タレントマネジメントから育まれるタレント・カルチャー
タレントマネジメントとは何だろうか。なぜ米国でその考え方が生まれ、今、人事・人材開発担当者の間で注目を集めているのだろうか。今回はその背景を探ると共に、タレントマネジメントを実現するために提唱されている考え方などを紹介したい。
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「タレントマネジメント」という言葉が現在、注目を集めている。米国で開催される世界最大の人材開発のコンファレンスASTD2008においても、基調講演のテーマとして取り上げられていただけでなく、その他の多くのセッションでも使われていた。
タレントマネジメントが生まれてきた背景
(1)人材マネジメントの歴史的展開からみたタレントマネジメント
米国における人材マネジメントの概念は、効率的な労働力の活用により、企業の競争力を高めることを目的として発展してきたといえる。
その推移を見てみると、1920年代に人事管理(Personnel Management)の概念が生まれ、その概念は1960年代に人的資源管理(Human Resource Management)、そして1980年代に戦略的資源管理(Strategic Human Resource Management)へと移っている。そして現在、タレントマネジメント(Talent Management)という新しい枠組みの概念が登場してきた。
こうした人材マネジメントの概念が移り変わってきた流れを見てみると、組織にとっての人材というものの価値が変化してきたことが見受けられる。以前は、成果を上げるための部品の一部として捉えられていた人材の価値が、短期的成果を上げるための顕在化された能力を持った資源へと変わった。そして今、それは資源からタレント(資質や才能)という概念へと変わってきていると考えられる。
従来使われていた “タレント” という言葉は、秀でた才能を持つ限られた人を指すというニュアンスが強かった。しかし、最近のタレントマネジメントの概念では、タレントという言葉に「すべての人、一人ひとりが才能、個性、強みを持ったタレントである」という意味を含んでいる。タレントマネジメントはすべての人材をタレントとみなすことで、人材の能力を最大限に活用することを目指しているように思われる。
では、このような概念が生まれてきた背景には、どのようなことがあるのだろうか。
(2)タレントマネジメントが現代社会に求められている背景
タレントマネジメントが現代社会に求められてきた第1の背景として、労働力の減少があげられる。
米国では今後20年の間に、4,600万人のスキルや知識を持ったベイビーブーマーが退職するという予測が、米国労働省によってなされている。このように、確実に労働力が減少すると予測される中で、今ある人材の力を最大限に発揮し、また、今ある労働力を失わないようにする必要があるという現実に迫った危機感が大きいように思う。
第2の背景として、人材の長期的な育成を図る必要性が挙げられる。米国の一部の企業では、経済成長に伴った人材の流動化を理由に、人材育成にコストをかけることに消極的になっていた経緯がある。
社外から獲得する人材に対しては、即戦力を求め、短期的成果を求めた。しかし、即戦力は企業には定着せず、また短期的成果が企業の長期的成長を保証するものではない。そこで、外部からの即戦力の雇用だけでは、長期的な企業の成長を担保できなくなってきたと考えられる。
そして第3の背景として、多様性への対応が挙げられる。外部環境の変化のスピードが速まり、複雑性が増す中で、求められる能力は短い期間で変わり、一方では人々の働き方や価値観も多様化してきている。そこで従業員一人ひとりの関心や価値観に個別に対応し、多様性を活かす方法を模索せざるを得なくなっているといえる。
このように、減少する労働力、人材の流動化、労働者環境の多様化といった内外の要因に適応し、企業の長期的成長を目指すために、今ある人材の活用、戦略的育成が欠かせないということから、タレントマネジメントが求められ始めてきたといえるのではないだろうか。
それでは、次に、タレントマネジメントが人事・人材開発の観点から現在どのように捉えられているのかについて、紹介する。
タレントマネジメントの捉え方
ASTDでは、「タレントマネジメントとは、現在および将来の組織の目標を満たすタレントの種類を規定し、人の資質、才能を育成、維持すること」と定義している。
一方、米国のHRMにおいて最大規模の団体であるSociety for Human Resource Managementによると、「タレントマネジメントは、広義では、現在および将来のビジネスニーズを満たすために必要なスキルと適性を持つ人を惹きつけ、開発し、維持し、活用するプロセスを開発することによって、ワークプレイスの生産性を向上するようにデザインされた、総合的な戦略、またはシステムを実施すること」と定義されている。
これらの定義から、タレントマネジメントには、「現在および将来のビジネスニーズ」を把握すること、「人を惹きつける」企業になること、「人材を育成」すること、「人材を維持」すること、「人材を活用」すること、などといった要素が含まれている。
では、具体的なタレントマネジメントを構成する内容は何だろうか。リーダーシップ開発の権威であるCenter for Creative Leadership(以下CCL)では、次のような8つの項目をモデルとして示している。
それは、
・経営陣のコミットメントとエンゲージメント
・重要なタレントの定義、開発、後継者育成
・ラーニングと開発
・コンピテンシーモデルの開発と展開
・採用活動
・報酬と評価
・パフォーマンス・マネジメント
・ナレッジ・マネジメント
であり、かなり幅広い捉えられ方がされているように思う。
タレントマネジメントを実践するために
こういった人事管理のトータルシステムといった考え方は、日本でも以前から言われていたように思う。それとタレントマネジメントとは何が違うのであろうか。タレントマネジメントを実践するには、前述したような項目のシステムや施策を個別に整備し、導入すればよいというわけではない。
1つは、タレントマネジメントを実践し、人事・人材開発の役割を統合したシステムを構築するためには、タレントの採用や育成等に対する方針を明らかにすることが必要であると考える点である。また、いくらシステムや施策を整備しても、それを活用するのは働く一人ひとりであることから、組織の人々が、長期的な視点からタレントを育てていくことへの関心を持ち、行動に移すことができるような文化も同時に育んでいくことが大切と考える点である。
CCLでは、「従業員が集団あるいは個人として必要である能力や、こうした能力とコミットメントを生み出す方針や実践を作り出す戦略を明確にするもの」を「タレント・ストラテジー」とし、また「(タレントを惹きつけ、開発し、保持していく)タレント・サスティナビリティという考え方について、組織的にコミットメントがなされており、それが日々の習慣や信念に反映されていること」を「タレント・カルチャー」と呼んでいた。
このように、タレントマネジメントを実践するためには、単にシステムや施策をデザインするだけでなく、戦略や組織文化の形成の観点から取り組むことが重要と考えるところが、従来の人事管理のトータルマネジメントとは異なる点ではないだろうか。
人材開発部門としてタレントマネジメントに関わるには
それでは、私たち人材開発部門はどのような形でタレントマネジメントの実現に関われるのだろうか。
前述のASTD2008において、キャリア開発の権威であるべバリー・ケイ氏は、タレントマネジメントを実現するための考え方として、キャリアダイアログというものを提唱していた。
キャリアダイアログは、上司と部下で行われるキャリア面談とは異なる概念であり、上司と部下の関係に限らない同僚同士を含む人たちの間におけるダイアログ(対話)である。キャリアダイアログを通じて、一人ひとりの異なる指向性やビジョンを探求・発見することで、従業員の組織に対するエンゲージメントを生み出し、パフォーマンスの向上につなげることを目的としている。
そのための施策として、個人のキャリア探求をアクションラーニングによって行うCAT(キャリア・アクションチーム)や、インフォーマルな場でお互いにキャリアコーチングを行う、カジュアルな場としてのコーチングカフェといったアイデアを紹介していた。
こうした取り組みは、CCLの言うタレント・カルチャーを育むためにできる人材開発部門の役割の1つといえるのではないだろうか。なぜならば、個の方向性の違いを見つけ、活かし合う仕組みをインフォーマル・ネットワークという形で組織内に構築することは、人々のタレントに対する意識を高めることにつながるからである。
このように、人材開発部門が組織内における対話の場を創出し、現場でインフォーマル・ネットワークを構築できれば、その構築された複雑なネットワークの中で、人々が互いの資質や役割を把握できるようになる。そして、多様な才能を持つ個々の能力を互いに活かし合うことを可能にし、人々の組織に対するエンゲージメントを生み出すだろう。それは従業員のリテンションへとつながり、組織の長期的成長を可能にする。そのサイクルがうまく回ることで、組織の長期的成長を可能にすると組織の人々が実感できれば、組織内でのタレント・カルチャーが自然と育まれていくと考えられる。
従来のヒューマン・リソース・マネジメント(HRM)とタレントマネジメントの違いを一言で言えば、働く個人一人ひとりの関心や能力開発に着目し、その活用を図ることで組織の成長につなげていこうということではないだろうか。これはエンゲージメントの目指すところと非常に近い概念といえる。
タレントマネジメントを行うことで組織の成長を実現するには、個人の関心や希望を尊重し、個人の強みを活かし合うタレント・カルチャーを醸成し、従業員のエンゲージメントを高めていくことがレバレッジになるのではないかと思われる。
「企業と人材(産労総合研究所)」2008年10月5日号掲載