パイの拡大を導く、リーダーの思考様式と在り方とは(ビジネスパラダイムの再考 vol.5)
アレックス・エドマンズ氏の『GROW THE PIE』を読まれた独立研究家の山口周氏に、書籍の感想とともに、これからのビジネスパラダイムについてインタビューを行しました。(山口周氏 Interview Series)
本記事は、そのVol. 5となります。
今回は、パイの拡大や持続可能な社会の実現に向けて、企業リーダーにとって大切となる思考様式や在り方について語っていただきます。
Index
- システム思考が、全体のパイを広げていく
- 日本に覆われている、空間軸と時間軸の透明なカーテン
- 次世代へと社会をつなぐ“人間”で在ること
聞き手:ヒューマンバリュー 霜山、菊地、内山
話し手:山口 周氏
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システム思考が、全体のパイを広げていく
― ここまで、パーパス経営という切り口を中心に、企業経営のあり方について考えてきました。「知行合一」「一貫性」というキーワードもありましたが、経営や人事、あるいはマネジメントに関わる人にはどんな思考様式が大切になると、山口さんはお考えですか?
GROW THE PIEを実践するには、システム思考*がいると思うんです。そもそも宇宙全体は何もかも、全部何かとつながっているわけですよね。その連鎖をどこまで見ることができるか。
GROW THE PIEが経済的な価値の成長だけじゃなくて、いろいろな側面における価値を高め、善の拡大を目指すのだとすると、その因果の連鎖を広く捉えるシステムシンカーであることは必須だと思うんですね。
つまり、批判的にシステムの現状を分析するために、影響の範囲の連鎖を広く取ってみる。広く取ってみると、あるところで生まれるプラスが、別のところでは逆に大きなマイナスを生んでいたりとか、逆にマイナスに見えているものが外側のシステムのもっと遠くのところで、プラスにつながっているということがあったりする。
そういうようにシステムで考えないと、なかなか全体のパイが広がらないかなと思うんですね。
もちろん「システムシンカーたれ」と言われても、そんなに簡単ことではありませんけどね。ただ、物事の因果の連鎖は、想像をたくましくするとか、実際に見に行ってみるという行動で、かなりの程度その水準を上げられると思うんです。
― その水準を上げ続けることが大切になりますね
「グリーンコンシューマー」といわれる人が出てきましたが、結局彼らはシステムシンカーだと思うんですよ。つまり、自分が先進国の中で好き勝手に物を消費していくことで、未来あるいは遠くにいる人に、どういう影響が出るのかについて像する力が上がっている。それは多分インターネットの力がすごく大きいのですが、物理的な空間軸で遠くにいる他者と、時間軸で遠くにいる未来の他者と、自分とのつながりを考えて、そこで最適なアクションを取れるような人も確実に増えてきていると思うんです。
GROW THE PIEの書籍でも、製薬会社のメルクの事例がありました。彼らは直接的な利益を出せないと分かっていながら、アフリカで流行していた目が見えなくなる病気に、もう純粋に無料で薬を提供した。でも株価も非常に高水準で、しかも優秀な従業員がこういう会社で働きたいと言ってくる。
一見、短期的に見たら財務の負担が増えるアクションなんですが、時間軸と空間軸を広げてみた時に、そのコストを補って余りあるトータルのメリットという広がりが見えている。それは、システムを大きく捉えているからできることですよね。
GROW THE PIEのイニシアチブを考えた時に、システムシンカーであるとか、洞察力というのは結構クリティカルな要件になるかなと。
― 我々もシステムシンキングを大事にしていて、長期的な視野、時間軸と空間軸を伸ばし続けるというのは常に大事だなと頭で分かっているのですが、それでも、なかなか日々で実践できない場面があります。
ただ、GROW THE PIEを読んで、もう本当にシステムシンキングを常に実践しないと経済も経営も成立しないんだなと、あらためて感じられました。
日本に覆われている、空間軸と時間軸の透明なカーテン
一方で、日本は2つの軸、空間軸と時間軸で、制約やハンディを負っていると思っているんですよね。
空間軸の制約でいうと、やっぱり英語ですね。ヨーロッパの人たちが今感じている「もう自分の生活が脅かされている」という気候変動問題に関する彼らの危機感って、やっぱり日本にいると、どうしても伝わってこないですよね。日本は言葉の違いによる見えない膜みたいなもので覆われていて、遠くにいる他者の人たちの気持ちを理解・共感するような情報は、透明なカーテンみたいなものに遮断されていると思うんですね。
一方、時間軸に関していうと、時間の連続性における、自分と未来の人、自分と過去の人とのつながりも、カーテンみたいなもので区切られている気がしているんです。
それはやっぱり、昭和の戦争の影響が大きかったと思うんですよね。例えば、アメリカのハワイにあるパンチボウルという大きい丘の上は全部墓地ですよね。一番いい場所が墓地になっているんです。ベトナム戦争の戦没者も、とてもきれいな霊園に祀られている。ヨーロッパもそうですよね。一方、日本では戦没者の墓地は触れちゃいけない話題みたいになっています。「靖国神社に行った」となると、相当、際物扱いみたいになる。それは、「過去にとんでもないことをやった人たちがいて、アメリカが入ってきて全部カットしてくれた」というようになっているから。とにかく、国が1回終わったわけですよね。
だから、我々は昭和の1個前、2個前の世代の人たちから、直接バトンを受け継いだという感覚を持ちづらいわけです。
過去の人から自分たちが受け継いだ感覚がすごい希薄だから、僕たちが次の世代にバトンを渡していく感覚を生々しく持てない。
それはつまり、放っておくと、「今ここがハッピーで、なるべく安いものを買って安楽に暮らしていければ、別に未来がどうなろうが、世界の誰がどうなろうが知らない」という刹那的な思考に傾いてしまいやすい、ということなんじゃないかなと思います。
アメリカにしても歴史が270年しかないとはいえ、ピルグリムたちが国を造って、その人たちから社会を受け継いできたので、「私たちも次の世代の人たちに、ありがとうって言われるようなことをやっていかないといけない」という意識がある。
次世代へと社会をつなぐ“人間”で在ること
哲学者のカントがね、「人間は、今の時代にはリターンがないことにも、もう延々と携わることができる。これは人間の謎だ」ということを言っているんです。
例えば、今でもスペインで、サクラダ・ファミリアという完成まで150年かかる建物を建てるってやっていますよね。あれは設計図もないですからね。建築家のガウディは、すごい図面作成能力が高かった人ですが、なんとなくイメージ図となる模型とスケッチだけあって、わざと図面は残さなかった。なぜかいうと、ものすごく長い時間がかかる建物になるだろうと分かっていたので、未来に生まれてくるいろいろな技術をオープンに取り込めるようにしている。計画をわざと緩くすることによってオープンエンドでいろんなもの取り込めるようにしていた。これは、ものすごいウィズダムだと思います。
システムシンカーであるということは、超長期で取り組むということでもあります。自分たちは携わっているけれど、自分たちの代には、完成するものができなかったり、そのものがもたらしてくれるメリットなどを享受できないこともある。次の世代か、次の次の世代か、場合によっては、その次の次の次の世代みたいなことになるわけですよね。その感覚をもって生きる意識は、日本は今、ものすごく希薄ですよね。
ー 人は、空間軸や時間軸を乗り越えていける存在だと思いますし、日本を取り巻く制約を乗り越えて、どうやって全体のパイを広げていくのか、我々が取り組むべき、とても重要な課題であるように思いました。
編集後記に続く
複雑な状況の中で、視野を広げて、様々な事象のつながりや背景にある構造・影響関係への理解を深めながら、より根本的・本質的な問題解決に向けたレバレッジ(手の打ちどころ)に働きかける思考のあり方
山口周氏 Interview Series ビジネスパラダイムの再考
Vol.1:経済とビジネスの前提から、企業のあり方を問い直す
Vol.5:パイの拡大を導くリーダーの思考様式と在り方とは
編集後記:ビジネスパラダイムの革新に向けて、私たちにできること