第4章:Eラーニングを立ち上げるために
Eラーニングは、たとえ効果が高いとわかっていても、集合研修や通信教育と違って、専門用語も多く、まだ自身で取り組むには敷居が高いと感じている人も多いだろう。その結果として導入をあきらめる、あるいは業者に丸投げしてしまうということにもなりかねない。そこでこの章では、実際にEラーニングを導入するにあたって、考慮すべき視点を紹介することで、人事・育成担当者が、比較的簡単にEラーニングを立ち上げるノウハウを得てもらえればと思う。具体的には、コンテンツの制作・購入から、受講者にコンテンツをどう配信するかまでを専門用語の解説も含めながら紹介する。
関連するキーワード
第4章:Eラーニングを立ち上げるために
コンテンツの制作・購入
受講者が学習する内容が決定したら、実際にその中味をコンテンツ化する段階に入る。それではコンテンツを得るにはどのような形態があるだろうか?一般的には以下のような形が取られる。
1.自社で内制する。
2.コンテンツ制作ベンダーに外注する。
3.汎用コンテンツを購入する。
まずここでは、特に1.の自社で内制する場合のポイントを中心に紹介する。
コンテンツを自社で内制する
コンテンツを制作する際には、コンテンツの素材となる、テキストやグラフィックス、オーディオ、ビデオ、アニメーションなどを作成し、それを学習目標を最も達成しやすいような形に編集する作業が必要となる。この一連の編集プロセスを「オーサリング」と呼ぶ。自社でコンテンツを内制するときは、このオーサリングの作業を自社で行うことになる。そこで、オーサリングを行うポイントとして、何を用いて編集するのか(オーサリングツール)、誰が編集するのか(コンテンツ制作チーム)について、それぞれ解説する。
何を用いて編集するのか:オーサリングツールの紹介
以前はデジタルコンテンツの制作は専門知識を持ったプログラマーが行っていたが、現在ではプログラミングの知識がなくても簡単に操作できるオーサリングツールが多数存在するため、誰でも簡単にEラーニングの教材を作ることができる。日本で販売されている数あるオーサリングソフトの中で、Eラーニング制作用として代表的なものは、ToolBookとAuthorwareが挙げられる。以下にそれぞれの特徴を簡単に紹介する。
・ToolBook
ToolBookは、米国に本社を置くクリック・トゥー・ラーン株式会社から発売されており、Eラーニングコンテンツ制作用オーサリングソフトの中でも操作が非常に簡単で、習得に特別に時間を要さないことが大きな特徴として挙げられる。
具体的には、企業のトレーニングや学校の教材作成に適したテンプレートを標準で配備しており、そのテンプレート上でコンテンツを1枚1枚パワーポイントのように作成できる。またカタログオブジェクトと呼ばれる機能は、クイズの選択肢や得点のスコアリング、解答のフィードバックなど、教材を作成する際に必要なアイテムを豊富に有しており、それらのアイテムを画面上にドラッグ&ドロップし、ウィザード形式の質問に答えていくだけで教材が作成できるようになっている。その他にも作成したコンテンツを実際に受講者が見る際に通常必要なプラグインソフトがいらないため、コンテンツの配信にかかる労力が少なくてすむことが挙げられる。
現在、ToolBook ASSISTANTと、ToolBook INSTRUCTORの2種類が発売中である。後者はアクションエディタ機能など、前者よりも高度な機能を有しており、ビギナーから熟練者まで扱えるようになっている。 なお、クリック・トゥー・ラーン社のホームページによると価格はToolBook ASSISTANTが定価248,000円、ToolBook INSTRUCTORが定価368,000円となっている。
・Authorware
米国に本社を置くマクロメディアから発売されているAuthorwareも、ToolBookと同様、Eラーニングコンテンツ制作用オーサリングソフトとして広いシェアを誇っている。ページの中味を1枚1枚作成していくToolBookに対して、Authorwareはフローラインと呼ばれる線上に、様々な機能を有するアイコンをドラッグ&ドロップしていくことで、インタラクティブなコンテンツの構造を設計していけるようになっている。
主な特徴としては、上述の要領で作成したコンテンツの構造(クイズの形式や解説の流れなど)を、ナレッジオブジェクトと呼ばれる機能に登録しておくことで、独自の学習構造テンプレートを作成できることなどが挙げられる。高度な動きやインタラクションを設計できる分、若干操作法は複雑で習得するには多少の時間を有するが、適切なトレーニングを受ければ、プログラミングの知識のない人でも、インタラクティブなコンテンツを自由に作成できる。価格は20万~30万程度に設定されている。
・その他
上述した2つのコンテンツの他にも、様々なオーサリングソフトがリリースされている。
最近特に注目されているのは、ビデオ画像・音声とパワーポイントのスライドを同期させることができるタイプのオーサリングソフトが挙げられる。このタイプのオーサリングソフトを活用すれば、セミナーにおける講師の画像を録画し、それとパワーポイントのスライドを組み合わせて編集するだけで、いつでも受講可能なEラーニングのコンテンツが作成できる。操作法は数時間もあれば十分習得でき、その簡易さから今後大きく普及が見込まれるものと考えられる。活用場面としては、セミナー形式で行われるトレーニングのEラーニングコンテンツ化、経営陣などから社員へ向けてのメッセージ発信、社員からのノウハウ・情報発信を行うナレッジマネジメントのツール、といったものが挙げられる。
このタイプのオーサリングソフトとして、代表的なものは、マイクロソフトプロデューサー(マイクロソフト)、Author PQR(クリック・トゥー・ラーン)などが挙げられる。また同様のタイプで日立マイクロソフトウェアシステムズから発売されている、EZプレゼンテーターでは、専用のコンピューターに保存したパワーポイントでプレゼンテーションを行えば、講師を録画したビデオとスライドの同期が自動的に取られ、セミナー終了後には編集を一切することなくコンテンツが自動作成できる仕組みになっており、さらにコンテンツ作成スピードが高まるといえる。
誰が編集するのか:コンテンツ制作チーム
Eラーニング先進国である米国においては、コンテンツを制作する専門のチームを有する企業が多いようである。そのチームには、SME (Subject Matter Expert)、インストラクショナル・デザイナー、グラフィック・アーティスト、プログラマー、クオリティ・コントローラー、プロジェクト・マネージャーなど様々な役割が存在し、それぞれが、自分が専門とする領域において、コンテンツ制作プロセスに寄与している。しかしながら、日本においてはここまで明確に役割分担され、組織化されたチームを作るのは難しく、ある程度いくつかの役割を兼任して制作を進めるのが現実的であるといえる。
ここでは、これらの役割のうち、特に重要と考えられるものについて紹介するとともに、企業の人事・育成担当者がオーサリングのプロセスにおいてどのような役割を求められているかについて解説する。
SME、インストラクショナル・デザイナー、オーサリングプログラマーによる協働
「SME (Subject Matter Expert)」とは、その名の通り、作成するコンテンツの内容に関してプロフェッショナルな知識を持つ専門家のことを指す。コンテンツの中味に関する適切な情報を提供するSME は、コンテンツ制作チームにおいてコアな役割を担っている。
「インストラクショナル・デザイナー」とは、第3章で紹介したインストラクショナル・デザインを行う学習の専門家のことを指す。(詳しくは第3章「効果的なEラーニングを実現するための観点」を参照のこと)具体的には、受講者から得たニーズをSMEに正確に伝え、SMEより提供されたコンテンツの中味を学習理論にのっとって適切な学習構造に落とし込み、次に紹介するオーサリングプログラマーとともにその学習アクティビティをデジタルコンテンツに翻訳していく役割を担う。また、「オーサリングプログラマー」とは、コンテンツの素材となるテキスト、画像、アニメーションなどを、オーサリングツールを駆使して編集・プログラミングし、実際のコンテンツを作成していく役割を担う。
コンテンツを制作するプロセスにおいてはこの三者の協働が重要となってくる。その中でも、人事・育成担当者は特にインストラクショナル・デザイナーとしての役割が求められる。しかしながら、インストラクショナル・デザインの考え方がまだあまり浸透していない日本において、現在社内コンテンツを作成している企業の中には、教育のバックグラウンドに乏しい SMEの方々が独自のやり方でコンテンツの学習構造を作りこみ、学習理論を考慮しないでそのままオーサリングを行っている場合が少なくない。
その結果、せっかく作ったコンテンツが受講者のニーズに合っていない、ターゲットに設定した学習目標が達成できない、あるいは各コンテンツの質がばらばらであるといったことが実際に起きているのが現状である。そこで、人事・育成担当者は、学習のプロとしてコンテンツ制作プロセスに参加し、インストラクショナル・デザインの考え方に即した適切なアドバイスを随時行い、SMEの方々と協働でコンテンツの学習構造を設計していくことが必要となってくる。そのためには、人事・育成担当者は今まで以上に「学習とは何なのか」について学習することが求められてくる。
また、同様にインストラクショナル・デザイナーは、どのような学習アクティビティが実際のEラーニングのコンテンツ上で可能となるかを考慮しておく必要がある。例えば、ある学習目標を達成するためには、シミュレーションを行うことが学習理論からは最適であったとする。しかし実際にコンテンツを作るオーサリングツールがシミュレーションのような高度なものを作成できないのであれば絵に描いた餅で終わってしまう。また、経営者教育の一環として、動画配信で直接経営者のメッセージを受講者に伝えようとしても、社内ネットワークが動画一斉配信の負荷に耐えられなければ、受講者は非常に動きの遅い画面を見るはめになる。
ただし、そのような知識をインストラクショナル・デザイナーが全てカバーすることは現実には不可能である。そこで、インストラクショナル・デザイナーは、オーサリングプログラマーや企業のIT部門と綿密にコミュニケーションをとりながら、常にどのような学習アクティビティが選択肢として可能であるかを考慮して、コンテンツを制作していくことが求められてくる。
ここまで書いてきたように、インストラクショナル・デザイナーとしての人事・育成担当者には、非常に広範囲な役割が求められてくる。SMEから情報を収集し、学習構造を設計し、オーサリングプログラマーとともにコンテンツを実際に作りこんでいくという一連のプロセスのファシリテーションを行うことが必然となってくる。その意味では、今後、人事・育成担当者はコンテンツ制作におけるキープレイヤーとなるだろう。
効果的にコンテンツ・ラインナップを揃えるために
ここまで社内でコンテンツを内制するプロセスについて述べてきた。Eラーニングを成功させるためには、その他にも外注や汎用コンテンツを利用するなどして、効果的にコンテンツの数を増やし、受講者をひきつけなければいけない。実際にEラーニングが日本でなかなか普及しない1つの大きな原因として、慢性的なコンテンツ不足が挙げられている。そこで、ここでは効果的にコンテンツ・ラインナップを揃えていくための視点・ノウハウを提供していきたいと思う。
二極化するコンテンツ
現在米国においては、コンテンツは二極化の方向に向かっているといわれている。以下に示した2つの方向性を捉えることが、コンテンツ・ラインナップを揃えるための第1歩である。
1.簡単に作れるが、クオリティの低いコンテンツ
まず1つ目の方向性としては、簡単に、早く、安く作れるが、クオリティの低いコンテンツを作成することが挙げられる。
コンテンツ化する知識の中には、変化の激しいビジネス環境の中で日々情報が進化し、すぐに陳腐化してしまうものも多い。具体的には、変化の激しい業界における商品知識やIT技術知識などライフサイクルの短いものが挙げられる。こういった知識を扱うコンテンツは質よりもいかに早く、効率的に作成・アップロードを行い、受講者が素早くそれらの知識を得る体制を整えることができるかが課題となる。
このような課題を解決する策として考えられるものとしては、まずコンテンツのテンプレートを作成しておくことが挙げられる。学習を行う流れのパターン(解説の手順やクイズの形式など)をあらかじめいくつか決めておき、それをテンプレート化しておけば、新しくコンテンツ化する必要がある知識を、そのままそのテンプレートに流し込むだけでコンテンツが作成でき、スピードアップにつながる。ただし、この時注意すべきことは、活用するテンプレートに適切な学習理論(詳しくは第3章を参照のこと)を反映させる必要があるということだ。このようなコンテンツで扱う知識は、客観主義的な知識、つまり「暗記する」、「正確に理解する」、「応用する」といった学習目標を持つ場合が多い。それらの学習目標が効率的に達成されるような学習構造をデザインしたテンプレートを活用することで、更新した知識がより効率的に受講者に伝わることになる。
また、RLO (Reusable Learning Object:リユーザブル・ラーニング・オブジェクト)の考え方を活用すると、さらに効率的にコンテンツを作成できるようになる。Learning Objectとは、コンテンツを構成する「章・節・項」の単位のことを指し、RLOとは、ラーニング・オブジェクトのなかでもリユーザブル(再利用可能)なものを意味している。従来紙教材では、コンテンツを1つのコースとしてパッケージで提供していた。しかしこれでは、コンテンツを新たな知識を加えて更新するときに、古いコンテンツも含めて1から作成しなければならず、効率が悪かった。そこでEラーニングのコンテンツは「章・節・項」単位で構成されるラーニング・オブジェクトをいくつも作成し、それを集めて1つのコースを形成している。こうすることで、新たに更新すべき内容が加われば、その部分のみ更新し、後の部分は、前のコンテンツを再利用することができ、コンテンツ作成の効率化を図ることができーる。
こういった、簡単に安く作ることができ、ライフサイクルの短いコンテンツはあまりクォリティを追求する必要もないので、自社で内制するのが、コスト面、スピード面から考えてもベストである。現在行っている集合教育の中にも、客観的な知識を伝えるだけの研修もまだまだ多いと考えられるが、このような研修こそ、どんどん自社でEラーニング化し、コスト削減に努めるべきであるといえる。
2.高品質でコストも高いコンテンツ
もう1つの方向性としては、コンテンツの高品質化が挙げられる。知識の中には、上述したものとは逆に、汎用性が高く、ライフサイクルの長いものもある。例えば、自社のミッション、バリューの理解、浸透を促したり、仕事上のバックボーンとなるビジネススキルや思考のフレーム(戦略的思考など)を得るなど、すぐに陳腐化せず、ある程度継続的に活用できるものが挙げられる。
これらのコンテンツは、何度も繰り返して多くの社員が使う可能性が大きい。また、テーマとしても重要なものが多いので、例えばシミュレーションを活用する、動画・アニメーションなどを活用して魅力を高める、あるいはEコーチなどインタラクティブな要素を盛り込むなど、ある程度腰をすえて、品質の高いものを作る必要がある。こういうコンテンツを作るときは、自社だけではなく、コンテンツ作りの経験の豊富なコンテンツベンダーの知恵を借りることも視野に入れたい。ベンダーにコンテンツを外注すると、ものにもよるが1コンテンツあたり数十万円~数百万円と決して安くない。そこで、必要性をしっかりと考慮し、ベンダーとよく話し合い、ニーズを確認しあいながら、注文することが必要となってくる。
また、この際も注意したいのが、インストラクショナル・デザインをいかに反映させることができるかである。戦略的思考のフレームを学ぶなどパターン理解が求められるものであれば、従来の客観主義的なインストラクショナル・デザインで事足りる。しかし、自社のミッションやバリューの浸透を図るといったコンテンツは、単純に知識を伝達するだけでは意味がない。例えミッションを「暗記」したところでパフォーマンスには結びつかない。そこで必要な学習目標は「アウエアネスを起こす」、「意味を共有化する」、といった、自ら知識を再構成する構成主義的な、あるいは他者と相互作用の中で学ぶ社会的構成主義的なものである。
しかし、Eラーニングにおいてはまだこれらを効果的に行うインストラクショナル・デザインは欧米でさえも確立していない。その意味でインストラクショナル・デザインとは、決して完成されたものではなく、まだまだ発展途上なものである。そこで、これらの学習目標を達成できるようなインストラクショナル・デザインのあり方を真剣に考えていく必要がある。あるいは、これらの学習目標の達成にはEラーニングだけでは難しい場合も多いので、必要に応じて集合研修やワークショップ、コミュニティ活動などと組み合わせたブレンデッドなデザインを行うことも考慮したい。
3.汎用コンテンツ
最後に、1.及び2.で紹介したコンテンツを補完する汎用コンテンツについて解説する。最近は、各ベンダーのホームページなどを見ると、B2B (Business to Business) 向けあるいはB2C (Business to Customer) 向けの汎用コンテンツを販売している会社も多い。取り扱われているテーマも、IT、語学、ビジネススキル、資格取得、ソフトスキルなど多様である。価格は、コンテンツの分量や質にもよるが、1コンテンツ1人あたり、数千円~数万円が相場である。これら汎用コンテンツも、必要に応じてうまくコンテンツ・ラインナップに加えると効果的であるといえる。
汎用コンテンツに関する課題は、それぞれのベンダーが販売しているコンテンツの良し悪しを客観的に評価する第三機関が現状では存在しておらず、どのコンテンツを買っていいのか判断がつきにくい点が挙げられる。せっかく高いお金を出して購入したコンテンツが受講者に全く利用されないなどということにならないように、人事・育成担当者がコンテンツのクオリティを判断できる目を養う必要がある。
しかしながら、一言にクオリティといっても、その捉え方は人によって様々であり、基準が見えづらい。そのようなニーズから、米国では2002年度よりASTD’s E-Learning Courseware Certification Standardsと呼ばれる認定プログラムが発行され始めた。これは、汎用コンテンツのクオリティを評価する多面的な視点の基準を定め、基準値を満たしている汎用コンテンツには、ASTDから認定が与えられるというものである。この認定を取得しているかどうかが、ユーザーが汎用コンテンツを購入する際のひとつの基準となる。具体的な評価項目としては、インストラクショナル・デザインの適切さ、グラフィックスのクオリティ、学習者のナビゲーションの適切さ、コンテンツとシステムとの相性、などが評価の対象となっている。ASTD’s E-Learning Courseware Certification Standardsは、ASTDのメンバーなら無料で入手できる。ノンメンバーは購入が可能)日本においては、まだこのような認定プログラムは存在していないが、今後必要になってくると思われる。
ここまで、コンテンツ・ラインナップの効果的な揃え方について解説してきた。自社に必要な知識を定義し、それらの知識がどのような形でコンテンツ化するのがベストであるかを、紹介した3つの形態のそれぞれの特徴を十分活かすことを考慮して吟味してもらいたい。
プラットフォームの選定
それでは、準備したコンテンツを実際に受講者に配信したり、受講者の学習の進捗状況を把握するなどの運営を行うためにはどうすればいいのだろう?そこで必要となってくるのが、Eラーニングの「プラットフォーム」である。
集合教育において教室や研修所といった教育を提供する場が存在したように、Eラーニングにおいてもコンテンツが受講者に提供されるプラットフォームが必要となってくる。こうした変化は学習プログラムを伝達する手段が、単に教室や紙媒体といった物理的な手段から、デジタル技術を活用した手段に変わるということだけを意味するのではない。プラットフォームを活用することでコンテンツの提供だけでなく、ナレッジを効率的に活用し、パフォーマンスの向上に結びつくような効果性の高い学習環境を実現する場ができたといえる。以下にそのプラットフォームに関する解説を、導入するポイントも含めて行っていく。
プラットフォームにはどのようなものがあるのか?
現在Eラーニングのプラットフォームと呼ばれるものにはラーニング・マネジメント・システム(以下LMSとする)とラーニング・コンテント・マネジメント・システム(以下LCMSとする)がある。この両者について以下に解説する。
①LMS(Learning Management System:ラーニング・マネジメント・システム)
LMSとは、その名が示す通り「学習を管理するシステム」を指す。その機能としては、データベース上のコンテンツを、メタデータにより管理し、受講者が選択したコンテンツを確実に受講者の元へ届けたり、受講者の学習の進捗状況などの情報を管理する役割などが挙げられる。以下にLMSによってどのようなことが具体的に可能となるのかを、受講プロセスに沿って列挙した。
1.コース一覧をカタログとして提供し、受講者が自分に必要なコースを選択できる。
2.コースの受講登録ができる。
3.登録されたコースを受講者が必要とするときに配信することができる。
4.受講者の学習状況の進捗管理を行うことができる。
5.コース受講後の試験結果などをトラッキングし、受講者のレベルの推移を把握することができる。
6.テストの解答率やコースの修了率などを分析し、コンテンツの適性を評価できる。
このような機能を有するLMSは、Eラーニングによる学習効果を高めるツールとして必須となるといえる。
②LCMS(Learning Content Management System:ラーニング・コンテント・マネジメント・システム)
LCMSは比較的新しい概念のプラットフォームであり、米国においても2001年秋ごろからようやく一般的な認知が広がり始めたものである。米国のシンクタンクBrandon-hall.comによると、「LCMSとは、学習コンテンツの作成、蓄積、再利用、管理、および配布を目的とした、複数の開発者のための開発環境である」と定義づけている。
つまり、これまでのLMSが主に、受講者の進捗状況や成績の把握といった受講者管理の機能を第一の目的としていたのに対し、LCMSでは、複数の人間がコンテンツの開発に関わるプラットフォームを提供し、コンテンツ貯蔵庫の中で適切にコンテンツを管理することを第一の目的としている。LMSが本の借出者や貸出状況をチェックする図書館の司書の役割を果たしているのに対し、LCMSは書籍の収集や書棚の整理をする役割を参加者が果たしているといえる。以下に具体的にLCMSで可能となることを列挙してみた。
1.オーサリングの機能がプラットフォームに組み込まれており、プラットフォーム上で多くの人が現場でラーニング・オブジェクト単位でのコンテンツを制作できる。
2.オーサリングソフトで、容易にメタデータのタグづけができる。
3.ラーニング・オブジェクトの高度な検索機能をもっている。
4.ラーニング・オブジェクトが中央データベースに保管され、複数の人間がアクセスし、コンテンツの開発を行うことができる 。
5.HTML、CD-ROM、EPSS、紙教材といった複数のアウトプットのフォーマットをとることができる。
これらの機能を併せ持つLCMSの導入が進むと、自社内のナレッジを現場でコンテンツ化することができると共に、速やかに学習プログラムに変換したり、コラボレーションによって内容のレベルを上げていくことができる。環境変化や技術の進展が早い業界のナレッジワーカーが、自律的に学習を進めていく上では必須ツールになることも考えられる。
プラットフォーム設置の形態は?
プラットフォームの導入形態は、社内にサーバーを設置する「イントラネット型」と、LMSの管理をアウトソースする「ASP型」が挙げられる。以下にそれぞれの特徴を示す。
①イントラネット型
イントラネット型のメリットとしては、自社でサーバーを所有するため、自社オリジナルのコンテンツを効率よくアップロードすることが可能になったり、将来的に他のシステム(人事管理システムやナレッジ・マネジメント・システムなど)と統合を考慮に入れることができる点などが挙げられる。またデメリットとしては、社内でシステムを管理する運用管理者が必要となったり、システム導入まで時間がかかるなどが挙げられる。
②ASP型
ASP型のメリットとしては、社内に運用管理者が不要であること、導入が比較的容易であり、コストも時間もかからなくてすむことなどが挙げられる。また、デメリットとしては、社内の他システムとの連携が難しいことなどが挙げられる。
日経システムプロバイダの調査によると、日本における2001年の主要なLMSの売り上げは、イントラネット型が約35億円、ASP型が約9億5千万円となっている。ただし、最近は、その導入の容易さなどからASP型のLMSが急速に伸び始めており、Eラーニングを手軽にスタートさせるひとつの手段として使われている。
代表的なプラットフォーム
日本においても大小様々なプラットフォームベンダーが存在する。代表的なものには、イントラネット型では、富士通のInternet Navigware、NTT-XのX CalatⅡ、日立電子サービスのHIPLUS、ロータスのラーニングスペース、Click2learnのAspen、DocentのDocent Enterprise、マクニカのCentra Symposiumなどが挙げられる。
また、最近では2002年7月より、日本オラクルがEラーニング市場に参入し、将来人事システムやナレッジ・マネジメント・システムとの統合を視野にいれたLMSを提供するとして注目を集めている。
プラットフォーム選択の際のポイント
Eラーニングを導入するにあたっては、上述したような多くのプラットフォームベンダーの中から、自社のニーズに最も合ったものを選択しなければいけない。そこで、プラットフォームベンダーを選択する際に最低限押さえておく必要のあるポイントを以下に示すことにする 。
1.機能
機能に関しては、上述したLMS、LCMSで可能になることを参照してもらいたい。これらの機能の中から、自社に必要な機能にはどんなものがあるのかを検討し、それらが正しく機能するかどうかを把握した上で、プラットフォームの選択を行う必要がある。
2.導入規模と拡張性
プラットフォームの導入規模は、部署単位で小規模(数十~数百人)に導入する形態と、全社的にエンタープライズワイドで、大規模導入(数千~数万人)する形態がある。LMSを販売するベンダーの最近の傾向としては、この両者のそれぞれ対応するシステムを名前を変えて販売している。プラットフォームを選択する際には、導入規模に合わせて正しいサイズのものを選んでいく必要がある。また、同様に考慮しなければいけないのが、システムの拡張性である。Eラーニングの普及度合いに合わせて、受講者の数が増えていくということは当然考えられ、このときに柔軟にサーバーを補強して、受講者の数を増やすことのできるものを選ぶ必要がある
3.コスト
価格の形態としては、最近多いのは、1ユーザーあたりいくらというライセンス契約を結ぶものである。現在の相場は、ベンダー間で若干の差はあるが、1ユーザーあたり数千円というのが一般的である。ただし、イントラネット型は、ASP型と違って、サーバー構築費用が別途かかることになる。これらに要するコストに見合うパフォーマンス向上が見込めるかどうかを考慮して導入を決めたい。
4.標準化準拠
前節で、Eラーニングを成功させるための鍵のひとつは、効果的にコンテンツ・ラインナップを揃えることであると述べた。しかしながら、自社で立ち上げたプラットフォームでは、別のプラットフォームのコンテンツは使えないということになれば、コンテンツの数を効率よく増やすことは不可能である。そこで必要となってくるのが標準化の概念である。
標準化とは、章・節・項などのコンテンツの構成方法や、コンテンツを提供するサーバーと、それを受け取るクライアントとのコミュニケーションの方法といった項目に関するルールをグローバルレベルで統一することで、異なるプラットフォーム間でEラーニングのコンテンツをシェアすることを目的としている。E ラーニングの標準化規格としてはSCORMと呼ばれるものが最も普及しており、現在Ver1.2が出ている。
プラットフォームを選択する際は、このSCORMに準拠しているか、他のプラットフォームとの相互作用性はどうかを確認しておく必要がある。
5.その他
その他にも、インターフェイスの見易さ、カスタマイゼーションが可能かどうか、操作性がよいか、セキュリティ機能を備えているか、などに着目して、選択する必要がある。
終わりに
ここまで、Eラーニングを導入するにあたって考慮すべき視点について述べてきた。ここまで述べてきた中で、Eラーニングといっても取り組み方によっては決して導入のハードルが高いものではないということがわかる。第3章で紹介したEラーニングで高い成果をあげるための取り組み方と合わせて、これらの点について十分検討したうえで、自社なりのEラーニングを導入し、大いに成果を出していただけたらと思う。
「企業と人材」(産労総合研究所)2002年11月20日号「成功するEラーニングーその理論と導入・活用のポイント」より抜粋