米国では人材開発のスタンダードHPI(HPT)
私は、人材開発の仕事に携わるようになって今年で6年目になるが、前職で研修の営業や講師をしていた頃を振り返ると、中身の決まったパッケージ研修をいかにクライアントである人材開発部門に提供し、実施するかということにフォーカスしていたと思う。
そんな私が「成果をあげる人材開発を行うにはどうすればよいのか」を真剣に考えるようになったのは、ある大手企業から依頼されたリーダー層向けのプロジェクトマネジメント研修を開発し、実施したときのことだった。
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1.成果のでない研修が多すぎる
いつもどおり、先方の人材開発担当から、研修の要望内容をヒアリングし、開発も無事完了。ところが、研修を実施してみると、受講者の反応が全体としてすこぶる悪い。研修が進むにつれ、反応がいっそうネガティブになっていった。
その背景を調べてみると、プロジェクトマネジメントを業務上で必要としている受講者は少なく、多くの受講者は「何の意味があって、研修に呼ばれたか理解ができない」という状態だったのである。結果として、受講者のパフォーマンスは上がらず、多額の研修費用を無駄にしてしまったように思われた。
この体験から得た私の教訓は、人材開発担当が考えるニーズと現場のニーズが同じとは限らないということだ。そして研修が、現場の問題解決策の唯一の手段ではないということである。
2.成果を上げる人材開発を実現するための押さえどころは何か
過去の失敗体験を踏まえ、私はコンサルタントとして4つのポイントを押さえるようにしている。
1.達成したい状態の明確化
2.達成したい状態を実現するためのレバレッジポイントの分析と発見
3.レバレッジポイントを押さえた本質的な解決策の検討
4.複数のステークホルダーによる協働プロセスによる上記1~3の検討
1.達成したい状態の明確化
成果・業績など、何を具体的に達成したいのかを定義し、現状の状態との差異を明確にすることで、達成したい状態に向けておさえるべき要因に着目しようと意識が働く。
2.達成したい状態を実現するためのレバレッジポイントの分析と発見
達成したい状態を実現しようとするときは、全体を俯瞰し、問題の出来事・パターン・構造・メンタルモデル(思い込みとか背景にある固定概念や価値観など)を分析し、本質的なレバレッジポイント(船の舵についている小さな舵のことで、少しの力で大きな舵を動かすことができる)を発見する。
3.レバレッジポイントを押さえた本質的な解決策の検討
あらかじめ決められた特定の手段による解決策ではなく、複数のソリューションにおける検討を行うことが重要である。
4.複数のステークホルダーによる協働プロセスによる上記1~3の検討
人材開発部門と事業部門、人材開発部門とコンサルティング・研修会社など、また管理層と一般社員などの異なる立場の人々が集まってチームを形成し、人材開発のニーズ分析からソリューション検討まで協働しながら行うことで、質の向上が図られる。
3.HPIの概要
このようにニーズの分析からソリューションの検討を行う際には、そのための考え方やフレームが必要である。米国では40年以上もの間、研究と実証によって構築されたHPI (Human Performance Improvement) の考え方を人材開発担当者や研修コンサルタントは活用している。
それでは、そのHPIの概要について説明しよう。
まず、ASTD(米国人材開発協会)の定義によれば、HPIとは
1.あるべき姿と現状の人材の重要な成果とのギャップを発見・分析し
2.成果向上に向けて、そのギャップを埋める効率的かつ倫理的に妥当な施策を立案・実行し
3.さらに、成果・業績を測定するシステム的なプロセスのこと
としている。
HPIと類似した言葉に、HPT (Human Performance Technology) がある。HPTにはややエンジニア的、機械的な響きがあるが、広義においては同義と捉えることができる。
HPI/HPTには、プラクティショナー (実践者) の資格認定制度がある。前述したASTDとISPI (International Society for Performance Improvement) が、専門教育の提供と資格認定を行っている。現在では、両機関を合わせて数千人の資格保有者が、世界中で活躍しているという。
4.HPIの基本原理
HPIには基本原理が4つある。
1つめは、結果重視 (Results-based) を基本とし、解決方法を考えることである。人材開発担当者の主観的な希望 (Wants-based) や近視眼的な成果ギャップの分析 (Needs-based) に基づき実施された研修は、解決方法の妥当性が乏しいため、期待通りの成果は上がらない。
2つめは、組織や事象をシステムとして捉えることである。例えば、販売員は売上げを高めるためのスキルや知識だけではなく、販売成績に影響を与える商品企画、設計、生産、物流、マーケティングなどの組織や事象をシステムとして捉え、効果的な解決方法につなげるレバレッジポイントを探す。
3つめは、科学的に派生した理論と、費用対効果のある幅広い手段を講じることである。HPIのアプローチは、特定の誰かが生み出したものではない。品質管理手法 (TQM)、プロセス改善、行動心理学、インストラクショナルデザイン、組織開発 (OD)、 人事管理 (HRM)など、広範囲に派生した理論と実証から成り立っている。画一的な研修のみで問題解決をしようとしていない。
4つめは、顧客と信頼関係を築くことである。HPIは全体性を踏まえたアプローチのため、顧客とプラクティショナーとの強固な信頼関係に基づいた協働なしには、成果・業績向上のプロジェクトの実行や成功は困難である。例えば、ニーズ分析を行うとき、各事業ユニットのマネージャーやメンバーの協力をあおぎ、目指したいゴールの共有化や解決方法の検討を行うことが実際に想定される。その際も信頼関係の基盤がプロジェクトの成功を左右するだろう。
これらの4つの原理をもとに、HPIでは5ステップのアプローチを通して、個人の成果・業績と、組織の成果・業績を結びつけていくのである。(図参照)
5.パフォーマンス・コンサルティングとストラテジック・ビジネスパートナー
このHPIの概念はさらなる発展を続けてきている。1990年代以降、市場競争の激化に伴う知識・技術の更新スピードが加速し、グローバリーゼーションの拡大などが本格化した。このような状況の下、組織における人材育成のあり方にも変化が見られた。知識の獲得を主としたトレーニング中心の育成方法から、変化への適応力を高めるラーニングに基づいた成果・業績を重視するようになったのだ。
そうした背景から、人材開発部門の役割として、経営陣や事業ユニットと連携し、成果・業績に関する分析を行い、HPIの専門知識を用いてパフォーマンスを向上させていく「パフォーマンス・コンサルティング」という概念が注目されるようになった。
つまり、人材開発部門を組織の成果に結びつけるべく、戦略化しようという動きだ。この動きを後押ししたのが、1995年にデーナ&ジム・ロビンソン夫妻が書いた『パフォーマンス・コンサルティング』(ヒューマンバリュー刊、鹿野尚登氏訳)である。
さらに最近の米国では、「パフォーマンス・コンサルティング」の発展形として、「ストラテジック・ビジネスパートナー」という概念が脚光を浴びている。これは、HPTやパフォーマンス・コンサルティングのスキルを活用しながら、組織が目指すゴールの実現にとって、最適な人事施策を講じる存在のことである。経営陣のパートナーとして、人材開発 (HRD) だけでなく採用・配置など人事 (HRM) の領域を統合した人事戦略と、組織の事業戦略との整合性を踏まえた戦略的な施策を立案し実行することである。
6.身につけたいHPI的なセンス
HPIを体系的に学習していなくても、実践している人は大勢いるだろう。そういったセンスを磨くには、1.自社のビジネス、事業に関する知識をもち、現場を見ること、また、2.協働プロセスを実現するためのインタビュースキル、効果的な質問ができるコーチングスキル、ファシリテーションなどのスキルを身につけることも大切である。
そして、研修を設計する際には、次のような質問を自分自身に問いかける習慣をつけたいものである。
1. 事業ニーズは何であるか? (事業ユニットや部門が目指している状態は何なのか)
2. パフォーマンスニーズは何であるか? (具体的な職務遂行における行動要件は何か)
3. トレーニングニーズは何であるか? (業務上、学習する必要があることは何か)
4. 職場環境ニーズは何であるか? (パフォーマンスニーズを実現するために整えなければならない環境は何か)
さらに研修が終了したあとには、「研修の成果は上がったのか?」を探究したい。受講アンケートだけではなく、職場で実際に活用したのか、成果は出たのかを調査するのである。その結果が研修のプログラムの成果なのか、それとも活かす機会のない職場環境に要因があるのかなども把握し、改善を加えていくことも大切である。
「企業と人材(産労総合研究所)」2008年4月5日号掲載