Web労政時報 第8回:経営陣と共に未来を創造する場づくりのポイント(全12回)
前回のコラムでは、今後の人事や人材開発の役割として、経営陣と未来を共創する場を築いていくことの重要性について紹介しました。しかし、いざ取り組もうと思っても、実際にそうした場がどのようなものなのか、想像しづらいところもあると思います。そこで今回は、私自身が実際に体験させていただいた例を紹介させていただき、経営陣と未来を共創する具体的なイメージや、場づくりのポイントについて探求してみたいと思います。
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ここでは、仮にA社とします。A社のCEOは、経営陣のチームとしての在り方を向上させていきたいと考えていました。具体的には、経営メンバー一人ひとりが、自部門の最適化を目指すのではなく、担当する部門の枠組みを超えて、全社的な視点に立ち、一丸となって価値創造・イノベーションに取り組めるようにしていかないと、この不確実な環境を乗り越えていけないという課題意識を抱いていました。
そこで、人事部のマネジャーと相談し、経営陣がワンチームとなり、将来のビジョンについて話し合うオフサイトの合宿を実施することになりました。(私自身は、人事部のマネジャーと協働して、合宿のデザインとファシリテーションをサポートさせていただきました)
そして迎えた合宿の当日、自然環境豊かな場所で開催されたミーティングは、とても和やかな雰囲気でスタートしました。これまで何度かチームビルディングの取り組みも行われてきたようで、事前に予想していた以上にメンバー同士の関係性も良さそうに見えました。
合宿の進行は、あらかじめラフにデザインしていたアジェンダに沿って行われましたが、最初は特に意見が対立することもなく、予定通りに進んでいきました。しかし、表面的には順調そうに見える一方で、どことなく当たり障りのない発言も多く、一人ひとりが自分の周りに殻を作って、お互いに踏み込んでいないようにも見受けられました。
そして、いよいよ今回の合宿の主目的である将来ビジョンについて話し合う段階になった時に、一人の参加者が、やや語気を荒らげて次のように発言しました。
私たちはこれまで、このメンバーで散々会社が目指すべきゴールや戦略、計画について議論してきました。今ここで将来のビジョンについて話し合う意味があるでしょうか? せっかく貴重な時間を割いているのだから、もっと意味のあることについて話しませんか?
こうした発言に、企画を進めていた人事部のマネジャーも少し動揺しました。経営陣がワンチームになるためには、目指したい姿を共有することが不可欠だと考え、丁寧に場づくりを進めていましたが、準備してきた合宿のコンセプトそのものが覆りそうになったからです。
そのまま無理に当初のアジェンダを進めることもできたかもしれませんが、それでは表面的な話し合いが続くだけになってしまいます。人事部のマネジャーと相談し、経営チームの想いを真摯に受け止め、あらためてみんながこの合宿をどういう場にしていきたいかを話し合い、そこからアジェンダを組み直すことにしました。
メンバーからは、「少なくとも今のこのチームの現在の課題や、それぞれが仲間に対して疑問があることを共有したい」といった声が多く聴かれたので、一人ひとりが体験から感じている率直な想いをオープンに話し合っていくことにしました。すると、それまで儀礼的会話に終始していたところから、少しずつ本音の想いが吐露され始めました。「リーダーは弱みを見せてはいけない」という固定観念が崩れ、率直な悩みなども話されました。時には、お互いに対する厳しいフィードバックも行われ、場が混沌(こんとん)とする場面もありましたが、一方でこれまで見えていなかったメンバーの強みや信条も見えてきて、徐々にお互いを受容し合う関係性ができてきました。
そうした話し合いを続けているうちに、一人のメンバーから
私たちはこれまでビジネス上のゴールや計画については散々話し合ってきたけど、個々人がどんな夢があるのかといったことについては話したことなかったね
という声が出ました。そこで、あらためて当初の合宿の趣旨に立ち返り、一人ひとりがどんな未来を実現していきたいのかを物語ることにしました。
「働いている人が成長できる場を会社の中に創っていきたい…」「商品に愛情を持てるようにしたい…」「実は定年までこの会社で働き続け、恩返ししたいと思っている…」など、自身の体験をベースにした「在りたい姿」が内省的に語られました。それぞれの在りたい姿は異なるものだったかもしれませんが、ビジョンを共有する中でチームが一つになっていく様が感じられました。
そして、合宿の最後には、在りたい姿に向けて取り組んでいくことが自然と話し合われました。「クロスファンクショナルでこうした取り組みができるのではないか」「経営チームが一丸となって、いかにグローバル・マーケットに働きかけていくか」といったように、これまでにはなかった外向きで創造的なアイデアがたくさん生まれてきました。
参加したメンバーからも「難しいミーティングだったけれど、すごくいいチームになれたと思う」といった感想が共有されました。その後も、合宿での話し合いを思い返しながら、チームとしての進化が続いているようです。
サポートさせていただいた私自身にとっても、印象に残る体験でしたが、あらためて振り返ってみて、何がポイントだったのかを考えてみると、一番大きかったのは、経営陣の想いに寄り添いながら、アジェンダすらも自分たちで生み出していったことが挙げられるように思います。
企画をされた人事部のマネジャーも、先が見えない展開に不安を感じることもあったかと思いますが、みんなの力を信じて、起きていることに身をゆだねられた姿勢が素晴らしかったように感じました。
役員合宿などを企画する際には、事前に議題や話し合いの手法が決められ、あらかじめ想定された落としどころへと導かれるといったことが行われがちです。しかし、そうした予定調和的な取り組みでは、既定の役割を演じさせられてしまい、メンバーの個人の経験や想いは活かされず、創造的な未来は生み出されません。
これまでの経緯を踏まえて、今の皆の想いからアジェンダを生み出し、皆で話し合ってプロセスを織り成していくことが重要です(私たちは、こうしたプロセスを、通常のファシリテーションではなく、「ジェネレイティブ・ウィービング(Generative Weaving)」と呼んでいます)。こうした生成的な場づくりに対する知識や経験を高めていくことが、今後の人事・人材開発にとって、重要であると思います。
Web労政時報HRウォッチャー2015年1月30日掲載
第8回:経営陣と共に未来を創造する場づくりのポイント(2015年1月30日)