プロセス・ガーデニング ─ 庭師の視点で、人と組織の変化を育てる
プロセス・ガーデニング
─ 庭師の視点で、人と組織の変化を育てる
株式会社ヒューマンバリュー 内山 裕介
昨今、激しい外部環境の変化や多様な働き方の広がりを背景にして、自社における人と組織のあり方を変革していこうとする企業が増えています。一方、組織の状況や文化は、組織によって様々なものです。人材開発・組織開発に携わる人にとっては、「自社の直面している課題に、どのような取り組みを行うべきなのか」「自部署では、自分自身は、どのような支援をすればよいのか」といった、それぞれの課題に悩みながら試行錯誤されている方も多いかもしれません。筆者自身、ご一緒するクライアントの方々とともに、こうした問いに向き合い、取り組んでいる一人でもあります。
そこで本稿では、人材開発・組織開発を通して自組織に合った変化を生み出すために大切な考え方として、私たちヒューマンバリューのメンバーが礎にしている「プロセス・ガーデニング」についてご紹介します。プロセス・ガーデニングは、私たちがどの取り組みにおいても大切にしている考え方であり、今日ますますその重要性が高まっているように感じています。
日々取り組まれている人材開発や組織開発の支援のあり方について見つめるきっかけにしていただき、ご自身にとっての具体的なプロセス・ガーデニング実践の可能性を考えたり、仕事で実際に活かせるヒントを見つけていただくなど、取り組む際の参考にしていただければ幸いです。
目次
1. 人材開発・組織開発に取り組むうえで、支援のあり方を考える
2. プロセス・ガーデニングとは
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1. 人材開発・組織開発に取り組むうえで、支援のあり方を考える
はじめに、人材開発や組織開発の取り組みというと、何が思い浮かぶでしょうか。
たとえば、集合型研修やOJTの仕組み、人事制度改革、未来に向けての対話の場づくりなど、具体的なアプローチは多岐にわたります。自社において、どんな組織を目指し、どのような取り組みを行うのか。取り組み内容の検討はもちろん重要です。
他方、こうした取り組み内容や学習内容を、仲間や組織のために良かれと思って精緻に検討したのに、現場では十分に役に立っていると思われない、逆に反発を受けてしまうという場面に直面したことはないでしょうか。取り組む中で「そもそも何でこれに取り組むのか……」「研修で正論を言われても現実は……」「こんなに忙しいのに研修か……」というような声が聞こえてくるなど、取り組みにブレーキがかかる場面も多く見受けられます。そこからは、取り組みの内容以上に「支援のあり方」が検討すべき重要なテーマであることがうかがえます。
誰かを助けたり支援するという行為は、支援をする側と受ける側で状況に対する立場や見方も異なり、心理的な影響も様々です。
組織心理学の大家 エドガー・シャインも言うように、支援とは、実際には複雑なプロセスになります。*
║ 人と組織の課題を捉える視点
支援の複雑性が高まっている背景には、今日の人材開発·組織開発の対象の多くが、「適応課題」に関わることが要因の一つとして挙げられます。ロナルド・ハイフェッツ氏のモデルを参考に下図に整理すると、私たちが直面する問題は、「技術的問題」と「適応課題」の2種類に分けて捉えられます。*
確立されている技術で解決できる技術的問題に分類される場合であれば、特定した問題に焦点を当て、それを解決するために専門家を雇ったり、既存の知識に基づいて解決することができます。たとえば、新入社員にビジネスマナーを身につけさせたいということであれば、専門家の方に研修を行っていただくことで、比較的容易に学習を支援できるかもしれません。
一方、組織の心理的安全性を育みたいといった、様々な要素や利害関係者が複雑に絡み合っているテーマの場合、これは「適応課題」と捉える必要があります。こうしたテーマでは、たとえば「うちの会社は、経営陣やマネジャーが……」「最近の若手は……」「そもそも、うちの会社は挨拶すらない雰囲気で……」というように、人によって捉え方も異なり、複雑性が大きく高まります。そうした問題は、関わる人たちが自分たちの習慣・価値観・信念によってつくり出していることも多く、多様な人々がそうした問題と向き合い、共に変化していくことを必要とする課題になります。専門知識に基づく正解はなく、専門家による介入だけでは解決することはできません。
すべての問題を「技術的問題」と「適応課題」にきれいに分類できるわけではなく、2つの要素が混合しているケースがほとんどですが、今日の組織に関わる人々に必要とされる学習・変化の多くは「適応」を要するものと言えるでしょう
║ 取り組みスタンスの違い
人材開発・組織開発の取り組むにおいても、適応を要する変化を育むには、その支援のあり方を捉え直す必要があります。
適応を要する取り組みを支援するには、権威を持つ人が知識を一方的に教えたり、メッセージを一方的に出し続けるようなアプローチは、その影響は限定的なものとなります。関わっている当事者が自分たちのつくり出している問題を共に見つめ直し、話し合いや相互作用を通して、新たな考え方やアイデアを生み出して関わり合う「場」を育む必要があります。
また、そうした学習や変化は、一時的な機会によって一朝一夕で起こせるものではありません。時間軸をもって状況を捉え、少しずつ学習・変化を育んでいけるように適切な「プロセス」支援を行っていく必要があります。
2. プロセス・ガーデニングとは
║ 支援のあり方を見つめる3要素
人と組織の学習・変化を創り出していくためには、こうしたスタンスを踏まえて取り組んでいくことが大切です。そこで私たちヒューマンバリューは、人材開発・組織開発で支援を行う対象を「コンテンツ」「場」「プロセス」の3つの要素で捉え、それぞれを丁寧に検討し働きかけるようにしています。
║ コンテンツとは
コンテンツは、どんな取り組みをするか、どんなテーマで何をするかといった、施策や取り組み内容の中身に関わるものです。
たとえば「研修のプログラム・教材」の内容や「制度や仕組み」の内容など、目に見えて話題にされやすいものとなります。
「コンテンツ」はもちろん重要で、その質によって、その後に起きる学習・変化に影響します。
一方、同じコンテンツでも状況や文脈が変わればその影響力は変わるため、この施策やプログラム(コンテンツ)をやれば必ずうまくいく、というものはありません。たとえば、全社的にマネジャー研修を実施し、ある部署では好評を得て変化を育む機会になっているにもかかわらず、別の職場では関心を得られず変化が起きないといった出来事は、よく起こります。これは、取り組みにおける「場」と「プロセス」の違いによるものです
「場」と「プロセス」は、施策やプログラムの内容(コンテンツ)にどのように取り組むのかという、進め方に関わるものです。
║ 場とは
「場」とは、ワークショップで学ぶ空間がどんな雰囲気で、人々がどのように関わり合っているかといった、人々が相互作用し関わり合う枠組みのことを指します。支援者も含めて、取り組む人たちの場がどのような質を帯びているかによって、相互作用のあり方が変化し、学習や探求の度合いが大きく変わります。
たとえば、権威的に感じる場なのか、互いにオープンに学びを深めやすい場なのかによって、人々の学習や変化に対する心理状態は変わり、起こる変化に違いが生まれてきます。実際の取り組みにおいては、会場の雰囲気やレイアウト、関わる人たちへの声かけの仕方、資材やオンラインツールの活用など、場に影響を及ぼす観点を押さえながら、実現したい状態に合わせた場づくりを行っていきます。
║ プロセスとは
「プロセス」とは、人や組織の学習・変化を時間軸で捉え、連続する取り組みの道筋のことです。学習・変化は一過性の取り組みで支援することは難しく、無数の機会が連続するプロセスを支援することによって徐々に育まれるものです。学習・変化を育む取り組みは、1回限りのイベントを計画するのではなく、プロセスで取り組みを徐々に進化させ、支援することが大切になります。
例を挙げると、研修やワークショップといった場を企画する際には、当日の場づくりだけでなく、事前にオリエンテーションを行って参加者の学習へのレディネスを高めたり、事後には学習の実践をフォロー(支援)する機会を準備することで、大きな違いが生まれてきます。
║ プロセス・ガーデニングとは
「コンテンツ」とは対照的に、「場」と「プロセス」は話題の焦点が当たりづらく、動的かつ曖昧にもなりやすいものです。しかし、前半でも述べたように、今日的な人と組織の学習・変化を支援するうえではとても大切な要素であり、人材開発・組織開発に取り組む際には、こうした視点をもつことが要となります。
それは、例えるならば、機械や建築物の緻密な設計士(デザイナー)というよりは、組織を生態系のように捉え、水や肥料を与えて土壌を整えながら時間をかけて植物を育てていく、庭師(ガーデナー)のような視点と言えるかもしれません。
ヒューマンバリューでは、「場」と「プロセス」を組織の変化や学び手の成長を生み出しやすい状態に創り上げていくことを「プロセス・ガーデニング」と呼んでいます。この言葉には、「学習や変化のプロセスを育む土壌を耕し、変化の芽を育てていく」という意味が込められています。
今後の記事発信について
ここまで、人材開発・組織開発を通して変化を生み出す支援のあり方として、「プロセス・ガーデニング」をご紹介しました。では、実際の組織において、場づくりを行うとは、プロセスを支援するとは、具体的にどのようなものでしょうか。
次回は、プロセス・ガーデニング実践の可能性やイメージをより広げていけるように、ヒューマンバリューでのストーリーも交えた記事をお届けすることを予定しています。
* 参照
『人を助けるとはどういうことか』 (著)エドガー・H・シャイン、英治出版
『最難関のリーダーシップ』 (著)ロナルド・A・ハイフェツ、マーティ・リンスキー、アレクサンダー・グラショウ、英治出版
『学習する組織 現場に変化のタネをまく』 (著) 高間 邦男、光文社