「個人のあり方」と「組織のあり方」の次元:これからの組織開発がめざす新たな地平
いま、個人にも組織にも「あり方」が問われているのかもしれません。ここで言う「個人のあり方」とは働く意味や動機であり、組織においては働く人々をどのような存在として捉え、どのような働き方を求めるかです。本稿では、この個人と組織の「あり方」の進化を、図に示すようなモデルで実験的に捉え、これからの組織開発がめざす新たな地平を眺める試みをしてみたいと思います。
株式会社ヒューマンバリュー 代表取締役社長 兼清俊光
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「個人のあり方」の次元
働く意味や動機によって「個人のあり方」の次元は変わります。
レベルIは、外発的動機の「Survival=生きるため」です。働く意味や動機が、生きていくため、食べるためという水準です。
レベルⅡは、外発的動機の「Safety=安心・安全のため」です。ここで働けば、安心が得られ、今日と同じような明日がずっと得られる、また自分の存在が承認されているという水準です。
レベルⅢは、内発的動機の「Pleasure=したいから」です。内発的動機とは、その活動がしたいからするという動機で、それをすること自体に動機が埋め込まれています。趣味は内発的動機です。それをしていると楽しい・嬉しいと感じられるからこそ、やっているわけです。
レベルⅣは、内発的動機の「Purpose=より良くするため」です。自分はこの世界において何のために生きているのか、自分の存在を通して、外側の世界に貢献する、より良くするという働く目的・意味で、高次の動機です。
「組織のあり方」の次元
働く人々をどのような存在として捉え、どのような働き方を求めるかという「組織のあり方」もレベルによって次元が変わります。
レベルⅠは、「Obedience=服従」です。社員に作業を指示し、命令を下して、それに従うことを求め、監視します。
レベルⅡは、「Co-Operation=共同」です。各人に割り当てられた役割・範囲で責任をもってやり遂げることを求め、分担した役割を各自が果たす、その足し算です。
レベルⅢは、「Collaboration=協働」です。明確に割り当てられていないし、公式の役割や目標として期首に設定していなくとも、必要だから自分がやる、困っている仲間がいるから自分が引き受ける、支援する、また組織の垣根や役割を超えての行動です。
レベルⅣは、「Co-Creation=共創」です。正解がない中で、挑戦を繰り返しながら、新しい価値を「共」に「創」り上げていくことです。
響きあう「個人のあり方」と「組織のあり方」
「個人のあり方」と「組織のあり方」のレベルはシンクロしています。そして時代と共に変化しつつあるように思います。
レベルⅠ:「Survival=生きるため」×「Obedience =服従」
いまから100年ほど前は、「個人のあり方」が外発的動機の「Survival=生きるため」で、「組織のあり方」が「Obedience=服従」、まさにそういう時代であったように思います。
フォードがT型フォード(モデルT)を世に出したのが1908年、その後20年間、1927年まで基本的なモデルチェンジのないまま約1,600万台が生産されました。フォードは、ベルトコンベアーの流れ作業方式、フォードシステムを生み出し、拡大再生産を続け、ピークの1923年には年産200万台を超えました。この時、従業員に支払われる給与は、平均的な賃金の2倍以上で、働き手が殺到しました。
その給与は、あたかも、従業員が細かく分業された生産ラインの流れに支配された単調な労働に耐えることの代償で、多くの従業員が肉体面・精神面での著しい負担を感じ、高給であっても退職者が後を絶たなかったそうです。
この頃の時代の管理・監督者は、ストップウォッチを持って、従業員を監視していました。
ちなみに、ヘンリー・フォードも自らストップウォッチを手に作業員の動きを注視していたそうです。MITスローンスクールのピーター・センゲが学習する組織カンファレンスで、ヘンリー・フォードの言葉として「私が雇いたいのは、丈夫で、言われたことを正確にやり続ける手と足だ。だが人間を雇うと、不要な心と頭が付いてくる」と紹介していました。
レベルⅠの次元は、「金銭的報酬」が動機付けの中心手段で、パフォーマンスを生み出すには「Health=身体が健康」であることが個人にも組織にも大事です。
レベルⅡ:「Safety=安心・安全のため」×「Co-Operation =共同」
働く動機が「Survival=生きるため」から、レベルⅡの「Safety=安心・安全のため」に上がり、「組織のあり方」は「Co-Operation =共同」です。
明確にされた役割と目標を各人に設定し、安心・安全を提供します。金銭的な報酬に加え、心理的報酬(承認)も得られ、身体的にも安全で、訓練や教育(研修)もしてくれる、だから言われたことを従順・勤勉に行い、そして担当する仕事の専門性も高めるという感じです。マネジメントもストップウォッチを手放して、MBO(目標による管理)によって、自分が担当している役割・目標を果たします。
レベルⅡの次元の動機付けの手段は、「金銭的報酬」に加え「心理的報酬」「身体的安全」「訓練や教育の提供」となり、パフォーマンスを生み出すには身体だけでなく、心も健康であることが個人にも組織にも大事です。
レベルⅢ:「Pleasure=したいから」×「Collaboration=協働」
「個人のあり方」はレベルⅢから内発的動機にシフトします。働く動機は「Pleasure=したいから」となります。この次元で、「組織のあり方」は「Collaboration=協働」です。
組織の中に、心理的安全があり、思ったことを率直に言えて、ここにいることで学び成長でき、職位を超えて尊重しあえ、「自分は本当に素晴らしい仲間やお客様に囲まれ、仕事そのものが楽しく、学び成長することが本当に嬉しい」という、まさに「Wellbeing=多幸感」を個人が感じられ、組織も提供しようとめざしている、そんな次元です。
こうした次元に至ることで、先述したように、役割や目標として設定していなくとも、必要だから自分がやる、困っている仲間がいるから自分が引き受ける、支援する、また組織の垣根や役割を超えて取り組むといった行動が従業員の中に生まれます。
レベルⅢは内発的動機の世界ですから、従業員が自ら、仕事や仲間と働くことの中に動機が生まれるよう環境を整えます。従業員をライフも含めて大切に扱い、所属している感覚が得られるよう社員のつながりや絆を大事にし、学び・成長する学習機会を提供(研修を受けさせるではない)し、市場規範よりも社会規範を重んじます。
レベルⅣ:「Purpose=より良くするため」×「Co-Creation=共創」
レベルⅣは、「個人のあり方」が内発的動機の「Purpose=より良くするため」で、「組織のあり方」が「Co-Creation=共創」です。
VUCA WORLDという言葉が表すように、いまのビジネスを取り巻く状況は、Volatility(不安定)・Uncertainty(不確実)・Complexity(複雑)・Ambiguity(曖昧模糊)を加速させ、事業においては未来を予測することができない、まさに「正解のない」環境下に置かれています。この環境下において、企業にとっては新しい価値の創造が極めて重要になっています。
レベルⅢの「Collaboration=協働」の次元では、協働は生まれても、答えのない世界、うまくいくかわからない世界において、「あえて困難に挑戦して価値を創造するための努力が生まれる」ところまでには至らないかもしれません。
それには、そんな挑戦のための努力をするだけの高い次元の目的・パーパスが必要です。個人のあり方には、「自分は、この世界において何のために生きているのか、自分の存在を通して、外側の世界に貢献する」という働く目的・動機が必要です。
うまくいくかいかないかではなく、正解がない中で、新しい価値を集合的に創造していく。この次元で個人と組織のあり方がマッチすることで、「Social Impact=社会価値創造」となります。
これから私たちがめざす世界
いま、企業や組織が実現したい世界は、垣根や役割を超え、自ら動き、協働しあう人々に溢れた組織であり、またうまくいくかいかないかではなく、正解がない中で、新しい価値を集合的に創造していくコ・クリエーション、共創ではないでしょうか。
個人のあり方はいかがでしょうか。「生きるために働く」という動機を望んでいるのでしょうか。「ここにいれば明日も安心」という動機で毎日会社に行き、仕事をしたいのでしょうか。そうではなくて、「自分は本当に素晴らしい仲間やお客様に囲まれ、仕事そのものが楽しく、学び成長することが本当に嬉しい」というまさに多幸感であり、「自分の存在を通して、外側の世界に貢献する」という高次のパーパスを持って、自分の人生の時間を使いたい、そういう人々が増えていて、そういう人々の願いがメインストリームではないでしょうか。
組織がコラボレーションとコ・クリエーションを社員に訴えても、実際のチームでの扱いは「言う通りにやれ」という服従を求めるものであったり、役割と目標を明確化し、報酬を強調し、外発的動機づけによるコ・オペレーション的であったら、現実化はしないでしょう。
いま、ロボットメーカーの工場に行くと、ロボットを作っているのはロボットです。これから数年で、蓄積してきた知見が活かせて明確に規定できる役割や仕事は、ビッグデータとAIのディープラーニングが担います。ロボットやAIではできない、協働と共創の世界こそが、私たち人間が組織において担うものであり、その時の働く動機は内発的なものではないかと思います。
これからの組織開発がめざす新たな地平もここにあるように思います。働く仲間が職位を超えて尊重しあい、つながりや絆を大事にし、学び・成長することを喜び合い、難しいことにチャレンジすること自体が素晴らしいことであるグロース・マインドセットを育みあう、そんなカルチャーへシフトを図っていく、そうした私たち個人と組織の、これから先の素晴らしい関係、素晴らしい未来のための取り組みであると思います。