組織開発を再考する<第2回>〜不確実性の時代にアプリシエイティブ・インクワイアリーが拓く可能性〜
株式会社ヒューマンバリュー
取締役主任研究員 川口 大輔
本連載では、組織開発のこれまでの価値を振り返りながら、現在私たちが直面している大きな変化の中で、あらためて組織開発のあり方を再考し、今後の進化の可能性を模索しています。
第1回のレポートでは、「エンプロイー・エクスペリエンスの視点から考える組織開発」と題して、組織開発を特別なイベントではなく、「日常の経験」としてデザインしていく方向性について探求しました。
そして連載第2回となる本レポートでは、対話型の組織開発の代表的な手法である「アプリシエイティブ・インクワイアリー(Appreciative Inquiry)」に着目します。
人と組織の強みや価値を最大限に解放する同手法の「本質的な価値」がどこにあるのかを、過去の取り組みを振り返りながら見出すとともに、不確実性がますます高まる現在において、同手法が組織開発の未来の可能性をどのように広げていくのかを探求していきます。
特に第1回の論考も交えながら、アプリシエイティブ・インクワイアリーの原則である「4Dサイクル」が、日常の経験の中に埋め込まれることの意義について考えてみたいと思います。
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アプリシエイティブ・インクワイアリーが拓いたポジティブ・アプローチという可能性
アプリシエイティブ・インクワイアリーは、米国ケース・ウエスタン・リザーブ大学(Case Western Reserve University)のデービッド・クーパーライダー(David L.Cooperrider)教授やタオス・インスティチュート(Taos Institute)のダイアナ・ホイットニー(Diana Whitney) 氏らにより、1987年に提唱されました。
ポジティブ心理学や社会構成主義といった学術的な研究成果を土台に、丁寧に構造化されたプロセスのもとで、変革や価値創造を実践できる対話型組織開発の方法として、その後世界中で活用が進みました。その用途も、組織変革やビジョン・戦略の立案、職場の活性化、チーム・ビルディング、リーダーシップ開発、コミュニティの開発など、多様なものがあります。
ヒューマンバリューでは、2005年以降、複数回にわたってダイアナ・ホイットニー氏を日本に招聘したり、2006年には氏の著作を翻訳した『ポジティブ・チェンジ〜主体性と組織力を高めるAI〜』を出版して紹介するなど、日本での展開を後押ししてきました。ホイットニー氏の影響力もあり、その後、日本の企業やまちづくりなど、様々なところで活用が広がっていきました。
数ある組織開発の手法の中で、特にアプリシエイティブ・インクワイアリーが画期的であったのは、変革において人や組織の「強み」や「ありたい姿」にフォーカスを当てたことにあるといえるでしょう。
それまで、ビジネスの世界で主流であった「問題解決型アプローチ」は、人や組織、社会の弱みや欠陥、問題に着目し、あるべき姿と現状のギャップやそれを生み出している原因を明らかにし、解決策を打っていくものであり、ギャップにフォーカスすることから「ギャップ・アプローチ」とも呼ばれています。このアプローチは、私たちにとって馴染み深いものですが、問題や欠陥に焦点を当てていくため、関わる人々の主体性やモチベーションを高めることが難しかったり、自分たちの組織外の基準と比較してあるべき基準が提示されるため、受け身的な姿勢や疲弊感を生み、変革が長続きしないという傾向がありました。
一方のアプリシエイティブ・インクワイアリーは、図1の右側に示すような「ポジティブ・アプローチ」をベースに置きます。
このアプローチでは、問題や欠陥に注目するのではなく、人や組織の強みや価値を発見する(Discovery)ところから始めていきます。そして、その強みや価値の可能性を最大限に解放できたとき、自分たちがどんな未来を実現できるかを夢(Dream)やビジョンとしてありありと描いていきます。次にそのビジョンや夢を今の現実に反映したときに、どんな状態を生み出せるのかをデザイン(Design)します。そこから新しい一歩を踏み出し、小さな変化を育みながら、描いた未来像を実現化(Destiny)していきます。
こうした一連のプロセスは、英語の頭文字のDが連なることから「4Dサイクル」と呼ばれ、アプリシエイティブ・インクワイアリーの基本プロセスとして定義されています。
特に変化が激しく、あるべき姿としての正解が見えづらい状況の中では、ポジティブ・アプローチが効果的といえます。アプリシエイティブ・インクワイアリーが広がりを見せた1990年代後半から2000年代初頭にかけては、ギャラップ社のストレングス・ファインダーが流行したり、ポジティブ心理学の創始者のマーティン・セリグマン氏が、アメリカ心理学会の会長になるなどの動きも重なって、マーカス・バッキンガム氏(ストレングス・ファインダーの開発者の1人)が言うところの「ストレングス・ベースド・レボリューション(強みに基づいた革新)」と呼ばれる潮流が生まれました。
4Dサイクルが生み出す変革のダイナミズム
では、実際にアプリシエイティブ・インクワイアリーは、どのように変革を可能にするのでしょうか。
アプリシエイティブ・インクワイアリーを特徴づける1つの手法に「ハイポイント・インタビュー」と呼ばれるものがあります。これは、強みや価値を発見する上で、一人ひとりの中にあるハイポイント(最高の体験)に着目し、そこから自分たちの組織やコミュニティに最も活力を与える要素や未来像を明らかにしていく相互インタビューです。
「これまでを振り返って、最も生き生きとしたとき、喜びを感じたとき、あなたの中の創造力を発揮できたときのことを教えていただけますか?」「あなたが目覚めると、そこにあなたの望む素晴らしい世界が実現していたと想像してみてください。何が見えますか?」といった問いを通して、自分の体験や想いを内省しながらストーリーを語り、それを聴いてもらう中で、自分や自分たちの組織の素晴らしさについて発見が起き、ポジティブな感情が生まれてきます。
また、聴く側も相手の話にじっくりと耳を傾けることで、これまで気づかなかったその人らしさや想いを発見することにつながります。アプリシエイティブ・インクワイアリーには、「言葉が世界をつくる」という原則がありますが、こうした問いを通じた相互の対話の中で、人々の表情が明るくなり笑顔にあふれ、インタビュー終了後の光景では、雰囲気が随分と変わっているということが多く見受けられます。
相互インタビューが終わると、そこで語られた想いや体験を周囲の人に語り直す「リストーリー」が行われます。リストーリーでは、自分の体験が他の人の言葉によって語り直されるプロセスを通じて、自分の体験やストーリーの意味づけや解釈が再構成されていきます。
そして、リストーリーを繰り返しながら、一人ひとりの素晴らしさや想い、強みや価値を全体で共有し、自分たちが何者であるのか、何を目指していきたいのかを具現化していきます。共有されたビジョンを宣言文のような形で表すこともあれば、オブジェや寸劇など、クリエイティブな形で表現することもあります。
こうしたプロセスを通して、参加者の中により次元の高い共通の目標や、その実現に向けた創造的なアイデアや行動が生み出され、そこから新しい取り組みが始まり、主体的・自律的な変革の輪を広げていくというのが、一連のアプリシエイティブ・インクワイアリーの取り組みとなります。
たとえば、ヒューマンバリューで支援を行った小田急電鉄では、2010年から2011年にかけて、特急ロマンスカーの運行に携わる人たちに向けて、自分たちのサービスの指針となるような「クレド」をつくる際に、アプリシエイティブ・インクワイアリーを活用しました。
プロジェクトの理念で大事にしたことは、「みんなでつくる」ということです。一部の人だけでつくるのではなく、全員が想いを込めてつくるクレドだからこそ、自分事として受け止めることが可能となります。そこで、プロジェクトでは、ロマンスカーの運行に関わる乗務員、アテンダント全員にハイポイント・インタビューを行い、ロマンスカーに関する体験や想いに耳を傾けることにしました。インタビューの総数は1000名を超えていました。
インタビューの質問も自分たちで工夫してデザインしました。特にこだわったのは、「震災の影響で、ロマンスカーが33日間運休となりました。そのとき、あなたはどのように感じましたか?」という質問でした。このプロジェクトに取り組む最中に東日本大震災が起き、ロマンスカーが運休となってしまったのですが、「ロマンスカーへの思い入れは特にない」と語っていたベテランの運転士からも、「走ってないと寂しい」と話しているのを耳にするなど、震災という体験から、自分たちがロマンスカーを運行する意味を問い直していったのです。
こうした取り組みにさほど関心がないと思われていたベテラン乗務員に対しても、丁寧にインタビューをしていくと、自然とロマンスカーに対する想いがあふれてきて、最後には「俺、ロマンスカー好きだったわ」という一言が、いろんな人から出てきたのが印象に残る取り組みでした。最終的に皆のキーワードを紡いで策定されたクレドは、その後サービスに取り組む人々の拠り所になり、様々なアクションにつながっています。
ロマンスカークレドの取り組みについて、詳しくは下記を参照ください。
https://bizhint.jp/report/192483
このように一対一の対話(インタビュー)からスタートし、それが周囲に語り直され、全体のビジョンへと昇華し、新しい意味を共同的に創り出し、それが一人ひとりの認知やアクションを変えていく、こうした個と全体の相互作用をデザインし、小さな変化を大規模な価値へとつなげていくことが、アプリシエイティブ・インクワイアリーの変革のダイナミズムといえます。
不確実性の高まる現在においてアプリシエイティブ・インクワイアリーの価値を再考する
このようにアプリシエイティブ・インクワイアリーは、組織開発の代表的な方法論として、この10〜20年の間に広がりを見せてきました。日本に導入され始めた当初によく行われていた、数百名〜数千名が一堂に集う大規模なAIサミットのような取り組みは、最近ではコロナ禍の影響もあり、あまり見られなくなりましたが、変革の現場に関わる中では、このVUCAの時代においてこそ、むしろアプリシエイティブ・インクワイアリーがもつ価値はさらに高まっているように感じています。
では、手法が開発された当初からビジネスの環境が大きく変わった現在の世界において、アプリシエイティブ・インクワイアリーがもつ意義はどこにあるのでしょうか。本連載の目的である「組織開発の再考」を踏まえて、同手法がもつ本質的な価値が何であるのかについて、プラクティショナーとしての自身の実体験を振り返り、インサイトを得てみたいと思います。
これまで数多くのアプリシエイティブ・インクワイアリーに関する全社的な変革プロジェクトのサポートを行ってきましたが、あらためて振り返ってみて、特に重要な価値として挙げられるのは、アウトプットとして生み出されたビジョンや数多くのアクション・プラン以上に、変革に取り組む人々の根底にある「思考と行動の様式や習慣」が大きく変容するところにあったのではないかと感じています。
そうした変容は、変革のプロジェクトに中心となって取り組んだコアチームのメンバーの中で顕著に見受けられました。そこで、少しこの点について深掘りしてみたいと思います。
たとえば、アプリシエイティブ・インクワイアリーを活用して全社的な組織変革に臨む際にも、私たちはまず、変革をリードするプロジェクトチームという小さな単位の中で、上述した4Dサイクルを回していくことを大切にしています。
なぜなら、テーマは何であれ、変革に取り組むのには、恐れや不安を乗り越える勇気がいるからです。うまくいくかどうかの保証はなく、正解のない初めてのチャレンジに臨むことが求められます。そうしたチャレンジは、正解としての基準を外側から示されるようなギャップ・アプローチではうまく対処できません。そこでは、プロジェクトチームのメンバー自身が、内側から想いを語り、変革プロジェクトのありたい姿を共有し、恐れや不安と向き合いながらも、まず自分たちができるプロトタイプ的な場づくりに一歩踏み出すというポジティブ・アプローチを取っていくことが必要となります。
そして一歩を踏み出したら、必ずその取り組みをプロジェクトチーム内で振り返って、得られた小さな変化や価値を見出し、皆で共有し、その変化を拡張していくための次のビジョンやイニシアチブへと向かっていきます。これは(or こうしたプロセスは)、自分たちの取り組み自体をアプリシエイト(価値を認める)することともいえます。図2に示すようにプロジェクトチーム内で4Dサイクルを何度も回していくことが、継続的な変化を可能にするのです。
そういう意味で、プロジェクトチームのメンバーは、変革の取り組みの中で最も密度濃く、繰り返し4Dサイクルに触れていく存在であるといえます。そして、興味深いのは、その経験の中でプロジェクトチームメンバー自身の考え方や言動、行動、世界観や哲学がどんどん変容していくことにあります。
メンバーが最初からみんなポジティブで前向きということはあり得ません。最初は不安でいっぱいだったり、「こんなことをやっても意味がない」「どうせ無理」といった態度が散見されたり、どうやれば失敗しないかという正解を求めていたところから、丁寧に4Dサイクルを歩む中で、少しずつ起きた変化に意味を感じられるようになり、自分たちの取り組みに可能性を見出せるようになっていきます。
正解を探すのではなく、正解がないことを当然と捉え、どんな形になるかわからないけれど、自分たちが描いたありたい姿に向けて小さな一歩を積み重ねれば、必ず価値や成長につながるといった確信が生まれます。変革の旅路を進んでいると、様々な困難に遭遇しますが、次第にその困難自体に意味を見出し、柔軟に乗り越えていこうとするレジリエントなマインドセットが育まれていくのです。
さらに重要なことは、これらが一時的な変化ではないということです。アプリシエイティブ・インクワイアリーのプロジェクト自体が仮に半年や1年で終わったとしても、中心となって関わったメンバーたちの多くは、そこで培った思考や行動のあり方を生かして、他の仕事やプロジェクトにおいても未来を切り拓き、事業や組織をリードしていく傾向が見受けられます。
それはあたかも、変革を進めるためのプロセスの一部であった4Dサイクルが、一人ひとりの思考や行動のあり方や習慣、あるいは生き方として根付いていくプロセスであったともいえるかもしれません。
この変化は、ヒューマンバリューで実施しているOcapi(Organizational Change Process Indicator:組織変革プロセス指標)のスコアにも表れます。ヒューマンバリューでは、20年間にわたって収集した数万件の質的データをもとに、組織が進化していくプロセスを、図3に表すような関係・思考・行動のそれぞれの深まりのレベルを5段階で表し、測定できるようにモデル化しました。レベルが深いほど難易度が高くなるといえます。
このOcapiを、プロジェクトがある程度進んだ段階で、変革チーム内で測定すると、関係の質はもちろん、通常高まりづらいとされている、思考や行動の質のレベル4や5といった深い段階の指標が高まる傾向が多く見受けられます。図4に実際にアプリシエイティブ・インクワイアリーを活用して変革のプロジェクトに取り組んだ、あるチームのOcapiの結果を例として示してみました。思考や行動のレベル4や5の指標が高まっていることがわかります。
4Dサイクルの経験が未来を切り拓く思考や行動を育む
中でも、特に以下の指標が高まることが多いように感じています。
思考の質レベル4<確信>
いま起きていることに意味があり、未来は必ず良くなると信じている度合い
行動の質レベル3<主体的行動>
ありたい姿に向けて、自分ができることを見つけて行動している人の多さ
思考の質レベル5<意味創造>
人々や社会にとって、より望ましいビジョンを生み出し、業務を通して、自分たちが存在する意味を進化させ続けている度合い
このことは、ビジネスの不確実性や複雑性の高い現代において、特に重要な意味をもつと思われます。第1回のレポートでは、この不確実性の高まりが組織開発に及ぼす影響について論じましたが、現代は、わかりやすいビジョンを示したり、現状の分析から未来を予測して(フォーキャスティング)適応するアプローチを取ることが難しくなってきています。また、ESGやSDGsが謳われる中、他社に追随したり、競合に勝つといったアプローチではなく、自分たちに固有の強みを生かして、貢献すべきマテリアリティ(重要課題)を明らかにしてビジネスに働きかけていくことが不可欠です。
そうした現代において必要なのは、正解が見えない中でもパーパスを掲げ、長期的な未来に実現したい状態をありありと描き、その実現に向けて今踏み出せる一歩をアジャイルに進んでいくバックキャスティング的なアプローチといえます。
しかし、こうしたバックキャスティング的なアプローチを取るときに障害になりがちなのが、私たちが慣れ親しんだ思考や行動の習慣です。失敗しないように正解を探すことに時間やエネルギーを使って前進できなかったり、パーパスと利益のどちらが重要なのかをはっきりさせないと動けないといった二項対立に陥ったり、経営の意思や想いが曲解されて伝わり、現場では目指す方向と異なるストーリーが流れてしまうといった場面によく遭遇します。
こうした揺り戻し構造とも呼べるような状況を乗り越えていく上でも、私たちが慣れ親しんだ考え方を手放し、上述した「確信」「主体的行動」「意味創造」といった、未来を切り拓いていく思考や行動の様式をいかに企業の中に育めるかということが、組織開発の大きな課題であるといえます。
そして、そのキーとなるのが「4Dサイクルの経験」にあると思います。
よく誤解されがちですが、4Dサイクルやポジティブ・アプローチは、現実から目を逸らして、楽観的に明るく考えよう、ポジティブになろうというアプローチでは決してありません。むしろ厳しいリアリティに向き合い、苦しい中でも価値や意味を見出したり(Discovery)、結果がなかなか出ない状況でも未来を想像したり(Dream)、正解がわからない中でも自分たちにできることを明らかにしたり(Design)、一歩を踏み出すことで異なる世界を見出す(Destiny)といった経験に多く触れることで、私たちの思考や行動が変化し、力強く柔軟になるのです。上述した変革のプロジェクトチームにおいて、思考や行動の質が深いレベルで高まった背景にも、濃密な4Dサイクルの経験があったことが推察されます。
こうした観点から考えると、今後の組織開発の命題は、プロジェクトチームのような特殊な場面だけではなく、「日常の経験の中に4Dサイクルのようなディシプリンに触れる機会や環境をいかに築いていくことができるか」ということになり得ると考えられます。
日常の経験としての4Dサイクル
では、日常の経験の中に4Dサイクルを適用していくとは、実際にどのようなイメージでしょうか。具体的な例を通して考えてみたいと思います。
たとえば、私が所属しているヒューマンバリューでは、仕事の種類や大きさにかかわらず、どんな仕事に取り組むときも、最初に関わる人々同士が集い、その仕事の可能性について考える時間を、短くても必ず取るようにしています。
スタートは必ずチェックインから始まります。一人ひとりが順番を決めずに、今の率直な気持ちや気になっていることを話していきます。用意された言葉ではなく、一人ひとりのありのままの発言やその人らしさを受け入れることで、アプリシエイトな環境が育まれていきます。
その後のアジェンダは、回によっても異なりますが、多くの場合、その仕事に取り組むに当たっての各自の想いやこれまでの経験といった自身の背景などを共有したり、対話を行いながら、その仕事の真価(ポジティブ・コア)は何かを探求していきます。
そして、その仕事を通して、長期的・短期的にどんな価値を生み出していきたいかを話し合います。ポストイットでアイデアを可視化することもあれば、各自がありたい姿をストーリーとして語ることもあります。こうしたプロセスを通じて、小さな共有ビジョンが生まれていきます。
長期的・短期的な未来を考えた後は、現実的な課題にも目を向けつつ、各自がどんな貢献ができそうか、どんなチャレンジに取り組みたいのか、どんなことを大切にしてその仕事に向き合っていくのかを話し合い、協働して仕事を始められる体制を築いていきます。
最後にチェックアウトで、このミーティングの感想を共有して、終了し、各自がそれぞれの仕事に取り組んでいくという流れです。
大きなプロジェクトだと、半日〜1日くらいかけてこうしたキックオフを行うこともありますが、むしろ1時間くらいの軽いミーティングや集まりのほうが多いように思います。短い時間の中でも、こうした4Dサイクルを回していくことを大切にしています。
また、近年多くの会社が取り入れている1on1ミーティングを、自社内で行うことも多いですが、この際も自然と4Dサイクルが意識されているかもしれません。
人生を振り返っての最高の体験というような大げさなものでなくても、たとえば1カ月の自分自身を丁寧に振り返ってみると、些細な経験の中から得られた小さな価値や変化、気づきといったものが存在しています。そうした気づきをもとに、次の1カ月のビジョンやありたい姿をイメージするような会話を心掛けています。
ここに挙げたのは1つの例ですが、特別な手法や機会がなくても、このようなちょっとした経験が日常の中で多数存在し、そこでの対話や振り返りを積み重ねていくことで、正解がない世界に対峙する思考と行動の様式や習慣を、自然と構築していける可能性を実感しています。
第1回のレポートでは、図5に示すようなエンプロイー・ジャーニーを紹介し、その中に組織開発の原則を日常の経験に適用していくことについて論じましたが、こうした様々な機会や場面で4Dサイクルを意識していくことで、採用からオンボーディング、日常の業務、顧客との接点など、あらゆる場面が組織開発のフィールドへと転じ、組織のあらゆるレベルで私たちの思考と行動のあり方を進化させていけるかもしれません。
(第1回のレポートは、
https://www.humanvalue.co.jp/wwd/research/insights/od/post_230206/ を参照)
終わりに
以上、ここまで対話型組織開発の代表的な手法であるアプリシエイティブ・インクワイアリーに着目し、同手法の価値や可能性を、「日常の経験としての4Dサイクル」という視点から再考してきました。あらためて考えると、アプリシエイティブ・インクワイアリーとは、正解がない時代に私たちがどう向き合うのかを教えてくれる生き方であるといえるかもしれません。
2023年の3月に、アプリシエイティブ・インクワイアリーの創始者の一人であるダイアナ・ホイットニー氏にオンラインでミーティングをする機会に恵まれました。ホイットニー氏の直接の言葉からもたくさんのことを学べましたが、何よりも同手法が開発されて35年が経とうとしている現在においても、いまだに現役で、クライアントとともに人と組織の可能性を解放し続けている姿勢に大きな感銘を受けました。
哲学者の西田幾多郎は善の研究の中で「個人あって経験あるにあらず、経験あって個人あるのである」と述べましたが、私自身も4Dサイクルの経験をこの先も積み重ねながら、不確実な未来を周囲とともに切り拓いていけるあり方を模索し続けていきたいと思います。