GROW THE PIEの探究

経済とビジネスの前提から、企業のあり方を問い直す(ビジネスパラダイムの再考 vol.1)

アレックス・エドマンズ氏の『GROW THE PIE』を読まれた山口周氏に、書籍の感想とともに、これからのビジネスパラダイムを探究するインタビューを行いました。(山口周氏 Interview Series

本記事は、そのVol. 1となります。
まず最初に、書籍の感想も交えて、これからの経済や企業のあり方について語っていただきました。

Index
- 社会価値と経済価値を統合する、パイ拡大のビジネスアプローチ
- 社会やビジネスが目指す「成長」を再定義する
- 社会における企業のあり方を再考する

聞き手:ヒューマンバリュー 霜山、菊地、内山
話し手:山口 周氏

関連するキーワード

社会価値と経済価値を統合する、パイ拡大のビジネスアプローチ


― note
(山口周研究室)で、『GROW THE PIE ー パーパスと利益の二項対立を超えて、持続可能な経済を実現する』をご紹介いただき、ありがとうございました。読んでみての率直なご感想はいかがでしたか?

そうですね。この本は着眼点がすごくいいですし、エビデンスが豊富ですよね。

いろいろハッとさせられる記述がそこかしこにあったんですけれども、最初に特に印象的だったのがこの辺りですかね。いま広まっている「ステークホルダー資本主義」も、パイの取り合いが前提になっているって、面白い着眼点でした。

(中略)…「ステークホルダー資本主義」という概念について見直しが必要かもしれない。この言葉は大いに広まったが、その正式な定義はどの辞書にも、ウィキペディアにも載っていない。一般的には、ステークホルダーを株主と同様に優先し、利益を犠牲にして、彼らがより大きなパイを獲得できるようにすることと解釈される。これは「反株主資本主義」とほぼ同義である。だが、これもまた土台にあるのはパイ分割のメンタリティだ。責任あるビジネスに公平な価値の分配が求められることは間違いない。しかし、そもそも価値を生み出すことのほうが重要だ。
私たちに必要なのは、株主資本主義でも一般的な意味でのステークホルダー資本主義でもなく、投資家とステークホルダーの両方のためになるビジネスアプローチである。

パイを広げれば、投資家も従業員もみんな利益の恩恵を受けるっていうのは、非常に印象深かったんですよね。

マーケットサイズを大きくしていくこと、さらにマーケットというのは、金銭的・経済的なものだけじゃなくて、トータルバリューとしてパイを大きくしていくことだという考え方を「パイコノミクス」と名付けて、ここまで明確に言い切っているのは痛快でしたよね。

*『GROW THE PIE』掲載の図を基に、ヒューマンバリューで作成

かつ、世の中で言われている社会価値と経済価値のトレードオフは、実はトレードオフじゃないんだということを、これだけエビデンスがはっきり示している。

1992年までにこの種(ステークホルダー志向)のポリシーを多数導入済みだった企業の1993〜2010年のパフォーマンスは、導入数が少なかった企業を2.2〜4.5%上回った。

つまり、パブリックポリシーとかステークホルダーの視点を重視していた企業のほうが、利益だけを重視する企業よりもむしろパフォーマンスが良かったっていう話ですよね。今の時代だと、顧客も社会的責任を重視しているから、それが影響するのはあるんだけど、1990年代って、顧客やパブリックに明確に共有されたアジェンダじゃなかった。でも、そういう時でも、社会的価値を意識していた企業のほうが、結局、財務パフォーマンスも良かったということからすると、評判とか外的要因の影響を排除したとしても、(社会的価値を重視することが)むしろコーポレートパフォーマンスを上げる要因になっているという指摘も、結構面白かったなと思いますね。

社会やビジネスが目指す「成長」を再定義する

― これまで山口さんが研究されてきたことに通ずる内容や重なる部分はありましたか?

僕自身としては、心強かったですね。僕は、脱成長というよりは「高原社会」*と言って、これからの経済を考えているんですけれども、公益と経済的利益は相反しないっていうことが一番心強かった。

*「高原社会」
山口周氏が現代を表現しているキーワード。社会学者 見田宗介氏の著作『現代社会はどこに向かうかー高原の見晴らしを切り開くこと』(2018年、岩波新書)で用いられた比喩的表現を転用している。
「物質的不足の解消」という宿願を実現しつつあり、長らく続いた上昇の末に緩やかに成長率を低下させている今日の状況を「高原への軟着陸」と言い表しており、現代の課題は「真に豊かで生きるに値すると思える社会」の構想や活動であると提起している。

『隷属なき道』(2017年、文藝春秋)の著者ルトガー・ブレグマン氏が来日した時に、経済のあり方について彼とすごい意気統合したのが、グロースを否定するんじゃなくて、グロースの定義を変えるべきだということを彼は言っていたんですね。
経済のGDPを伸ばすというのではなく、例えば、日々の充実している度合いとかインクルーシブのレベルとかを高めていく。やっぱりそれはそれで成長であり、何の成長なのかということが問われている。成長そのものを否定するっていうのは違うのではないかと。

彼が言うのは再定義が必要だってことで、そこは本当その通りで……。
エドマンズ教授の示したパイコノミクスは、抽象議論ではない1つの再定義ですよね。

この辺り、本書でもさらりと書いてますよね。

脱成長経済の提唱者は、経済は過剰な速度で発展したり、過剰な価値を生み出したりするべきではなく、さもなければ地球の限界、例えば資源の制約や温度の閾値を超えてしまうと主張する。しかしこれは、成長や価値を金銭という狭い視野でしか捉えていない。これに対し、パイの拡大には社会的な価値の創出が含まれる。例えば、敬意を持って従業員を処遇する、従業員のスキルを伸ばす、世界の健康問題に取り組む、気候変動の解決策の戦闘に立つ、より少ないものからより多くを生み出す生産技術を発明するといった方法だ。このような成長には限界がない。

社会における企業のあり方を再考する

企業の「比較優位」に着眼した話も出てきて、この辺りも面白いですよね。

僕は個人的に、エドマンズ教授の、ミルトン・フリードマンに対するある種の弁護っていうのは、すごく勉強になりまして。僕もね、実は誤解していたんです。

私自身は、フリードマンに賛同しない。しかし、彼の議論は単純な印象を与え、実際に単純なものとして引用されがちであるものの、実ははるかに奥深いニュアンスがあると認識することが重要だ。

フリードマンの考え方として、企業は利益を上げて税金を納めればいいと。企業が利益を上げれば、株主はそれぞれの果たしたい社会的責務を柔軟に選べるし、そうした責務を果たすのにふさわしい人がもっと他にいるんだから。日本の著名な経営学者も、「利益を上げて従業員を雇って法人税を納めるっていうのが、企業の最大の社会貢献だ」って言っていますよね。

確かに、社会貢献において、企業に比較優位がないっていう前提で考えるとそうなんだけど、自社のコア領域で社会に関われるものがもしあるんだとすれば、それは企業がやったほうがいいっていうことで、非常に明解ですよね。

ミルトン・フリードマンについては一応弁護はしながら、ただ利益を出すことだけに専念すればいいという考え方は取らない。比較優位がないっていう前提に立っているのが、ミルトン・フリードマンの考え方なんだけれども、それはケースバイケースだというのは、もうまったくその通りです。

あとCSRとの対比も面白かったですね。CSRは、本業とは別な領域で禊のように何かをやるっていう考え方。まさに比較優位のない領域に禊のようにやるのは「どうなの?」っていう……。

 
CSR
パイコノミクス
リーダーのマインドセット
パイを分割する
パイを拡大する
関連する活動
周辺
中核
回避事項
実行による過ち
不実行による過ち
利益の捉え方
価値の搾取
価値の創出
視点
事後
事前

*引用元『GROW THE PIE』第1章 パイ拡大のメンタリティ

CSRって、いま盛り上がってるんですか?

― 今はあまり聞かなくなったと感じています。振り返ってみると、罪悪感が前提にある言葉だったようにも受け取れますよね。
確かに、このフリードマンの話は、最初に読んだとき、結構印象深くて面白かったですね。とりあえず否定すればいいみたいな風調がある中で、ちゃんとフラットに見て、かつその上で主張されています。

―  ところで、山口さんは昨年、オランダやデンマーク等、ヨーロッパにも行かれて、現地のサステナビリティ経営を視察されていらっしゃったと思います。そこで感じられたところと通ずることはありましたか?

ヨーロッパのサステナビリティ経営の先進企業を見て思ったのは、やっぱり明らかにCSRじゃないんですよね。彼らは事業のサステナビリティや利益を出すためにやっていると。

例えば、INGってオランダの銀行がありますけども、彼らは、住宅のエネルギーシステムをカーボンオフセットに切り替える費用のローンを、特別に低金利にして出してるんです。普通の家にリノベするんだったら 金利2%なんだけれども、低炭素住宅に変えると金利が半分になるとか。「それは何で?」って聞いたら、オランダの国土は平均海抜マイナス3メートルなんで、水位が上昇すると、土地の多くが水の下に沈んでいく。INGは、銀行として非常に多くの土地を担保にもってるんで、国土の大半が水に沈むと、多くが不良債権化、不良資産化してしまう。だから、極めてクリティカルな問題であると。

ソーシャルグッドなことをやっているんだけど、別にそれはいいことだからじゃなくて、あくまで自分たちのビジネスを守るために彼らはやっていますよね。

パイ(社会的価値)を拡大する取り組みと、自社の事業価値が明確に繋がっている感じですね。

そこは、日本企業とかなり対照的だと思いますね。日本のSDGsの活動は、何となくふわっとやってしまいがちじゃないかって。

「本業とその活動にどういう因果関係があるのかがよく分からない」と、欧米の投資家がよく言ってるわけですね。日本企業は、サステナビリティの取り組みやSDGsの活動のWHYに答えられないと。「あなたの会社はなぜこれやるんだ」ってなると、まともに説明できる会社が全然ないって、よく言われます。視察で話を聞いたヨーロッパ企業の取り組みはすごく明快でしたね。

Vol.2 に続く


山口周氏 Interview Series ビジネスパラダイムの再考

Vol.1:経済とビジネスの前提から、企業のあり方を問い直す

Vol.2:日本社会の課題に向き合う

Vol.3:ビジネスにヒューマニティを取り戻す

Vol.4:日本企業のパーパス経営を問い直す

Vol.5:パイ拡大を導くリーダーの思考様式と在り方とは

編集後記:ビジネスパラダイムの革新に向けて、私たちにできること


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