シナリオプランニング~自分たちの未来を描き、創造するプランニング技法~
問題の複雑性や将来の不確実性が高まるなか、皆が望む将来ビジョンをいかに見出し、長期的な視点から戦略や計画を立てていくことが、企業や行政にとって、これまで以上に重要となっている。
将来を予測するプランニングの技法は数多くあるが、このような背景から、現在「シナリオプランニング」という手法が注目度を高めている。
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シナリオプランニングの歴史
発祥は軍事計画~ビジネスの事業戦略構築・マネジメント手法として活用が進む
ロイヤル・ダッチ・シェル社においてシナリオプランニングの責任者を務めたキース・ヴァン・デル・ハイデン氏によると、シナリオプランニングの発祥は、第二次世界大戦後の米空軍の軍事計画研究に遡るという。
初期のシナリオプランニングは、予測を立てて、それを管理するという古典的なプランニング手法にすぎなかったが、その後、方法論が進化し、ビジネスの事業戦略構築・マネジメント手法として活用が進むことになった。特に1970年代、ロイヤル・ダッチ・シェル社が活用し、大きな成果を上げたことで、一躍注目を集めることになった。
同社では、未来がどうなるのか、それがなぜ起こるのかを組織内で突き詰めて考えていった結果、複数の未来のストーリーをシナリオとしてまとめた。
その1つが、「石油危機シナリオ」である。シェル社では、事前に組織内の体制を整えていたことで効果的に対応することができたのである。同社では、その後も専門のシナリオチームを社内に擁するなど、シナリオプランニングを戦略構築や組織学習の核として位置づけ、継続的に取り組んでいる。
そのほかにも、PG&E社やモトローラ社などが代表的な導入企業として挙げられるなど、現在、さまざまな企業で活用が進んでいる。
政府系組織・機関においても活用が進む
その後、1990年代以降は、政府系の組織・機関においても活用が進んだ。南アフリカ、グアテマラ、コロンビアなど、比較的政情が不安定な地域において、国や社会の未来を描く方法として用いられた。
特に、南アフリカの「モン・フルーのシナリオ」(The Mont Fleur Scenarios) が有名である。1990年代初頭、アパルトヘイト廃止後の南アフリカでは、多数の対立する政治勢力が存在する状況の中で、いかに新体制を生み出すかが課題となっていた。そうしたなか、互いに対立するステークホルダーたちが一堂に会して対話を行い、今後南アフリカに起こりうるストーリーを分岐点ごとに4つのシナリオにまとめた。
1つ目は、話し合いによる革命が失敗に終わり、政治勢力が分裂したまま、現体制が延命される「オストリッチ(穴に頭を突っ込んで危機を見ないようにするダチョウのような)」シナリオである。2つ目は、話し合いに成功し、新体制が生まれても、迅速な改革を遂行する能力を有していない「レイム・ダック(死に体)」シナリオである。3 つ目は、強い中央政府の樹立に成功しても、低所得者向けのばらまきを行い、ついには破綻してしまう「イカロス(高く飛び上がった後に墜落する)」シナリオである。そして、4つ目が、民主主義が徹底され、持続可能な成長の「フラミンゴ(飛翔)」シナリオである。
南アフリカでは、この4つのシナリオを広く政府関係者や国民に提示した。そして、自分たちが何を目指しているのか、そこへ行き着くためには何を乗り越えなければいけないのかについて、多くの人が理解を深め、対立を乗り越えてフラミンゴの飛翔へと進むエネルギーを得るとともに、その後の政策に大きな影響を及ぼしていったのである。
シナリオプランニングとは
それではシナリオプランニングとは、具体的にどのようなものであろうか。ヒューマンバリューでは、「望ましい未来の状態を探究し、それを実現するプロセスをシナリオとして描くことで、どのようなことが起こりえるのか、またどのような選択肢や行動の仕方があるのかについて、総合的にイメージとして理解や共感を得る手法」と定義している。より詳細なイメージを得るために、いくつかの特徴をここで紹介したい。
ストーリーでプランを描く
将来の計画やアクションプランなどを立てるときに、私たちは通常、箇条書きで表すことが多い。しかし、箇条書きはシンプルに表現できる反面、その施策がどのように実行され、どんな価値を実現できるのかといったイメージは湧きづらいものである。シナリオプランニングでは、プランをありありとストーリーで描くことにより、以下のような効果が挙げられる。
・より直感的に社会の構造的な変化を理解できる
・複雑な現実を分かりやすいストーリーに置き換えて聴き手に伝えることができる
・自分たちの役割や行動のあり方をイメージできる
複数の選択肢を考え、提示する
シナリオプランニングでは、起こりうる未来をいくつか想定して、複数の異なるシナリオを描いていく。複数の未来を考えることで、幅広い可能性を検討することができ、シナリオの分岐点を考えることを通して、望ましい未来へ向かうために何が成功要因になるのかを見出すことができる。また、複数のシナリオを提示することで、未来の選択肢が1つではなく、複数あるということを理解し、自分たちが主体的に未来を選択することが可能となる。
組織全体の学習につながる
シナリオプランニングでは、数多くのステークホルダーがプランニングに関わることになる。組織内外のさまざまな人々と、未来に実現したいイメージやそこに至るプロセスについてオープンに話し合うことで、以下のような効果がある。
・幅広く情報を得ることができる
・視野が拡大する
・影響関係が分かる
・異なるステークホルダー同士が、お互いの理解を共有化する
・未来の方向性を合わせることができる
シナリオプランニングの可能性
このようにさまざまな効用があるシナリオプランニングであるが、最近では、シナリオに取り組む目的や位置づけに変化が見られるようになってきた。シェル社においてシナリオチームの一員として活躍し、南アフリカのシナリオプランニングにもファシリテーターとして携わったアダム・カヘン氏は、講演の中で両者の取り組みを振り返りながら、次のように述べている。
私たちは、シェルで使っていたのと同じ方法論を使っているにも関わらず、南アフリカのプロジェクトにおいては、何か違うエネルギーを感じました。それは方法論はまったく同じでも、目的が基本的に違ったということです。シェルでは、どんな未来が来ても、会社がその未来にうまく適応するために、シナリオを使ってきました。しかし、南アフリカのプロジェクトにおいては、よりうまく適応するためではなく、新しい、よりすばらしい世界を創造するためのものだったのです。これが、根本的に違うエネルギーをチームにもたらしました
これらを整理すると、シナリオプランニングは、その目的に応じて、図表1に示したように「未来適応型」と「未来創造型」の2つがあると考えられる。
前者は「起こりうる未来を複数の構造的に異なったシナリオとして描き、どんなシナリオにも対応できるような戦略・組織体制を構築する方法」であるのに対し、後者は、「自分たちが生きていく、より素晴らしい未来を創りだす方法」である。
この2つはどちらが正しいというわけではない。しかし、現在は、自分たちだけが生き残ることができればよいといった部分最適ではなく、より社会全体の最適を目指す必要がある。また立ちはだかる困難を乗り越えるために、これまで以上に人々の “意志の力” が求められている。そうした時代のなかでは、立場の異なる人々と、自分たちが実現したい未来を築いていくアプローチである後者のほうが、重要性が増していると考えられる。
日本における取り組みはまだ少ないが、いくつか成果を上げている事例が出始めている。私どもが支援させていただいたものでは、リクルートが2005年に行った事業部門長を対象としたリーダーシップ・ジャーニーという6ヶ月間のアクションラーニングの中で、「2015年の未来社会」のソーシャル・シナリオを探究し、「実現したい未来社会」を現実化するための事業戦略を探究した。そして、2006年から2007年にかけては、役員も協働して「2020年の実現したい未来社会」から事業戦略を創出する取り組みへと進化し、そこから複数のイノベーションの取り組みが生まれている。
また、自治体においても、例えば小田原市では、総合計画の策定にあたり、34の施策において、現状から未来に向けて、どのようなプロセス展開の可能性があるのかを複数のストーリーとして描く取り組みが進んでいる。その過程では、異なる部署の職員同士がシナリオをもとに垣根を越えて、市の未来をどうしていきたいのかといった話し合いが至るところで行われるなど、効果的な組織学習が進んでいる。
今後もシナリオをもとに、自分たちが未来をどのように築いていきたいのかについての対話が行われ、意志をもって未来を選択し、創造する取り組みが企業や行政体に広がっていくことを期待したい。