第1章:Eラーニングの現状と今後の展望
関連するキーワード
第1章:Eラーニングの現状と今後の展望
はじめに
Eラーニングという言葉が広まってまだ2年しか経っていないが、Eラーニングが企業内研修に与えている影響には甚大なものがある。多くの企業内人材開発を担当する方や、製品教育を担当する方、また人材の育成に強い関心をお持ちの経営者は、Eラーニングを自社にどのように取り込んだらよいのか、または現状を改善する方向性についてお考えなのではないかと思う。「Eラーニングとは何か」、「何をEラーニングで学ぶのが良いのか」、「Eラーニングを導入する時には何に注意したらよいのだろうか」、こういった疑問をお答えするために、本特集では、Eラーニングの概要とその留意点、インストラクショナル・デザインのあり方、Eラーニングの学習環境をどのように整えたらよいのか、またEラーニングで使われる用語などのポイントを分かりやすく、なおかつ実務的にご紹介したい。
私どもの会社では、2年前からEラーニングについての調査を行ってきた。米国で行われているEラーニングに関わる主たるカンファレンスと国内で行われたカンファレンスやシンポジウム、セミナーにあらかた参加するとともに、Eラーニングを開発している企業や実際にEラーニングを導入している企業の方々とこの 1年間2週間に1回ずつEラーニング研究会を実施して研究活動を続けてきた。今回の特集はそういった成果を分かりやすくまとめたつもりである。
インストラクショナル・デザインの重要性
当然ではあるが、Eラーニングは導入すればそれで効果があがるというものではない。昔に紙や活字や印刷機といった発明が文化のあり方を変え、誰でも安価に本を手に入れることができるようになった。
しかし、そこで大事なのは本の内容であり、その内容が人々に感動を与えたり、知識を広めたりしたわけである。Eラーニングも新しい電子的なテクノロジーを利用して学習する手段やツールを提供するが、そこで大事なのは内容である。
受講者がEラーニングによって何を学習するのか、どのようなプロセスを通して受講者が学習体験をしていくのかが問題である。そこで、Eラーニングをきちんと構築するインストラクショナル・デザインという考え方が重要になる。Eラーニングを作成する際には、テーマだけを与えて、印刷業者に印刷を発注するようなやり方をしないようにしたい。
Eラーニングで扱いづらいソフトスキル
組織内で教育を行いたいテーマには、マニュアルに書き表せるような知識や、ドリル形式で学習できるスキルといったものがある反面、リーダーシップや対人コミュニケーションスキルや価値観・態度姿勢といったマニュアルを読んでも獲得できないものもある。こういったテーマをハードスキルとソフトスキルといった分け方で識別する方法が一般的に行われている。これを学習理論で整理すると客観主義の学習モデルと社会的構成主義の学習モデルに分けることができる。マニュアルに表現できるようなものは客観主義の学習モデルで扱え、これはEラーニングで効率的に学習ができる。そしてそのプロセスやプロシージャーというものは、Eラーニングの開発に携る方々の尽力でかなり整備されていると思う。
しかし、ソフトスキルつまり社会的構成主義の学習モデルが要求されるテーマに関しては、Eラーニングで学習するにはまだ方法論が明確になっていない。いくつかのユニークな試みを行っているシミュレーション型のソフトもリリースはされているが、更なる研究が待たれるところだろう。本特集では、こういった学習モデルの紹介も行っているので参考にされたい。
マニュアル的なものと気づきの必要なものとの切り分け
Eラーニングは当然ながら万能ではないので、人材開発全体を俯瞰してどの部分をEラーニングで行い、どこを集合研修やコーチングで行うのかを戦略的に位置付けをすることが必要であろう。例えば、ソフトスキルなどの人との相互作用や協働作業(コラボレーション)によって習得するものや気づきが必要なテーマは集合研修で行う。それ以外の読めば分かるものや聞けば分かるものはEラーニングやビデオ教材で行い、そういった知識や情報を付与すためにわざわざ人を集めないようにする。このように社会的構成主義的な学習と客観主義的な学習とを明確に切り分けていくことである。
Eラーニングを囲む学習環境の必要性
受講者からみると、様々なテーマやスキルを習得していくプロセスで、それにあった学習手段で体験を積んでいくことになる。こういったプロセスに学習手段を複合化することをブレンデットラーニングという。ではどのように学習手段をEラーニングを活用しながら組んでいくのかにアイデアと理論が必要になるが、その考え方も本特集で紹介した。
また、Eラーニングや集合研修を単体で行っても、受講者が学習した内容を実際に実行してくれる率は、著しく低い傾向がある。研修で100%理解したことを、実際に使ってみる率は16%から30%といわれている。さらにそれを継続して活用し、改善を加えたり、深めていく率はもっと低く、いわんや組織内に水平展開をしてくれることは期待薄である。そこで、研修以外の場で学習が進むような環境作りが注目されている。
知識や情報、感想が組織のメンバーを還流するような仕組みをつくることによって、継続的な取り組みとあらたな知識が生み出されるようにし、メンバーのやる気を高めていこうというものである。こういった仕組みをつくるのにITが欠かせない。Eラーニングを展開するには、そういた環境づくりも一緒に考えていく必要がある。
低コストのEラーニングへの模索
そして、これらを実現するためにいかに安価に素早くコンテンツを作り出すのかということが重要である。米国の場合は、Eラーニングのコンテンツを作成しても、英語圏にはすべて活用できるので相対的に1人あたりのコストが安くなる。
しかし、日本は受講者数が少ないので1人あたりのコストが高くなりがちである。そこで一般的なものは、汎用コンテンツを活用し、自社独自の内容のものを作成する際には、必要以上には凝らずに、すぐに作りなおせる態勢で臨むようにした方が効果的だろう。以上のようなポイントを後章に解説したので、自社のEラーニングの見直しや導入の参考にしていただきたい。
「企業と人材」(産労総合研究所)2002年11月20日号「成功するEラーニングーその理論と導入・活用のポイント」より抜粋