インサイトレポート

今こそ必要な「アプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)」の哲学とアプローチ

株式会社ヒューマンバリュー 代表取締役社長 兼清俊光​

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VUCA Worldの中で大切にしたいこと

未来と未来までの道筋を予測(フォーキャスティング)し、取り巻く世界や自分たちをコントロールしようとする世界観はこの数年でことごとく瓦解しています。
1990年代後半に生まれた言葉で、当時は変化の激しい一部の状況にのみ用いられていたVUCA World※1という表現も、いまや日常的に用いられるようになりました。まさに私たちの住む世界そのものがVUCA Worldになっているのです。
未来が予測できない今、状況をコントロールしようとすればするほど、変化に翻弄されてしまいます。自分たちが実現したい未来を生み出し、その実現に向けてバックキャスティングし、自らを変容し続けない限り、変化への適応や変化を機会にすることはできません。換言すれば、変わりゆく状況の中で、自分たちのチームとしてのあり方や存在意味(パーパス)を進化させ続けることができるチームや組織こそが、未来をひらいていくことができるといえます。
そして個人ではなく、チームや組織といった集団において自分たちで実現したい未来を共創するプロセスを通して、チームや組織の関係性や自分たちの存在意味(パーパス)の進化を生むことができます。
パンデミックの影響によって人々の関係が脆くなっているいま、これまでの境界を超えて真に豊かな関係性を育むことと、自分たちの存在意味(パーパス)をあらためて進化させることの重要性がまさに必要とされているように感じます。
アプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)※2は、そのニーズに応える集合的な経験を人々にもたらすことができる、実践的な手法なのです。

※1 VUCAとは、・Volatility(不安定) ・Uncertainty(不確実) ・Complexity(複雑性) ・Ambiguity(曖昧性)の頭文字を並べた頭字語。1990年代後半にアメリカ合衆国で軍事用語として発生したが、2010年代になってビジネスでも使われるようになった。
※2 アプリシエイティブ・インクワイアリーとは、問いや探求(インクワイアリー)により、個人の価値や強み、組織全体の真価を発見し認め(アプリシエイティブ)、それらの価値の可能性を最大限に生かした、最も効果的で能力を高く発揮する仕組みを生み出すプロセスです。https://www.humanvalue.co.jp/keywords/ai/

国連グローバル・コンパクトの始まりもアプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)

「国連グローバル・コンパクト※3」は、15,478の企業、世界165カ国が参加し、89,470のパブリック・レポートが公開されている世界最大のコーポレート・サスティナビリティ・イニシアティブです。このイニシティブは、2004年6月24日に初めて開催された「グローバル・コンパクト・リーダーズ・サミット」に世界253社の民間企業が参加したことにより、力強いスタートを切りました。
このグローバル・コンパクト・リーダーズ・サミットで革新的かつ創造的な思考を目的に用いられたのが、アプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)です。ワークシートを活用し、主要な課題領域についての参加者同士の1対1の対話やラウンドテーブルの話し合いを実施するというアプローチによって、グローバル・コンパクト・リーダーズ・サミットからさまざまな洞察、提言、行動へのコミットメントが生み出されました。AIを実践することによって、サミットがワーキング・カンファレンスとなったのです。
この国連グローバル・コンパクトは、創設当初から、ボランタリーであること、自発的であることが強調されてきました。これは「リーダー」と「学習者」のイニシアティブ(自発的取り組み)だからです。
2004年に開催され、現在まで継続しているグローバル・コンパクト・リーダーズ・サミットも、その最初の開催は国連からの歳出ではなくアナン事務総長が自費を投じて始まり、会場費を抑えるために国連の食堂でオープニング・ダイアログやラウンドテーブルの話し合いが行われ、そこにビル・ゲイツをはじめ多くのグローバルカンパニー(Global 500企業のうち63社)のCEO、上級管理職、取締役も自発的に参加し、ボランタリーで開催されました。
自発的な対話や取り組みから大きな変化を生み出そうとするこの取り組みは、まさにAIの哲学を体現したプロセスともいえます。

食堂でのラウンドテーブルの話し合い

※3 国連グローバル・コンパクト:https://www.unglobalcompact.org/
The Global Compact Leaders Summit 2004 – Final Report:https://www.unglobalcompact.org/library/255
2022年6月2日〜3日にUN GLOBAL COMPACT LEADERS SUMMITがバーチャル・イベントで開催予定: https://events.unglobalcompact.org/leaderssummit22/1866601

アプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)の哲学

では、アプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)の哲学とはどういうものでしょう。それは、8つの原理(プリンシプル)※4として表されています。それぞれの原理を紹介しながら、AIの本質を考えていきましょう。

1.構成主義の原理

「言葉が世界を創造する」
• わたしたちが認知している「現実」とは、客観と主観が混在した状態である
• 言葉や会話を通して、意味・現実・知識が社会的につくり上げられる

2.同時性の原理

「インクワイアリー(問いを立てること)が変化を起こす」
• インクワイアリーは、介入である
• 質問を発した瞬間に、変化が生まれはじめる

3.詩的隠喩の原理

「私たちは何を検討するかを選ぶことができる」
• 組織とは、開かれた本のように、学習、インスピレーション、解釈の終わりなき源である
• 何を選び検討するかが、わたしたちの知る世界に違いをもたらす。またそれは、わたしたちの知る世界を表現し、時にはそれを創り上げることさえもできる

4.予期成就の原理

「イメージがアクションを刺激する」
• ヒューマンシステムは、自らがイメージする未来へと進んでいく
• 未来のイメージがポジティブで希望にあふれていればいるほどに、現在のアクションをポジティブなものとさせる

5.ポジティブ性の原理

「ポジティブな質問は、ポジティブ・チェンジを導く」
• 大規模な変化を起こすモーメンタム(推進力)は、多くのポジティブな感情と、社会的つながりを必要とする
• このモーメンタム(推進力)は、ポジティブ・コアを拡大するポジティブな質問によって、最もよい形で生成される

6.全体性の原理

「全体性は、最善のものを引き出す」
• 全体性は、人、また組織の最善を引き出す
• 大規模なフォーラムにて関係ある人々が一堂に会することで、創造性が刺激され、集合的な能力が発揮される

7.体現の原理

「望む変化のように行動することが、自己実現を可能にする」
• 本当に変化を起こすためには、私たちが「望む変化そのもの」にならなければならない
• 変化を起こすプロセスそのものが、理想的な未来を体現するモデルである時にポジティブ・チェンジは実現される

8.選択自由の原理

「自由な選択がパワーを解き放つ」
• 人々は、どのように、また何に貢献するかを選択する自由があると、より良い行動を取り、よりコミットする
• 自由な選択は、組織の卓越性とポジティブ・チェンジを誘発する

オンラインといった非対面のコミュニケーションが常態化した中で、これら8つの原理が適用された場とプロセスを集合的に経験することによって、個人と組織の未来がひらかれていくのです。

※4 出典:ダイアナ・ホイットニー、アマンダ・トロステンブルーム共著『ポジティブ・チェンジ~主体性と組織力を高めるAI~』ヒューマンバリュー出版

アプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)の場とプロセス

アプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)の場とプロセスには、固有の特徴があります。

・完全に肯定的である

アプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)のプロセスは完全に肯定的なものです。組織の成功体験を踏まえて、表現され、実現されるべき未来のポジティブな可能性を誘発します。私たちが慣れ親しんできた変化を誘発するアプローチの多くは、問題解決型アプローチと呼ばれるものです。失敗の根本原因、ギャップ、障壁、戦略上の脅威、変化への抵抗圧力などを分析するものが、それらです。アプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)の場とプロセスは、組織の過去・現在・未来における最善の状態に焦点を当て、ポジティブ・アプローチ※5と言われるものになります。

アプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)を開発したケース・ウエスタン・リザーブ大学(Case Western Reserve University)のデービッド・クーパーライダー教授(David L.Cooperrider)とタオス・インスティチュート(Taos Institute)のダイアナ・ホイットニー氏(Diana Whitney)は、「大抵の場合、組織は可能性よりも問題点に焦点を当てることが習慣となっており、それがポジティブな可能性をよく知って活かすことの障害となっており、その結果組織能力が低下していくのだ」と述べています。

4―Dサイクル

アプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)は4―Dサイクルと呼ばれるプロセスを歩みます。

Discovery(発見):いまあるものをアプリシエイトする

「個人と組織の本当の強みや価値を発見する」
• 人や組織が潜在的にもっている真価についての1対1のインタビューを行う
• 人や組織が最も良い状態のときに、何が生命を吹き込んでいるかについて、探求する

Dream(夢):どうなれるかを想像する

「変革に向けて、組織の最高の可能性を自由に想像する」
• Discovery(発見)のインタビューを通して見つけたストーリーを共有し、組織が最も生かされている未来を描く

Design(デザイン):どうあるべきかを決定する

「達成したい状態を共有し、記述する」
• より良い未来や目的などに向かって可能性を最大限に活かした組織の姿をデザインする

Destiny(運命):どうなるかをつくりだす

「達成に向けて、持続的に取り組む」
• 実際のアクションプランへと導く
ダイアナ・ホイットニー氏(Diana Whitney)は、その著『ポジティブ・チェンジ~主体性と組織力を高めるAI~』の中で、4―Dサイクルについて以下のように述べています。

4―Dサイクルは、「ヒューマン・システム、個人、チーム、組織、コミュニティは成長し、自らが検討するものごとの方向へと変化していく」という考え方に基づいています。アプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)は、組織の意識を組織のもっともポジティブな可能性であるポジティブ・コア(positive core:ポジティブな源)に焦点を当てて、組織の意識がそこに向かうようにします。そして、このポジティブ・コアのエネルギーを解き放つことにより、変革や継続的な成功がもたらされます。

※5 AIの創始者の1人であるダイアナ・ホイットニー氏は、ポジティブ・サイコロジー(ポジティブ心理学)の「肯定的な思考がモチベーションとエネルギーを高め、より良い結果を生み出す(マーティン・セリグマンMartin E.P. Seligman等)」といった考えに基づいたアプローチを提唱しています。ヒューマンバリューではそうしたアプローチを総称して「ポジティブ・アプローチ」と呼んでいます。

今こそ必要なアプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)

オンラインといった非対面のコミュニケーションが常態化した中で、身体的な動きを伴いながら五感をフルに活かして、自分自身や自分たちに内在しているポジティブな源を集合的に自覚する、そこから実現したい未来を共創し、これまでにはなかった新たな一歩を個人と集団が生み出していく、そのような身体に埋め込まれる共体験の場とプロセスを実施することで、これから続く先を見通せない霧中においても未来を信じて歩み続ける力が個人と集団に宿されるように思います。
私たちがサポートさせていただいているクライアントでも、新たな取り組みや変革のスタートでは、アプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)の哲学と場とプロセスを適用した対面セッションを、あえて対面の場で実施する機会が増えています。参加者全員が陰性確認をした上で集い、当日も感染対策を施しながら、丁寧に対話の場をデザインする、そこにかけるエネルギーの源には、常態となった非対面のコミュニケーションを支えるためにも、アプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)の哲学と場とプロセスの必要性が高まっているからではないかと感じています。

※ ヒューマンバリューでは、これまで研究・コンサルティング活動で獲得したナレッジ・メソドロジーを公開し、人や組織の変化に携わる人々を対象としたプラクティショナー養成コースを開催しています。
https://www.humanvalue.co.jp/wwd/practitoner/

※ 本インサイトレポートの主題である「AI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)プラクティショナー養成コース」の概要はこちらから確認できます。
https://www.humanvalue.co.jp/keywords/ai2022/

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