとして心の底から願っている感があった。

セッション後の質疑応答や、ピーター・センゲのキーノートスピーチでの聴衆からの声としても「去年はNPOの事例だからなにか特別だと思ったが、今年また考えを新たにした」「我々もできることから、何かしなければ」「背中を押された」といった声があちこちで聞こえた。

「”境界を越えた”コラボレーション」という言葉を使うときに、これまでは自社が成長するために部署間のコラボレーションをどうするかとか、協力会社とのコラボレーションをどうするかといった尺度で語られることが多かったように思われる。
しかしながら、今回発表されていた事例などを見ると、売上げや利益を尺度とした成長を続けていくことが限界に近づいている今、自社のみならず、地域としていかに成長していくかといった新たな尺度のもとでの成長を促進するために、誰とどのようなコラボレーションをとっていくべきかといったことが模索されていると感じられた。

3.2 Awareness of Wholeness(全体性への気づき)

今回のクロージング基調講演は、例年と同様、ピーター・センゲ氏によって行われたが、その基調講演にはMIT教授のデニス・メドウ氏が招かれていた。
同氏は、ローマクラブの委嘱により、システムダイナミクスモデルを使って地球の有限性に関する研究を行い、その研究の成果を「Limits to Growth(成長の限界)」という書籍にまとめて発表し、世界に衝撃を与えたことで知られている。

ピーター・センゲ氏は、「カンファレンスの主催者から今年のテーマがコラボレーションであるということを聞いたときに、まず頭に浮かんだのがデニス・メドウ氏であった」と述べていた。
「成長の限界」を通じて、地球環境というより大きな全体に対する気づきを人々に与えてきたデニス・メドウ氏が基調講演に招かれたことや、他にもカンファレンスの中でWholeness(全体性)という言葉が盛んに使われていたことを考えると、コラボレーションに不可欠な観点として「Awareness of Wholeness(全体性への気づき)」というものがあることが考えられる。
ピーター・センゲ氏は、セッションの中で、『ナショナル・ジオグラフィック』という雑誌に発表された2枚の北極の写真を見せ、地球温暖化が進む前と後で氷河がいかに減少したかを参加者に考えさせた後に、カンファレンスにおける最後の質問として、次のような質問を投げかけていた。

What would it take to function at this same level of wholeness?(皆が今感じた全体性と同じレベルに機能するためには何が必要でしょうか?)。

3日間にわたって、カンファレンスの中では「コラボレーション」とは何かということについて探求してきたが、ピーター・センゲの最後の質問に、それらが集約されているように感じられる。それは、本当の意味でのコラボレーションというのは、単に表面的に協力し合うということではなく、お互いが関わり合う中で、より大きな全体に気づいていくプロセスのことを指しているように考えられる。

そのプロセスを経ることで、今回カンファレンスで紹介されたグレイストン・ベーカリー社、キャタピラー社、ユニリーバ社などの問題意識の高い一部の企業だけではなく、数千ものグレイストン・ベーカリー社のような企業や組織を生み出していこうというのがカンファレンス全体のメッセージとしてあったように感じられた。

私たちは人・組織・社会によりそいながらより良い社会を実現するための研究活動、人や企業文化の変革支援を行っています。

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