ASTD2008 国際会議に参加して
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本年も6月1日~4日に米国のサンディエゴで、 ASTD2008 International Conference & EXPO が開催された。ヒューマンバリューでは、企業の人事・人材育成に携わる方やコンサルタント、そして大学の先生など総勢48人でツアーを組み、会議に参加した。例年のようにセッション参加後、ツアーの皆さんと情報交換会を行った。セッションの内容や感想などを共有しながらダイアログを行うと、さまざまな視点を通して大きな流れが浮かび上がってくる。
ASTD2008 国際会議の全容
(1) ASTD の規模拡大と国際化
本年の ASTD には、世界80カ国から1万人が参加した。そのうち、海外からの参加者は2,400人を占め、主な順位を述べると韓国が442人、次に日本264人、カナダ230人、クウェート132人、中国131人、オランダ101人である。
昨年に比べると海外からの参加人数は増加傾向にあり、特に日本からの参加者は、昨年から約100人増加した。その背景として、今年3月11日に日本経済新聞社主催で ASTD-GNJ の創立記念シンポジウムが実施された影響が大きいかと思う。さらに今年は、日本から数人がスピーカーとして発表を行い、エキスポにも数社が出展するなど、 ASTD に積極的な貢献をしていた。また、 ASTD 本部のビジネスの展開策としてインターナショナルな活動に注力していることも、海外からの参加を促進している要因の1つだと思う。
例えば、昨年までは会場の片隅に位置していた、海外からの参加者のための交流スペース「インターナショナル・ラウンジ」も、本年は華々しく中央に置かれ、多くの再会や出会いを演出していた。参加国の国旗を背景に10人掛けの円卓が十数個並び、異なる国々からの参加者がコーヒーを片手に会話を楽しむにぎやかな様子は、同会議の中で最もネットワークの可能性を感じさせる空間になっていた。
(2) ASTD2008 の構成
ASTD2008 は、例年どおり全体として3部の構造を成していた。まず5月29日から行われた24本のサーティフィケートプログラム・コース。次に12セッションを含んだプレコンファレンス・ワークショップ。そして1日から4日間の本会議が行われた。また期間中には、415のブースが展示されるエキスポが開催された。
メインとなる本会議では、「DESTINATION : INFORMATION」(到着地 : 情報)と掲げられたテーマのもと、3つの基調講演と285の分科会、そして各国/各地域からのパネルディスカッションを含むさまざまなネットワークの集まり、そして先述したエキスポ、エキスポ出展社からのプレゼンテーションなどで構成されていた。
ASTD2008 国際会議の内容
(1)基調講演から
ASTD では、例年3人が基調講演を行っている。先日、 ASTD アジアパシフィックのマネジャーのウェイ・ワン氏に講演者の選定基準を尋ねると、「1人目と2人目は現在注目されている HRD に強い影響を与えている著者。3人目は実務家として高い成果を上げている著名人」とのことだった。
基調講演の1人目は、『Tipping Point』(邦題 : 『ティッピング・ポイント―いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか』飛鳥新社)、『Blink』(同『第1感「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』光文社)の著者であるマルコム・グラッドウェル氏であった。彼は天才と呼ばれた2人のアーティスト、ピカソとセザンヌを例にとって、コンセプチュアル・イノベーターとエクスペリメンタル(経験的)イノベーターとの違いを説明した。
ピカソは20代に描いた絵が一番高値をつけているが、セザンヌは20代に描いた絵と晩年の絵の価格を比べると、晩年のほうに15倍高い値が付いている。そのことから、人のキャリアやタレントを長期的視野を持って見ることの重要性を投げかけていた。
マルコム氏が語った内容は、タレントマネジメントのコンセプトを見直す際に重要な示唆になるという声があった。セザンヌ型人材を開花させることに重きを置いた際、採用時の判断基準から評価システムのあり方、配置、コミュニケーションを含めた職場環境のあり方を、真剣に見直す必要があるのかもしれない。
基調講演の2人目には、『The Five Temptations of a CEO』(『意思決定5つの誘惑―経営者はこうして失敗する』ダイヤモンド社)や『Four Obsessions of an Extraordinary Executive』(『あなたのチームは、機能してますか ?』翔泳社)、『The Five Dysfunctions of a Team』の著者パトリック・レンシオーニ氏が登場し、最新著書に記した「チームを機能させなくする5つの要素」をもとに、信頼感の構築 ( Building Trust ) について講演した。
そこで同氏は、いくつかの事例を交えて、信頼を構築する際には「バルネラビリティ(さらけ出し)」が重要な意味をもつことを紹介した。間違った、失敗したと認め、教えてくださいとヘルプを求めること、謝ることができれば、そこに信頼関係が生まれると語った。
ツアーの情報交換会では、このバルネラビリティと信頼の関係が注目されている背景について、いくつかの洞察があげられた。「組織のパフォーマンスを上げるためには、防御をしない赤子のような存在になり、一体感を持って共創的に取り組む必要がある。その最初の一歩として、自らの弱みをオープンにすることに注目したのではないか」という意見に対し、「信頼関係を築く目的の手段として弱みをさらけ出すことが、本当に信頼につながるのだろうか」、また、「実際に強烈な組織文化に信頼関係を構築しようとする際には、アクションとしてそれが必要ではないか」などである。
そして3人目の基調講演者は、 USA ネットワーク社の創始者で『Bold Women』、『Big Ideas』の著者ケイ・コプロビッツ氏であった。彼女は、パワーメンタリングについて、多くの実例を用いて紹介した。
パワーメンタリングとは、企業や組織の公式の仕組みによるメンタリングとは異なり、人生の中での出逢いを通して、メンターとメンティー(弟子)の関係を生涯にわたって続けていくことである。それは、1対1ではなく、複数の人々が1枚のマップに存在しているようなイメージで、それぞれがメンターとメンティーの関係を持ち、共に人生やビジネスを成長させていく関係を指している。同氏はこのコンセプトをソクラテス、プラトン、アリストテレスというメンター関係から解説し、最後に、会場の参加者に向けて、人と人とが生涯にわたって学び合う関係を創ってほしいというメッセージを伝えた。
(2)コンカレントセッションでの傾向
基調講演のほかには、9つのカテゴリーのコンカレントセッションが開催された(図表参照)。
今回のコンカレントセッション全体を通してみると、特別目新しい理論や手法が出てきたわけではないが、それぞれの分野で丁寧に実践してきたことを紹介しているセッションが多く、参加者の満足感は例年よりも高かったと思う。その中でも特に注目されたキーワードは、タレントマネジメントである。
◆タレントマネジメント
従来のタレントマネジメントは、次世代のリーダーになりそうな「エリート」を見つけて引き上げるという印象であったが、今回は、従業員一人ひとりをタレントと呼ぶように変化していた。企業の業績を上げるのは人材である。そこで、人材をいかに獲得して育成し、サクセッションプラン(計画的人材配置)を用意し、リテンション(人材保持)を行うかが競争力の源泉となる。それを学習という視点から統合して捉えることが提唱されていた。
エキスポにおいても、タレントマネジメントという言葉が多用され、大手の DDI やPDI のブースでも、大々的に取り扱われていた。ほかにも HRM 系の会社が HRD の機能をも統合していこうとする動きも出てきているようだった。
◆行動(Behavior)
各セッションでは行動という言葉が多く用いられていたように感じられた。その背景として、リーダーシップを発揮したり、組織を変革するうえで、「 DO (すること)」ではなく「 BE (人としてどうあるべきか)」の重要性に多くの人が気づいたものの、いざ実行というフェーズになった際、「 HOW (方法)」のリスト化に陥ってしまったのではないか、という意見が情報交換会で交わされた。
◆e ラーニング
本年は、e ラーニングが担う役割がクラスルームなどのフォーマルなトレーニングを補強するものから、日常の職場におけるインフォーマルな学習やパフォーマンスをサポートする役割へと拡大する傾向がさらに大きくなった。
例えば、 IBM 社が「セカンドライフ」というインターネットのバーチャル・コミュニティ内にある島を舞台に、新入社員が自分のアバター(自分の化身)を用いながら、お店を経営するシミュレーションを行っているという事例が紹介された。このほかにも、昨年大きく紹介されたポッドキャスティングなどの新しいツールが従来の集合研修と統合され、高い効果を発揮しながら、着実にグローバルに展開されている印象を与えていた。
以上を総括すると、「ASTD の全体的な傾向としては、複雑性の増加に直面して、それらを統合しようとする動きがあるのではないか」と弊社では考えている。しかし、もともと個別に存在し、壁があるものを統合するということは困難であるため、統合を進めるアプローチはトップダウンではなく、ステークホルダーとなる人と人とのネットワークの重要性や、関係性をつくるアプローチに焦点が置かれ始めているように見受けられた。
ASTD に参加しても個人で全容を把握することは不可能である。そこで、参加の仕方には、いくつかのパターンがある。「関心のあるテーマを追う」とか、「継続的に発表している講演者・企業団体の変化を追う」、「新しいキーワードやコンテンツを探す」、「業界全体の動きをつかむ」、「他の参加者とのコミュニケーションによってネットワークを広げる」などである。参加者の目的により、 ASTD はまったく異なる見え方や活用の機会を提供してくれる。
情報があふれかえり、獲得することは容易になっている。そこで ASTD に何を見いだすかと私なりに考えてみると、本年の会議の統一テーマ「Destination : Information」にあるように、情報を持った人と五感を通して関り合うことで、目に見える物事(情報)だけではなく、その襞に含まれたメッセージを通して、相手の情報を自分の内側にあるインフォメーションへと変える機会と位置づけることができた。
「企業と人材(産労総合研究所)」2008年8月5日号掲載