市民参加の事例から「参画」のあり方について考える
企業の中で組織開発の支援をしていると、「参画」や「参加」といった言葉を使うことが多い。参画の対象はさまざまであるが、働く人々が何かに参画することを通じて、一人ひとりの当事者意識や主体性が高まり、個人の力や想いを集合的な力へと昇華させていくことは、企業のより良い未来を創るうえで重要なレバレッジである。
それは、企業に限らず、行政や市民によるまちづくりでも同様であろう。オープンな対話を通して人々の参画を促す手法には、AIやワールド・カフェ、OST、フューチャーサーチなどがあるが、こうした手法は、もともと行政や市民参加の営みの中で発展してきた経緯がある。
そこで、今回は特に市民参加の考え方や実践が進んでいる欧米を中心に、市民参加の例をいくつか紹介することで、参画のあり方について考えてみたい。
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多様な視点と十分な討議が学習を深め、課題意識を高める
市民参加にもさまざまな形式があるが、特にヨーロッパでは、市民が制度的に政策立案過程に参加できるようにする研究・実践が盛んに行われている。その代表的なものに、「プランニング・セル(計画細胞)」がある。
プランニング・セルは、ドイツのブッパータール大学ピーター・C・ディーネル教授により1970年代に開発され、市民参加のニーズが高まる昨今、特に注目を集めている。(原語はドイツ語で「プラーヌンクスツェレ」と紹介されているが、ここではわかりやすく「プランニング・セル」としている)。
プランニング・セルでは、都市計画や交通・エネルギー問題、環境政策など、市民と密接に関わる課題に対して、性別、職業、年齢など社会全体を代表する参加者が無作為に選ばれ、豊富な情報をもとに一定期間議論を行い、課題に対する具体的な提言を行う。
ケルン市庁舎地区の再開発計画において、歩行者のためのオープン・スペースとして広場を残すことをプランニング・セルが提言し、それを市が受け入れた例などが、篠原一東京大学名誉教授著の『市民の政治学――討議デモクラシーとは何か』(岩波新書)で紹介されている。
プランニング・セルの運営方法を簡単に述べると、まず参加者が住民台帳から無作為で選ばれる。そして、25人(5人×5グループ)が1つのプランニング・セルを構成し、4日間に及ぶ会議に参加する。
1日の会議は、1セッション90分の討議が4回行われる。各セッションの冒頭には、専門家や利害関係者から20~30分程度の情報提供が行われ、場合によっては市内を視察に行くこともある。4日間の充実した討議を通して参加者は合意形成を行い、具体的提言をまとめていくという流れである。
こうした制度的な市民参加の手法としては、ほかにも、イギリスで試みられた「討議制意見調査」がある。これは、「犯罪」や「国民保険制度」など一定のテーマについて無作為抽出された参加者が、少数のグループ討議を繰り返した後で、意見の調査をする手法であり、アメリカの政治学者ジェームス・S・フィシュキン氏によって開発された。また、デンマークでは、「コンセンサス会議」という制度が1987年より行われている。
これは、科学技術に関する市民討議の機関であり、市民による運営委員16人によって、「遺伝子操作技術」などのテーマについて4日間十分な討議が行われる。討議制意見調査では、討議の様子がテレビ中継されたり、コンセンサス会議においても、討議の結論やプロセスが、マスコミ、企業、議員や国家の行政機関に公開されることで、間接的に世論の形成や政策策定に影響が及ぼされる。
参画という観点から、こうした制度的な市民参加の事例を見たとき、重要なポイントとしては次のようなことが挙げられる。
1.全体性と多様性を尊重する
一般的に市民参加で何かを行おうとすると、集まるメンバーが偏ってしまう傾向がある。そうならないように参加者の構成に配慮が必要となるが、その方法としては大きく2つある。
1つは上述したほとんどの例において使われている無作為抽出である。無作為に抽出することによって、全体性が確保され、社会全体の縮図(マイクロコズモ)を討議の場に創り出すことが可能となる。
もう1つは、たとえば企業人、NPO、行政、学校関係者、一般市民など、テーマに影響を与えると考えられるステークホルダーごとに参加者を集める方法である。これによってマイノリティを含めた多様性を確保することができる。
2.参加者の視座を高める情報提供
プランニング・セルでは、豊富な情報をもとに討議を行うというサイクルを繰り返していくことで、参加する市民の課題に対する理解度が除々に高まり、議論がより深堀りされていく構造になっている。
また、コンセンサス会議においては、知識だけではなく、賛成意見・反対意見など異なる立場からの意見表明も受ける。浅い議論で終わらないよう、必要な情報を多角的な観点から提供することで、参加者の視座を高めることが重要である。
3.全員が参加できる場づくり
人々が積極的に参加できるよう、上述した手法ではいずれも討議は小規模なグループで行われる。ワールド・カフェの基本原則も1テーブル4~5人となっているように、効果的な参画を生み出すためには、小グループでの話し合いは必要不可欠といえる。
またプランニング・セルでは、会合を重ねていくと、たとえ少人数の場合でもグループ内に力関係ができてくるため、各小グループの構成を毎回入れ替えるという配慮がなされていることも興味深い。
4.参加者の学習を深める
こうした市民参加の討議を行うことによる最も大きな効果の1つが、参加した市民の学習が深まることにある。参加者の感想として多いのは、討議に参加することで市政への理解が深まり、意識が高まったということである。十分な情報が与えられ、討議を尽くすことで、参加する前と後で参加者の考え方に変化が現れる。例えば、討議制意見調査では、討議を行う前と後で、参加者の政党の支持率などに変化が見られたとのことであった。
未来に対するポジティブな会話が、ダイナミックな行動を生み出す
次に参画の動きが、市民から自発的に生まれ、ダイナミックに人々の間に広がり、価値あるアクションが生成される例を紹介したい。
米国シカゴ市では、1990年代半ばに、元ファースト・シカゴ・バンク社の重役であったブリス・ブラウン氏によって、「イマジン・シカゴ」と呼ばれるプロジェクトが立ち上げられた。これは、シカゴ市民一人ひとりが、実現したい町の未来イメージについて語り、多くの人と共有することで、未来へのポジティブな行動を生み出していくものである。
できるだけ多くの人が未来像を語る機会を創るために、このプロジェクトでは、AIインタビューが活用された。シカゴの未来について問いかける質問文を使って、市民の間でインタビューが行われる。
「目を閉じて、一世代経ったシカゴがあなたの望む素晴らしい状態になったと想像してみてください。それはどのようなものですか?」といったポジティブな質問を通して、世代や人種の違う人々が話をすることで、互いの理解が深まり、質問するほうもされるほうも未来へ貢献していきたいという前向きな意識が高まる。
そして、インタビューを受けた人が、自分もインタビューを行ってみたいと感じたら、別の人にリレー形式でインタビューを行う。1人が10人に、10人が100人に、100人が1,000人に、そして1,000人が10,000人にという具合にインタビューの波が広がり、人々のポジティブな想いがつながっていった。特に子供たちが、聖職者、CEO、校長先生、両親、エンターテイナー、アーティスト、活動家、科学者など、町の大人に対して行ったインタビューは大きな成功を上げ、インタビューを行った子供たちの学力が向上するとともに、大人たちに大きな感動をもたらした。
イマジン・シカゴの成功を契機に、今このようなインタビューを通じて人々の想いを連鎖的に高め、より良い未来を創り出していく動きが世界中に広がっている。例えば、「イマジン・ダラス」、「イマジン・ウェスタン・オーストラリア」、「イマジン・ゴッドランド、スウェーデン」といったところでも同様な取り組みが行われ、今や数百万のインタビューが世界中で行われている。今年は横浜でも開港150周年を記念して「イマジン・ヨコハマ」というイベントが開催され、市民の声で横浜のブランドを創ろうという試みが催される予定である。
日本における市民参画の例
こうした市民参画の取り組みは日本においても数多く実施されている。例えば三鷹市は、1970年代から市民参加に取り組んでおり、住民参加型市政の草分け的存在である。
特に98年からは、市の基本計画に白紙段階から市民が参加し、「みたか市民プラン21」を市に提言したことが有名である。
同様に、東海市や小田原市などでも市民と行政の協働・共創のまちづくりが進められている。また、最近の例では、松戸市において、2011(平成23)年度から施工される後期基本計画の策定プロセスにできるだけ多くの市民や市職員の想いを反映させ、市民と行政が共に松戸の明るい未来を創り出すことができるよう「イマジンまつど」という取り組みが進められている。
これまでに松戸市役所職員のうち、約1,200人が自主的にリレー形式のインタビューを行い、未来ビジョンを共有したり、130人以上の職員が一堂に会し、オープンに話し合う「職員みんなの対話会」などの試みが行われてきた。今後は、こうした動きを市民参加にも広げていくことになっている。行政職員が、数多くの市民の生の声を聴く「あなたの想いを聴くインタビュー」や、異なるステークホルダーたちが松戸の未来について話し合うまちづくり市民会議などが実施される予定である。
ここまで国内外の行政や市民参画の事例を紹介してきた。社会情勢の厳しさや未来の不確実性が高まるなか、異なる立場の人々が垣根を超えて話し合い、お互いに協力し合い、一人ひとりが主体的なアクションを起こしていくことが、かつてないほど重要になってきている。こうした市民参加のあり方の変化と企業組織の社員参画のあり方の変化が、同じような傾向を示しているのが興味深い。今後は市民参加の動きからも組織変革のあり方を学んでいけるのではないかと思っている。
「企業と人材(産労総合研究所)」2009/05/05号掲載