アジャイルな組織づくりとITインフラ課題
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アジャイルODx研究会メンバー
LIVE&WORLD 代表 長谷川晃大
私は現在、組織開発/人財開発オンラインパートナーとして、企業のエンゲージメント向上や人財育成のための支援を行っています。アジャイルに組織開発を支援するため、オンライン環境を整え、組織内の組織開発推進プロジェクト全体のマネジメントを行うことが主なミッションです。
私がアジャイルな推進環境を整えるうえで大事にしているのは、支援者である私と職場の推進者間におけるコミュニケーションの「俊敏さ」と「透明性」、そして推進者同士のコミュニケーションの「俊敏さ」と「透明性」、「相互学習の効果性」です。リモート環境が当たり前になったからこそ起こり得る「互いの不透明さ」を防止し、オンラインを活かしてより素早く反応することができたり、お互いのことをよく理解し、学びあいながら組織づくりを推進することができるオンライン版ラーニングコミュニティを心がけています。
具体的にどのような環境を整えて実践しているのかについて、その一部をご紹介します。
コアとなるコミュニケーションツールとしては、ここ数年多くの企業で使われるようになったSlackを使用し、推進者とマス/ダイレクトコミュニケーションを行っています。また、スマートフォンにもアプリをダウンロードしていただくことで、いつでもどこでもアクセス可能な状態にしています。またSlackのメインチャンネルからミーティング用のZoomへの連携、他のツールとの連携もワンストップでできるように設計し、資料等々もダウンロード/アップロードを行える環境を整備し、あらゆる資料や情報のやり取りを一つのポータルツールで行うようにしました。また、各組織の推進プロセスはこの1年であらゆるところで活用されるようになったwebホワイトボードを使い、お互いの進捗を見える化するための工夫を施しています。また、推進者間で考えをまとめたり、話し合う場においては専用のツールを使い、全員がどのような意見や考えを持ち、どのようなキーワードがよく書かれているのかを瞬時に全員が把握できるようにすることで、お互いの透明性とコミュニケーションの速度・効率性の進化を目指してきました。
手応えを感じている部分もある一方で、まだまだ進化の余地や工夫の余地もあり、日々試行錯誤しながら進めています。
今回は、これまでこのような役割を担いながら、オンライン環境を整えていく際に直面した課題と解決のポイントを3つほどご紹介してみたいと思います。現場のITインフラを整え、アジャイルな組織づくりをどう行っていけばよいかを考える際、何か少しでもお役に立てれば幸いです。
1.複数のITツールの活用における弊害
前述のように、コアとなるツール(Slack)と目的によって使うツールを分けることで推進の効果性を目指しましたが、複数のツールを同時に立ち上げることに対する非効率性や回線の負荷、デバイスの違いによる使用の際の制限(できること/できないこと)がありました。いくら便利で効果的と思われるツールであっても、組織内のインフラで使用することによって生まれるストレスが存在します。「動きが悪い」「アクセスがうまくできない」「アクセスするのに時間がかかる」「アクセスするためにいくつか段階を経なくてはならない」など、一つのツールを立ち上げることに対する負荷が高まることで、アクセスする気持ちを低下させてしまい、「なんだか面倒くさい」という気持ちを高めてしまいます。
HPを立ち上げる際に参考とされる「どんなページもアクセスするのに3回以上クリックを必要としてはならない」という“3クリックルール”という目安が存在しますが、3回以上というのが正確な回数かどうかは別として、たどり着くまでの時間と段階が多ければ多いほど、人の気持ちが遠ざかるという原理は誰しも経験の中に何らかの形であることかと思います。こうなってしまうと、せっかく整えた環境もうまく機能しなくなり、かえって非効率な印象を与えてしまうことで、結局使用されなくなってしまうといったことも起こりかねません。実際、メールとSlackの両方で同じメッセージを伝達しなくてはいけなくなるといった状況に直面したこともあり、アジャイルどころか、かえって煩わしい振る舞いが増えてしまったという経験があります。こうしたことからもアジャイルな組織づくりにあたり、使用する立場に立って、組織で使用するツールがどれだけスムーズに使用できるかについて、あらかじめ実験を行い、どうしたらシームレスに利用できるか、条件などを整え導入することが大切ではないかと思います。また、既存のインフラに合わせて導入することも大事ですが、普段からこうしたことを相談できるIT推進部門に組織内のインフラ環境をよりよくしていくための声をあげておくことも必要ではないかと思います。
2.世代間におけるギャップ
基本的に世代論は偏見を生み出しやすく、個人的には好きではないのですが、一つの傾向としてご紹介します。あくまで私の経験においてですが、30代以下の世代(ミレニアル世代~Z世代)と40代以上の世代(X世代以上)にこうした環境への適応に対する差を感じることが多くあります。特に「ツールへの適応(順応)」と「レスポンスの量や速度」の面でよく感じることがあります。リモート環境が定着しつつある昨今、すでにご経験している方もいらっしゃるかもしれませんが、「新しい環境を整えたがあまり使用していない」「発信しても誰も反応しない」「そもそもログインしていない」などの問題は多く存在しているのではないでしょうか。上述したインフラ環境の問題もその理由の一つと考えられますが、こうした問題には、使用してきたコミュニケーションツールに対する慣れと認識の問題が潜んでいるように思います。アジャイルに進めていくためのITツールには、「透明性」「共有」という特徴があります。つまり、発信者と受信者がはっきりしているというのではなく、互いに発信しあい、共有していくことを前提としたツールがほとんどです。このようなコミュニケーションのスタイルへの慣れは2000年以降のSNSの発展などに伴う、1対不特定多数のコミュニケーションへの慣れをもつミレニアル世代の方が、ツールの趣旨や使い方を理解するのも早く、そのことを活かしたコミュニケーションへの抵抗が少ないように思います。一方、発信者と受信者が比較的明確に分かれたコミュニケーションの経験を長く持つX世代以上には、適応への難しさがあるのかもしれません。こうした問題はそれぞれのコミュニケーションスタイルに馴染んだ期間の長さに影響を受けやすいと考えられ、「使えないことが悪い」とか「ITリテラシーが足りない」などと安易に判断をすべきではなく、社内のDXあるいはアジャイルな組織づくりという文脈を活かして、社内の最適なコミュニケーションスタイルを検討し全社的に促していくとよいのではないかと考えます。
3.ITインフラと社内のセキュリティ
最後は少しマクロな観点となりますが、社内のセキュリティの問題です。各企業によって基準が様々で、ある企業では導入可能なツールが、別の企業では導入できず、代替手段を考えなくてはならないといった問題がありました。結果的に代替手段の効率性が悪く、アジャイルさを保てなくなるといったようなこともありました。昨年、複数の企業のIT推進部門の管理職の皆様のオンラインコミュニティに定期的に参加し、こうした問題の背景につながるようなお話を伺いました。コロナ禍の序盤はインフラの整備でどなたも奔走されており、余裕がない状態でしたが、徐々に整い始めると新たな課題が生まれてきました。IT推進部門側の意見としては、「あのツールを導入してみたい」「このシステムの方が社員の仕事がしやすくなる気がする」など前向きな思いがある一方、「会社のセキュリティやコンプライアンスの問題で導入が難しい」「経営層が慎重になり許可が下りない」などといったことで導入を断念するといったケースです。このような問題は非常に悩ましく、これからのDX推進時代における典型的な組織課題の一つになりそうだと予感しました。よくお話を伺ってみると、経営層の方では導入リスクがわかりづらく、不安の方が先立っているようでした。つまり、意思決定をするには情報が足りなかったり、難解で複雑だったりするために慎重な判断が下るというわけです。この点にうまく対応しきれていないようでした。このような状況を俯瞰してみると、企業のIT推進部門には新しいツールやシステムの導入による「リスク」「コスト」「セキュリティの強度」について、より明確に意思決定の材料として経営に伝達し、組織が目指す姿へのシフトに向かって意味づけていくという新しい役割が必要とされ始めているのかもしれません。まさにDX時代における経営層とIT推進部門の新しい関係性を探求すべきタイミングにきているといえるのではないでしょうか。そして、こうしたIT推進部門と現場が関係を密にしながらオンライン環境の課題を共有し、さらなる発展のためのアイデアを定期的に話し合い、最適な環境づくりを進めていくことが必要なのかもしれません。
以上、今回アジャイルな組織づくりに必要なITインフラの課題についてご紹介してきました。社員の使いやすさ、使用する側のコミュニケーションスタイルのケア、組織のITインフラに対する向き合い方という3つの側面にスポットを当ててみましたが、いかがでしたでしょうか。
いろいろとご紹介しましたが、ITインフラを整えることもアジャイルであることも、あくまで手段であると考えています。最も大切なことは、その先にある組織の姿と働く人たちの未来を考えることではないでしょうか。今、なぜ組織にアジャイルな振る舞いが定着する必要があるのか、そのことによってどのような働き方が可能になり、どのように人生を過ごすことができるのか、そのためにどのようなツールを導入し、環境を整えるのか。その推進の在り方はどうあるべきか。このようなことが組織の中で議論され、共感が生まれたうえで、その試行錯誤が素早く行われ、実現に向かう姿こそ、真のアジャイル組織といえるのではないかと考えます。
著者のご紹介
LIVE&WORLD 代表 長谷川晃大
組織開発系コンサルタントとして、心理的安全性を起点とした組織づくり・人が育つ組織の土壌づくり・リーダーシップ開発支援・内省と対話を軸としたマネジャーのラーニングコミュニティづくりなど伴走型支援を行ってきた経験を活かし、現在人財・組織開発オンラインパートナーとして完全オンラインでの支援に従事している。