インサイトレポート

今日の人事評価制度のあり方とは ―人事評価制度を、パフォーマンス・マネジメントのツールへと刷新する(Chapter 2)

株式会社ヒューマンバリュー 阿諏訪 博一、内山 裕介

変化の激しいビジネス環境において、従来の人事評価制度が時代遅れとなる今日、多くの企業や自社の仕組みを再考しています。企業によって具体的な仕組みは様々ですが、先行して変革を進める企業の実践に、共通する変化の潮流はあります。

本章では、人事評価制度のあり方とともに、その先にあるマネジメント変革と人組織のパラダイムシフトについて、今日起きている潮流を明らかにしていきます。

  1. 1. 人事評価制度のあり方の転換
  2. 2. 人事評価制度改革の先にある「マネジメント変革」
  3. 3. 変革の根底にある「人と組織のパラダイムシフト」

関連するキーワード

1. 人事評価制度のあり方の転換

評価のためのツールに運用されてきた「目標管理制度(MBO)」

歴史を遡ると1990年以降から現在に至るまで、日本企業の人事評価制度として、「目標管理制度(MBO)」が広く取り入れられてきました。その多くが脱年功序列を掲げ、目標を精緻に設定し、その達成度を成果として公正に評価しようとするものでした。

静的環境で固定化されたビジネスモデルであれば、こうした仕組みで評価の納得感が高まったり、安定的運用が図れた側面もあります。

一方、今日の動的環境では、以下の図に見るとおり、MBO運用によって「評価(報酬の分配)」にばかり焦点があたることが、自分たちの「組織のパフォーマンス」「個人の成長」を阻害する要因になっています。

図:従来的なMBO運用(評価のためのツール):デザインの原理と実際に起きること

組織のパフォーマンス向上と個人の成長を促進する「パフォーマンス・マネジメント」のツールへ

今日、変革を先行して進める企業は、「組織のパフォーマンス向上」と「個人の成長」に焦点をあてた、パフォーマンス・マネジメントのツールとして人事評価制度の再構築を図っています。

具体的には、生み出したい「インパクト(価値)」に焦点あて、アジャイルな取り組みの進化を支援し、パフォーマンスと成長を促進しようとする仕組みです。「評価」自体もそうしたマネジメントの一部となります。

図:パフォーマンス・マネジメントのツール:デザインの原理と具体的に起こしたいこと

2. 人事評価制度の先にあるマネジメント変革

「評価」のためのツールから、「パフォーマンス・マネジメント」のツールへ、人事評価制度を刷新するとき、その先に実現したいマネジメントとはどのようなものでしょうか。

前章の3層モデルで示したように、変革を進める上では、1層の仕組みだけ変えるだけでなく、2層・3層と整合した取り組みが大切になります。

企業によって実現したい状態は様々ですが、今日のVUCAと呼ばれる動的環境下における企業の変革には、共通するテーマもあります。ここでは、共通する3つのテーマを取り上げ、マネジメント変革の潮流を明らかにしながら、それらを具現化する仕組み・運用についても触れていきます。

― 2-1. 動的環境において、実現したいマネジメントとは何か

●グロース・マインドセットの醸成

一つ目に挙げるのが、チャレンジと学習につながる「グロース・マインドセットの醸成」です。

既存の枠組みが破壊され、正解のない状況下において、多くの企業が自社の社員にチャレンジや学習を促進しようとしています。一方で、「新たなことにチャレンジしろ、能力をリスキルしろ」といった単なる指示命令で、人を動かすのは困難です。

人の学習・成長に大きく影響を与えているのは、その人のもつ信念や枠組みであるマインドセットであり、人がフィックスト・マインドセットに陥っているとき、チャレンジや学習は促進されません。

従来的なMBOによる「評価」に焦点をあてた仕組みでは、正解を定め、それに従うことを促進するマネジメントになりがちでした。それは結果的に、恐れや不安を高め、フィックスト・マインドセットの要因になります。

今日の人事評価制度の運用においては、人とチームが実現したい成長や価値(インパクト)に焦点をあてて、グロース・マインドセットを育んでいく、そうした視点が大切になっています。

● 情熱を解放する(=内発的動機)

次に挙げるのは、社員一人ひとりの情熱の解放であり、内発的動機の思考・行動です。

グロース・マインドセットを育む要因は、一人ひとりの情熱や内発的動機であり、経営思想家のゲイリー・ハメル氏は、変化の激しいビジネス環境における経営の基盤とは、社員の「意欲における優位性」であると提起しています。 あらゆる社員の情熱が解放され、上位の「主体性」「創造性」「勇敢さ」を発揮できる状態にすることが、今日の企業経営の核と言えます。

一方、人事評価制度を通じたマネジメントにおいて、外発的動機付けが強調されたり、上位の戦略・目標に対し、社員が単に受け身で従う運用であれば、主体的取り組みやチャレンジは促進されません。

個人が働くうえで軸となるポジティブ・コア(自らの価値観や強み)を大切にし、組織目標とつなげることで、日々の仕事で生かされている状態をつくっていくことが大切になります。働くことの意味やキャリア観も転換点にある今日、内発的動機という視点からマネジメントや人事評価制度を捉え直す重要性が、さらに増していると言えるでしょう。

● インクルージョンの基盤をつくる

最後に挙げるのは、個人と組織を統合する「インクルージョン」の基盤です。

ここまで挙げてきた、一人ひとりのグロースマインドセットや情熱も、単に属人的なものではなく、組織の基盤となっているカルチャーから育まれるものです。今日のキーワードとして「心理的安全性」が頻繁にとりあげられるように、職場の仲間が互いに信頼し合い、率直に関われる関係性の基盤があるとき、不確実性を伴うチャレンジに向き合えたり、仕事に対し情熱を注ぐことができます。

従来の日本企業におけるカルチャーを振り返ると、組織の枠組みに個人を同じように当てはめる傾向が一般的にありました。(=同化)それが組織の強い一体感をつくっていた一方、人の多様性や強みを発揮してチャレンジすることにブレーキをかけたり、外発的動機づけを高め、新しい可能性や変化の種を潰していた側面もあります。(心理的安全性の阻害)

加えて、終身雇用と呼ばれる働き方から自律的なキャリア開発へと変化する中、一人ひとりの多様なキャリアビジョンや働き方を支援する必要性も高まっています。

下記の図は、「自分らしさの発揮」と「集団への帰属意識」の2つの観点から、組織カルチャーを捉えるマトリクスです。この2つの観点を同時に満たしている状態(インクルージョン)が重要になります。

従来の人事評価制度は、企業のための成果として組織目標を達成するために個人を「同化」させる側面もあれば、その反動として「個人目標や、自分の職務さえ遂行すればいい」というような「区別」の視点にもなりがちでした。

個の主体性や強み(専門性)を取り入れることも重要ですが、それだけだと過度な個人主義に陥り、組織としての一体感やベクトルが削がれて組織の基盤を失うことになります。

個人(ユニークさ)と組織(一体感)を統合するのがインクルージョンであり、人事評価制度においても、その視点を取り入れることが重要です。

― 2-2 実現したいマネジメントを具現化する「仕組み・運用」とは

ここまで、人事評価制度のあり方の転換とマネジメントの変化の潮流について述べてきました。

ここからは、そうした潮流を踏まえて、変革を具現化するマネジメントの仕組み・運用について考えていきます。

記事という形式上、全て詳細に記述することはできませんが、マネジメントの全体像を捉えることで、仕組み・運用を変革するポイントを明らかにします。

以下の図解で表すように、組織運営の時間軸(期首・期中・期末)とともに、組織と個人の「パフォーマンス向上」に焦点をあてたパフォーマンス・マネジメントと、「個人の成長」に焦点をあてたキャリア開発支援の2つに分けて、マネジメントの全体像を捉えていきます。

人事評価に特に関わるのはパフォーマンス・マネジメントですが、個人のキャリア開発の重要性が高まる今日、両者はマネジメント上で密接に関わってくるものです。

パフォーマンス・マネジメントの転換

最初に言及したように、パフォーマンス・マネジメントのあり方を変革していく一つの軸に、「ゴール・タスクの達成」から「インパクト」への転換があります。その背景には、どんな意図があるのか、具体的に変わるポイントとは何か、各プロセスからみていきます。

目標設定:

目標設定は、組織として向かう方向と自ら生み出すインパクトを明確にし、主体的行動をとる羅針盤を明らかにすることで、パフォーマンス向上と個人の成長に、日々の業務をつなげていくことがねらいにあります。

その際のポイントとして、第一に、業績や定量的観点だけでなく生み出したいインパクト(価値や成果)に焦点をあてます。業績や定量的観点ももちろん大切ですが、それに縛られると達成すること自体が目的になり、主体的な工夫やアイデア、チームのコラボレーションが促進されません。目標設定で大切になるのは、内発的動機で思考し、日々の業務におけるチャレンジや学習の羅針盤として目標を明らかにすることです。

第二に、会社全体や自組織の戦略・方向性を自分事で捉えられていくために、個人のビジョンと組織のビジョンを統合する「共有ビジョン」*を図ることが重要です。

目標設定の焦点が、ゴールの設定ではなくインパクトを高めることになると、上位から目標をカスケードダウン*するだけでは不十分です。組織の戦略や目標についての背景共有を図りながら、メンバーの自分事化を推進することが大切になります。

今期、自組織として生み出したい価値はどのようなものか。マネジャーだけでなく、一人ひとりのメンバーが実現したい未来を描き、共有することを通じて、共有ビジョンを図る場づくりやコミュニケーションを行なっていきます。

そのように、組織として大切にしているインパクトの軸(評価軸)が、メンバーに意味(自分ごと)として共有されていくことは、「評価」の納得性にもつながります。

日常コミュニケーション

期首・期末の節目だけでなく、期中にチームで頻繁に「日常のコミュニケーション」を図り、行動を推進することを通じて、インパクトの創出や個人の成長につなげていきます。

目標設定(期首)や評価・振り返り(期末)といった節目のコミュニケーションだけでは、環境や状況変化に対応することができません。また、チャレンジや学習を促進するには、期中の日常コミュニケーションでアジャイルに軌道修正を図るフィードバックやコーチングが重要です。

やり方について、ここでは詳述しませんが、そのコミュニケーションの質が、パフォーマンス向上と個人の成長に強く影響するものであり、自社でどのような実践を行うべきかは、重要な検討テーマです。

また、頻度は組織やチームによって様々ですが、組織内の関係性が希薄化しやすい今日、チーム内で頻繁な会話の場をもうけていくことが一つの重要なポイントと言えます。

評価・振り返り

評価・振り返りは、適正な報酬配分とともに、振り返りを通じて個人のさらなる成長と、組織のさらなるパフォーマンス向上を促進ことがねらいにあります。

第一のポイントに、自分たちの評価軸(インパクトの軸)に基づいて、評価をおこないます。(絶対評価)社員のランキングづけに焦点をあてた相対評価は、内部競争を煽り、フィックスト・マインドセットの助長につながります。メンバーの発揮した行動や生み出した成果や価値に焦点をあてた評価を行い、メンバーの振り返りにつなげていきます。

第二に、「振り返り」のプロセスを通じて、更なる成果の創出やメンバーの成長につなげていきます。従来、評価を行うプロセスは、評価段階を決め、それを伝えることに関心がいきがちでした。(=評価自体の目的化)一方、評価段階づけばかりに焦点をあてることがフィックスト・マインドセットや外発的動機づけを助長し、マネジメント変革のねらいからズレてしまうことは、ここまで述べてきた通りです。

自分たちの評価軸(インパクトの軸)に基づく評価を行いますが、同時にフィードバックによる成長支援に焦点をあてます。

第三に、「人材共有ミーティング」「評価会議」といった対話の場を通じて、マネジャーが組織としてのインパクトの軸(評価軸)をあらためて明確化し、そこにある意味を進化させていくプロセスも重要です。

評価制度を変える時、経営・人事、あるいは外部コンサルタントといった一部のメンバーで評価基準の検討を行い、それが現場にとって意味化されていない場面が直面することがあります。その状態を放置し、現場でパフォーマンス向上や成長につながらない調整コミュニケーションばかり増えることは、制度の形骸化につながります。

変化の激しいビジネス環境では、自組織で実現したいインパクトやとるべき思考・行動のあり方も刻々と変化していきます。その軸を見つめ直し、再考することを通して、組織が学習し続けるサイクルを、「評価・振り返り」のプロセスからつくっていきます。

キャリア開発支援の転換

最後に、「個人の成長」に焦点をあてた「キャリア開発支援」のあり方についてです。

今日のキャリア開発は、会社内に明確なラダーが存在する計画的キャリア開発から、多様なキャリアパターンを育む生成的キャリア開発へと変化しています。

そうした多様なキャリア形成が広がる今日、内発的動機付け(インサイド・アウト)のアプローチを通じて、メンバー一人ひとりのポジティブ・コアやキャリアビジョンに耳を傾け、職場で可能性を広げていく支援が大切です。そうした取り組みは用意された階層・階段に対して計画的に人を当てはめるアプローチではなく、起きた変化を機会に生かしながら自律的なキャリアの構築を支援するアプローチともいえます。

人事評価には直接つながらない側面もありますが、そうしたキャリア観の転換および実践を支援していくことが、組織としてインクルージョンの文化をつくっていくことにつながるでしょう。

ここまで具体的な「パフォーマンス・マネジメント」と「キャリア開発支援」の転換のポイントについて、述べてきました。

図:マネジメントプロセスの変化

このような変革を具現化するマネジメント能力と個人の能力は、一朝一夕に身につけられるものではありません。人事評価制度を変革するとき、働くマネジャーも社員も、自らのパフォーマンス・マネジメントとキャリア開発の実践を変革していけるかを問われています。

3. 変革の根底にある、人と組織のパラダイムシフト

最後に、ここまで述べてきた変化の潮流の根底にある、人と組織のパラダイムシフトについて言及します。

3層モデルで示したように、人事評価制度やマネジメントのあり方の根底には、人・組織・社会の哲学(3層目)があります。自社において変革のアプローチを検討することは、自社の大切にしている人と組織、社会の哲学とは何か、3層目も見つめ直す機会となります。

 企業が大切にすることは各社それぞれですが、今日起きている人と組織のパラダイムシフトについて捉えておくことも大切です。

カンパニーセンタードから、ピープルセンタードへ

従来、企業の変革を図るとき、「自社の戦略を浸透させ、業績向上を図る」「自社のミッションやバリューへの理解、浸透を図る」「メンバーを教育し、成長させる」というように、計画によって社員を管理・コントールすることに重きがありました。これは、組織を中心に置いて、個人を従属させる「カンパニーセンタード」の哲学があったと言えます。

経営として上記に挙げたテーマは変わらず切実である一方、ビジネス環境や働き方、マネジメントのあり方も変革期を向かえる今日、カンパニーセンタードのパラダイムで企業の変革を図り、人事に関わる仕組みを構築することはますます難しくなっています。

パラダイムに影響を与えているのが、下図にもあるように、動的環境と人材流動性の高まりによる、人と組織の関係性の変化です。

従来の「雇用する側」「雇用される側」に分かれ、個人が組織に従属するような関係性から、組織のビジョンやバリュー、人のあり方についての哲学を軸に、人と組織の関係がより対等な形に変化しています。

経営のキーワードの一つである「エンゲージメント」も、捉え方が変化しています。従来のエンゲージメントは、自組織の生産性やパフォーマンスを高める人を引き止めることを意図した指標であり、組織(マネジャー)が個人に対して高めるといった捉え方が関係性の前提にありました。しかし、今日の多様化する働き方では、「主従関係」によって企業が一方的に高める関係の質ではなく、「人と組織が共に成長し合う関係」が大切であり、価値創出に向けて個人と組織が互いに高め合う指標として、エンゲージメントも捉え直されています。

このように、従来の組織と個人を主従関係に中心にした「カンパニーセンタード」と対比させ、今日生まれるつつあるパラダイムを、人と組織の共創関係を中心にした「ピープルセンタード」と呼んでいます。

ピープルセンタードで、人事評価制度を刷新する

本章は、「評価」のためのツールから「組織パフォーマンス向上と個人の成長」のためのツールへと、人事評価制度のあり方の転換について述べてきました。

仕組みのあり方を再考する時、意識的であれ無意識であれ、「評価・報酬」のパワーばかりに焦点をあて、アメとムチの力で企業の変革を進めようとする場面も多く見受けられます。それは前提にある、人と組織の哲学が「管理・コントロール」「主従関係」といった「カンパニーセンタード」の枠組みから抜け出せていないことが要因にあると言えるかもしれません。

一方、「グロースマインドセットを醸成し、チャレンジを促進する」「情熱を解放する」「共有ビジョンを通じて、個人と組織を統合する」と言うように、ビジネス環境の変化に、生成的に共創を図っていく人と組織を目指す時、私たちは「ピープルセンタード」の哲学で人事評価制度と向き合うことが必要になります。

「評価」のためのツールから、「組織パフォーマンス向上と個人の成長」を具現化するパフォーマンス・マネジメントのツールへ、変革を進める企業が人事評価制度は刷新する背景には、そうしたパラダイムシフトが起こりつつあるのです。

参照:

共有ビジョン:一人ひとりのビジョンを皆が共有し合い、そこから心から目指したい共通のビジョンを集合的に生み出すプロセス

*カスケードダウン:上位の目標を下位の組織や個人の目標に段階的に展開し、最終的に全員の目標が組織全体の目標と一致するようにするプロセス


人事評価制度を通じて、企業変革を具現化する(PMI Insight Report

Chapter 1:人事評価制度をめぐる、企業変革の課題

Chapter 2:今日の人事評価制度のあり方とは

Chapter 3:変革を具現化するアプローチ


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