これからの組織が目指す、人と組織の関係性 〜エンゲージメント・モデルの再検証より〜
人と組織の関係性が大きく変わろうとしている今日、あらためて「エンゲージメント」の概念が注目されています。ヒューマンバリューでは、これまで十数年にわたって蓄積してきたエンゲージメントに関する知見をベースにリサーチを行い、エンゲージメントのあり方を再検証しました。
本レポートでは、リサーチを通して構築したモデルを紹介しながら、いまとこれからの「人と組織の関係性」について考えます。
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あらためて今、エンゲージメントが注目されている背景
VUCAワールド(Volatility/不安定・Uncertainty/不確実・Complexity/複雑・Ambiguity/曖昧性)という言葉が象徴するように、先を見通すことができない今、組織が社員に対して求めるのは従順さや勤勉さではなく、主体性や自律性、そして協働と共創です。
目まぐるしく変化する環境の中で、働く仲間が主体性と自律性を発揮し、社内外の人々と協働し、価値を共創し続ける、そんな組織の構築をいま多くの企業が目指していることでしょう。
また、リモートワークの普及、副業の解禁、人生100年時代による就労期間の長期化等を要因とし、人々の価値観や仕事観も大きく変化しています。組織のパーパスや社会的価値に共感したり、自分が大切にしていることを犠牲にせずに、自分に合った働き方や生き方が実現できること。個人がいま組織に求めているのは、そういったことなのかもしれません。
そうした組織と個人の変化の中で、人と組織の関係や結びつき方も、これまでとは変わってきています。
これまでは、「雇う側-雇われる側」という関係性が当たり前のようにあったと思います。
これから求められる組織と社員の関係では、社員は「雇われている」という認知ではなく、価値を創造するためや、自分が大切にしていることを実現するために、「この組織を選んでいる」という認知をもてることが大切なのかもしれません。
こうした人と組織の関係や結びつき方の変化を受け、「エンゲージメント」の概念が今あらためて注目されています。
ヒューマンバリューでは、2003年からエンゲージメントの研究と実践を重ねてきましたが、私たち自身も、上述のような人と組織の関係性の変化が、実際の職場においてこの数年で大きく進んでいることを実感してきました。
そこで、2019年に約1万人を対象とし、エンゲージメントの再検証のリサーチを行い、データの解析・モデル化および現場での実験的適応に取り組んできました。
本レポートでは、それらの研究と実践から見えてきたことをもとに、いまとこれからの「人と組織の関係」において、何に着目し、どう育んでいくことが大切なのかを紹介します。
時代と共に変化するエンゲージメントの概念
エンゲージメントは、人と組織の関係性を、個人の認知や感情等の内面から捉える概念として注目されてきました。人と組織の関係は、社会の変化と共に変わり、それにつれてエンゲージメントの概念も変化します。本レポートでは、まずエンゲージメントの概念の変遷に着目し、今回のエンゲージメントの再検証に至った経緯を紹介したいと思います。
エンゲージメントの概念の登場と広がり(1990年代)
最初にエンゲージメントの概念が注目されるようになったのは、1990年代です。当時は、1970年代から続く、サービス産業の拡大、ITといった技術革新による情報産業の台頭などにより、「人」が企業の差別化の重要な資源だと認識されるようになっていました。
そうした社会背景の中、エンゲージメントは、成果に相関する重要な項目の1つとして、初めて個人の認知や感情に焦点を当てた概念として注目されるようになりました。
なお、最初にエンゲージメント(Engagement)という言葉が使われたのは、1990年、ボストン大学心理学部教授のウィリアム・カーン氏による論文だといわれています。その中でエンゲージメントは、「組織のメンバーの『自己』を仕事の役割において生かすこと。エンゲージメントしているとき、人々は役割を遂行する際に肉体的、認知的、感情的に自分自身を表現し、仕事に従事する」と表現されました。
その後、エンゲージメントはさまざまに定義されながら、米国を中心に広がっていきましたが、エンゲージメントを捉える目的はおおむね共通しており、自組織の生産性を高めたり、ハイパフォーマーをつなぎ留めたりするための、どちらかと言えば、企業側の視点から捉えられたものが多かったようです。
ヒューマンバリューが定義するエンゲージメント(2000年以降)
2000年代に入り、私たちヒューマンバリューは、このエンゲージメントが今後の日本にとって重要な概念になると考え、2003年より研究と実践を始めました。
当時は、人々の価値観の多様化が次第に進み、仕事に対する捉え方が変化していた時代でした。個人は、単に組織に所属していればよいのではなく、仕事を通じて社会貢献をしたい、自分らしく働きたいなどと考えるようになり、自分に適した働きがいのある職場を求め、人材の流動性が高まっていました。
そうした社会の変化を受けて、ヒューマンバリューでは、これからの人と組織の関係性を捉える上では、企業側の視点だけではなく、個人の視点も取り入れることが大切だと考えました。そこで、エンゲージメントの定義を「『組織』と『個人』が共に成長し、貢献しあう関係」とし、個人と組織の双方の視点から、エンゲージメントを把握することにしました。
そして、約3万人に対してリサーチを行い、エンゲージメントの状態(程度・強さ)を測る具体的な要素として、下記の表1にある3つの側面を捉えました。
いま、人と組織をつなぐ具体的な要因
社会や組織、個人の価値観が大きく変化する今、人と組織の関係性において、企業と個人双方が主体となって関係性を育んでいくことの重要性は、ますます高まっているように思います。しかし、人と組織をつなぐ具体的な要因は変化してきています。そのことを、リサーチ結果と共に見ていきたいと思います。
私たちは、「エンゲージメントは、個人の思考や心理状態と組織の文化の双方が関係し合い、育まれるもの」と考えています。そこで、個人の状態と組織の状況の2つの側面から見ていきます。
個人の思考様式や心理状態(Engagement Mindset)
リサーチ結果の解析と議論を経て、エンゲージメントを育む「個人の思考様式や心理状態」として、図1の5指標が抽出されました。
【グロース・マインドセット】
「誰もが自分の努力によって能力を高めたり、成長することができる」と考え、仕事や周囲の人に向き合えている度合い。
「グロース・マインドセット」が高ければ、失敗を恐れず、他者からの評価よりも自分自身の成長や価値を生み出すことに注力し、学びや成長が楽しくなります。
【組織への共感】
自分の大切にしていることと、組織のミッション・バリューがつながっていることが大事だと考え、そのつながりを実感できている度合い。
「組織への共感」が高ければ、組織のミッションやバリューを日々の仕事の中で体現し、自分の成長が組織の成長につながっている実感をもてるようになります。
【心身の健全性】
肉体的、精神的に健やかで、自分らしくいられると感じている度合い。
「心身の健全性」が高ければ、自分が本来もっている力を十分に発揮できるようになります。
【貢献感】
顧客、組織、周囲の人々へ貢献できているという実感をもてている度合い。「
貢献感」が高ければ、強みを生かし、自分の可能性を高め続け、価値を生み出そうとする傾向が強くなり、自分自身の存在意義を感じやすくなります。
【仕事の充実感】
仕事に対する使命感や働く意味、情熱が高まり、楽しさや喜び、人生の充実感を感じている度合い。
<得られたインサイト:「グロース・マインドセット」「組織への共感」「心身の健全性」が加わる>
この結果を見ると、個人が組織に対して感じるエンゲージメントの要素やつながり方が、従来とは少し変化してきているように見受けられます。
従来は、「貢献感」「適合感」「仲間意識」で表されるように、仕事や職場、仲間とのつながりが、人と組織の関係性を捉える上での大切な要因でした。今回のリサーチでも、「貢献感」「仕事の充実感」といった項目が含まれており、これまでと変わらず大切な指標であることがうかがえます。
そして、今回のリサーチではそれらに加えて、「グロース・マインドセット」「組織への共感」「心身の健全性」といった項目が大切な指標として捉えられていることがわかりました。
「グロース・マインドセット」がエンゲージメントの指標に入ってきたことは、社会や環境の変化が激しくなる中、自身が一地点にとどまるのではなく、学び続け、チャレンジしたり、成長し続けられる感覚をもてることが、組織とつながる要素として重視されている傾向を表しているのかもしれません。
また、「組織への共感」からは、単に仲間意識が高いだけではなく、組織が目指すミッションやバリュー、パーパスに共感できる、そうした組織で働くことが重視されている背景がうかがえます。今日のミレニアル世代は、仕事を通じてのインパクトを重視することが他の調査からもわかってきていますが、そうした傾向が今回のリサーチにも現れているように思います。
さらに、「心身の健全性」という指標が入ってきているのも興味深く受け止められます。このことからは、仕事という狭い枠組みではなく、生活を営む上で大切な心身の状態を含んだ、その人が生きる全体性(ホールネス)で組織とつながっていることを重視する傾向があるように思います。生きることと働くことがより統合されたつながり方が模索されているのかもしれません。
エンゲージメントを育む「組織の文化」(Engagement Culture)
続いて、組織側の視点について見てみると、エンゲージメントを育む、組織に根づいている行動様式、価値観、人々の関係性として、図2に示す9つの指標が抽出されました。
過去の指標と比較してみると、より組織のカルチャーに関わる項目が多く見受けられたことが1つの特徴として挙げられます。そこで、こうした指標を「エンゲージメント・カルチャー」と名づけ、整理しました。
これらの9指標は、意味の近いものでくくると、「成長支援(はぐくみ)」「ダイバーシティ(いかしあい)」「組織力(しなやかさ)」の3つに捉えることができます。以下、それぞれの視点から得られる「インサイト」と併せて見ていくことにします。
1. 成長支援(はぐくみ):成長機会、エンパワーメント、価値・成長志向の人事評価制度
【成長機会】一人ひとりの成長を支援する組織をつくるには、組織がメンバーの成長を支援し、メンバー自身も、成長機会を生かしている状態が大切です。ここでの成長とは、単に昇進昇格を目指したり、専門知識やスキルを身につけることではありません。さまざまな経験を成長の機会と捉え、一人ひとりの成長に生かす支援を行うことです。
【エンパワーメント】上司が、メンバーの主体的な行動により生み出される価値や未来の可能性を信じて、メンバーに関わることも大切です。 これは、単に権限や裁量を与えることにとどまらず、常に、メンバーの内発的動機や強みを自組織で生かす可能性について探求することを意味します。
【価値・成長志向の人事評価制度】人事評価がメンバーの意欲や成果の向上に役立っていることも大切です。制度の良しあしだけではなく、上司とメンバー間の目標設定や振り返り、評価のフィードバックが、価値を生み出すことや成長のために行われていることが重要です。
<インサイト>これら3つの項目がそろうと、個人は自分らしく成長しながら、自分なりのキャリアを開発することができると考えられます。組織では、「昇進昇格だけではないキャリアとは何か、成長とは何か」といった対話が行われ、短期の成果だけではなく、長期的な視点で成長を支援する文化が構築されます。そのことで、人と組織が長期にわたって成長し続け、組織のサステナビリティにつながります。
2. ダイバーシティ(いかしあい):チームの共創力、インクルージョン、多様な働き方
【チームの共創力】組織の一人ひとりが、単に仲が良いだけではなく、苦しんでいることを素直に伝えたり、気軽にアイデアを提示し、より良くするためのフィードバックをし合える関係を築くことにより、互いの思いや背景を共有し合い、チームとして学びあえている状態を作っていくことが大切です。
【インクルージョン】一人ひとりの異なる特性や個性を認め合い、互いの強みや価値観を共有、尊重し、質の高いコラボレーションが実現できると考えられます。これは、単に異なる強みを生かし、弱みを補い合うのではなく、誰もが大切な存在として認識され、多様な価値を生み出していることです。
【多様な働き方】組織のメンバーがお互いに力を生かし合える組織を作るには、さまざまな状況にあるメンバーが、働きやすいと感じている状態が大切です。これは、制度や福利厚生等の仕組みの充実ではなく、多様な働き方に対し、 本人および周囲の状況を考慮し、多様な働き方の促進を支援することです。
<インサイト>これらの項目が高まると、多様な他者を認め合いながら、互いの強みを生かし合う文化を構築でき、さまざまな立場や状況の人が活躍することができるようになります。そうした組織では、日々取り組んでいくさまざまな課題に対して、多様な意見をもとにした対話から解を生み出し、柔軟に変化をし続けることにつながります。
3. 組織力(しなやかさ):共有ビジョン、変化を生かす力、パーパスの探求
【共有ビジョン】個人が存在意義を感じられる状態を組織のビジネスプロセスにおいて実現していくということは、日々の仕事の中で、組織のミッションやビジョンが具現化され、実現したい状態に向けて、メンバーが協働している状態を意味します。ミッション・ビジョンをトップダウンで浸透させるのではなく、個人が自分なりに意味づけることができるような支援を行うことが必要です。
【変化を生かす力】共有ビジョンが生み出され、個人の目的意識が日々の仕事に結びついてくると、不透明で複雑性の高い状況の中、変化を機会として生かし、素早く柔軟に対応している状態が実現しやすくなるかもしれません。ここでの対応とは、変化を予測し、着実に準備を行うというものではありません。自組織の強みを生かして、変化を機会として捉えることを指しています。
【パーパスの探求】組織と個人がともに成長し合う関係を築いていくためには、組織の中に、組織や自分自身のありたい姿、自分たちの価値観や行動を、社会や環境との関係から見直し、変え続けている状態をつくっていくことが大切になります。それは、役割や存在意義は与えられるものではなく、自分たちでつくり出し続けるものと捉え、日々の行動に反映させることともいえます。
<インサイト>これらの力が高い組織では、不確実な状況の中においても従業員一人ひとりが判断の拠り所を持つことができます。そのため、主体的に意思決定をすることができるようになり、組織の迅速な対応を生むことができるようになります。そうした組織の文化は、自身の仕事に対して意味付ける力を高め、一人ひとりの主体性を解放、仕事へのモチベーションが高まることにもつながります。
人と組織の繋がり方の変化
以上、ここまでエンゲージメントの指標の再検証を通して、人と組織のつながり方の変化や、関係性を捉える上で何が大切なポイントになるかを見てきました
それらについて個人と組織の双方の視点から見てきましたが、つながり方の変化のポイントとして、「未来のありたい姿」を軸につながること、そして「生成的に関係性を築き続けること」等が挙げられるのではないでしょうか。
具体的には、「組織への共感」「共有ビジョン」にあるように、個人は組織あるいは周囲と、ビジョンによるつながりを実感することが重要になっています。
そして、VUCAで見通しがつかない時代の中、未来のありたい姿に向けて、「不確実性への対応」、つまり、いま何に注力すべきかを仲間と共に見出し、一人ひとりは「グロース・マインドセット」で、未来に向けて成長し続けるマインドをもち、試行錯誤を続けながら歩んでいけるような、生成的な経験が重要といえます。
また、「心身の健全性」や「多様な働き方」は、人生100年時代といわれ、就労期間の長期化が想定される中、人生と仕事の比重やバランスの多様性を認め合い、お互いが健やかに生き、働けるよう、協力し合いながら過ごすことの大切さが表されているように思います。
社会の激しい変化や個人の価値観の多様化などを背景に、生きることと働くことがより統合されるような時代になってきているといえるのかもしれません。
エンゲージメントを育む際に大切にしたいこと
こうしたつながり方の変化の中で、エンゲージメントを育むためには何が大切になるでしょうか。私たちは、以下のような観点をポイントとして挙げたいと考えています。
まず、組織の「ありたい姿」を自分たちで描き続けることです。
個人と組織の目指すビジョンや大切にしたい価値は多様であり、時が経つにつれて変化します。人も組織も、未来の「ありたい姿」を描き、共有し合うことで、自分たちならではの主体的な取り組みを生み出し、変化し続ける営みが、今後はますます大切になってくるように思います。
また、エンゲージメントのあり方について、職場で「対話」を行い、共有し合うことも大切なのではないでしょうか。
個人が組織に対して感じるエンゲージメントにおいて、その人が生きる全体性(ホールネス)がより重要な要素となりました。。エンゲージメントのあり方は、たとえばエンゲージメント・マインドセットにあるすべての項目で強くつながることが理想や正解なのではなく、個人の志向性やライフステージによって、さまざまなバランスが存在します。その時々のエンゲージメントのあり方を共有し合うことで、お互いへの理解やリスペクトが育まれるように思います。
そして、エンゲージメントに関する組織的な施策・打ち手を考える上では、エンゲージメントに関わる要素間の影響関係を捉えていくことも大切です。
組織の状況(Engagement Culture)に対する個人の捉え方、個人の思考様式や心理状態(Engagement Mindset)を変化させていくことで、エンゲージメントは育まれます。組織の状況と個人の心理状態との影響関係の特徴を対話によって探ることで、その組織と個人ならではの具体的な一歩が見出されると考えています。
おわりに:エンゲージメントを育み、人々の生きがい・働きがいの向上と、組織の価値創出を両立する
エンゲージメントを育む取り組みは、言い換えれば、一人ひとりが自律的、主体的な姿勢で周囲や組織と関わり合いながら、個人や組織の変化を皆で生み出していく取り組みです。
こうした取り組みを通して、組織の成果は継続的に向上していきます。たとえ大きな環境の変化が突然あったとしても、皆で迅速に新たな行動を生み出し、価値を創造するような、レジリエンスの高い組織として成長していきます。また、個人は自身と組織の実現したい状態を統合したり、整合性を取ったりしながら、新たな働きがいや生きがいを見出し、さらにそれらをお互いに高め合うこともできるでしょう。
人々や組織が影響し合いながら、共に成長していくプロセスこそが、人々の生きがい・働きがいの向上と、組織の継続的な価値創出の両立を実現する営みであり、今こうした取り組みが必要と考えます。私たちは、これからもサーベイを通じた検証や組織での実践をもとにした探求を続けていきたいと思います。