学習する風土をつくる~組織をシステム(生態系)として捉えた仕組み・制度づくり~
昨今、企業における人材開発の取り組みをたずねると、組織の中で学び合う風土をつくることを狙いとしたものが多い。しかもその取り組みの内容は、座学や集合研修のメニューを並べるといった従来型のアプローチを超えて、1人ひとりが体験や相互作用から自律的に学び、成長することを促進する仕組みや制度づくりが多いようだ。
しかし、実際に人々の学びの支援をするための仕組みや制度を導入しようとすると、さまざまな課題に直面することになる。では、その課題にはどのようなものがあり、人事・人材開発担当者としてどのようなことに気をつけたらよいのだろうか。
本稿では、学習する風土づくりに必要な要件を明らかにし、人材開発担当者として押さえておきたい原則について、企業における学習する風土づくりの支援を行ってきた経験から得られたポイントを中心に解説する。
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学習する風土をつくるとはどういうことか
私は今年から、毎月1回、先進的な取り組みをしている企業の人材・組織開発担当者にお集まりいただき、HRD(人材開発)とOD(組織開発)について、毎回異なるテーマで自由に話し合うHRODカフェという集まりをコーディネートしている。
先日は、「私たち人材開発部門は、今後どのような学習を提供すべきか」といったテーマでダイアログを行った。開口一番、参加者の1人から「そもそも私たちは学習を提供する必要があるのだろうか。自分自身を振り返ってみると、プロジェクトやタスクフォースチームの中で、もまれたときが、一番深い学びを得られた気がする」という発言があった。
神戸大学の金井壽宏教授が、著書『仕事で「一皮むける」』(光文社新書)の中で、「節目に『一皮むけた経験』をしたかどうかでその人のキャリア形成に重要な影響が及ぼされる」ということを指摘している。また、世界最大の人材開発のコンファレンスであるASTD (America Society for Traning & Development : 米国人材開発機構) の中でも、学習の70%以上は日常の職場の経験から起きるといった内容が発表されたりしているように、学習や成長は職場での実践を通じて生まれるという認識が一般的にも高まっている。
それでは、職場の実践の中で、学習はいかに促進されるのだろうか。前述のHRODカフェの中では、その投げ掛けられた問いをきっかけとして、職場で学習が生み出された過去の経験について参加者と話し合った。その議論の中で出された意見をもとに、「学習する組織」の根幹となる考え方であるシステムシンキングを使って、改めて職場で「学習を生み出すシステム」について考えてみることにする。
学習を生み出すシステム
学習を生み出すシステムに大きな影響を与える要因として、働く人々を取り巻く「環境」が挙げられる。
例としては、ストレッチなゴールが設定され、プレッシャーが高い、人と人との相互作用が多い(特に異なるステークホルダーなど立場や価値観の異なる人たち)、チームでの協力が必要となる、状況の変化が速い、これまでのやり方が通じない、成果が見えやすいといったことである。こうした環境が周りにあると、働く人々は必然的に仕事への集中力を高め、一歩踏み込んで考え、発想を広げて仕事に取り組むなど、学習を促進せざるを得なくなる。例えばプロジェクトではそうした環境が整いやすく、関わる人々の学びを深めていると考えられる。
2つ目の要因として、働く人々の「学習性」も影響が大きいと思われる。
ヒューマンバリューでは、企業におけるアセスメントやヒアリングなどで、ハイパフォーマーの仕事の取り組み状況をくわしく聞かせていただくことが多い。その中には「こういう意図をもって、○○に取り組み、そこでこうしたことを学び、それを今、次のように活かしている……」というストーリーを具体的に、ありありと語ることができる人がいる。
こうした人たちは、非常に目的意識が高く、日常的に学ぶことや工夫することを楽しんでいる傾向がある。そして、同僚や家族との何気ない会話やたまたま目にした雑誌の記事といった、自身が遭遇するあらゆる機会から学ぶことができると考えられる。
また、学習性の高い人は、内省することで自分自身を高めたり、周囲の人の学習性を触発したりするといった特徴があると思われる。
3つ目の要因として、働く人々の間の「関係性」が挙げられる。
周囲との関係性が悪く、お互いのフィードバックを受け入れることができなかったり、表層的なコミュニケーションしかできずに、1人で閉じて仕事をしていたりすると、そこには学習が起きづらい。しかし、互いのことに関心をもち、価値観を共有し、認め合い、本音を語ることができ、フィードバックし合えるといった関係性があると相互学習が起き、集合的な知が生まれやすいと考えられる。
学習する風土をつくるとは
恐らくそのほかにも数多くの要因が挙げられると思われるが、大きく分けるとこれら3つくらいで表すことができるのではないだろうか。
これら3つの要因は、独立したものではなく、お互いに影響を及ぼし合う変数として捉えることができる。そしてこれらの変数は、図表1に示すような循環する1つのシステムをつくる。つまり、適切な「環境」があることが、人々の「関係性」を高め、それが1人ひとりの「学習性」を向上させ、その結果として集団の学習性が向上することで、より学習を促進しやすい「環境」が生まれる……というような循環である。
システムシンキングでは、こうした循環を「拡張プロセス(小さな影響がより大きな結果を引き起こし、それが、さらに大きな結果を引き起こすシステム)」と呼んでいる。
組織の中には、前述したようなさまざま々な学習を促進する要因が存在しているが、学習する風土とは、こうした循環が組織的にうまく回ることで、組織が成長し、進化し続けていく能力を有している状態と言えるのではないだろうか。そして、私たち人材開発部門が担う「学習する風土をつくる」という役割は、学習を促進する要因を個別ではなく、システムとして捉え、こうした循環を組織全体に増幅させていくような場づくりを行っていくことではないかと思う。
各企業の取り組み
最近の企業の人材開発の動向を見ても、必要な人材要件から現状とのスキルギャップを明らかにし、ギャップを埋めるための集合研修のメニューを並べるといったアプローチを超えた取り組みを志向している企業が増えているように思う。
つまり、職場で自律的な学びが継続して行われることを支援する仕組みや制度を導入するなど、より全体的・システム的な手立てを講じようとしている。
それでは各企業は具体的にどのような取り組みを行っているのだろうか。各社さまざまな取り組みを行っているが、参考までに、日本能率協会の主催で今年2月に行われたHRD Japan 2008で発表されていた各企業の取り組み事例を、前述した「学習する風土づくり」という観点から図表2に整理してみた。
学習する風土をつくる原則
図表2に挙げられた以外でも、実際にはさまざまな企業が、学習する風土づくりを志向した仕組み・制度を導入したり、検討したりしていると思う。しかし、同じような仕組みや制度を導入しても、うまくいく場合もあれば、うまくいかない場合もある。
その違いには何があるのだろうか。次のテーマとして学習する風土をつくるうえでの原則について考えてみたい。
組織を生きたシステム(生態系)として捉える
原則を考えるうえで、最近特に印象的だった出来事を1つご紹介したい。
通常、私たちの会社では、クライアントとコラボレーションをしながら仕事を進める。そのため仕組みや制度を導入していく際に、クライアントの人事・人材開発担当者や職場のメンバー数人からなる「コアチーム」と呼ばれるプロジェクトチームをつくって検討を進める。しかし、このチームメンバーから、「コアチームという名称をやめませんか」という提案がここ最近で3回続いたのだ。
提案の理由は、「コアチーム」という呼び方をすると、「コアな人たち」と「コアでない人たち」という構図を社内に生み出してしまうということであった。そして、その構図によって取り組み意識のギャップが広がったり、コアチームに入っていない人たちが「勝手に決められた」と疎外感を感じたり、「彼らはいつもがんばっているから任せておこう」という受身的な認識を周囲に生んでしまう。そうならないように言葉の選び方から配慮していきたいということであった。
そのときのメンバーからは、「私は、たまたまこのプロジェクトに代表として参加しているだけであって、目線はみんなと同じでいたい」といった声も聞かれた。このことは、私たちが学習する風土づくりに取り組むうえで、とても重要な示唆を投げ掛けてくれている。
私たちは何かを変えようとするとき、あたかも組織が「機械」であるかのように捉えてしまう傾向がある。外部から対象を分析し、壊れたところを発見して修理するために部品を取り替えることは、機械であればうまくいくだろう。しかし、実際には組織は前述したように循環システム(生態系)として動いている。したがって、何かを変えたり、導入したりしようとすると、そこには必ず「反作用」や「副作用」が現れる。
例えば、コアチームを中心とした一部の人が仕組みや制度の導入を周囲への影響関係を考えずに無理やり進めてしまうと、職場からは「この忙しいのに彼らはわかっていない」、「こんなことをやっても意味がない」といった抵抗を受けてしまい、結果として図表1に示した学習する風土の循環のうち、「環境」の変数が高まっても、人々の「関係性」や1人ひとりの「学習性」を損なわせてしまうということにもなりかねない。
そうならないように、仕組みや制度を導入するには、組織を生きたシステム(生態系)として捉える必要がある。学習する組織の権威であるピーター・センゲ氏も、著書『ダンス・オブ・チェンジ(Dance of Change)』(邦題『学習する組織10の変革課題』日本経済新聞社)の中で、「変化をリードするにあたって、組織を機械と見なす場合と、生きたシステムと見なす場合に根本的な違いがある」と提唱している。
学習する風土をつくるにあたっても、人々の「関係性」や「学習性」を少しずつ高めながら、種から植物を育てるときのように丁寧に行うことが重要である。前述のプロジェクトの1つでは、「コアチーム」という名称を最終的に「カルティベーター(耕す人)」に変更した。「Cultivate」は「Culture」と同じ語源であり、「風土」を耕す役割にぴったりな名称だと思う。
人事・人材開発担当者として大切にしたいポイント
組織をシステム(生態系)として捉えるという原則を踏まえたうえで、実際に学習する風土づくりを推進するには、人事・人材開発担当者としてどんなポイントに注意したらよいのだろうか。特に重要と考えられる観点を次の3点にまとめてみた。
1.組織のシステム(生態系)の理解を図る
学習する風土づくりを志向した仕組み・制度づくりを推進するにあたって、まずその組織の全体システムを理解したい。そのためには、図表1に示した「環境」、「学習性」、「関係性」といった変数や、その影響関係を総合的に押さえることが必要である。
例えば「うちの社員は戦略思考が弱いから、戦略思考のトレーニングを実施しよう」というような解決策を手早く考えることも重要だが、それだけでは対症療法から抜け切れない。働く人々が戦略思考を学習したいというニーズは十分に高いのか、そうでないのか、戦略思考を仕事で活用する場面はどれくらいあるのか、仕事上で活用することをサポートするツールやシステムは揃っているのか、学習してきたことを職場で共有したり、フィードバックをもらったりするような関係は上司・部下、あるいはメンバー間でできているのか、といったシステムをうまく回すために理解しておくべき情報を得ることがポイントである。
組織のシステムの理解を図る手段としては、ヒアリングを行ったり、実際に現地に赴いて状況を見て調べてみたりするなど、さまざまなやり方が考えられる。その際、重要なのがすべてのステークホルダーの立場から理解を図るということである。実際にさまざまな立場からの意見を聞いてみると、メンバーとマネジャー、本社と支店、正社員と非正社員などの間に認識に大きなギャップがあることも多い。
一部の人たちだけの認識でシステムを描くのではなく、できるだけ多くの人の目線で考え、理解することが重要である。特に仕組みや制度の導入時には、プロジェクトチームを作ることが多いが、その中にすべてのステークホルダーから代表が入るようにして、組織全体の縮図を作ることがポイントとなる。これをマイクロコズモと呼んだりする。
2.システムを自分のこととして捉える
システムを理解する際に、大切なのは「自分たちもシステムの一部」と認識することである。
システムシンキングなどを使って組織の全体像の理解を図っていると、いつの間にか客観的な立場からものを見てしまい、「彼らが○○できていないことが問題だ」という姿勢に陥ってしまうことがよくある。こうした姿勢が現場との間に「主」、「客」の関係を生み出すことにもなりかねない。
南アフリカやグアテマラ政府で共有ビジョンやシナリオ・プランニングの取り組みを支援したアダム・カヘン氏は、著書『ソルビング・タフ・プロブレム(Solving Tough Problem)』の中で、「もし、あなたが問題の一部でなければ、あなたはソリューションの一部にはなれない」というボストン大学のビル・トバート氏の言葉を好んで引用している。組織で起きている課題を自分のこととして受け止め、まず私たち自身が「学習する風土」になるように行動を変容させていくことが変革の第1歩になる。
3.システム(生態系)がうまく循環するようなデザインを行う
組織のシステムを理解できたら、「環境」「学習性」「関係性」などの学習を促進する要因が、うまく循環するようなデザインを行っていくことがポイントとなる。
1つの例を示すと、私がお手伝いした運輸会社では、「話し合い、学び合える文化」の構築に向けて、マネジャー・職場リーダークラスの話し合いの進め方のスキルを高めていくことが課題として挙がっていた。このとき、本社や人事から「こういうスキルを学びなさい」と押し付けてしまうと、参加するほうは受身的な姿勢になり、「学習性」が落ちてしまう。そこで、現場の社員自らが、自分たちが実現したい「素晴らしい話し合いの進め方」を考え、それを自分たちが運営する公式・非公式の会議の中で活用して、将来的には会社の仕組みやルールとして取り入れていくことを目指すボトムアップスタイルのプロジェクトに取り組むことにした。
プロジェクトの中では、自分たちが理想とする「ありたい話し合いの姿(図表3参照)」や、それを実現するためのポイントについて、時間をかけて話し合った。そのプロセスを通して、1人ひとりの「学習性」や、お互いの「関係性」が非常に高まった。また、最終的に自分たちがぜひ使ってみたいと思える話し合いのマニュアルが作成され、それが職場で実際に活用されることで、「環境」の変数も高まっていくという、好循環が生まれ始めた。結果として、担当者自身も驚くようなスピードで、職場での展開が進んでいる。このように3つの変数のすべてがうまくつながるような取り組みをデザインしていくことが重要である。
このようなプロジェクト型の取り組みでなくても、システムの循環をうまくデザインできれば、従来型の集合研修も学習する風土を生み出す仕組みとして、よりよい活用が可能である。
図表4に示したのは、研修の効果測定に関する権威であるロバート・ブリンカーホフ氏が、効果のない研修プログラムの原因を分析した結果である。
これを見ると、研修の効果に影響を与えるのは、受講者の事前のレディネス(学習に向かう準備姿勢)や、学んだ内容を事後に活用するうえでの環境上の障害が8割を占めていることがわかる。こうした背景もあり、昨今では、いかに参加者に目的意識を持って参加してもらうか、また、学んだ内容が活用されるようにフォローできるかが重要な焦点となっている。私たちも研修プログラムを開発する際は、中味以上に、事前と事後に職場でどういう学習を生み出すかの「仕組み」を開発するという視点で取り組みをしている。
レディネスを高めるためには、研修の告知や事前課題を通して、参加者に意味づけを行うことがポイントとなる。参加者のニーズが高い学習内容を提供することは当然のことながら、どんな研修タイトルなら参加者が学んでみたいと感じるか、どういうメッセージが参加者にとって最も意味づけしやすいかといったことを真剣に考えることが重要である。また、事前課題としてアンケートやインタビューに取り組んでもらって、参加者同士でシェアしたりするのも効果的といえる。
また、事後のフォローでは、職場での活用の促進や、それをもとに職場で相互作用が起き、さらなる学習を生み出すことがポイントとなる。
例えば、研修で生み出したアウトプットをもとに上司と話し合う場面をセッティングしたり、参加者用SNSを通して、参加者同士が継続的に状況や思い、ナレッジなどを共有する場を設けたり、事後アンケートで振り返りをしたりするなどのアイデアが考えられる。また、こういった参加者の取り組み状況を次の参加者に伝えることで、レディネスを高めることもできる。
以上のように、働く人々の学習に対する目的意識を高め、職場の実践を通して成果や新たな学習が生まれるような機会提供を繰り返していくことで、人々の「学習性」や「関係性」、職場の「環境」が徐々に高まり、組織全体に学習する風土を生み出していくと考えられる。
こういった「学習する風土」づくりに取り組むスタッフの仕事は、まるで庭師のようなものだと感じる。水や肥料は必要だが、与えすぎると枯れてしまうときもある。状態を常に把握し、愛着を持って丁寧に耕し、育てていくことが何より重要だと思う。「学習する風土」づくりを植物を育てるように捉えていただくことを推奨したい。
「企業と人材(産労総合研究所)」2008/06/05号掲載