主体性・創造性・情熱を解き放つオープン・スペース・テクノロジー(OST)〜人と組織の尊厳を取り戻す自己組織化のプロセス〜
株式会社ヒューマンバリュー 代表取締役社長 兼清俊光
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近年、マネジメントや組織のあり方を指揮統制型の構造から自律分散型の構造へと変革しようとする実践が広まっています。ティール、ホロクラシー、最近ではDAOにも代表される取り組みの背景には、世界が大きく変容していることがあります。VUCA Worldという言葉が象徴する、不確実性・変動性・複雑性・曖昧性が高まり続ける世界では、未来を現在の延長にあるものと捉えて予測(フォーキャスティング)することは困難です。従来は可能であった線形的なプランを立案・実行、指示・統制によって価値を生み出すことが、できなくなったのです。
そのような状況において、人や組織が価値を生み出していくために求められているのが、チームや組織を構成する一人ひとりの自律的な想いや意志によって行動や成果が生み出される、自律分散型の構造であり、人々が自己組織化するプロセスです。この記事では、自己組織化の原理に基づき、人々が自らの意志で変化に適応していくことを支える、オープン・スペース・テクノロジーについて紹介していきます。
自律分散型の構造で人々が自己組織化していくプロセス・イメージ
自律分散型の構造で人々が自己組織化していくとは、どのようなプロセスでしょうか。以下に、プロセスのイメージを描いてみました。
誰かに与えられた未来像ではなく、自分自身が、そして自分たちが実現したい未来を想像し、共有し合う(共有された未来像:共有ビジョンが立ち上がる)。
共有された未来像の実現に向けて現実を変えたいという想いや意志(テンション)が一人ひとりの内側から立ち上がる。
共有された未来像に向けて創造的かつ実行可能なスモールステップのアクションがいくつも浮かび上がり、一人ひとりの異なるテンションによって自己選択されたアクションへの取り組みが始まる。
個人としてもチームとしても自己選択したスモールアクションを通して、早く失敗し、早く学び、早く成長しすることを通し、次のより良いスモールアクションが次々に立ち上がる。
これらの営みを繰り返す中に、新たな仲間も固有のテンションから参画してくことで、取り組みの規模や影響範囲が徐々に大きくなる。
現実を変え、実現したい未来像へと柔軟に自律的に進む、鳥の群れのような組織になっていく。
自己組織化していくプロセスにおける主体的存在としての自己と自他非分離な自己
上記のプロセス・イメージでは、そこに参画している人は「誰かに言われたから」とか、「みんなに合わせるため」に行動しているのではなく、「自らの意志によって」行動する主体的な存在として振る舞います。主体的な存在として振る舞う人は、自分以外の人に対しても主体的な存在として認めた振る舞いをするので、命令や指示によって人を動かそうとはしません。
このようなイメージを思い浮かべた時に「自己組織化していくと、人々が自分勝手な思考や行動を取ることでまとまりがなくなるのではないか」という疑問も湧いてくるかもしれません。しかし、主体的な存在としてお互いを認め合いながら取り組んでいる人々は、一人ひとりの個性を発揮すると同時に、個々の区別が消えて、ひとつになったような繋がりを感じます。
つまり自己組織化していくプロセスは、「他者とは異なる主体的存在な自己」と「他者とひとつになったような自他非分離な自己」の両方を有するのです。
この「主体的存在な自己と自他非分離な自己の両方を有する状態」は、複数個の生卵を1つのボウルの中に割って入れた状態をメタファーにして説明されることが多いです。ボウルの中(その場)には、1つひとつの生卵の黄身(主体的な自己を示す)は混ざることなくその場に存在します。それと同時に複数個の白身(自他非分離の自己を示す)は個々の区別が消えてひとつになったような存在になります。
このような「他者とは異なる主体的存在な自己」と「他者とひとつになったような自他非分離な自己」の両方を有する状態を実現していくことが、自己組織化していくプロセスであるともいえます。
自律分散型の構造で自己組織化していくプロセスの「経験」がもたらす可能性
これまでに紹介してきた「主体的存在な自己と自他非分離な自己の両方を有する状態」、自己を存分に解き放ち、解き放つことが受け入れられ、同時に人々と個々の区別が消えて、ひとつになったような繋がりを感じられている状態、この経験を多くの人にもたらすことができたら、世界はもっと素晴らしくなるでしょう。そのようなプロセスを歩んだことのある人やチームは、未来を信じ変化を生み出す力を経験的に有しているともいえます。
一方、私たちは、学校教育から始まり、指揮統制型のコミュティ(共同体)の中で経験を重ねてきていることが多くあります。自律分散型の構造を経験していない中で、それを実現していくのは、時に大きな困難が伴うものです。また、無理に「自己組織化させてやろう」と指示統制型で働きかけることも、人の主体性や創造性にブレーキをかけることになります。では、どのように自律分散型の構造で自己組織化していくプロセスを経験し、それを自らの力としていくことができるのでしょうか。
オープン・スペース・テクノロジー(Open Space Technology)の可能性
「オープン・スペース・テクノロジー(以下OST)」は、1985年ハリソン・オーウェン(Harrison Owen)氏によって提唱されて以来、世界各国の企業、行政、教育、NPOなどで高い成果を上げているホールシステム・アプローチの代表的な技法です。OSTは、1日程度でこの自律分散型で自己組織化していくプロセスの経験(エクスペリエンス)を獲得でき、その後の多くの取り組みの生成や継続につながっていきます。
実際に、私やヒューマンバリューの仲間たちも、サポートさせていただいた多くのクライアントの組織変革において、OSTを取り入れた実践を行っていますが、一度の経験から何年も続く取り組みにつながっていくことは珍しくありません。OSTを経験した人々やその後に参画した仲間によって、自律分散型で自己組織化しながら多くの取り組みがを生成すると、再構成や再挑戦といった変化にも自ら向き合い進化・継続させる、自律的な取り組みを大切にする文化が育まれていきます。
オープン・スペース・テクノロジー(OST)の大まかな流れ
OSTにおいて、人々はどのようにして自律分散型で自己組織化していくプロセスを経験するのでしょうか。大まかな流れをご紹介します。
OSTは、参加者に「OSTへの招待状」が届くところから始まります。参加するかしないかは本人の選択です。
参加者が集ったOSTの当日は、オープニングセレモニーから幕を開けます。参加者の中から、情熱と責任を持ってその場で話し合いたい、検討したいことがある人がそのテーマを全体に共有します。テーマの共有は、その場で出尽くすまで続けられます。
テーマが出尽くしたら、次にテーマを掲げた一人ひとり人が、そのテーマについて話し合いたい時間帯と場所を選びます。他の参加者は、自分が参加したいテーマに登録し、時間が来たらその場所に行って話し合いを始めます。
話し合われた内容と結論は簡単なレポートにまとめられ、全員で共有できるようにマーケットプレース(市場)と呼ばれる場所に貼り出されます。自分が参加していなかった、もしくはできなかったテーマの内容を全員が見ることができます。
全てのテーマの話し合いが終わり、全てのレポートがマーケットプレースに貼り出されたら、最後に全体セッションが行われます。全体セッションにはいろいろなやり方がありますが、一般的なやり方としては、マーケットプレースに貼り出された「話し合われた内容と結論」に対して投票を行います。そして投票が最も多かったものから順に全体で話し合い、何らかの意思決定を行います。意思決定は、「Do it!(すぐに始める)」「プロジェクト・チームを作る」「もう一度このテーマでOSTを行う」の3つです。
コントロールがない空間を支える4つの原則
ハリソン・オーウェン(Harrison Owen)氏は、OSTのようにコントロールがない空間を支え、自己組織化を生み出していく4つの原則を明らかにしてくれています。
1. ここにやってきた人は誰でも適任者である
2. 何が起ころうと起こるべきことが起きる
3. それがいつ始まろうと、始まるときが適切なときである
4. それが終わったときは、本当に終わったのである
いかがでしょう。もしかしたらよくわからない原理のように思えるかもしれませんが、この4つの原理に通貫するのは、良いも悪いもなくすべてが受容される場(スペース)であるということのように思います。
すべてが受容され、ひらかれた場(オープン・スペース)の中に身を置いて、全ての思考と行動を自己選択していく経験、その結果を誰にも評価・判断されない経験…これによって人々の主体性が徐々に解放されていくのです。
なぜ、すべてが受容される場(スペース)を作る必要があるのでしょうか。多くの人は、自分の全ての振る舞いを自分自身が選択していることを自覚していません。たとえば「自分が意見を言わない」という時、「意見を言わないことを自分が選択している」という自覚がないことが多いのです。「自分の振る舞いを自分で選択する自覚」ができなければ、自律的な振る舞いをすることはできません。OSTの中では、その場に参加するか否かも含めたすべての行動が一人ひとりの個人の主体的な選択によって行なわれます。そのため自然に、今の状況に対してどう選択して生きるかの責任と情熱(意志)について、一人ひとりが自分自身自己に問いかけるようになるのです。「自分が本当は何をしたいのか(何をしたくないのか)」、「いまここで起きていることを自分はどう受け止めるのか(どう意味づけるのか)」、「これから起きるアクションを自分は引き受けたいのか(引き受けたくないのか)」など、一瞬一瞬に起こる内省的な気づきが自分と外界との関係の見直しを起こし、参加者の思考と行動のパターンが変化します。
個人と集団の自己選択を支える「主体的移動の法則」
OSTでは、「主体的移動の法則」というものがあります。セッションに参加しているときに、自分がここでは学んでない、貢献していないなと思ったら、やることは1つです。自らの意志で一歩ずつ足を踏み出し、歩いてそこから出ればよいのです。誰かに謝る必要もありませんし、言い訳を言う必要もありません。話し合いに影響を与えないよう、ただ黙って静かに立ち去ればよいのです。話し合いの場から出たら、違うテーマのグループに行ってもいいし、外に空気を吸いに行ってもいいかも知れません。このように、自己選択によって行動することを促すのが「主体的移動の法則」です。この「主体的な移動の法則」によって、参加者全員が自分が選択してこの場にいる(もしくはいない)という自己認識を持つことができます。
「主体的移動の法則」は、OSTの場には、「ミツバチ」と「チョウチョ」という存在を生み出します。
「ミツバチ」は、あちらの話し合いに入っては、こちらの話し合いに入って・・・というようにあちこち動き回っている人です。人によっては、ミツバチがいるせいでじっくり話せないとか、邪魔をしにきたと思うかもしれませんが、そうではありません。自然界のミツバチが、花粉を花から花へと運ぶのと同じように、OSTでのミツバチも、一つのテーマの話し合いから、もう一つのテーマの話し合いへと、さまざまなアイデアや考えを運んでくれます。このミツバチの存在によって、全体の相互作用やシンクロニシティ(共時性:意味のあることが同時に別の場所でも起こること)が高まります。
「チョウチョ」は、話し合いに参加せずにコーヒーを飲んでいたり、ロビーなどで休んで時間を過ごしたりしている人です。いったい何をしに来たのだとか、話し合いに参加すべきだと思う人もいるかもしれませんが、OSTでは、チョウチョは大切な存在です。OSTのチョウチョは、私たちの目から見た時の自然の中のチョウチョとまったく同じ働きをします。それは、風景をやわらかくなごんだものにするということです。全員が整然と座って、かしこまって話し合っている姿は、本来は不自然なものです。コーヒーを飲んで休んでいる人がいたり、ふらっと歩いている人が目に入ることで、私たちの話し合いは、自然と解放的なものとなります。時にチョウチョが一人で座っていると、ふと誰かがその人の隣に座って話しかけ、そこでしか起こりえない会話が始まります。気がつくと、チョウチョが集まりはじめ、複数人での話し合いに発展したりします。チョウチョたちが話し合いの末に自主的にレポートを出して、その内容にたくさんの票が集まることは、けっしてめずらしくはありません。
人間と共同体の尊厳を取り戻すOST
いかがでしょうか。こうした場での個人と集団の振る舞いが、短い時間の間に経験(エクスペリエンス)として埋め込まれるのがOSTなのです。
私自身も、これまでにさまざまな組織変革のアプローチを経験し、また用いてきていますが、その中でももっとも大好きなのがOSTです。OSTは、人の可能性の解放と人々の主体的なつながりを生み出し、アクションの継続をもたらすことを通して、人間と共同体の尊厳を取り戻す素晴らしい営みだと思います。ぜひ多くの方に、自律分散型の構造で人々が自己組織化していくプロセスであるOSTから、実践や変革のヒントを得ていただけたらと願っています。
※ ヒューマンバリューでは、これまで研究・コンサルティング活動で獲得したナレッジ・メソドロジーを公開し、人や組織の変化に携わる人々を対象としたプラクティショナー養成コースを開催しています。
https://www.humanvalue.co.jp/wwd/practitoner/
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