職場のコミュニケーションを活性化する~実例により対話の促進ツールや手法の活用を考える~
社内のコミュニケーションをより良くすることが、職場を活性化するキーとなるのではないかと考え、そこを変えていきたいと考える人が増えている。しかし、具体的にどこからどのように手をつけていいのか、悩んでいる人は多いのではないだろうか。そこで以下では、コミュニケーションをとおして職場を活性化していくための拠り所となる考え方と、具体的に活用できるツールを紹介したい。
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組織開発の仕事に携わるなかで、職場の活性化についての悩みを聞く機会が多い。たとえば、社員がどことなく元気がなく、働きがいや成長感を得られない、いままで成功してきたやり方がうまくいかず、新しいアイデアが必要だがなかなか生み出せない、社員の価値観が多様化してチームとしてまとまらない、組織のなかに壁があって、同じ土俵で問題をとらえることができない、などさまざまである。
コミュニケーションの4つの側面
コミュニケーションとひと言でいっても、その意味合いは広く、とても多くのものが含まれるので、まず少し整理をしてみたい。コミュニケーションの分類の考え方はさまざまだが、ここではわかりやすくするために大きく4つの側面に分けて考えてみることにする。
1つ目は意志疎通や伝達の側面である。これは自分のもっている情報を相手に適切に伝えることである。コミュニケーションの基本となるもので、一般的には「報・連・相」のようなものがイメージされる。
ここでポイントとなるのは、わかりやすさや簡潔さである。結論から話すと、5W2Hをはっきりと伝える、簡潔にポイントをまとめる、といったことが求められるだろう。
2つ目は説得や説明のコミュニケーションである。これは、自分の考えを相手に理解してもらうためのものである。具体的な場面としては、プレゼンテーションや商品の売込み、また相手と考え方をぶつけ合って正しいものを選択する議論やディベートなどもここに含まれるだろう。
ここでポイントとなるのは論理性である。筋道を立てて、論理の誤謬や飛躍、漏れがなく話すといったことが求められる。実際のコミュニケーションの場面では、PREP(Point:ポイント、Reason:理由・根拠、Example:具体例、Point:ポイント)の順番で話すなどが効果的である。
これら2つはビジネスを適切に進めるうえでもちろん重要なものであるが、この2つだけでは人間関係がぎすぎすしてしまう。そこで3つ目として、人間関係を円滑にするといったことがコミュニケーションの大きな役割としてある。日々の挨拶から始まり、仕事と直接関係のない雑談やインフォーマルな会話、あるいは職場から出ての飲み会や職場旅行といったものなどが場面としてあげられるだろう。
ここでポイントとなるのは、喜びや楽しみを仲間と共有することにある。仲間とともに時間を過ごした体験が信頼関係を生み、職場の潤滑油となる。現代では、過度に個人のパフォーマンス志向が強まり、職場内の連携や一体感、関係性が弱くなっていることもあり、コミュニケーションのこうした機能の重要性が高まっているように思う。一時見かけなくなっていた社内運動会やイベントなどが復活しているのも、こうした背景があるためと考えられる。
ただし、この3つ目の側面は確かに重要であるが、これだけでは新しいものは生まれない。かかわる人々の多様性や問題の複雑性が高まっている現在では、たんに関係性を円滑にするだけではなく、皆が話し合いに参加し、ともに考え、学び合い、探求しながら、新たな価値を生み出していくことが大切である。それが、コミュニケーションの4つ目の側面である「対話」である。職場を本当の意味で活性化させていくためには、この対話を促進させることがとても重要となる。
対話をとおして職場の活性化を実現する
それでは、対話とはいったいどういうもので、ほかの3つの側面とは何が違うのであろうか。当社では、対話を「参加者が自分の立場や見解に固執することなく、そのときどきのテーマをともに探求するプロセス」というように位置づけている。
これは、意見の正否・妥当性を競うような議論やディベートとは異なり、想いや体験を分かち合い、枠組みを外し、発見し、共有化するプロセスをとおして、皆が本当に大切にしていきたいことが浮かび上がってくるような話し合いである。
それでは、対話を通じて、職場が活性化されるとは、具体的にどのような状態を指すのだろうか。そのイメージをつかむうえでは、マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授が提唱する「成功の循環」(図1)が参考となる。
人々の関係の質が高くなると、集団的な思考の質が上がり、それが行動の質を高め、さらに結果の質につながる。すると、ますます関係の質が高くなる、といった循環を指している。とてもシンプルなモデルだが、組織が活性化していくプロセスの本質が表されているように思う。
実際に職場のなかで効果的な対話を行っていくと、この循環がうまく回りだす。まず人々がオープンに想いや体験、背景を語り、全員がその話に真摯に耳を傾けていくと、他者をより深く理解することができ、よりよい協働関係を築くことができる。そして、短絡的な判断や断定をせず、固定観念や枠組みを超えて探求すると、話し合いのなかから深い気づきを得て、自分の認識や見方が変わってくる。また、お互いの想いを基に新しい目的意識やありたい姿が創造される。
ありたい姿に向けて、何を行っていくかの具体的なイメージを考えていくと、参加した人々の意志やコミットメントが高まってくる。そして、そうした話し合いのなかから生み出されてきたものが結晶化され、個人のレベルを超えた新しい知識・知恵や、参加した人々の喜びや達成感、成長感につながってくる。
このように、成功の循環がうまく高まるような対話の場を、日常の機会・場面を活用してデザインしていくことが、職場の活性化につながるコミュニケーションのあり方といえるだろう。
日常のなかで成功の循環をデザインする
それでは日常のなかで成功の循環を回していくために、どのような場面・機会が活かせるだろうか。日々の仕事のやり取りや雑談なども活かせるかもしれないが、人々が集まる場という意味では、日常の会議やミーティングなどがあげられるだろう。
実際、会議やミーティングでは伝達をしたり、掲げた議題にについてアウトプットを出すことも大事だが、より長期的な側面からみると、会議やミーティングのなかでの話し合いのあり方が、人々の関係の質や思考の質に影響を与えることも多い。そのため、たとえば一部の人が話すだけで、後の人は受け身的に聞いているようなことがパターン化されていると、組織の体質そのものが、受け身的になってしまうであろう。
そうした背景から、昨今では、会議やミーティングの進め方を変革することから組織の文化を変えていこうとする動きも高まっており、私もそうした支援を行う機会が多い。では、具体的に日常の会議やミーティングを使って、どのように成功の循環を回していくのか、またそのときにどのような手法やツールが有効に活用できるのか、実例をあげて紹介したい。
実例に基づいた手法・ツール
ある企業では、社員の主体性や当事者意識が高まらず、悩んでいた。その背景には、ふだんの会議も、上司やリーダーから一方的に説明・説得が行われるような進め方が中心で、ほとんどの人は聞いているだけで会議に主体的に参加していない状況があった。そこで、有志が集って、組織内で定期的に開催されるミーティングの進め方を、より相互作用が高く皆が主体性をもって参加できるように、さまざまな手法やツールを駆使して変えていくことにした。
実際にはいろいろな会議の方法を変えていったが、ここでは部署のなかで期首に行われるチームミーティング(キックオフ)を取り上げ、どのような手法やツールを活用したのかを紹介したい。実践のポイントの解説を交えながら順を追ってみることにする。
具体的には、例年リーダーからの方針の説明と質疑応答で終了するキックオフ・ミーティングを、次のような形で進めていった。
1.スタート~「チェックイン」で関係の質を高める~
ミーティングは「チェックイン」を行うところからスタートした。チェックインは、お互いの背景の理解を深め、関係性を高めることをねらいとした手法である。具体的な進め方は、会議のスタート時に、1人ひと言ずつ、「いまの正直な気持ち」や「気になっていること」などについて、順番を決めずに1分程度で話し、質問や突っ込みはなしで全員が話し終えるまで続ける。
いまの正直な気持ちなので、業務と関係ないことでも OK である。このときは、初めてのチェックインの試みに、皆が戸惑いながらも、
「日曜日に子どもの野球の試合に行くのが楽しみだ……」
「積み残しの業務が気になっている……」
「昨日お客さまからこんな言葉をもらって……」
「何を話していいかがわからない……」
など、プライベートの話や仕事の話などさまざまなことが共有された。
最初はおそるおそるだが、参加者のなかにしだいに不思議と何を話しても受け止めてくれるという安心感が生まれてきた。たった10分間くらいの短い時間だったが、雰囲気も打ち解け、関係の質が少し高まったようだ。
◇解説:「チェックイン」の意味・ポイント
チェックインは、とてもシンプルな方法だが、その価値の高さを常々実感する。一見時間を無駄にして非効率に思えるが、チェックインを丁寧に続けていくと、職場に本音を安心して語れる場が形成される。お互いの背景への理解が少しずつ高まり、しだいに役割としてではなく、1人の人間として受け止める土壌が生まれるようだ。
実践のポイントは、ねらいや組織の状況によってもさまざまであるが、当社では、「順番を決めずに話したい人から始める」「質問や突っ込みなし」という決めごとをしっかりと守ることで、安心して話し合える環境を整えることを奨励している。できれば机を外して、輪になって行うとよいだろう。また、会議の終了時には、併せて「チェックアウト(感想をひと言共有する)」を行うと、さらに効果的である。
2.想いや体験の共有~ポストイットを使ったオープンな話し合い~
チェックインの後、リーダーから今日のゴールや議題の説明があった。例年であると、次にリーダーから、今期の上位方針の説明があるところだが、今回は事前にメンバーにメールで送付し、当日までに読んできてもらっていた。方針の説明を行う代わりに、今回は、期首を迎えるにあたっての、いまの各自の心境や想いを話して、皆がどのような思いをもって今期を迎えようとしているのかを、共有することにした。
ここまでに、チェックインをとおしてしだいに安心して話せる場が作られたものの、自分の本音や考えをいきなり全員の前で話して共有することは勇気がいり、ハードルが高いものである。一人ひとりの考えがまとまらないうちに、一部の人だけが意見を述べて話し合いの時間が終わってしまうと、全体の意見が形成されなかったり、参加性を損なうことになりかねない。
そこで、今回はポストイットを使って想いや体験を共有することにした。具体的には、期首にのぞむにあたって、いま率直に感じている想いや、体験から感じていることなどをポストイットに2分くらいで書き出してもらった。そして全員が書き終えたら、話したい人からポストイットに書かれた内容を読み上げて、それを補足するひと言を付け加えるような形で共有した。
1人の人が話している間は、他の人は口を挟まずに、全員が終了するまで耳を傾けて、共有が終わったら、改めて全員で共有してみての感想を話し合った。
「今年度はこんなことに取り組んでみたい……」
「○○を不安に感じている……」
など、いろいろな話が共有され、皆がどのような想いで期首を迎えようとしているかの全体の文脈をつかむことができた。とくに、ふだんは発言をほとんどしない人の率直な想いを、皆の前で自然と聞くことができたのもよかったようだ。
◇解説:「ポストイットを使った想いの記入」の意味・ポイント
「想いをポストイットに記入」→「全体共有」→「全員で話し合い」という、たったこれだけのプロセスだが、これを繰り返し取り組んでいくと、組織の関係の質や思考の質が高まってくる。たとえば、ポストイットを使うことで、話すのが得意でない人も、ゆっくりと準備をして自分の考えを短く書く機会が与えられる。また、だれかの発言を聞く前に、まず「自分はどう考えているのか」を書き出すことで、人の意見に左右されずに、自分で考える思考の癖を作ることができる。そして、一人ひとりの話にきちんと耳を傾け、皆で考える姿勢を生み出すことにつながる。
ポストイットは、一般的にはブレーンストーミングなどで、アイデアを整理したりするときなどに使われるが、気軽に書き込んだり、捨てたりできる利点を活用して、一人ひとりの率直な考えや本音の部分を自然に共有することにも役立てられる。
3.共有ビジョンの創造~一人ひとりの想いからチームのありたい姿を描く
お互いの想いへの理解が進んだところで、いよいよチームとしてのありたい姿を共有のビジョンとして描き、皆が共通の目的や方向性に進んでいけるようにした。
共有のビジョンの創造の進め方にはさまざまなものがあるが、この例では、短い時間で効果的に進めるために、前述のようにポストイットを使った。今期が終わったときに、自分がどうなっていたいのか、仲間や組織がどうなっているのか、どのような価値が生み出されたらいいのかといったことを、現実の制約を脇において考え、それを皆でポストイットに書いて読み上げるような形で共有していった。
とくにまとめたり、1つの解を導いたりはしなかったが、チーム全体として「こういうことを実現していきたいんだ」という、ありたい姿が文脈レベル(全体像や皮膚感覚)で描かれ、チーム全体の集合的な思考の質が高まっていった。互いの細かな考え方の差異にとらわれることなく、一人ひとりの力を活かしながら、自律的に動く体制が整ったといえる。皆で想いを共有していくところから、ありたい姿が生まれるのである(図2)。
◇解説:「共有のビジョンの創造」の意味・ポイント
共有のビジョンは、一部のリーダーが作りメンバーに組織のゴールや方針を伝えるものではない。これでは、聞いているメンバーにとっては他人事になってしまい、本当の意味での一体感やコミットメントは生まれない。
重要なのは、一人ひとりがありたい姿を語り、そこからホログラム(一人ひとりの想いのなかに全体像が映し出されている)のように、皆でビジョンを描いていくことが大切である。
そうすることで、一人ひとりの想いを尊重しながら、現実の困難に皆で向き合い、協力してそれを乗り越える基盤を築くことができる。
またビジョンを与えられるのではなく、一人ひとりがビジョンを考えるプロセスをとおして、組織のゴールや方針、戦略といったものにも、より強い意味をもって取り組めるようになる。
共有のビジョンというと、会社のビジョンを浸透させるような規模の大きな取組みを連想されるかもしれないが、たとえば自分がかかわるプロジェクトのビジョンであったり、チームが期末に実現したい状態であったり、会議やミーティングが終わったときに達成したい状態など、より自身に身近な取組みをとおして実現したい姿をありありと描いていくことに、大きな意味があるように思う。
描き方も、皆で話し合った内容を文章としてまとめたり、一人ひとりが1年後のビジョンを物語として描いて共有していくようなものもあるが、この例のように口頭で話し、聞くだけでも十分に共有のビジョンはできるので、気軽に取り組んでみて、皆でありたい姿を共有できたときのエネルギーを実感してもらえればと思う。
4.「マインドマップ」で全体像を描く
皆でありたい姿、ビジョンを描いて共有した後は、その実現に向けて、チームとして重点的に取り組んでいく課題を明らかにすることにした。その際、一部の人の問題意識だけで進めてしまうと、全体像を見失ってしまうこともあるかもしれない。そこで、皆で「マインドマップ」を描き、取組課題や影響要因を見える化することにした。
マインドマップとは、英国のトニー・ブサン氏が発案し、提唱した記述法である。中央にイメージ(イラスト・キーワードなど)を描き、そこから四方八方にツリーを広げ、中央のイメージに関連・連想される言葉やイラストを描いていく。関連する多くの情報を可視性・可読性に優れた形で記述することができる。
皆でマインドマップを描くにあたっては、模造紙6枚くらいをつなぎ合わせて大きな模造紙を作り、中央にテーマ(今回の場合は、「ビジョンに向けてチームで取り組みたい課題・テーマ」)を書いた。そして、関連するキーワードやテーマを思いついた人から順に発言し、それをツリー上に書き込んで整理していった。
マインドマップの検討では多くの意見が活発に共有された。一つひとつの意見がマップ上にまとめられていくプロセスをとおして、自分たちが取り組む課題の全体像がみえてきたようだ。そして、最後に、とくに皆が関心のある枝はどこかを考えて投票を行い、皆でこれから取り組む課題を明らかにしていった。
◇解説:「マインドマップ」の意味・ポイント
マインドマップは、一般的には議事録やアイデアメモ、情報の整理などを用途として、個人で描くものとして知られているかもしれない。しかし、これを集合的に行っていくと、集まった人たちの「脳地図」を描けるようで、全体像の理解につながる。しかも、皆で描いて作成していくことで、全員の視点を活かして作ったという達成感も味わえる。実際に企業のなかで使うと、気づきや発見が多く思考が促される場面でもある。
実践のポイントは、マインドマップを描く際に、自分の出したキーワードやテーマが、どこの枝に描かれるかについて、最終的に本人の判断に委ね、主体性を最大限重んじることである。また前述のように、投票を組み合わせると効果的である。
5.「テーマ別ダイアログ」で探求を深め、意思決定を促進する
マインドマップに投票を行ったことで、いくつか重点テーマを導き出すことができた。そこで、今度は導き出したテーマごとに、関心の高い人たちが自主的に集まってチームを形成し、そのテーマの背景やポイント、具体的にどう進めるかといったことをオープンに話し合ってもらうことにした。
ここまでのプロセスをとおして、集まった人たちの関係、思考の質がかなり高まっていたこともあり、話し合いはとても相互作用が高く進められた。各チームには、最終的に1行でもいいので結論を導き出してもらい、話し合った内容と併せて模造紙に議事録としてまとめ、最後に全体共有を行った。各チームから出された結論については、その場で意思決定できるものは行い、今後も検討が必要なものはプロジェクトチームを作って進めることにした。自分たちで考え、自分たちでテーマや推進方法を決められたことから、チームの自律性はとても高まった。
◇解説:「テーマ別ダイアログ」の意味・ポイント
通常ミーティングや会議では、あらかじめ話し合う議題やテーマが決められていることが多いのではないだろうか。そうではなく、参加者自らがテーマを出し合い、そのテーマに関心がある人が集まって話し合いをすることで、自律性や参加性が格段に高まり、その後の行動の質の向上にもつながる。
テーマを検討する方法としては、前述のマインドマップのほかに、参加者が関心のあるテーマをポストイットやA4の用紙などに書いてもらい、それを皆で発表し、似たようなテーマをまとめていくような形もある。
また、ダイアログの基本ルールである、次の4つのポイントを提示することも併せて推奨したい。
1.対等で自由な立場で参加する
2.自分の考えにこだわらない、固執しない
3.自分の考えやその背景をオープンに示すよう努める
4.人の意見の背景を理解しようと努める
6.「スタンダード3」で行動・結果の質を高める
今期のチームの活動の方向性がみえてきたところで、最後に全員で「スタンダード3」を決めることにした。スタンダード3とは、ビジョンの実現に向けて、グループ全員が取り組む3つの行動指針であり、全員が心を込めて守っていきたいこだわりや約束のことである。スタンダード3で掲げたことがあたり前に、つまりスタンダードになったら、そのスタンダードは完了し、次に取り組むスタンダードを決めて取り組むというように、自分たちの行動を進化させていく。
スタンダード3を決めるにあたっては、皆で候補を出し合い、全員が納得して合意できるものを選んだ。全員が合意したことで、チームとしての意思や覚悟が生まれてきたようであった。
そして、最後に「チェックアウト(感想をひと言)」述べて、キックオフのミーティングは終了した。
◇解説:「スタンダード3」の意味・ポイント
成功の循環を効果的に回していくためには、ミーティングや会議の場以上に、それが終わった後のプロセスが大切である。せっかくミーティングでいい話し合いが行われても、それがその後の変化にうまくつなげられないと、なかなか活性化に結びつかない。
スタンダード3は、会議やミーティングの終了後にも集団としての行動の質を高める効果がある。だれからもやらされることなく、自分たちで決めて一歩を踏み出すことがチームの主体性を高めるからだ。そして、それを進化させ続けていくことで、結果の質につながる。
実践のポイントとしては、スタンダード3を決めるプロセスにおいて、説得をしないということがあげられる。だれかに説得されて、しぶしぶ決めたスタンダード3ではやる気が出ないからだ。どんなに小さなものでもいいから、自分たちで主体的に決めたことから始めていくことが活性化につながるのである。
成功の循環を意識して対話の場をデザインする
ここまで、ミーティングや会議のあり方を変えることから、職場の活性化につなげるイメージを、実例をとおして紹介してきた。この企業では、こうした話し合いの進め方をさまざまな場面で行い、社員の参画意識やモチベーションを大きく向上させた。いまでは数年前と比べても組織の文化・風土自体が大きく変わってきている。働く人々の会話の仕方が変わることが、人々の意識を変え、大きな価値を生み出したといえる。
この実例のなかでは、手法やツールを6つ紹介した。この6つは実例のように一連の流れとして活用できるが、一つひとつの手法・ツールを単独で使うこともできる。まずはふだんのミーティングでチェックインだけやってみる、またはプロジェクトのスタート時などにありたい姿だけ描いてみる、といった使い方も十分高い成果を生み出せると思う。
もっとも、ここで紹介したものはあくまでも例であって、対話を促進させるための手法やツールはこれ以外にもたくさんある。大切なポイントは、成功の循環を意識した場をデザインすることである。
前述した実例でも、いきなり最初から行動の質や結果の質が高まったわけではない。関係の質や思考の質が少しずつ高まり、それがやがて行動や結果の質につながっていった。そうしたデザイン、工夫に取り組んでいただきたい。
ミーティングのねらいやかけられる時間、参加者の数、特性などによっても効果的な手法は変わってくる。関係の質を高めるには、チェックインでなくても心からの挨拶をお互いにするといったものでもいいだろう。手法やツールにとらわれすぎずに、自分たちに合ったものを生み出していきたい。
アドバンスな手法の活用
ここまで紹介してきた手法・ツールは、どちらかというと特別なスキルを必要とせず、日常の中で気軽に使えるものを示した。しかし、職場の活性化の取組みが進んでくると、より高度なニーズが出てくるかもしれない。たとえばオフサイトでのミーティングを合宿形式で2~3日かけて行ったり、全社員が集まる大規模ミーティングを企画したりといったことである。そうした難易度が高い取組みでは、より構造度の高い話し合いが必要となってくる。
そうしたとき、昨今では、かかわる人々すべてが一堂に会して話し合いに参加し、創造的な価値やアクションを生み出していく「ホールシステム・アプローチ」の手法が多く活用されている。代表的な手法には「ワールド・カフェ」がある。
ワールド・カフェは、人々がオープンに会話を行い、自由にネットワークを築くことのできるカフェのような空間からナレッジを創発する話し合いの方法である。1時間半から2時間程度の時間で、数十名から、ときには数百、数千名の人々が、自分たちが探究したい質問・テーマについて一堂に会して話し合うことができる。
いまでは世界中の企業やコミュニティで活用されており、日本でも広がっているのでご存知の方も多いだろう。実施にあたっては、人々がリラックスして気持ちよく参加できるようなホスピタリティの高い場を築いていくことが大切である。
そのほかにも、AI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)、OST(オープン・スペース・テクノロジー)、フューチャーサーチといった手法も広く活用されている。
こうした手法は、進行にあたっては専門的なスキルや経験が必要であるため、ここですべての概要やポイントを述べることはできないが、当社のホームページのナレッジサイト(理論や手法、研究成果を紹介しているページ)でも詳しく解説しているので、ご参照いただきたい。
そのほかにも、インターネットや書籍等で数多くの情報が発信されており、各手法を学べる機会も増えてきている。また、最初は外部の専門家やコンサルタントの手を借りるのも一案だろう。
おわりに~原理・原則を大切に~
以上、ここまで職場を活性化させる対話の考え方や手法・ツールについて紹介してきた。こうしたアプローチには正解があるわけではないので、ぜひ自分が始められるものから自信をもって取り組んでいってもらいたい。
そして、その際最も重要なのは、対話の場に取り組んでいく私たちの姿勢やあり方である。
どんなに優れた手法やツールを使っても、私たちの姿勢が、「相手をうまくコントロールしてやろう」「こういう落としどころにもっていこう」といった、旧来の予定調和的・指示命令的なものではうまくいかない。大切なのは、「自分の想いを語り、人の想いに耳を傾けて、判断を保留して、探求する」という姿勢であり、原理・原則である。こうした原理・原則を意識しながら取り組み、そこから社内のコミュニケーションが深まり、職場の活性化が少しでも進むことを願っている。
「人事実務」(産労総合研究所)2013年6月号掲載