人事評価制度をめぐる、企業変革の課題 ―変革は、どのように行き詰まるのか(Chapter 1)
株式会社ヒューマンバリュー 阿諏訪 博一、内山 裕介
今日、ビジネス環境の変化に対応するように、多くの企業が自社の人事評価制度のあり方やその仕組みについて、再考を進めています。本レポートでは、今日の人事評価制度の変化の潮流を考察し、実際に変革を具現化していくアプローチについて解説していきます。
まず本章では、その探究の出発点として、日本企業の人事評価制度改革をめぐって、どのような課題が起きているのか、私たちの考察を共有していきます。
多くの企業が、自社の人事評価制度に関わる変革に取り組む一方、現実ではその取り組みが行き詰まっているケースも少なくありません。
そこでまず前半に、人事評価制度改革の検討のうえで大切な視点になる「3層モデル」について解説し、後半では、その視点を踏まえて、人事評価制度改革をめぐって起きがちな変革の行き詰まりについて、課題を考察していきます。
1. 人事評価制度と企業変革 ー人事評価制度と、どのように向き合うべきか
2. 典型的な3つの変革課題 ー人事評価制度改革を進めるにあたっての課題仮説
3. 変革課題を乗り越えるには
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1. 人事評価制度と企業変革 ー 人事評価制度と、どのように向き合うべきか
ヒューマンバリューは、創業当時からクライアントの企業変革の一環として、人事評価制度改革の支援に取り組んできました。
人事評価制度は、ビジネス環境の変化に呼応するようにトレンドがあります。 例えば1990年代は、バブル経済崩壊後に起きた日本企業の「成果主義」。2015年前後の米国企業ではじまった「ノーレイティング・ノーカーブ」(年1回の人事評価、相対評価の廃止)。コロナ禍以降の日本企業では、職務に基づいて雇用や評価を行う「ジョブ型」人事制度の導入が話題になりました。
今日のビジネス環境でどんな仕組みが理想なのか、人事評価制度の潮流を理解することも大切ですが、トレンドに安易に流されて自社に導入することは、制度の形骸化や副作用を招きかねません。
人事評価制度はあくまでツールであり、仕組みの変更そのものがねらいではなく、その導入と運用を通じた企業変革がねらいにあります。
そこで私たちは、クライアント企業での実践やPMI研究会*での探究において、人事評価制度とその先にある企業変革を複層的に捉え、その整合性を図っていくことを重視してきました。
図:3層モデル
その捉え方が、上記に示すように、私たちが「3層モデル」と呼んでいるものです。
1層目は「手続き・制度・ツール」であり、実際に日々の業務やマネジメントに影響を与えている人事評価制度の内容にあたります。2層目は、その仕組みを通して実現したい事業や人と組織の状態としての「戦略・カルチャー・マインドセット」。そして3層目は、その根底にある「人・組織と社会の哲学」であり、企業のミッション・パーパスといった経営理念や前提にある世界観にあたります。
人事評価制度改革を企業変革につなげていくには、取り組みを3層で捉え、その整合性を図りながら進めていくことが大切です。
2. 典型的な3つの変革課題 ー人事評価制度改革を進めるにあたっての課題仮説
一方、実際の企業においては、全体(1〜3層)の一部分だけに手をつけて、矛盾や葛藤を生み出し、取り組みにブレーキがかかったり、施策や制度の形骸化を招いている場面も頻繁に見受けられます。
それでは、そのような場面は、どのようなものでしょうか。人事制度改革の取り組みを3層モデルで捉えた際に、典型的にみられる3つの変革課題をみてみます。
● パターン1:組織変革の取り組みに、制度改革が遅れている
―「掲げられているのは綺麗事。実際に評価されることは違う…」
1つ目は、組織のカルチャー・マインドセットを変えていく組織変革(2層)の取り組みに、制度改革(1層)が伴わないパターンです。
今日、ビジネス環境の変化に応じて、組織のカルチャーやマインドセットを変えていく組織変革の重要性は、広く認識されています。(2章で詳述)
そこで例えば、社員の主体性を解放し、新しいチャレンジに踏み出すカルチャー醸成を掲げて、研修プログラムを実施し、ある程度の進展が生まれたとします。
こうした取り組みは、変革のきっかけや起点になりますが、カルチャー・マインドセットの変革は一過性の取り組みで終えられるものではありません。日常の業務プロセスで具現化されなければ、変革の取り組みにブレーキがかかってしまいます。
例を挙げると、研修では主体性やチャレンジを促進する取り組みに注力する一方、業務の目標設定や評価においては、決められた目標達成のみに焦点をあてる従来的なMBOを運用していたり、過去に導入した成果主義人事制度で短期の目標達成度ばかりを評価している場合、目指している2層と現実に行われている1層に矛盾が生じてきます。そのような場合、「掲げられていることと、実際に評価されることは違う」という声が拡がり、組織変革の取り組みにブレーキがかかってしまいます。
別の見方をすると、これまで従来的な管理・コントロールの人事評価制度(1層)を構築し運用してきた経験があることで、新たなカルチャー・マインドセット(2層)を具現化する1層の方法論を持ち合わせていない、という捉え方もできるかもしれません。
いずれであっても、組織変革の取り組みが持続し、望む企業変革につなげるには、働く社員が業務プロセスでも変化を具現化し、日常で効果性を体感する必要があります。
そうした日常の業務プロセスに関わっているのは「目標設定」「日常のコミュケーション」「評価・振り返り」をはじめとしたパフォーマンス・マネジメントであり、人事評価制度はその要因です。
カルチャー・マインドセットの組織変革(2層)に取り組むにあたっても、1層目の仕組み・制度のあり方は必然的に関わってきます。
● パターン2:制度改革にのみ、焦点が当たられている
―「制度の内容と、実際に運用されていることは違う…」
2つ目は、人事評価制度改革には取り組んでいるが、制度(1層)の内容ばかりに焦点を当て、カルチャー・マインドセット(2層)の変革やそれを促進するマネジメントの変革には焦点が当てられていないパターンです。
たとえば、「評価」「報酬」の納得性や公平性を高める仕組み(1層)ばかりに焦点をあて、制度運用の先にある「組織パフォーマンスの向上」や「社員の成長」といった、2層に関わる観点が欠落しているというケースがあります。
「評価」「報酬」の仕組みの観点ももちろん大切ですが、その仕組みを通じてどんなマネジメントを実現したいのか、どのようなカルチャーやマインドセットを醸成したいのか、その探求が十分になされることも必要です。
加えて、探求に止まらず、2層3層を変革する取り組みが欠落していれば、仕組みは形骸化していきます。
たとえば近年、社員のチャレンジを促すために高い目標設定を促すOKRを導入する企業が増えています。その一方で、それを運用できるカルチャーやマインドセットが育まれなければ、そうした制度は形骸化していきます。「人事制度のハンドブックには、自ら考え高い目標を設定しようと書かれているが、実際の職場では、上司から目標を割り当てられている。」そういう場面はありがちで、変えた仕組みの背景にある2層や3層への変革にも向き合うことがなければ、仕組み自体が形骸化してしまいます。
人事評価制度や仕組みはあくまでツールであり、制度自体が変化を生み出すものではありません。
制度改革の効果性を高めるには、制度・仕組みの内容と同じように、もしくはそれ以上に、カルチャー・マインドセットの変革と、それを促進するマネジメント変革への取り組みがなされる必要があります。
● パターン3:変革に取り組むうちに1層と2層の乖離が明らかになり、制度が形骸化する
―「理想を追っても仕方がない…」
最後が、1〜3層の整合性を意識して、人事制度改革(1層)に取り組み始めたものの、取り組みの途上でブレーキがかかってしまうパターンです。
組織のカルチャーやマインドセット(2層)は適応課題*と表現されるように、制度変革の取り組みを始めても、望む変革が具体的な姿へ変化が現れるまでには、時間がかかるものです。
取り組むうちに理想と現実の乖離ばかりが目に着くようになると、「理想ばかりを追っていても仕方がない。」「自組織が直面している現実を捉えて対応する必要がある」といった声が強くなり、直面する問題を短期的に解消するだけの対応になりがちです。こうした対応に終始することの結果として、制度が掲げていることの理想と、実際の運用が乖離され、制度の形骸化が起こるようになる場合もあります。
人事評価制度改革を、最初からすべて完璧に計画・デザインできれば機能するのではありません。時間軸をもって取り組み、望む1層・2層・3層に向けて、人と組織が学習し続けていくプロセスも支援していく必要があります。
3. 変革課題を乗り越えるには
以上ここまで、私たちが人事評価制度や企業変革をめぐる取り組みの中で見てきた、変革が行き詰まるパターンを3つに分けて解説してきました。
これらのパターンから見えてくるように、人事評価制度に関わる自社の変革を進めていく際に、一部の側面に焦点をあてて取り組んでいても、結果的に現実(現状)からの揺り戻しを起こしたり、変革のブレーキがかかりがちです。
自社の人事評価制度を検討する際には、その先に実現したい企業変革を見据える必要があります。
● 3層の整合性を図りながら、今日の「人事評価制度」へ刷新する
一つには、具体的な仕組み(1層目)だけでなく、その背景にある実現したい2層3層を常に探求しながら、整合性を図る視点をもつことが大切です。
次章(2章)では、1〜3層の整合性の視点を踏まえて、今日起きている人事評価制度の変化の潮流をみていきます。
● 変革を具現化する、取り組みプロセスをデザインする
同時に、パターン3からも見えてくるように、最初に精緻にデザインすれば仕組みが機能するわけではありません。時間軸をのばし、組織への働きかけを通じて、整合性をとり続けていく取り組みも重要です。
3章では、仕組みを通じて、自社で変革を具現化していくアプローチについて、解説していきます。
参照:
*PMI研究会(パフォーマンス・マネジメント革新研究会):従来のパフォーマンス・マネジメントのあり方を見直し、将来の企業と人を支える革新的なパフォーマンス・マネジメントの哲学と方法論を創造するために、実態調査と課題検討、デザインの試行を行うことを目的とした研究会。2015年から発起し、企業の組織の壁を越えて、活動しています。
*適応課題:関わる人々の習慣・価値観・信念を変えるといった、適応を必要とする課題。すでに解決策が分かっており、既存の知識・専門性・技術で解決可能である「技術的問題」と対比される。(ハーバード・ケネディスクール上級講師を務めるロナルド・ハイフェッツ氏が提唱した)
人事評価制度を通じて、企業変革を具現化する(PMI Insight Report)
Chapter 1:人事評価制度をめぐる、企業変革の課題