多様な働き方の実現に向けて、本人・周囲・組織ができること
本レポートでは、結婚や出産などのキャリアのトランジションに直面している当事者や、それを受け入れる組織が、多様な働き方を実現するために大切にしたいポイントについて、ヒューマンバリューの取り組み等から明らかになってきたことをまとめています。
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背景と本レポートの目的
現在、企業において、結婚、育児、介護など、キャリアや人生の大きな変化に直面し、従来とは異なる働き方を実践しようとする人が増えています。今後、働き方の多様化は、ますます高まっていくことが見込まれています。そうした多様化する働き方に対応するために、さまざまな法律や企業の制度、仕組みの整備が年々進んできています。
たとえばIT技術の進歩などを背景に、ライフスタイルや価値観等に合わせて場所や時間にとらわれずに働くことができるリモートワーク制度や、一定期間において短い勤務時間を選択できる時短勤務制度、あるいは男性の育児休業取得者の増加等が挙げられます。しかし、このような働きやすさを高める制度が充実する一方で、現場では、これらをうまく活用するためのマネジメントや運用方法、組織の文化に課題が生じる等の現象も起きており、働く当事者たちが納得し、満足できる形で制度が浸透されているとは言いづらいということもあるようです。
では、多様な働き方を実現し、一人ひとりが自分らしく力を発揮できる組織を実現するためには、何が必要でしょうか。おそらく、社会や企業が法律や制度の整備を進めていくだけではなく、当事者や、現場でともに働くメンバーが、これらを活用しながらも、それぞれの日々の働き方やお互いのコミュニケーション、メンタルモデル等を柔軟に変えていくことも求められていくのではないでしょうか。
具体的には、働き方の変化に直面した当事者は、家庭も職場も大きく環境が変化した中で、周囲とのコミュニケーションを取りながら、自分自身で納得できる働き方や暮らし方を主体的に生み出し、新たな環境に適応していくことが大切です。
さらに、ともに働く組織のメンバーも、たとえばお互いに対してステレオタイプな思い込みで接したり、お互いを理解できない存在として捉えたりするのではなく、職場での日々のコミュニケーションを大切にしながら、お互いの理解を深めたり、お互い様文化を醸成していくことが大切です。
ヒューマンバリューでは、2014年5月より、多様な働き方の実現を支援する取り組みを行ってきました。その一連の取り組みから私たちが実感したのは、私たち自身も含めて、多くの企業やそこで働く人々は、多様な働き方に対する取り組みを行う必要性を強く感じつつも、その具体的な方法などについては、試行錯誤をしながら模索し続けているということです。
本レポートでは、結婚や出産などのキャリアのトランジションに直面している当事者や、それを受け入れる組織が、多様な働き方を実現するために大切にしたいポイントについて、ヒューマンバリューの取り組み等から明らかになってきたことをまとめています。
今後は、ますます各個人が多様な働き方を志向し、企業としてもその実現が必要とされるようになっていくことが見込まれます。そうした中、一人ひとりが自分らしさを発揮するとともに、組織としても一人ひとりが力を発揮できるよう、少しでも多くの組織の、多様な働き方の実現に向けた取り組みに対し、今後の一助となればと願っています。
ヒューマンバリューが取り組んできたこと
多様な働き方の実現に向けたポイントを紹介する前に、ヒューマンバリューが取り組んできたことの概略を紹介します。
1つ目の取り組みは、「『オープンアップ・ザ・ドア~新たなステージで自分らしく生きるために~』トライアルコース」の開催です。
これは、出産後に職場に復帰し、仕事や育児を含めた新たな環境への適応を模索している方を対象に実施しました。状況の変化に適応して、「自分で納得できる働き方や暮らし方を生み出す『変容する力』」を高めるプロセスを、3カ月に渡るアクションラーニングで実践していくことを目的としたコースです。具体的には、各回150分、全部で6回のオフサイトセッションへの参加と、職場や生活における実践を通じて、参加された方々は、キャリアトランジションに直面している中で、周囲の人と関わりながら、あらためて少しずつ自分らしい働き方や暮らし方を生み出していきました。
2つ目の取り組みとして、多様な働き方に関して先進的な取り組みを行っている企業の人事担当者を中心に、インタビューを実施しました。具体的には、7社11名の方に対し、多様な働き方の実現に向けて、仕組みの整備や施策の展開も含めて取り組んでいること、取り組む中で抱えている課題、今後さらに取り組んでいきたいこと等についてお伺いしました。
3つ目の取り組みは、ミニフォーラム「多様な働き方を実現する組織風土を醸成するには~キャリアトランジションにおいて、”本人ができること””周囲ができること”~」の開催です。このフォーラムでは、ダイバーシティを推進している企業や、トランジションに直面している当事者が集まり、多様な働き方の実現に向けて、お互いの問題意識や取り組みを共有しながら対話や探求を行い、多様な働き方の実現に向けたアイデアや取り組みの仮説をともに検討していきました。当日は、31名の方がご参加くださり、それぞれの立場から当事者意識をもった上で、率直で幅広い意見や想いが共有され、それぞれの人が、自分の捉え方をあらためて見つめ直し、多様な働き方の実現に向けて、自分自身だけではなく、自組織や周囲にどのように働きかけていくかを検討する場となりました。
これまでの取り組みから明らかになった「多様な働き方を実現する」ためのポイント
多様な働き方を実現するために、個人や組織が取り組んでいきたいポイントとして、次の5点が明らかになりました。
・自らを見つめ、周囲と支え合う場としての「サードプレイス」をもつ
・小さな一歩を踏み出してみる。そして好循環を生み出す
・「ワーク」と「ライフ」を融合して捉える
・企業の戦略やニーズ等に合わせた制度の施行
・職場のお互い様文化を醸成する
これらのそれぞれについて、下記に紹介します。
自らを見つめ、周囲と支え合う場としての「サードプレイス」をもつ
<サードプレイスを持つことの利点>
・自分自身にとっては何が大切なのか、自分を突き動かす本質的なエンジンは何かを探求することができるようになる
・当事者同士がともに励まし合い、支え合う関係をつくりやすい
トランジションに直面し、「ワーク」も「ライフ」も環境が大きく変化すると、当事者は、時間的・精神的に忙しさに焦点が当たってしまう傾向があるようです。そうした状況では、職場でも家庭でもない空間(=サードプレイス)で、あらためて自分自身を見つめ直す時間をもつことが大切になります。サードプレイスで自分自身と向き合い、自分自身にとっては何が大切なのか、自分を突き動かす本質的なエンジンは何かを探求することができるようになります。これがサードプレイスをもつことの1つ目の利点です。
「オープンアップ・ザ・ドア」トライアルコースの最終回では、ある参加者から「今回のコースでは、自分や子どもの体調不良で休んだ人はいたが、自分の業務が忙しいことを理由に休んだ人はいなかった。これは、全6回のこの時間が、自分の人生にとって大事な時間だと自覚していたから、業務が忙しくても時間をつくって参加していたのではないか」いう発言がありました。
およそ2週間に1回、2時間半ずつ参加者が集まり、参加者同士が支え合いながら、あらためて自分を見つめ直すトライアルコースの場が、自分を振り返る「サードプレイス」として機能していたことが示唆されています。
また、さまざまな人の話を聞いてみると、好きなエステやジムに通う時間をくくり出していたことが、サードプレイスをもつことにつながっていたという人もいました。その方は、特に「自分を客観的に見つめ直す」という意識がなくても、結果として、それが自分のサードプレイスとして機能していたと、あらためて気づいたようでした。
いずれにしても、単に息抜きの時間をもつということではなく、仕事とも家庭とも違う場所で、「自分を振り返り、見つめ直す」時間、いわば「サードプレイス」を意識的にもつ(用意する)ことが、忙しさに焦点が当たりがちな状況の中でも、自分らしさを見失わずに日々の生活を送るために大切であることがわかりました。
サードプレイスで自分を見つめ直すということは、別の言い方をすれば「自分自身を俯瞰する力を高める」ということになります。こうした自分自身を俯瞰するために有効な方法は、自分自身の感情をモニタリングすることだということもわかりました。日々を忙しく、追われるような感覚で過ごしがちな状態の中では、自分の感情を見失いがちになったり、感情にふたをしたり、あるいはいっときの感情に飲み込まれたりしてしまうことも起きがちです。
たとえば怒りを感じた場面に、その理由を少し冷静に考えることで、自分が大切にしている価値観に気づけるようなこともあるかもしれません。たとえば家族と意見の違いでけんかをする場面があっても、相手の発言の背景や、相手が大切にしている価値を冷静に考えることができるようになったといった声もあり、自分自身を俯瞰する力が高まると、関わる相手をも冷静に受け止めることにつながることもあるようです。
サードプレイスをもつことの2つ目の利点は、当事者同士がともに励まし合い、支え合う関係をつくりやすいということです。オフサイトや先に挙げた、たとえばエステにしても、同じ境遇にいる仲間だと認識できれば、相互の共感を生み出し、率直に話し合える関係を築くことができるようになります。トライアルコースでは、サードプレイスが機能することで、さまざまな企業で働く人が集まり、愚痴や不満を言い合うのではなく、素直に自分を語り、親身に周囲を支援し合う関係が築かれていました。
小さな一歩を踏み出してみる。そして好循環を生み出す
大きな環境の変化に直面すると、忙しさや、今、目の前で起きていることへの対処に焦点が当たり過ぎてしまい、新たな一歩を踏み出そうとする力が高まりづらい傾向もあるようです。しかし、そうした状況の中でも、実現したい状態を描いた上で無理のない小さな一歩を踏み出してみると、自分自身が変化したり、周囲に変化を及ぼしたりしていることを実感できるということがわかりました。
たとえば「オープンアップ・ザ・ドア」トライアルコースの参加者の声で、「自分の好きなことや、なりたい姿をちゃんと見つめて、ほんの少しの勇気をもって一歩を踏み出すと、見える世界が変わる」「子どもがいる生活なので、ある程度のことは諦めていました。しかし、自分のやる気で、私生活も仕事も今より頑張れるとわかりました」といった声などもあり、勇気をもって無理のない一歩を踏み出すことで、自分自身のポジティブな気持ちや行動を生み出せることがわかりました。
さらに、踏み出した一歩によって、自分や周囲に起きた変化を実感することで、そのこと自体がさらなる変化を生み出すということも明らかになりました。
たとえば、小さな一歩として何か新たな家事を行ってみたとします。すると、まずはそれをできる自分に気づいたり、一歩を行うこと自体が楽しかったりして、気持ちが前向きになり、それによってまた別の家事も楽しく手がけられるようになり、次第に当事者の変化に気づいた家族も協力するようになり、心の余裕が生まれ、家族全体のハピネスが高まるといったような事例もありました。
「オープンアップ・ザ・ドア」トライアルコースでは、大きな一歩を踏み出すのではなく、前回のセッションで決めた一歩を日常で歩んでみて変化を振り返ることを行いました。多くの参加者が前向きな気持ちで一歩を歩み、さらにたった2週間の間に、決めた小さな一歩から波及した、たくさんの一歩を自然体で実践されていたのが印象的でした。
また、小さな一歩に取り組み、たくさんの変化を実感すると、「自然体で無理のない」という姿勢は維持したまま、次第に大きな一歩を歩めるようになることがわかりました。
トライアルコースでは、毎回最後に「無理なく実践できる、明日から踏み出す小さな一歩」を決めました。当初の一歩を、たとえば「10分早く退社する」「食卓の上を毎晩片付ける」など比較的、日常の身の回りについての一歩だったとします。するとコースの第5回では、「将来のことを1日1回イメージする」「他者とのつながりをイメージし、興味をもつ」など、次第に視座の高い一歩を決める参加者が多く見受けられました。
小さな無理のない一歩から始めることによって、少しずつ自分自身で、生活全体の良い状態をつくれるようになっていくということがわかりました。
「ワーク」と「ライフ」を融合して捉える
◆最初に起こる変化は「精神面」や「ライフ面」
サードプレイスで、他者と支え合いながら自分自身をあらためて見つめ直し、日々の無理のない一歩を積み重ねる中で、自分が大事にしたい本質的な価値が見出されてくると、わくわくする楽しさに気づいたり、前向きになったり、生活の充足度が高まったりするなど、まずは「精神面」や「ライフ」の面での充足感が高まってくるようです。
具体的には、トライアルコースで、小さな一歩から生まれた変化を振り返ることで、多くの参加者が、上記のようなポジティブな気持ちや、ライフの面の充足感に気づいていました。また、直接「家族と仲良くする」というような一歩を設定した参加者はいませんでしたが、各自が変化を歩むうちに、夫婦や家族との対話の時間が増えたり、家族の協力が得られたりする等の変化を実感し、結果として「夫婦仲や家族仲が向上した」と振り返る参加者が多かったことも興味深い内容でした。
◆「ライフ」面での変化が「ワーク」面に影響を及ぼす
そして、「ライフ」での充足感が高まってくると、次第に「ワーク」に対するモチベーションの向上につながっていきます。
具体的には、参加者の声として、「仕事に集中するためには、仕事以外のことがうまくいっていることが大事なのだとわかりました」「ライフが充実しているとワークも充実するというのを体感した3ヶ月で、いま、仕事に対して負の気持ちはもっていません」「プライベートを探求するのは、自分の本質的なエンジンを探求すること。エンジンが軌道に乗ってくると、仕事への関わり方が変わってくる。効率も上がり、できる範囲も広がっていると感じる」等が挙がっていました。
また、ライフの充足感がワークへ好影響をもたらすことは多くの参加者が感じていた様子で、コースの後半では、「ライフの充実はワークの充実」が、参加者の合言葉のように多くの人から発せられるキーワードとなりました。
企業の戦略やニーズ等に合わせた制度の施行
企業ヒアリングでは、多様な働き方の実現に関する「現在の取り組み」「直面している課題」などについて伺いました。
具体的な取り組みとしては、たとえば在宅勤務制度の推進、各種休暇制度の設定、各種セミナーの実施、自己啓発費用の補助等々、各企業が、社員のニーズや企業戦略等に合わせた制度や仕組みを用意していることがあらためて明らかになりました。
直面している課題も、それぞれの企業の状況によって多様でしたが、多く聞かれた課題としては、「時短勤務者への評価やキャリアプランの問題」「時短勤務者のいるチームのチームマネジメント(具体的には、多様な働き方の社員をマネジメントすることに対するスキルや経験不足、時短勤務者がいてもチームのヘッドカウントが変わらない等)」「当事者に対する上司の遠慮や過度な配慮」「当事者が権利を主張する」「相談できるロールモデルの不足」などが挙げられます。また、企業といった枠を越えて、「女性管理職の少なさ」「長時間労働が基本となっていること」「労働人口の減少」などの社会的な課題も多く聞かれました。
このように、企業によって取り組み内容も直面している課題もさまざまですが、その取り組みを効果的にするためのポイントとして見えてきたのは、次の3点です。
◆1.取り組みの対象者を女性や育児中の社員だけに限定しない
ヒアリングを実施する中で、たとえば在宅勤務制度を、当初は育児中の社員のみを対象として実施したところ、あまり活用されなかったとの
ことですが、対象者の条件を不問に実施可能にしたところ、多くの社員がさまざまな理由で在宅勤務制度を利用したとのことです。
また、女性のみを対象としたセミナー等を実施すると、当事者である女性からだけでなく、周囲のメンバーからも「なぜ女性だけを対象とするのか?」「女性のみ優遇するのか?」などといった声が挙がるという事例も伺いました。
企業や当事者によって置かれている状況はさまざまであり、1つの正解があるわけではないと思います。しかし、そうした中でも1つの仮説として考えられるのは、対象者を限定し過ぎずに取り組んでいくことによって、対象者を特別な存在として他と分断してしまうのではなく、企業全体の風土、文化として取り組もうという意味合いが無意識にも伝わり、それが、制度としても機能しやすくなっているのかもしれません。
これは、働き方の多様化を解決すべき課題や問題として捉えるのではなく、お互いの立場や考え方を尊重し合い、さらに、お互いの特性を生かし合って、組織としての成長につなげていく「インクルージョン」という考え方とつながっているようにも思えます。
◆2.育児休暇に入る前に面談やセミナーを実施するなど、育児休暇前からのサポートを行う
ヒアリングを実施した中で聞かれた事例として、たとえば、育児休暇に入る前に「セミナーを実施し、職場復帰後の自分のキャリアについてイメージする時間を設ける」「上司と面談を実施する」「先輩の体験談を聞いたり、相談したりできる機会を設ける」「社員向けハンドブックを用意し、復帰までの会社との接点などについて知らせておく」等が挙げられます。
休暇に入る前から継続的にサポートを行うことで、当事者が安心して休暇に入りやすくなるとともに、組織にとってもスムーズに受け入れすい職場づくりにつながることが考えられます。
◆3.当事者個々人の事情に合わせた柔軟な対応を行う
ヒアリングを実施した中で、たとえば職場復帰後に、「出張や海外駐在等の本人の希望を聞く」「時短勤務を週に何日行うか等、働き方に関する面談を個別に行う」等、キャリアや働き方に対する考え方について個別に対応している事例がありました。これらによって、当事者の希望に即した形でのキャリアプランや働き方がある程度可能になっています。
同じ「育児休暇明けの社員」であっても、当事者ごとに事情や価値観はそれぞれ異なります。企業の実態や戦略等に合わせた制度や仕組みの充実とともに、これからますますさまざまな理由から多様な働き方が増えていくと言われる中で、単に全社的な制度の導入を実現するということではなく、個人の状況に合わせた柔軟な対応も、大切になってくるポイントであると考えられます。また、こうした取り組みは、単に個別に対応したという事実だけではなく、そうしたアクションは組織全体として、多様な働き方を実現する文化の醸成につながることも考えられます。
職場のお互い様文化を醸成する
また、多様な働き方が進んでいく中で、これからの組織におけるありたい姿について伺ったところ、多くの企業で「職場の関係性の向上」、いわば「お互い様」「お互い様文化」といった共通するキーワードが出てきました。具体的には、「ここまでは私も努力するけど、ここからはできないから助けて欲しいと言える職場」「子どもが体調を崩し、急に帰ることがあるかもしれないけれど、カバーし合ってグループとして取り組んでいくという部分を大切にしたい」「みんながそれぞれの価値観を生かして働いている」等が聞かれました。
また、実際にうまくいっている事例の特徴も、当事者が日ごろから感謝の気持ちをもって周囲と接していたり、マネジャーが日常からコミュニケーションを意識してマネジメントを行ったりする等、「職場の関係性が良い」という点が挙げられました。
そういった職場の関係性やお互い様文化を醸成する上で大切なポイントとしては、当事者は、権利を前面に主張しながら制度を活用するのではなく、日ごろから周囲に感謝したり、仕事の状況を共有したりする等、周囲との率直な態度や信頼関係を大切にしながら、コミュニティの一員としての自覚をもって過ごすことが大切です。また、周囲の同僚や上司とは、お互いの状況や考えを理解し合い、一人では乗り越えられない壁にぶつかったときに、サポートし合えるような信頼関係を組織として高めることも大切です。
これからの企業が、多様な働き方を推進していくためには
組織や人の成長を促す「アイデンティティ・キャピタル」と「ソーシャル・キャピタル」
ヒューマンバリューでは、企業の変革やリーダーシップ開発等の支援を行う際、「アイデンティティ・キャピタル」と「ソーシャル・キャピタル」という2つの観点に着目します。「アイデンティティ・キャピタル」とは、一言でいうと「自ら主体的に未来を切り拓いていく力」です。今自分が生きている意味を探求し、それを日々の思考や行動につなげて実践し、それを日々振り返り、さらに自分の存在意味を探求し、進化し続ける力と言えます。一方、「ソーシャル・キャピタル」とは、一言でいうと「社会関係資本」のことです。具体的には、信頼をベースとした組織文化やオープンなコミュニケーション、相互学習支援等を実践できる関係性のことを指します。組織や集団における人と人との関係が、信頼や協調でつながるような「豊かな関係」であればあるほど、集団として思考や行動のあり方の質が高まります。組織の中で、自分たちの実現したい姿に向けて、ビジョンや理念を浸透させたり、そのための施策や取り組みを展開しようとする際には、ソーシャル・キャピタルが高まらないと形骸化したり、形だけのものとなり、実効性が高まりづらくなってきます。また、関わる人の当事者意識も育まれません。
さらに、組織の中で、各個人のアイデンティティ・キャピタルを本当に育んでいくには、その組織の中のソーシャル・キャピタルを高めることが不可欠です。また、個人のアイデンティティ・キャピタルが芽生えていないと、本当の意味で組織のソーシャル・キャピタルを高めることも難しくなります。つまり、これらの2つは相乗効果を生み出すものであり、組織や人の成長を図るための両輪といえるものです。
これらのことは、多様な働き方の実現についても同じことがいえます。
つまり、サードプレイスにおいて自分自身を俯瞰して見つめ直すとともに、日常の中で小さな一歩を踏み出して変化や成果を実感するといったアイデンティティ・キャピタルを高める取り組みは、多様な働き方を実現する上で重要なポイントとして挙げられます。それと同時に、当事者のそういった取り組みを促進するためには、小さな一歩から生み出された変化を周囲も受け止め、ともに広げたり、さまざまな施策や取り組みを組織で効果的に運用したりすることで、「お互い様文化」を醸成するといった、ソーシャル・キャピタルを高める視点を、企業や職場の中で育んでいくことも大切です。
短く言い換えるなら、これからの企業や社会においては、個々の特性を生かしつつ、お互いに良い影響を及ぼし合うこと、つまり、「アイデンティティ・キャピタル」と「ソーシャル・キャピタル」の相乗効果を実現することで、組織として成長し続けていくことがますます大切になっていくといえます。
多様な働き方の実現に向けて、「アイデンティティ・キャピタル」や「ソーシャル・キャピタル」を高めるためには
ミニフォーラムには、キャリアトランジションに直面している女性、多様な働き方を促進しようとされている人事の方、専業主婦を配偶者にもつ男性、独身で、より自分らしい働き方を模索している人など、まさに多様な方々が参加されていました。そのような状況で、お互いがお互いの話に耳を傾け合うような雰囲気で対話や探求を進める中で、キャリアトランジションに直面する当事者がそれぞれに、働き方に対する価値観や普段から心がけていること、取り組んでいるアクションなどを率直に周囲に話す姿が見受けられました。
また周囲の参加者も、たとえばキャリアトランジションに直面していない人であっても、出てきた発言を自分事として受け止め、多様な働き方の実現に向けて自身が行えるアクションや、周囲との関係性の築き方等を検討するというような動きが生み出されました。
こういった状態は、個人のアイデンティティ・キャピタルと、その場のソーシャル・キャピタルの相乗効果によって生み出されていたのではないかと考えられます。アイデンティティ・キャピタルとソーシャル・キャピタルの双方を育み、高めていくことは、組織のお互い様文化の醸成につながったり、企業も、単に施策や制度を打ち出すだけではなく、より効果的な運用の検討にまでつながったりするのではないでしょうか。
今後は、実際の組織や企業、あるいは社会でも、対話を通じて、お互いの理解を深め、アクションを生み出せるような状態を生み出し、高めていくことが、企業あるいは社会全体で、多様な働き方の実現を展開していくきっかけになるかもしれません。