eラーニング2.0時代の到来~新たな学習のあり方の模索~
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甦るeラーニングのトレンド
思い返してみると、eラーニングという言葉が使われ始めたのは、1990年代末であるが、2000~02年頃には、米国で一大ブームを迎えていた。世界最大の人材開発のコンファレンスであるASTDも、当時はまさにeラーニング一色という感じであった。
しかし、企業がeラーニングに対して多額な投資を行い、需要が一巡した03~04年頃から、一時期の熱は冷め、やや下火になっていった印象があった。
新しいコンセプトが見られなくなり、ベンダーの数も統廃合を繰り返して減少していった。eラーニングという言葉が取り上げられる頻度も減少したが、それは、eラーニングが衰退したのではなく、導入はもはや当たり前であり、あえてeラーニングという括りで語るのではなく、より大きな概念であるラーニングに内包されたものと考えられていた。
ところが、昨年あたりから、再びeラーニングという言葉自体が海外のコンファレンスなどでよく聞かれるようになった。今年、サンディエゴで行われたASTD2008においても、かなりの数のセッションがeラーニングをテーマとしていた。しかし、その内容は、これまでとは根本的に異なるようだ。
広がるeラーニングのバリエーション
日本におけるeラーニングの一般的なイメージは、オーサリング・ツールを用いて専門家がeラーニング・コンテンツを制作し、LMS(ラーニング・マネジメント・システム)を通じて受講者にコンテンツが提供され、受講記録の管理が行われるといったものであることが多い。一方、海外コンファレンスなどで発表される先進事例をみると、eラーニングを提供する媒体や学習形態のバリエーションが広がってきている。具体的にどのような例があるかみてみよう。
(1)ウィキ
ウィキはネットワーク上のどこからでも文書の書き換えができ、人々が共同してWeb上で知識を生成することができるコラボレーションツールであり、社内の学習システムに取り入れる企業が増えている。
ASTD2007 では、シェル・インターナショナル・エクスプロレーション・アンド・プロダクション社が活用している「シェル・ウィキ」について事例発表が行われた。世界中の社員が、さまざまな観点から情報やナレッジをアップし、シェル独自のナレッジのエンサイクロペディア(百科事典)を作り上げ、多くの学習素材が、このシェル・ウィキを通じて得られるようになっていた。
同社では、ナレッジの生成と共有は、フォーマルとインフォーマルな学習の両方で行われるもので、それらを統合し、学習と仕事を融合させることを目指しているとのことであった。
(2)ポッド・キャスティング
あらかじめ定められた勤務場所(オフィス等)以外の場所を中心にITを活用して仕事をする「モバイルワーカー」と呼ばれる人たちが、04年は6億5,000万人、09年には8億5,000万人になり、世界の労働人口の4分の1に上るとの報告が ASTD2007の中でなされた。
そうした背景から、Web上からマルチメディア・ファイルをダウンロードし、好きなときにコンテンツを聞いたり、見たりできる「ポッド・キャスティング」による学習がすでに幅広く推進されている。ポッド・キャスティングによって、ジャスト・イン・タイムの情報や知識の支援を行い、モバイルワーカーのパフォーマンス向上に役立てている。
コンファレンスの展示会などで紹介されているモバイル・ラーナー向けの商品・サービスを見ると、提供されるコンテンツのクオリティも高まってきており、コンテンツを提供するメディアも、iPod、PDA(Personal Digital Assistant)、携帯電話など多様化していた。また、コンテンツの種類も、製品の取り扱いのトレーニング、セールススキル、シミュレーション、遠隔からのコーチングなど幅広いものがある。
具体的に発表されていた事例としては、IBM社では、07年の時点で、5,000のエピソード(コンテンツ)が200万人の社員によってダウンロードされていたり、米国の半導体製造会社では、8,500人の社員向けに250万ドルをかけてiPodのビデオ・コンテンツを開発したとのことであった。また、ITソリューションの提供を行うEMC社では、1週間に5~10の音楽コンテンツ、2~3のビデオ・コンテンツが新しく更新され、毎週何千ものダウンロードが、国内外(海外の利用者が約半分)で行われている。
同社は、ポッド・キャスティングによる学習のあり方についても研究を進めており、1つのコンテンツの長さは15分が理想的で、内容も、DJ風にアレンジされたものやスターウォーズのオープニングをまねたものなど「会話的」で「娯楽性」のあるコンテンツ開発に注力しているとのことであった。
日本でも、今では当たり前のようにビジネス・パーソンがポッド・キャスティングでニュースを聞いたり、英語の学習を行ったりしている。今後は個人利用だけではなく、組織的に知識を高めていく手段としても活用が進んでいくものと考えられる。
(3)セカンドライフ
今年開催されたASTD2008において、とりわけ大きな注目を集めていたのが、セカンドライフに代表されるようなバーチャル・コミュニティにおける学習事例であった。すでに多くの企業がセカンドライフ上での学習を展開していることに驚かされた。
IBM社では、新入社員がセカンドライフ上で、自分の分身となるキャラクターであるアバターに扮し、チームワークのトレーニングを行っているという。
02~03年頃、社会構成主義的な学習手段の1つとして、シミュレーションが大きく注目されたことがあった。リーダーシップ開発プログラムなど、たくさんのコンテンツが紹介されたが、複雑なシチュエーションを作ろうとすると開発費が高額になることや、現実世界に転移できるリアリティをどこまで持てるかに懐疑的な側面があったことなどから、一部を除いて、期待されたほどには普及が進まなかった。
しかし、セカンドライフのようなバーチャル・コミュニティであれば、費用もシミュレーションを開発するほどには要せず、また異なる人格をもったアバターたちが相互作用を生み出すことができるので、さまざまな学習を行うことが可能になると考えられる。また、最近では「エバークエスト」、「リネージュ」といった多人数参加型のオンラインゲーム(MMORPG)を通して、参加者が自律的に臨機応変に行動することや、リーダーシップ、意思決定力を学習できるのではないかという研究も進んでいる。
こうしたバーチャル・コミュニティにおける学習のあり方については、今後さらに研究が進むものと見込まれる。
(4)その他
ほかにも、日本でも企業内で活用が進んでいるSNSや社内ブログ、あるいはインターネット上で自分の好きなWebサイトのURLを登録し、公開するソーシャル・ブックマーキングなどを学習の仕組みに取り入れようとする動きが見受けられ、こうした媒体も「eラーニング」の一環として捉えられていた。
学習パラダイムの変化
これまで述べてきたように、eラーニングに含まれる学習形態の多様化が進んでいる。その背景には、1つにはテクノロジーが進化したことが挙げられる。しかし、より重要なのは、学習のあり方が変化してきていることにある。
図表に学習のパラダイムの変化について示した。環境の変化が激しく、不確実性の高い現在においては、より新しいパラダイムの学習が求められているといえる。
例えばこれまでeラーニングのプログラムを作る時などは、企画する人と受講する人は別の人間と考えられていたように思う。つまり、インストラクショナル・デザイナーがニーズを分析し、必要なパフォーマンスを生み出すための学習目標を設定し、適切な学習プロセスやコンテンツを開発し、受講者に提供し、効果を測定していた。
こうしたアプローチは、非常に科学的で効果も高い反面、変化のスピードが早い今日では、時間やコストがかかりすぎる、何を学ぶかのゴールをあらかじめ特定できない、偶発的な学習を支援できない、コンテンツがつまらないなどの課題を指摘されることもあった。
現在の学習のあり方は、より学習者主体となってきている。つまり、学習者が受講者として受身的に学習機会を与えられるのではなく、自分自身が何を学びたいかを決め、そのコンテンツを持っている人やリソースを探し、相互作用することで知識を生み出していく時代になってきている。前述した、ウィキやセカンドライフ、SNSといった媒体での学習も、コンテンツを誰か特定の人が開発し、提供しているわけではなく、学習者同士がコラボレーションを行い、新たなナレッジを生成していく場づくりを行っているといえる。
実際に体験し、コンテンツを見て感じたことだが、こうした学習のあり方は、率直に楽しく、刺激的である。受身的に知識を習得する時よりも、効果が高いと考えられる。もちろんすべての学習のあり方が、このような学習者中心のものにシフトするわけではないが、その重要性は今後、確実に高まってくると考えられる。私たちがお手伝いしている企業においても、最近は学習プログラムの開発以外に、学習者自身が学び合える仕組みや環境をどうつくるかといったことを支援することが増えている。
ASTDにおいて、このような学習形態の多様化は、Web2.0になぞらえて「eラーニング2.0」と呼ばれていた。eラーニング2.0についてのセッションの中では、その特徴について次の点が挙げられていた。
・皆が編集者になれる
・集合知を活かすことができる
・ソーシャルなネットワークを築くことができる
これはWeb2.0時代において、情報の発信者と利用者という構図が崩れ、誰もが情報発信者になりえたように、eラーニングにおいても、誰もが学習コンテンツの提供者となりうるということを指している。
eラーニング2.0の時代においては、私たち人材開発に携わる者も、学習の提供者と受講者という構図を超え、誰もが学習を主体的に楽しめるような、新たな関係性のあり方を生み出すべき時が来ているといえる。
「企業と人材(産労総合研究所)」2008年9月5日号掲載