インサイトレポート

変革を具現化するアプローチ ―人事評価制度を通じて、変革をどのように具現化するか(Chapter 3)

株式会社ヒューマンバリュー 阿諏訪 博一、内山 裕介

前章では、今日の人事評価制度をめぐる、変化の潮流を明らかにしました。ビジネス環境に対応するように、今日の人事評価制度のあり方は、パフォーマンス・マネジメントのツールへと変化しています。

本章では、実際に自社の人事評価制度改革に取り組むプロセスについて、大切になるポイントを解説します。

 変化の潮流は参考になる一方、人事評価制度はOne size fits oneと言われるように、企業によって、実現したいマネジメントや仕組みは異なるものです。自社の実現したいマネジメントに適した人事評価制度を構想するには、どのように検討を進めるとよいでしょうか。

 また、設計された人事評価制度はあくまでツールであり、それ自体が変化を生み出すわけではありません。新たな仕組みを形骸化させることなく、現場での運用を通して実現したい状態への変革につなげるには、どのように取り組みを進めることが大切でしょうか。

そこで本章では、変革を具現化するアプローチとして、押さえたい5つの観点をご紹介していきます。

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1. 3層の整合性を図る

まずはじめに、既に繰り返し述べているように、人事評価制度改革を進める際には、3層の整合性を図って進めていきます。1層の仕組みを変えるだけでは、実現したい変革につながらないことは、ここまで述べた通りです。

ヒューマンバリューが企業の人事評価制度改革を支援する時には、いきなり1層目の検討をはじめるのではなく、3層モデルを活用して、実現したい状態と現状を明らかにしていきます。

2. 人と組織の課題を、構造的に捉えてアプローチする

第二に、検討の際には、表面的な課題解決に終わらず、課題に構造的にアプローチすることで、抜本的な変革に繋げていきます。

課題の背景にある構造を捉える

自社の現状のマネジメントや制度運用に向き合う時、直面している課題に向き合うことになります。

例えば、「若手の離職が増えている」「評価の納得性が低い」「育成に大切なフィードバックが行われていない」といった課題が挙げられるかもしれません。

そこで、いくつもの課題を1つひとつ潰していくように施策や仕組みを検討すれば、実現したい人や組織を具現化できるかというと、必ずしもそうではありません。1つの課題を解決しても、別の課題が新たに現れる、または同様の課題が時間の経過とともに噴出するといったことは頻繁にあります。

制度上で、焦点の当てられやすい人と組織上の問題は、その出来事の背景に、組織的なカルチャーやマインドセット、従来の組織慣行等、様々な要因が影響しあって構造的な課題として生まれてきます。

それぞれの課題に対し、対処療法的な施策展開ばかりを進めると、一時的には課題となる出来事を取り除くことをできたとしても、根本的な打ち手にはつながらず、結局は元に戻ってしまいます。

図に示すように、出来事の背景にある構造を捉えて、アプローチしていくことが大切です。制度に関わる一部の部分だけを取り上げるのではなく、マネジメント全般に関わる働く人の業務プロセス、マインドセットやカルチャー、さらには暗黙となっているメンタルモデルなど、影響しあっている全体像を把握していきます。

現状の影響関係を明らかにし、レバレッジポイントを探求する

構造を明らかにしていく最初のステップとして、自社で何が起きているのかの共通認識を明らかにしていきます。具体的なアプローチとしては、社員アンケートによるサーベイや、現場社員へのインタビューが挙げられます。人事内に閉じて議論するのではなく、現場の現状認識を広く共有していくことで、構造的な探求も深まりやすくなります。

得られた情報やデータから、現状探求を進めるポイントとしては、全体の影響関係に焦点をあてることです。「サーベイの個別項目で、どこが高く、どこが低いのか」「問題の原因は何か」というように、部分に焦点をあてて分析したり、すぐに原因や解決策を診断しようとすると、構造はみえてきません。「点数の低い要素には、他のどの要素が関わっているのか」「生まれている問題の背景には、どんな影響関係がありそうか」というように、全体の影響関係に焦点をあてて探求していきます。

*A社の強みと課題の構造仮説:全体の構造を捉えると、「成長支援不足」「中長期的な成長への不安」「価値創出に対する個人と組織のズレ」という3つのレバレッジ仮説がみえてきた

構造の仮説を検討することで、変化を生み出すレバレッジ・ポイント*(抜本的で、全体の変革につながる打ち手)が見えてきます。人事評価制度を再考するにあたっては、そうしたレバレッジ・ポイントを捉えて検討していくことが大切です。

3. 他施策とのコヒーレンスを高める

構造的に捉えてみると、人事評価制度は、人と組織の様々な領域と関わりをもっていることがみえてきます。例えば、キャリア開発支援や人材育成、D E & I、働き方改革といった人事の取り組みは、人と組織のマネジメントに深く関わるものです。

こうしたマネジメントに関わる人事施策を、人事評価制度改革とまったく別々に進めるのではなく、相互に良い意味で干渉し合い、相乗効果を生み出していくことが大切です。

米国では、そうした相乗効果の生まれている状態を「コヒーレンス」という言葉で表現されます。元々、コヒーレンスとは、波動が干渉しあい共鳴している状態を表す物理用語ですが、ここでは、企業におけるそれぞれの取り組みが連携し、共鳴し合うことで、単なる足し算を超えた価値を生み出すことができる状態を指しています。

例えば、人事評価制度改革とは別の施策によって、社員のキャリア開発の仕組みを導入する場面があるとします。その際には、マネジメント観(目標設定・評価のあり方)とキャリア観に一貫性があることが必要です。

仮に、人事評価制度では、アジャイルに価値を生み出すマネジメントを目指すのに、キャリア開発では、昇格や専門性向上だけの外的なキャリアパスを昇る計画的アプローチに焦点をあてていたら、現場社員としては矛盾に直面し、結果的に施策が形骸していく可能性もあるでしょう。

このように、人事評価制度はあらゆる人事施策と連動していくものであり、そのコヒーレンスの有無によって、効果性に違いが生まれます。

もちろん、最初からすべての施策の一貫性を高めることは困難です。それでも、一つひとつの施策において、自社が実現したいことは何か(2層)、根底に何を大切にしているのか(3層)を明らかにし、3層の整合性を図っていくことはできます。そうした日々の実践しながら、人事施策のコヒーレンスを高めるプロセスを歩んでいきたいところです。

4. ピープルセンタードのパラダイムで、共創的に変革を進める

第四に、人事評価制度を再考する際には、働く一人ひとりの大切にしている価値観を組織としてつなぎ合わせていく共創プロセスも大切です。

前章でも触れたように、人事評価制度の変化の潮流の背景には、「カンパニーセンタード」から、「ピープルセンタード」へのパラダイムシフトがあります。

従来のように組織と個人を主従関係(=カンパニーセンタード)で捉えた場合、組織が大切にしていると掲げたことを浸透させて、個人に同化を強いるプロセスでした。言い換えると、企業(組織)の掲げる3層モデルに、個人が一方的に従属している関係性だったと言えるでしょう。

今日、人と組織の関係性が変化していくなかで、人と組織の共創関係を軸にして人事評価制度を再考するとき、組織の掲げる人材ポリシーやフィロソフィが自分ごと化されなければ、それらは掛け声だけのスローガンになってしまいます。

働く一人ひとりが大切にしている価値観を共有し合い、それを組織として繋げあわせながら、自分ごととして企業の変革に参画していくプロセスが必要です。

実際の取り組みにおいては、自社の人事評価制度に関わる「3層モデル」の探求にあたり、以下の図のように、「働く一人ひとりの価値観・大切にしていること」を、その土台(4層)と捉え、積極的に現場社員と対話を繰り返して関わりながら、変革を進める取り組みも増えています。

5. 対話を通じた生成的アプローチをとる

最後に挙げるのが、「対話を通じた生成的な変革アプローチ」の観点です。

人事評価制度を通じて、実現したい状態へと変革を進めるために、対話を通じて生成的に変化を育んでいくアプローチをとります。

1章でも見たように、たとえ全体のデザインが為された制度を検討しても、想定通りに現場の運用が機能するわけではありません。実際の運用を通じて、3層の整合性を図り続け、実現したい変革へと働きかけていく必要があります。

その際に、人事はどのように現場を支援し、どのように仕組みの運用を高めていくとよいのでしょうか。今日の「制度のあり方」と「人事のあり方」の変化を踏まえながら、生成的アプローチの視点を解説していきます。

制度のあり方の変化

従来、人事に関わる仕組みを検討するときには、実現したい状態につながるように、なるべく緻密に仕組みを設計し、設計通り(ルール通り)に正しい運用を浸透させることが焦点になっていました。

そうした捉え方の前提にあるのは、人事管理の正しいやり方が存在し、そのやり方を組織の隅々にまで浸透させていくことで、公平性・効率性を担保した企業運営ができるというものです。

一方、変化の激しいビジネス環境と多様な働き方の広がる今日では、そうした前提は崩れつつあります。逆に、固定的な正しさを過度に追求することで、変化への対応を阻害し、「フィックスト・マインドセット」の助長にもつながります。

今日大切なことは、変化に対応しながら、常に実現したい状態に立ちかえり、自社のフィロソフィーやカルチャー、マネジメントのあり方を具現化するツールとして、仕組みと運用(1層)を進化・生成させていく視点をもつことです。

人事のあり方の変化

制度のあり方と同時に、人事のあり方や現場との関係性も変化していきます。従来の人事は、仕組みの正しいやり方を浸透させるアプローチが主眼にありました。それは、結果的に「間違えてはいけない」というようなフィックスト・マインドセットを規範にした役割だったと言えます。

今日の動的環境では、仕組みを活用して、いかに現場の主体的取り組みを促進するかが大切になります。そのためには、「実践を通じてより良くしていく」というように、グロース・マインドセットをベースとした役割へ、今日の人事のあり方が転換していると言えるでしょう。

生成的プロセスを通じて、学習・変化を促進する

人事の現場に対する働きかけのあり方も変化してきます。新たな人事評価制度を導入する時、丁寧なコミュニケーションは大切ですが、運用にあたっては、現場のリアリティとのギャップに直面すること機会があります。実際、最初から現場の誰もが順調に仕組みを活用されることは、ほとんどありません。2章でも示したように、実現したいマネジメント(仕組みの運用)に向けて、現場のマネジャーや個人の学習を促していく必要があるからです。

新たな仕組みによって、現場のリアリティと目指す姿のギャップに直面し、反発や違和感などのゆらぎが生じます。また、「評価への不満」「不公平感」といった、仕組み上で新たな問題が生まれることもあるでしょう。

従来的な人事のアプローチであれば、正しいやり方を浸透させて管理を強めたり、現場に合わせた仕組みへ変更し、その問題解消を図っていくことになります。

一方、そうした目の前の問題解消だけでは、現場の学習・変化は生まれません。無理矢理、仕組みのやり方を当てはめてれば、形骸化を招くことになり、現場の声に受け身で対応するだけでは、現状に仕組みをあわせていくことになります。

問題に直面するときに大切になのは、そうしたゆらぎと向きあいながら、根っこにある実現したいフィロソフィーをともに探求し、共通認識の意味を深めることで、実現したいカルチャーにつなげていくことです。

具体的には、問題やゆらぎが生まれた背景を探ったり、「その問題は、自分たちにとってどういった意味があるのか」、「実現したいカルチャーやマインドセットにとって、どういう意味があるのか」というように、目指すマネジメントに立ち返るダイアログを促進します。

ゆらぎは、現場のリアリティを直接表したものであり、リアリティから探求を深めるプロセスが、本当の意味でいきたカルチャーやマインドセットとして自分ごと化し、根付いていくものになります。

以上、変革を進める際に大切になる5つの観点について、ご紹介させていただきました。

1. 3層の整合性を図る
2. 人組織の課題を構造的に捉えてアプローチする
3. 他施策とのコヒーレンスを高める
4. ピープルセンタードのパラダイムで、共創的に変革を進める
5. 対話を通じた生成的アプローチをとる

こうした観点から見えてくるように、人事評価制度を再考するとき、大切なのは人事評価制度の内容にとどまりません。企業変革のアプローチや人事のあり方の違いによって、生まれてくる変化や価値は大きく異なってきます。

人事評価制度を通じて、自社の実現したい状態へと変革につなげるには、どのように検討や取り組みを進めるのか、変革のアプローチを見つめ直すことも、とても大切です。


人事評価制度を通じて、企業変革を具現化する(PMI Insight Report

Chapter 1:人事評価制度をめぐる、企業変革の課題

Chapter 2:今日の人事評価制度のあり方とは

Chapter 3:変革を具現化するアプローチ


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