インサイトレポート

人・組織の成長を軸に考える、キャリア開発 〜ビバリー・ケイ博士のインタビューから〜

ヒューマンバリューでは、2020年8月29日に、『会話からはじまるキャリア開発〜成長を支援するか、辞めていくのを傍観するか(原題: Help Them Grow or Watch Them Go: Career Conversations Organizations Need and Employees Want)』を出版します。出版に先立って、同書の共著者の一人、ビバリー・ケイ博士(Dr. Beverly Kaye)にインタビューする機会を得ました。

本書で特に伝えたかったメッセージや、キャリア・カンバセーションを実践する中で大切なポイントなど、示唆に富んだお話を伺うことができましたので、ご紹介したいと思います。

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原書・訳書の表紙(参照:https://www.help-them-grow.com/wp-content/uploads/2018/12/htg-2nd-editon.jpg)

ビバリー・ケイ博士は、キャリア開発やエンゲージメントの大家であり、米国を中心とした多くの企業・組織のタレント開発に大きな影響を与えてこられました。世界最大の人材開発に関する国際会議ATD ICE(International Conference & Exposition)では、毎年レジェンド・スピーカーとして講演を行うなど、それらの功績が讃えられて、ATD Lifetime Achievement Awardsを受賞しています。

7月のある日、ビバリー・ケイ博士とオンライン上でお会いし、お話を伺う機会に恵まれました。当初は、今年デンバーで開催されるはずだったICEに参加する際、現地でのインタビューを依頼する予定でしたが、COVID-19の影響でカンファレンス自体が中止となり、このインタビューもオンラインで実施することになりました。

今回出版する『会話からはじまるキャリア開発〜成長を支援するか、辞めていくのを傍観するか』は、キャリア開発をテーマとして、メンバーの成長を支援するマネジャーに向けて書かれた本です。本書では、キャリア開発を「他者の成長を支援すること」と定義し、マネジャーがキャリア・カンバセーションを通して、メンバーの成長を支援することで、組織の成果の向上も実現できると説いています。

この本を出版した背景〜キャリア開発をシンプルに伝える〜

インタビューでは、まず、この本を出版することになった背景から伺ってみました。

『Help Them Grow or Watch Them Go』(日本語訳の原書)を初めて出版したときに抱いていた想いや背景を教えていただけますか?

1980年代から、大企業でキャリア開発についてのトレーニングを行ってきました。1982年に最初に書いた書籍は、私自身が博士課程で行った、キャリア開発に関する研究に基づいた内容でしたし、世界中でトレーナー養成も行ってきた経験もあります。

そうした経験を踏まえ、「キャリア開発の充実は従業員エンゲージメントの重要な要因である」と考えています。前著の『Love ‘em or Lose ‘em』(1999)を出版する際には、退職時のエグジット・インタビューの研究を中心的に行ったのですが、その中では「チャレンジできない」「新しい機会がない」「自分が退屈していることに、上司は気づいてすらいない」といったことが、メンバーの退職理由として多く挙げられていました。キャリア開発というのは、人が組織に残る、または去る大きな理由の1つだとわかったのです。本書は、「キャリア開発の基本的な考え方を、シンプルに伝えること」を目的としていました。複雑なものをシンプルに伝えることが私の仕事だと考えています。難しく感じるキャリア開発も、シンプルに伝えることができれば、マネジャーもより実践しやすくなると思います。

そうした想いから、この本では、
(1)メンバーの過去の振り返りから示唆を得る「これまでについて(Hindsight)」、
(2)組織や業界の未来から可能性を広げる「これからについて(Foresight)」、そして、
(3)そこから今後のキャリアの築き方や具体的なアクション、洞察を生み出していく「インサイト(Insight)」
の3つのステップを使って、シンプルにキャリア・カンバセーションの実践方法を伝えるようにしました。

キャリア・カンバセーションのあり方

この本は、マネジャー・メンバー間のキャリア・カンバセーションがテーマになっていますが、メンバーとの会話が重要だと感じていなかったり、得意でないマネジャーもいると思います。キャリア・カンバセーションとは、どういったものが理想的でしょうか?

カンバセーションは双方向であるべきだと思います。マネジャーがすべての仕事をする必要はありません。メンバーも目標や願望、アイデアを会話に持ち込むべきです。私たちは『Help Them Grow or Watch Them Go』の内容をもとにしたトレーニングを行っていますが、マネジャー向けとメンバー向けのもの、両方があります。マネジャーとメンバーは、親と子の関係ではなく、大人同士の関係性を築くことが大切です。

では、メンバーとしては、どんなことが大切になってくるでしょうか?

メンバー個人としては、5つのことを考える必要があると思います。次のようなことです。

1.自分自身について。自分は何に関心をもっているか
2.他者から自分はどう見えているか。自分のブランディング
3.将来について。短期と長期の両方
4.自分の目標や選択肢。常に複数の目標をもつことが大切
5.目標に到達するためのアクションやその準備

4は特に大切だと考えています。私が社会人になって初めて働いたのは大学でしたが、その当時、多くの大学生は将来のプランを1つしかもっておらず、そのプランが思い通りにいかなかったときにはどうするかということを考えていないことに気がつきました。以来、1つのキャリア・ゴールに固執するのではなく、その時々の状況や変化を捉えて柔軟にキャリアを築いていくことが重要だと考えるようになりました。現在のように変化が激しい時代に生きる私たちにとっては、なおさらだと思います。

マネジャーとメンバーが、キャリア・カンバセーションを行うとき、どんなことがポイントになってくるでしょうか?

カンバセーションの問いは、シンプルであればあるほどよいと思います。「先週あった一番良かったことは何ですか?」「何が一番楽しめましたか?」「先延ばしにしてしまったことは何ですか?」といったようなものがよいでしょう。シンプルな問いほど、メンバーのことを知ることができるのです。メンバーの関心があるもの・ないものがわかると、マネジャー・メンバー間の関係性の構築に役立ちます。

そして、メンバーが上記で挙げた5つのポイントについての答えを見出し、またマネジャーがそれを支援するために、私たちは学び続ける必要があります。学び続けることで私たちはいつも健康でいられるのです。

「キャリア開発」の現在地と未来

初版が発行されてから7年後、2019年に同書の第2版が出版されました(日本語版は、第2版を翻訳しています)。そこで、この7年に起きた変化や最近のキャリア開発、人材開発をどう捉えているかについても伺ってみました。

第2版を出版するにあたって、修正・追加された箇所がありましたが、初版から7年経ち、どんなことを伝えたかったのでしょうか?

初版が出来たときはパーフェクトだと思って出版しましたので、追加・修正するのは本当に大変でした。しかし、初版を書いてから7年間の間、物事は常に変化し続けています。その変化を第2版にも反映したいと思いました。

その変化の1つとして、さまざまなタイプの従業員の存在が挙げられます。フルタイムで働く人だけでなく、パートタイマーなど契約形態の違う人、リモートで働いている人など、組織の中には多様な従業員が存在しています。そういった人をどうしたら育成できるのかということです。

もう1つ明らかにしたかったのは、「マネジャーの仕事は今も変わらず重要である」ということです。メンバーのキャリア計画をしっかりと立ててあげることがマネジャーの仕事ではありません。問いを投げかけ、真摯に耳を傾け、そしてメンバー自身が答えを見つけることを支援することに本質があると思います。

パンデミックの後、働き方や組織のあり方が変わると思いますが、キャリア開発はどのように変わっていくのでしょうか?

キャリアの歩み方はより自由になっていくと思います。Zoomなどのオンラインツールがたくさんの選択肢を提供してくれるようになりました。また、副業のようなことも、もっと広がると思います。しかし、パンデミックに関係なく、自分が関心のあるものにエネルギーをもち続けることが大切だと思います。私は早い段階で、キャリア開発という、今もワクワクし続けられるテーマに出会うことができ、とてもラッキーでした。

そして、インタビューの最後には、こんな問いを投げかけてみました。

ケイ博士にとってのキャリア開発とは何でしょうか?

いつか辞書で「キャリア開発」を調べてみると、「生涯成長すること(Progress through life)」と書いてあり、面白い定義だと思いました。意識しているかどうかは別として、私たちは常に成長し続けているのです。ただ、それについて話せるパートナーが必要なだけなのです。「Life Development」なしでは、「Career Development」は成立しません。ライフが変われば、キャリアの選択肢も変わる。互いにつながり合っているものだからです。

そういったことは、学校を卒業したときにわかるものではありません。何かを専攻して、「自分の専門はこれだ!」と思っていても、社会人になるとそうはいかないものですよね。私自身も、大学では幼児教育を専攻していましたが、社会人になって初めて、子どもが苦手だと気がついたんですから。誰かに選んでもらうのではなく、自分自身がつながりを感じられるキャリアを選び取っていくことが大切だと思います。

ビバリー・ケイ博士にインタビューをしての感想

ビバリーさんと実際にお話するのは初めてでしたが、インタビューが始まったときから、イメージ通りの非常にポジティブなお人柄で、私たちも元気にしてくれるような方でした。また、インタビュアーである私たちにも質問を投げかけたり、関心をもってくださり、人としての温かさを感じました。

米国で始まったパフォーマンス・マネジメント革新の動きが盛んになり、日本の企業にもさまざまな研究や実践が広がってきています。こうしたトレンドは、狭義の人事評価制度の革新にとどまらず、日々のマネジメントの在り方にも変化が及んでいます。具体的には、マネジャー・メンバー間で短く、頻繁なカンバセーションを行うことや、互いにフィードバックを送り合うことは、まさに日常の仕事の仕方やコミュケーションの在り方の変化といえるのではないでしょうか。

そうした中、「キャリア開発」というと、「自分の強みを生かせる仕事は何か?」「どんな専門性を身につければよいか?」といったことに目を向けがちですが、本書『会話からはじまるキャリア開発(Help Them Grow〜)』で描かれている実践的なキャリア・カンバセーションや今回伺ったお話からは、キャリア開発という言葉から一般的に想像するもの以上に、日々のマネジメントの在り方、人の成長の在り方について考えさせてくれるように思います。

特に、最後に教えてくださった、「Career Development はLife Development」という言葉がとても印象に残りました。人生を歩む中で、人は変化し続け、その変化の連続のことを「成長」と呼んだり、「キャリア開発」と呼ぶこともできるのだと思います。人生には良い時期もあれば、困難な時期もありますが、そうした時期にもたくさんの学びを得て、自らの成長を支えてくれるのではないでしょうか。

本書では、マネジャーの視点から「キャリア開発は他者の成長を支援すること。それ以上でも以下でもない」と書かれています。マネジャーが答えを提供するのではなく、メンバーの声に耳を傾け、一人ひとりをよく知り、それぞれのLife Developmentを支援することが、組織全体のエンゲージメントを高め、成果へとつながる。それが、これからのマネジャー像であり、組織の在り方なのかもしれません。そして、人・組織に関わる私たち自身も、人々のLife Developmentを支援する役割を担っているのだと感じました。

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