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第5章:学習型組織の構築におけるEラーニングの位置づけ

Eラーニングを導入しさえすれば本当に学習型組織というものは実現できるのだろうか? 学習型組織というものは単に、最新の情報をブラウザを通して常に見ることができれば、あるいは既存のノウハウをデジタル技術を用いてナレッジ化し、全社に展開することができれば成立するものなのであろうか? このような疑問に答えるために、最後の章ではこれからの組織のあり方としての「学習型組織」とはどのようなものかということを解説し、その実現に向けてEラーニングがどのように貢献できるかという指針を与えたいと思う。

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第5章:学習型組織の構築におけるEラーニングの位置づけ

Eラーニングを導入する最大の目的は、いつでもどこでも自律的に学習が行われるような仕組みを整えることで、環境の変化の激しい状態の中でも常に学習を行い、成果を生み出せるような「学習型組織」(ラーニング・オーガニゼーション)へ組織を変革するサポートをすることである。先般行われたEラーニングワールド2002においても、多くのベンダーが「Eラーニングを導入することで、学習型組織の構築が実現できます」というフレーズで自社サービスの宣伝を行っていた。

学習型組織をつくるには

ご承知のとおり、私たち日本は、政府、行政体、そして企業においても、戦後未曾有の厳しい状況に陥り続けている。こうした状況に陥っている要因の1つとして、社会的状況の変化に対して、政府、行政体、そして企業の多くが、的確な対応を生み出せずに、時間的な遅れを伴った後手の対応となっていることが挙げられるのではないだろうか?

日本を越えて世界に目を向けると、いわゆるエクセレントカンパニーと言われるところは、不確実な状況が加速する中においても、継続的に高いパフォーマンスを生み出し、社会的な貢献価値の提供を拡大し続けている。そうした企業の多くが組織を学習型組織に組み変えている。

学習型組織にとって大切な脱学習

学習とは一言でいうと、環境適応行動の獲得であり、いわゆるお勉強ではない。学習型組織は、外部環境の変化に適応した考え方・行動を競争企業を超えるスピードで組織的に獲得し、それを速やかに社内に広げ、展開する、これを繰り返し続けられる企業、すなわち変容し続けられる組織である。

社会的不確実性が増大しつつある今、これまでの正解だったやり方や考え方が不正解に変わる。これまでのやり方や考え方を捨て(すなわち、アン・ラーニング、脱学習)、新しい考え方・行動を獲得する(ラーニング)ことを永続的に回し続けられる企業だけが、時代を超えて成長し続け、社会に貢献し続けられる企業となれるのではないだろうか。

学習型組織に必要な2つの学習性

学習型組織に組織を変えていくのには、2つの異なる学習性が必要となる。1つは、変化を敏感に察知し、すばやく組織的に変化し、適応できるという革新・変化の学習性である。そしてもう1つは、生み出した適応の方法を秩序化して、より効果的、効率的、拡張的に組織内に広げていくという秩序化の学習性である。

まず、アンラーニングから

そして、革新・変化の学習性においては、これまでの考え方・やり方を捨てるというアンラーニングが必然的に必要となる。ところがエクセレントカンパニーとなりえていない企業の多くはアンラーニングが下手で、今までうまくいっていた考え方・やり方に固執し、変えなければいけない方向性を変えずに、今までうまくいっていた過去の考え方・やり方をもっと効果的にやろうと腐心している。

とりわけ今日では、これまで前提としていた価値基準さえも大きく変化している。たとえば生命保険を例に取れば、これまでは万が一の死亡リスクを最小限にすることに価値が置かれていたが、今のわが国の状況では死亡リスクよりも、長生きしたときの生存リスクのほうが増大している。実際、厚生労働省大臣官房統計情報部が公表している平成12年度の「日本人の平均余命」によれば、65歳以上の人が80歳以上生きる確率は50%を超えている。ところが、保険業界の現場の販売方法の実態では相変わらず死亡リスクへの対処を中心的な価値として商品の訴求を行っている。このように、今までのビジネスで当たり前としていた大前提までもが変化し始めていても、今までの枠組みの中だけで、対応を生み出そうとする非学習性が組織の随所に存在する。

中国という巨大マーケットに対して、冷蔵庫や洗濯機といった白物家電を製造・販売して収益を得ようと日本企業が進出した。しかしながら、そのほとんどが利益のない競争にさらされ、疲弊している。 例えば、松下電器産業の本年度の年次報告書によれば、アジア・中国の2002年度の売上高は、98年と比べて12%落ち込んでいる。また、前年対比においても現地通貨ベースで7%の売上減である。ちなみに松下電器産業は、2002年の決算において営業利益も2,118億円の赤字に転落している。

過去に日本で白物家電を販売し、多額の利益が得られたときは、その製造テクノロジー、すなわちナレッジが製造・販売と同時進行的に創出されていた。そのため、その時点で製造・販売している企業以外が安易に参入することが難しく、そこに構造的な参入障壁が存在していた。しかし、今日白物家電を製造するために必要なテクノロジーやナレッジは誰もが即座に真似ができるほどの状況である。こうした状況において、たとえ中国に膨大な需要が期待できたとしても、そこに日本企業が白物家電そのものを製造し、販売して利益を生み出せる余地がないことは十分に想像できる。価格競争力で優位にある中国のメーカーにあっという間に追撃されるからである。

多くの日本企業は過去の成功体験や過去の枠組みから抜け出せず、モノの製造・販売を収益源とする枠組みの中でしか戦略を構築できないといった非学習性に陥っていて、このような枠組みそのものを変えるような学習性が伴っていない。

組織の末端まで、変化を敏感に察知して、これまで前提としていたような枠組みをも打ち壊し(アンラーニング)、新たな世界観、考え方、戦略、行動を生み出せるようにする(ラーニング)、こうした革新・変化の学習性を高めることが、日本企業、そして行政体、政府にも求められている。 こうしたアンラーニングをEラーニングで行うのは極めて難しい課題といえるが、工夫によっては実現する方法もあるだろう

革新すべきものと秩序化すべきもの

革新すべきものを秩序化しないようにする

Eラーニングは秩序化するのに向いているため、何でもかんでも秩序化してしまいがちな傾向に陥りやすいかもしれない。本来革新すべきものを秩序化することほど恐ろしいことはない。身近な例で考えてみよう。

セールスパーソンの多くが自分自身の営業活動管理がうまくできていない組織があったとしよう。その中で、A君という営業活動を自分なりに細分化したタスク(課業)に分解し、個人で作った割には非常に良く出来たエクセル表を使って管理していたセールスパーソンがいたとする。A君は、顧客との有効面談時間や顧客との電話による商談時間などを指標化して管理し、売上に貢献する有効なプロセスがうまく進んでいるかどうかを先行的に把握しながら営業活動を推進していた。このやり方を知ったトレーニング部が、A君のやり方をエクセルのテンプレートとマニュアルに仕上げ(すなわち知識化・構造化し)、それをEラーニングによって社内で推進したとする。多くのセールスパーソンがこれを学習し、そのうちの1割か2割の人が実践し、多少なりともパフォーマンスを向上するようになったとしよう。これは一見望ましい秩序化の学習が起きたことのように見える。

しかし実はこの会社は、これまでのような個人のセールスパーソンによる自己完結的な営業活動から脱皮して、組織的な営業活動を進めるという枠組みの転換、すなわち革新・変化が求められている会社であったとするならば、上記の秩序化の学習は望ましいことだったと言えるだろうか。たとえば、新規顧客とのアポイントはアウトバウンドのコールセンターが集中的に行い、顧客との面談によるニーズ把握はそれが得意なセールスに引き継ぐ、そして企画の立案、プレゼンテーションはそれに特化したプロフェッショナルが担当というような革新が求められる状況にあり、そうした革新なしには将来の成長は見込めない状況にあったとしよう。ちなみに、こうした革新・変化は、顧客ニーズが多様化・複雑化し、またそれに対応するソリューションが多様化・専門化しつつあり、かつ一件あたりの受注金額が高額化しつつある市場ですでに起きているものである。実際、ソフトウェアの営業活動では顧客探索からプレゼンまでの営業プロセスを5つに細分化し、それぞれに別の社員が専門性を持って対応している会社が存在するほどである。

もしそうした革新・変化がA君の会社に求められていたとすると、営業プロセスの先行管理は個人ベースではなく、組織ベースまたは顧客単位で組織横断的に行う必要が出てくる。しかし、この会社はこれまでの枠組みの中で、より良いやり方をしていた個人ベースの営業活動管理のノウハウを秩序化したために、組織的な営業活動への革新・変化の学習を遅らせてしまうことになる。その結果、先んじて組織的な営業活動へと革新・変化した企業に競争劣位となってしまうのである。

革新すべきものと秩序化すべきものの見極め

このように考えると、我々は革新すべきものと秩序化すべきものを見極め、Eラーニングの導入を検討する必要がある。秩序化するということは、革新・変化を遅らせることであり、革新・変化が求められる領域は秩序化ではなく、破壊すなわちアンラーニングの対象とすべきなのである。

革新すべきものはEラーニングだけでは限界がある

・枠組みの変更が必要

革新・変化の学習性を組織にもたらすには、自分たちが前提としていて、普段意識していない判断の拠り所となっている価値基準を見つめ、それが望ましいものであるのか、それとも変更が必要なのかを判断し、必要があれば柔軟に修正できるようにすることが求められる。簡単に言えば、自分たちの「前提」を明らかにし、これを見直すということである。このような学習をダブルループラーニングと言い、前提や枠組みを見直さない学習は、シングルループラーニングと言う。

こうしたダブルループラーニングを組織内に引き起こす、つまり自分たちの考えや行動、意思決定の背景にある前提や枠組みを見つめ、望ましいものか否かを判断し、必要があれば修正するという学習を引き起こす手段を、これまで見てきたようなEラーニングを中心手段として期待するのは難しい。

学習環境をデザインする

以上のように考えると、革新・変化と秩序化という2つの学習性が齟齬なく推進されるような学習環境をデザインすることが重要となる。

秩序化すべきものはEラーニングが活用できる

Eラーニングは、デザインされた学習環境の中で、秩序化を促進するツールとして機能させるべきである。Eラーニングは、組織内外のノウハウやコツを形式知化し、これを習得しやすいようにインストラクショナル・デザインし、電子的な媒体によって提供するものである。したがって、革新・変化の学習性ではなく、秩序化の学習性領域が主要な活用の場となる。

ただし本当の学習の成立、すなわち行動として獲得し、それを再現し、定着させられるようになるのは、Eラーニングだけでは足らない。それらは実際の行動を通して強化され、定着化していくものである。組織人の場合、学習が成立する場は、仕事を通してである。つまり、リアルワーク(実際の職務行動)こそが学習が成立する場である。事実、ASTDが2002年に発表したアメリカの企業367社のデータでは、フォーマルな場で提供されたトレーニングプログラムでの学習は全体の15%で、85%はインフォーマルなコミュニティやリアルワークでの学習であることを示している。

したがって、秩序化すべきものはEラーニングの対象にはなるが、Eラーニングだけで学習が成立できると考えてはならない。Eラーニングを通して理解した概念や知識、プロセス、プロシージャーをリアルワークの中で試し、試行錯誤し、再現できるようになり、定着させられるまでをどのようにデザインし、ツールを提供するかといったことも重要となる。 このときラーニングコミュニティというものがそれを支えるものとして考えられる。

ラーニングコミュニティ

人々のつながりが、取り組みの継続性を生み出すことがわかっている。たとえばクラスルームトレーニングを実施した場合でも、その参加者たちをネットワークでつなぎ、研修後にお互いの取り組みをシェアしたり、リアルワークで試行した中で生み出された疑問を投げて、その回答やアドバイスをもらい合えるようにしたりすることで、学習の継続性を高めたり、学習のリアルワークでの定着を高めることができる。このような共通の価値の基に学習者が集うネットワークを、ラーニングコミュニティと呼ぶ。 そして今日では、このコミュニティのためにイントラネットなどの電子的媒体を活用することができる。

・学習型組織の統合プラットフォーム
新しい視点として生み出されつつあるのが、学習型組織の統合プラットフォームである。上述してきた学習型組織を築き、組織における革新・変化の学習と秩序化の学習を継続的にしかも遅れることなく推進するには、組織内の人々の誰もが活用できる学習型組織の統合プラットフォームが必要になる。

このプラットフォームには、組織のミッションやビジョン、経営戦略、部門戦略、各人の目標が入っている。そして、彼らのリアルワークでのパフォーマンスをサポートするためのシステム、例えばE化したトレーニングプログラム、クラスルームトレーニングの内容紹介や申し込み受付も入っている。またトレーニングプログラムに参加した人々が集い、相互に発展的な学習を進める場であるラーニングコミュニティが、学習テーマごとに複数存在する。

さらにパフォーマンスにつなげるために必要なツール、例えば企画書等のテンプレート、マーケットの変化に関するデータ、チームでマネジャーが説明する際に使用できるプレゼンキットなどが入っているツールボックスも提供される。また、セールスが使った過去の企画書などやコンピテンシー一覧なども入っていて、いわゆるナレッジマネジメントのコンテンツもこのプラットフォームに入っている。 こうした個人および組織の学習と成果に貢献できるものが統合されているプラットフォームを構築し、必要な学習ツールや機会、そして場をデザインすることが有効な手段として現れてきている。

B2Eポータル

この学習型の統合プラットフォームに、さらに人事諸規定や申請書、精算手続きなども加えた統合プラットフォームを社員に提供しようとする動きも盛んになり始めている。これをB2E(Business to Employee)ポータルという名称で呼ぶこともある。

これまでも多くの企業が社内イントラネットで、研修スケジュールや人事情報、また諸規定などを社員がアクセスできるようにしてきている。ただし、これらはばらばらで統合されておらず、社員からすると、どこにあるのかがわかりづらく、アクセスしづらい、活用しづらいという課題を抱えている。そこで、これらを統合し、組織が社員へ提供する、社員から見れば「まずそこに行けばよい」というポータルを提供しようというものである。

Eラーニング、ナレッジマネジメント、ERP推進のリスク

最後に、Eラーニング、ナレッジマネジメント、ERP推進のリスクについて言及したい。これらは、インターナルな組織内のノウハウ・コツの知識化・秩序化を促進する傾向があり、インターナルな知識と情報への依存性を高めるリスクがある。

学習は環境適応行動の獲得であり、学習型組織はそうした外部環境の変化に対して適応した考え方・行動を競争企業を超えるスピードで組織的に獲得できるところでもあると述べた。ところが、Eラーニング、ナレッジマネジメント、ERP推進は、組織の外の環境に関する知識と情報が欠落し、不適合した行動の強化を生み出すリスクがある。

このリスクを排除するために、システムをオープンなものとしていく、つまり外部からの情報を得られる窓口をセットしておくとか、外部情報の重要性を啓蒙し、マネジメントには業務の40%程度を外部とのコミュニケーションに基づく知識の創発に費やさせていく必要があると考える。ちなみ、この40%は人事や研修といった共通部門、ミドル・バックにも共通である。外部の人々や外部組織との交流を通して、絶えざるベンチマークを行い、革新・変化の学習の必要性が生じていないかをモニタリングすることがマネジメントの役割としてきわめて重要になる。


「企業と人材」(産労総合研究所)2002年11月20日号「成功するEラーニングーその理論と導入・活用のポイント」より抜粋


私たちは人・組織・社会によりそいながらより良い社会を実現するための研究活動、人や企業文化の変革支援を行っています。

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