ダイアログ~探求を深め、新たな価値を生成する話し合いのあり方~
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ダイアログとは
変化が激しく、正解が見えない時代と言われるようになって久しいが、昨年の金融危機以降、その傾向は高まっているといえる。現在企業や組織が対峙している課題の多くは、過去のやり方が通じなかったり、状況が複雑すぎて、誰か一部の人々が全体像を把握して解決するということができないものである。
複雑で難易度の高い問題に対しては、関わるすべての人々が、立場を超えてお互いを理解し合い、共に考え、皆で答えを出し、自分たちのできるところから一歩ずつ進んでいくことが重要である。そして、そうした集団での思考や相互作用の高い話し合いを実現するために必要なコミュニケーションの方法が「ダイアログ」である。
ダイアログの発祥と経緯
ダイアログという方法は決して新しいものではなく、太古からあったものと考えられている。本稿で取り上げる「ダイアログ」の開発者である米国の物理学者、デビッド・ボーム博士によると、ネイティブ・アメリカンの部族の生活にもその様子が見受けられるとのことである。
彼らは、夜、焚き火を囲んで輪になって座り、さまざまなことを話し合う。その場にリーダーはおらず、皆の意見が同じような重さで他の人々に受け止められる。長老に対しては、皆が敬意を抱いてはいても、長老の意見のみが特に重視されるわけではない。1人が話しているときは、その話が終わるまで、誰かがそこに割って入るようなこともない。皆が平等の立場に立ち、話し合いを進めていくうちに、始まったときと同じように、自然に話し合いが終わる。
このように意識の共有化を常に行うことで、お互いのことをよく理解し、狩猟のようなグループ単位での行動において、最低限の言葉の交換のみで、各自が全体の中での自分の役割をつかみ、すばらしいチームワークが発揮されるそうだ。実際に、今の時代においてもすばらしいダイアログが行われるときはこういった雰囲気にかなり近い。
現在、企業などの組織で使われているダイアログのもとになった考え方は、先述したボーム博士が、量子理論に基づいた人間の思考プロセスの研究を行う中で開発されたものである。その後、ダイアログはさまざまなグループによって研究・実践されることとなった。特に1990年代には、MIT(マサチューセッツ工科大学)のSoL(組織学習委員会)の研究グループによって、ダイアログは「ラーニング・オーガニゼーション」の中心的なプロセスとして位置付けられ、欧米の企業・組織を中心に広がり、大きな成果を上げるようになった。
ダイアログは探求を深める話し合い
それではダイアログとは具体的にどのような話し合いなのであろうか。ヒューマンバリューでは、ダイアログを「参加者が自分の立場や見解に固執することなく、そのときどきのテーマを共に探求するプロセス」と定義している。
ダイアログを理解するには、図表1に示したようにディスカッションと比較すると分かりやすい。ディスカッションの語源は「パーカッション(打楽器)」と同じである。そのため、ディスカッションは、意見を主張してたたき合い、何か1つの最適解への同意を得ることを、どちらかというと重視している。一方ダイアログという言葉は、「意味が流れる」という意味の「ディア・ロゴス」というギリシャ語に由来している。ダイアログは、自らの仮説を保留して出来事や意味をオープンに語り合い、さらに深い探求の結果、新しい行動や知識、意味が生み出されることを大切にした話し合いのあり方と言える。
ダイアログが深まるプロセス
ダイアログは前述したように探求の話し合いであり、その深まり方に特徴がある。南アフリカやグアテマラ政府で共有ビジョンやシナリオ・プランニングの取り組みを支援したアダム・カヘン氏は、図表2に示すように話し合いには4つのフェーズがあることを紹介している。
最初のフェーズは儀礼的会話(トーキング・ナイス)である。このフェーズでは、誰しもが当たり障りのない発言を繰り返し、本音が語られることはない。これまでの慣習に合わせて、特定の人によって、決められたことが決められたように話される。このときの人々の思考のパターンは「ダウンローディング」と呼ばれる。データをそのままダウンロードするかのように、自分の頭の中にある枠組みをそのまま話す。そして聞いているほうも、自分の考えに合わない話がされている間は、耳を閉ざして実質的には聞いていない。そうした状態では当然、新たな発見や気づきはない。
儀礼的会話から、少しずつ本音を吐露してもいいという安心感が場に生まれると、次のフェーズである論争(トーキング・タフ)へと移る。ここでは参加者同士が、自分が思っていることを率直に出し合い、意見をぶつけ合うディスカッションが行われる。
ただし、このときの思考のパターンは分析的で、評論家のように「べき論」が主張されがちとなる。その結果、異なる立場から参加した人々の意見の対立を解消できずに、妥協や服従に陥ることも多い。
多くの企業や組織で行われている会議やミーティングでの話し合いは、この2つのフェーズを行ったり来たりしているのではないだろうか。こうした状態では、参加者全体の思考能力や創造性を活かすことはできないといえる。
そこで必要なことは、自分自身の内面と相手の内面に深く耳を傾けることである。べき論ではなく個人的な思いや体験を共有したり、オープンな心で相手の話を聴き、相手の立場に立って考えることができると、3番目のフェーズである内省的ダイアログ(リフレクティブ・ダイアログ)に入ることができる。
ここでは、会話のパターンから断定的な口調が消え、今ここで話されている仮説をより深く探求するための問いかけが増えてくる。自分が受け入れられていることへの喜びを感じたり、場の一体感が現れてくる。そして、異なった見解を持った人々の間の対立的なエネルギーから、自分たちがこれまで持っていた見解を捨て去って、共に本当に重要なことを探求しようというエネルギーへと昇華するのである。
そうした内省的なダイアログを続けていると、これまでにはなかった新たな意味や方向性が生まれるようになる。このフェーズが、4番目の生成的ダイアログ(ジェネレイティブ・ダイアログ)である。人々からは、「本気」、「覚悟」といった強い意志を表す言葉が聴こえてきたりする。
ダイアログのゴール
ダイアログを実現するには、これらの4つの象限のどのフェーズに自分たちがいるのかを認識するとともに、どこを目指しているのかを見極めることが重要である。
話し合いが終わった後に、「今日の話し合いは盛り上がってよかったですね」、「今日はあまり盛り上がりませんでしたね」といった会話を聞くことがある。確かに盛り上がりもひとつの尺度かもしれないが、たとえ活発な話し合いが行われていても、自分たちの言いたいことを話すだけで、枠組みが変わっていなかったら、それは効果的とは言えないであろう。逆に、沈黙の時間が長く、静かな話し合いでも、そこで1人ひとりが相手の発言から深く自分自身を内省し、強い意志が生まれていたとしたら、それはとても価値のあることではないだろうか。
ダイアログが深まったときには、以下のような変化があるので、こうしたポイントをゴール・指標としていきたい。
・他者をより深く理解することができる
・より良い協働関係を築くことができる
・深い気づきを得て、自分の認識・見方が変わる
・個人のレベルを超えた新しい知識の創造や発見がある
・共有化できる新しい目的意識やビジョンが創造される
・次に何を行っていくかのイメージが、参加した人々の中に湧いている
・参加した人々の意志やコミットメントが高まる
・参加することに成長感や喜びを感じることができる
ダイアログの条件
そして、儀礼的会話や論争を超えて、内省的・生成的なダイアログを実現していくためには、探求が深まる「条件」を揃えていく必要がある。その条件は、数多くあるが、代表的なものを以下に整理して紹介したい。
①.すべての人が話し、すべての人が話を聴く
誰か特定の人が一方的に話すのではなく、全員が話し合える場づくりを行うことが重要である。全員が話し、全員がその話に耳を傾けたという体験が組織の一体感を大きく高める。「こんなに自分自身についての話を人に聴いてもらえたり、周りの人の話を真剣に聴くことができたのは初めてかもしれない」といった声がその後のエネルギーを生む。
②.断定せずに仮説を保留して話す
ダイアログでは、「仮説を保留する」という表現がよく使われる。断定的な口調で話されたり、相手の発言を受け入れずに否定的に捉えられると、それ以上探求が進まない。自分の支持する仮説にしがみつくことなく、「こうした仮説が生まれた背景には何があるのだろうか」といった探求的な姿勢で話し合いを行うことが重要である。
③.体験を語ることができる場を持つ
あるべき論や抽象的な議論だと、どうしても他者評価や自分との意見の相違に注目してしまう。しかし、「私が体験から感じたことですが……」というように、体験をベースに話をすると、人の体験を否定することはできないので、自然と共感的に聴いたり、他者の話から自らを内省するといったことが起きる。
④.コントロールされずに主体的に選択をする
強制的に参加を促したり、指示命令で話し合いの場をコントロールしようとすると、次第に参加者が次の作業を待つかのごとく受身的になってきて、場のエネルギーが失われてしまう。「自分が話し合いに参加するという選択をした」という主体的な認知を生み出すことが重要である。
⑤.全体像が見える
参加者1人ひとりの考えをオープンにしたり、話し合った内容を可視化できるようにしたり、全体で気づきや発見、それまでの話し合いで感じたことなどを共有したりすると、次第に参加している全員が1つの頭脳になったかのような全体像や集合的意識が、参加者の中に醸成される。
進化するダイアログの方法論
ここまでダイアログの価値や特徴について紹介してきた。では具体的にダイアログをどのように組織内に取り入れていくことができるだろうか。
実際には内省的なダイアログのフェーズに移ることはそう簡単なことではない。例えば、オープンな対話の場を社内で設けても、結局、話している人はいつも同じで、コミュニケーションのパターンは変わっていなかったり、「本音で何でも話していいですよ」と言ってみても、不安で誰も口火を切らないとか、逆に日頃たまっている不平不満を吐き出す場になってしまうといった経験をしたことのある方も多いのではないだろうか。
そのような事態を起こさずに、できるだけ高い確度で内省的・生成的ダイアログに入れるように、ダイアログのやり方は、ボーム博士が開発した当初から大きく進化している。具体的には、先に示したようなダイアログの条件が必ず起こるように、うまく「場」と「プロセス」が設計された対話手法が開発されてきている。
その代表的な手法には、
・アプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)
・オープン・スペース・テクノロジー(OST)
・ワールド・カフェ、フューチャー・サーチ、マス・ストーリーテリング
といったものが挙げられる。
紙幅の関係ですべての手法を詳しく紹介することはできないが、例えばAIでは、お互いの最高の体験や理想の未来像を聴き合うハイポイント・インタビューを行う中で、全員が自分の体験を話し、他者の体験に耳を傾け、全体で共有されるといった体験が必ず起きるような場とプロセスが設計されている。
また、OSTでは、参加者自身が情熱と責任をもって取り組みたいテーマを出し、それに関心の高い人が集まって、オープンな対話が行われることで、人々の主体性を高めることができる。ここに紹介したのは、ほんの一部の例であり、その他にも実に多くのポイントがこれらの手法の中には埋め込まれている。そのため、偶然性に左右されずに内省的・生成的ダイアログが実現できるのである。
構造度の高いダイアログを推進し、対話の文化を創る
組織や職場にダイアログを導入するにあたっては、ただ場を設けて「本音で言いたいことを話し合おう」という方法では、期待した効果を出すのは難しい。
まずはこうした構造度の高い手法を目的に合わせて活用して、安全にダイアログを行うことを推奨したい。
こうした方法論は、昔はコンサルタントや講師、あるいは企業の人事・人材開発担当者といった専門家が学ぶことがほとんどだった。しかし、今私どもでお手伝いしている企業では、現場のマネジャーやリーダーがこうした方法論を学びながら、会議やミーティングのあり方を革新するケースが増えている。
現場のメンバーが日常のコミュニケーションにそうしたことを取り入れていかないと、現場のイノベーションやパフォーマンスの向上につながらないからだ。活用する範囲も、例えば日常の定例会議やミーティング、期首のキックオフ会議、部門横断のプロジェクト、アクションラーニングなどさまざまである。こうした機会を通じて、構造度の高いダイアログを多くの人が体験していくと、次第にその価値が実感され始め、仮説を保留して考えたり、オープンに話し合うことが組織の習慣になってくるのである。チームがそういったダイアログの文化を獲得することで、働くメンバーのやりがいを高め、チーム力を高め、企業の価値を高めていくことを期待したい。
「企業と人材(産労総合研究所)」2009年8月5日号掲載