場づくり ー 目に見えない相互作用を捉え、学習・変化の土壌を耕す
プロセス・ガーデニング探究連載:
場づくり ー 目に見えない相互作用を捉え、学習・変化の土壌を耕す
株式会社ヒューマンバリュー 保坂 光子、内山 裕介
前回の記事では、人材開発・組織開発の支援のあり方について、ヒューマンバリューのメンバーが礎にしている「プロセス・ガーデニング」について解説しました。そこでご紹介したように、人と組織の学習や変化を育んでいくにあたって、私たちは「場づくり」と「プロセス」の要素を大切にして、人材開発や組織開発に取り組んでいきます。
本記事では、特に「場づくり」のあり方に焦点を当て、事例となるストーリーも交えながら、場づくり実践に大切になる考え方を解説していきます。
目次
1. 学習・変化を育む「場づくり」のあり方を考える
2. 私たちヒューマンバリューの「場づくり」のチャレンジ
3. 学習や変化を育む場づくりとは、何をすることなのか
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1. 学習・変化を育む「場づくり」のあり方を考える
昨今、「場づくり」という言葉が、組織開発や人材開発のキーワードとして使われます。
例えば、『学習する組織』の著者で知られるピーター・センゲ氏は、Stanford Social Innovation Review*1に寄稿した論文の中で、企業や社会を変革に導くアプローチの一つに、「誰かの計画に従わせるのではなく、自律的に変化が持続していけるような場づくり」の重要性を提起しました。*2
また、人材業界のある企業で自社の変革に取り組む人事責任者は、ヒューマンバリューが主催したイベントの中で、このように語りました。
「ジョブ型や人的資本経営といった、その時々のトレンドに流されるのではなく、自社の経営として何を実現したいか、理解と覚悟を高めていく場づくりとして、ワークショップを続けていくことが重要だと思う」。
こうした議論に見受けられるように、人と組織の学習・変化を育むための「場づくり」の大切さは、広く認識されつつあります。
一方で、一口に「場づくり」と言っても、具体的にはどんなイメージを思い浮かべるでしょうか。
組織で働く人たちは、意識せずとも様々な「場」の中で日常を過ごしています。例えば、職場のメンバーが集うオフィスや会議室といった物理的空間、WEB会議やチャットといったサイバースペース等、日常的にも人と関わり合う「場」があります。また、社内イベントや研修、ワークショップのように、目的をもって人々が集うような、非日常の「場」もあるでしょう。
ヒューマンバリューでは年に1〜2回、振り返りと探求の「場」として、メンバー全員でオフサイト合宿を実施している
いろいろな「場」がある中で、「場づくり」は様々なイメージで曖昧に使われている言葉です。
一例として、研修やワークショップでの「場づくり」のシーンを考えてみましょう。会場選び、会場レイアウト、筆記用具などの資材やオンラインツールの活用等、準備や進行をサポートする具体的な方法や様々な工夫が思い浮かぶ方もいらっしゃるかもしれません。
こうした「場づくり」の具体的実践は、参加者の学び方やその後の変化に違いを生み出し、人材開発や組織開発でも広く取り入れられつつありますが、単に決まったやり方や手順だけを覚えて「場づくり」を実践しても、同じ変化が起きるわけではありません。その場に集う一人ひとりや集団には、それぞれの様々な背景や心理的状況があります。「こうすれば、楽しい雰囲気がつくれる」「こうすれば、その場が盛り上がる」というような手法やテクニックもあるかもしれませんが、一時的な盛り上がりや相互作用を起こせても、それは日常の営みや組織カルチャーの変化につながるような、本質的な学習・変化とは異なるものでしょう。
あらためて、人と組織の学習・変化を育む「場づくり」とは、何をすることなのでしょうか。
様々な実践の背景にある「場づくり」の意味や哲学について考えていくことで、「場づくり」実践の考え方を共有していきたいと思います。「場」や「場づくり」を理論的に説明しようとすると、抽象的でイメージしづらくなってしまうので、前半は、保坂が実際に体験したエピソードをご紹介しましょう。
2.私たちヒューマンバリューの「場づくり」のチャレンジ
15年ほど前のこと、これはお客様への支援ではなく、私たちの会社、ヒューマンバリューの社内でこっそりと行われ、組織に変化が育まれた「場づくり」の体験談です。
- 役割の間に生まれていた歪み
当時のヒューマンバリューは、お客様のプロジェクトを中心となって担うメイン担当とそのサポート担当で、役割と肩書が分かれており、中途入社した私はサポート担当の役割で仕事を始めました。
お客様の人材開発や組織開発を伴走していくヒューマンバリューの仕事はとてもやりがいがあり、楽しいものでしたが、その一方で、メイン担当とサポート担当の間にあった垣根の存在が気になっていました。お互いに「良い仕事をしよう。そのために協力していこう」という想いは一緒なのです。ただ仕事が忙しくなると、メインとサポートの間に話しかけづらさが生まれたり、コミュニケーションも依頼やチェックが中心の業務的ものになりがちでした。すると、例えば何か課題があっても、「それはあっちに任せよう」と自ら関わろうとしないなど、役割の違いによる小さな歪みが起こりがちだったのです。一つひとつの出来事は大したことではなく、効率的に事が運ぶ良さもありました。ただし、その小さな歪みが重なり続けていくことで、自分の存在が分割された切片のように思われ、次第に仕事が無機質なものに感じることもありました。「自分はチームメンバーとして必要とされているんだろうか」「何のためにここにいるんだろう」と落ち込んでしまうこともありました。誤解を恐れずに言うと、当時のサポート担当のメンバーたちは、エンゲージメントが低い状態になる場面が少なからずありました。そんな状況の中でも、互いに支え合って頑張って仕事をしていたように思います。
-問題の指摘では、解決できない
この課題をどう解決するか、この役割の壁をどうやって超えていくかを考えていくときに、サポート担当の仲間たちと話していたのは、「表面的な問題だけ解決しても意味がないね」ということでした。当時、業務上で感じていたいろいろな問題や課題は、役割間の関係性から生まれていました。関係性が良くないのに、「もっと話しかけやすいようにしてください」とか「もっと私の強みも生かしてください」とか、直球で相手に依頼をしたとしても、相手には相手の感じ方や状況があります。それを無視して、外から指摘されて動かされて受け身で行動だけ変わっても、深いところにある関係性の歪みは変わらないように思いました。そこで、サポートをしている仲間たちと「私たちは役割間の関係性を変えることでどんな状態を実現したいんだろう」「そのために今できることは何だろう」と考えました。私たちの実現したい状態は、メイン担当者も同じチームの仲間として力を合わせるからこそできる大きなチャレンジをしたいということ。肩書にとらわれずオープンにコミュニケーションをして、お互いの強みを生かし合って、良い仕事を共に成し遂げることでした。こうして、課題解決ではなく人と組織の実現したい状態からアプローチしようと踏み出したことが、社内の場づくりのきっかけになりました。
-変化を育むきっかけになった、小さな場づくり
その後、たくさんの試みやチャレンジを重ねましたが、面白いほど一番効果があったのが「コーヒーとお菓子を置く場所を変える」ことでした。
当時から、私たちのオフィスにはコーヒーやお菓子を自由に楽しめるカフェスペースがあり、そこは手が空いたメンバーが休憩に訪れる場所でもありました。元々その場所は部屋の隅にあったのですが、ある日、メイン担当メンバーとサポート担当メンバーの座席の間に動かしたのです。「あれ?」と不思議に思ったメンバーはもちろんいましたが、コーヒーとお菓子の場所が変わったからといって誰も困りませんので、すぐに皆が慣れました。そこからじわじわと変化が生まれたのです。
手が空いてコーヒーやお菓子を取りにきた人は、リラックスした雰囲気で、そのとき一緒にいる仲間と自然な会話がしやすくなりました。プライベートな話や仕事の話、最近の学びや気になっていること、仕事のアイデアや相談まで。これまで意を決して話しかけないと始まらなかったコミュニケーションが、コーヒーとお菓子の場所を変えたことによって、自然と生まれるようになったのです。そうしたコミュニケーションの機会が増えていくと、仕事上のコラボレーションも少しずつ変わっていきました。誰も役割を区切って動きたいわけではなかったのです。お互いに自然なコミュニケーションをする機会が少なかったから、仲間意識やコラボレーションが生まれにくかっただけなのです。
このカフェスペース作りをきっかけに、私たちは他にもたくさんのアイデアを出し合い、役割分担を超えて一緒にチャレンジできる仕掛けや環境づくりにチャレンジし続けました。
こうした、社内での「場」に働きかけ、コラボレーションのあり方を変え続けていく実践が、私たちが仕事を通して行っている場づくりやプロセス・ガーデニングの糧にもなっていきました。
「私たちはどんな働く場をつくりたいのか」という対話を経てデザインされた。(参照:未来オフィス共創プロジェクト)
3.学習や変化を育む場づくりとは、何をすることか
誤解がないように言い添えておくと、私たちはカフェスペース作りだけで良い組織になれたのではなく、今も昔も、自分たちがより良い組織であり続けるために、様々なチャレンジや場づくりを続けています。それでも、この取り組みは数あるチャレンジの中でも象徴的なものだったのです。
相互作用の起きる「場づくり」
私たちのチャレンジを振り返ると、変化のポイントになったのは、相互作用の起きる「場づくり」に取り組んだことでした。役割や肩書で生まれていた分断と課題に対して、それぞれが自律的に関わりながら、仲間として一つの繋がりを感じられる「小さなカフェスペース」という場づくりをしたことで、相互作用が生まれ、結果的に実現したい状態に向けての変化が育まれるきっかけとなりました。
ポイントとなるのは「相互作用」です。誰かから誰かへ一方的な働きかけがあるのではなく、関わる人の相互作用が起きる状態。それが変化や学習を育んでいきます。
それでは、関わる人の「相互作用」が起きる「場づくり」とは、どのような働きかけなのでしょうか。保坂のエピソードも振り返りながら、「場づくり」を通じた働きかけのあり方を解説していきます。
目に見えない相互作用を捉える
保坂のチャレンジにおいては、オフィスにある「小さなカフェスペース」という物理的な場所を通じて、場づくりを行いました。
ただし、目に見える物理的空間やスペースの「場」をつくるだけでは、人と人との相互作用が生まれるわけではありません。人と人との関わり合いは、目に見えない心理的な要因に大きく影響を受けるものです。
「場」の概念を、経営やマネジメントに取り入れた経営学者の伊丹氏は、人や組織の学習を育むためには、場で交わされている会話ややり取りといった目に見える「情報的相互作用」も重要であるが、その背景には、人の気持ちや感情、集団の雰囲気といった目に見えない「心理的相互作用」が常に流れており、組織に働きかける際の心理的メカニズムに注意を向ける重要性を説きました。*3
「場づくり」の際には、何をやるのかという具体的な手段を講じる前に、目に見えない人と組織の状態、その心理的な相互作用を捉えながら、取り組みやプロセスを丁寧に検討することが大切になります。
「卵モデル」を通して、目に見えない相互作用を捉え、働きかけのあり方を考える
目に見えない人と組織の状態を捉えるにあたり、私たちヒューマンバリューではよく「卵」のメタファーで人と集団のあり様を表現します。この「卵モデル」を用いると、人と組織の状態のイメージが沸きやすいので、ここからは、そのモデルも参照しながら働きかけのあり方を解説していきます。*4
このメタファーは、複数の卵を同じ器の中で割ったときの状態を表現しています。
同じ器の中で複数の卵を割ると、卵の白身は広がり、重なり合いますが、卵の黄身は互いに離れて混じらないまま存在します。
こうした卵のように、私たち人間は、一つの場所に存在するとき、誰もが個人として自律的に生きようとする存在であり、同時に一つの集団でつながり合う社会的な存在です(黄身として存在し、同時に白身としても存在する)。「卵モデル」はそれを端的に表現したものであり、黄身と白身という観点で、人と集団のあり様を見つめてみると、目に見えない場の状態も見立てやすくなります。*5
ありがちな働きかけ その1:繋がりのない状態での働きかけ(場がない)
では、はじめに、この「卵モデル」を使って、人材開発・組織開発に取り組むときに、ありがちな働きかけの2つのパターンを見ていきましょう。
一つ目に挙げるのは、人と組織の基盤となる繋がりや関係性が薄く、分断のある状態で、一方的に働きかけている場面です。
15年前の当時の保坂を取り巻く状況もそうですが、たとえ同じ会社・職場で働いていても、業務とタスクに関わるコミュニケーションだけを行い、「私たち」と感じられる繋がりが弱くなっていることがあります。
「卵モデル」で表現するならば、白身がそれぞれに切れているような状態です。
「私は私でやる。あなたはあなたでどうぞ」というように、個人は自律的で主体的であったとしても、協力や学び合いといった相互作用はありません。こうした状態のままで、何か具体的な働きかけを行ったり、単に方針だけを下ろして仕組みや制度を変えたとしても、多くの人にとっては他人事なのです。働きかけは常に一方的であり、起きる学習や変化は一時的で反応的なものになります。
ありがちな働きかけ その2:自律性のない状態での働きかけ(同調的な場)
一方、次に挙げるのは、集団の繋がり(一体感)は生まれているが、個人に自律性はなく、主体性が潰れてしまうような働きかけです。
例えば、全社集会や全員参加の研修・イベントといった機会を通して、一方的な情報発信を行ったり、一方的に知識や考え方を詰め込んでいるような働きかけが挙げられます。もちろん、そうした場づくりが必要な場面もありますが、このような働きかけが恒常的になると、仲間や集団での一体感が生まれたとしても、一人ひとりの主体性は発揮しづらいような状態になります。
卵モデルでイメージすると、白身は繋がっているが、お互いの黄身が潰れてしまっている状態です。
こうした状態は、誰かの号令によって強い規律がもたらされ、一つの方向に進んでいける良さもあるかもしれません。また、強い一体感は時に居心地がよく安心できるものです。しかし、同調圧力が働くことで一人ひとりの多様性が生かされず、変化が必要なときに率直なコミュニケーションができません。これも相互作用が起きていない状態です。
このパターンは、家族的な組織や命令型組織で見受けられるものです。特に、日本の伝統的組織で最も頻繁に見受けられるかもしれません。
一方的な働きかけでは、適応を要する学習・変化を育むことは難しい
こうしたありがちな2パターンの働きかけ、すなわち、繋がりのない状態での働きかけも、自律性が失われている場での働きかけも、常に働きかけが一方的であり、関わる人の相互作用が起きません。
また、どちらの働きかけも、学習や変化に対して一時的、画一的で、関わる当事者は常に受け身になってしまいます。
前記事でも述べましたが、こうした働きかけでも、人や組織が目に見える技術的問題に向き合うことはできるかもしれません。しかし、正解のない適応を要する課題やテーマに取り組むことは難しくなります。
相互作用の起きる働きかけ:個人の自律性が生かされ、同時に繋がりを感じられる状態をつくり出す
それらに対し、相互作用の起きる「場づくり」は、一人ひとりの自律性があり、同時に集団として一つの繋がりが感じられる状態をつくっていく働きかけです。
日常を過ごすオフィスやサイバースペースを活用したり、研修や社内イベントといった機会を利用し、一人ひとりが自律的に振る舞える状態でありながら、組織としての繋がりも感じられる環境を整えていくのです。
「卵モデル」で例えるならば、白身がつながり、黄身もいきいきしている「場」の状態を意図して、場づくりをしていきます。
例えば、保坂の取り組んだ「小さなカフェスペースづくり」では、小さな工夫と働きかけを重ねながら、一人ひとりが自律的にそのスペースを活用しながら、同時に仲間としての繋がりを感じられる環境がつくられていきました。
そうした「場」では、自然とコミュニケーションや対話が生まれていきます。一人ひとりが「私」として存在しながらも、同時に「私たち」として組織との繋がりが感じられる状態は、関わる人の相互作用が自然と生まれていきます。
「場」の相互作用が学習や変化に与える影響を考える上では、研修やワークショップを実施する際のレイアウトづくりもイメージが湧きやすいかもしれません。
学校で見られる一般的なレイアウトである「教室形式」は、全員が同じ方向に座って動きがないため、規律の意識を感じやすく、一方的な情報伝達には効率がよいでしょう。その一方、集まった人たち同士の繋がりは感じづらく、個人も受け身になりやすいため、相互作用は起きづらくなります。(白身も繋がりづらく、黄身も潰れやすいレイアウトと言えるかもしれません)
そこで、「島形式」や「サークル形式」「エクスポ形式」など、状況に合わせて様々なレイアウトを組むことができると、参加者同士の繋がりを育んだり、一人ひとりが自律的に振る舞えるような状態を整えていくことができます。研修やワークショップでの参加者の相互作用は、そうした工夫や準備を通じて、少しずつ育まれるものです。
しかし、これらは一例に過ぎません。相互作用の起きる「場づくり」としてできることや働きかけの機会は無数にあります。
何気ない会話や雑談など、日常でできる「場づくり」から生まれる相互作用は、一見とりとめのないもののように見受けられるかもしれませんが、そうした相互の関わり合いが豊かに育まれていく中で、持続的な学習・変化は生まれていくのです。
学習や変化を育む「場づくり」をするとは、何をすることなのか
最後に、人と組織の学習・変化を育む「場づくり」とは何をすることなのか、前記事でのプロセス・ガーデニングの概要も含めて、あらためてまとめていきます。
人材開発や組織開発といった取り組みをする際にありがちなのは、取り組む側が号令をかけ、社員や対象者に対して何かを「一方的に」教え込もうとしたり、「一方的な」働きかけになってしまうことです。それらは、課題や問題の原因が明確な技術的問題に取り組むことであれば効果を発揮するかもしれません。しかし、人材開発や組織開発が取り扱う多くのテーマは、人と組織の適応課題に関わるものです。人によって捉え方や考え方、価値観の違いが生まれる場合に、そうしたアプローチはやらされ感や分断を生み出し、一人ひとりが主体的に学習をしたり、共に変化を起こしていくことを困難にします。
そこで私たちは、オフィスやサイバースペースといった日常的な空間、社内イベントや研修といった非日常のイベントを通じて、人と人が関わり合い「相互作用」の起きる「場」をつくり出していきます。
関わる当事者が一つとしての繋がりを感じながら、一人ひとりが主体的に生きられる「場」をつくり出すことで、人と組織の相互作用は生まれ、学習や変化を育む土壌がつくられていきます。
こうした相互作用の起きる「場づくり」として、様々な工夫や具体的手法もありますが、「場」は、何かのテクニックや手法に依存して、一朝一夕で生まれるものではありません。それらは、目に見えにくい個人と集団の状態、その心理的な相互作用を捉えた上で、熟慮と試行錯誤を重ながら、少しずつ働きかけていくことが大切になります。
それらは、畑の土壌を耕すかのように地道で目立ちにくいものですが、目に見えない豊かな土壌から、人と組織の変化の芽は少しずつ必ず育っていきます。
次の探究に向けて(これからの「場づくり」のあり方を再考する)
今日、テクノロジーの進化により、物理的な場を介さない情報伝達も容易になり、E-Learningをはじめとした効率の良い学習も手軽にできるようになってきました。そうした中、人材開発・組織開発で場づくりを行うことの意味は、どのように変化していくのでしょうか。
「U理論」を概念化し新たな組織学習のあり方を提示したオットー・シャーマー氏は、自身が農家で生まれ育ったことをバックグラウンドに、組織変革のレバレッジを畑の土壌作りに例えました。
「どの畑も二つの顔を持っている。目に見える地上の部分と、目に見えない地下の部分と。目に見える結果である収穫は、畑でもほとんど目に見えないものである土壌の質によって決まる。… 優れた農業家がより豊かで持続する土壌作りに重視するように、優れた組織のリーダーは社会的な場、つまり責任のあるリーダーが日々働く「農場」をより豊かで持続可能なものにするよう努力している」*5
人材開発・組織開発における場づくりもまさに、人と組織が学習していく土壌作りであり、その重要性は、今日むしろ高まっているように感じています。
リモートワークの常態化や多様な働き方への対応など、これまでの常識が問い直され、人と組織のあり方が変化していく中で、企業はどのような場づくりを行うべきなのか。人と人が共に生きる地域や社会にはどんな場づくりが必要なのか。分断や溝が深まる局面もみられる世界の中で、私たちはどのような土壌を育んでいく必要があるのか。これらについては、いろいろな方と対話を重ねてみたいテーマであり、オープンに対話を行う機会もつくっていく予定です。
次回の記事は、プロセス・ガーデニングのもう一つの要素である、「プロセス」に焦点を当てて、人と組織の変化や学習を育むポイントを検討したいと思います。
参照
*1 Stanford Social Innovation Review 2021は日本語版も刊行された(現在、日本語版は終了)
*2 『システムリーダーシップの夜明け』(著 ピーター・センゲ、ハル・ハミルトン、ジョン・カニア) https://ssir-j.org/system_leadership/
*3『場の論理とマネジメント』 (著) 伊丹 敬之、東洋経済新報社
*4 「卵モデル」は、生命科学者である清水博氏が提唱した。卵モデルについての詳細は『場の思想』を参照。清水博氏の主な著書には、『競争から共創へ―場所主義経済の設計』『いのちの自己組織化』がある。
*5『[U理論――過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術』 C・オットー・シャーマー (著), 中土井僚 (翻訳), 由佐美加子 (翻訳)、英治出版