しんくみ連載

しんくみ連載コラム 第3回:ポジティブ・アプローチが職場に活力を生み出す

職場を活性化させようと考えたとき、どんなアプローチから始めていけばよいだろうか? 

関連するキーワード

問題解決型アプローチの限界

職場を活性化させようと考えたとき、どんなアプローチから始めていけばよいだろうか? たとえば、満足度調査などを行って、組織のどこに問題があるのかを明らかにし、原因や解決策を考えさせ、施策を打ち出すようなやり方がとられることもあるだろう。

これは「問題解決型アプローチ」と呼ばれ、私たちも慣れ親しんだやり方であるため、安心して取り組める。一方で、問題を指摘されることで、組織に否定的な感情や疲弊感が生まれたり、外部から押し付けられた施策がメンバーのやらされ感につながるなど長続きしないことも多く、実際にはこうしたアプローチだけでは組織が活性化することは少ない。

ポジティブ・アプローチの推進

そうした背景もあり、近年では、「ポジティブ・アプローチ」を基本の考え方として活性化に取り組むことが増えている。
これは、昨今の心理学の大きな潮流であるポジティブ心理学に裏付けられている。図1に示すように、問題ではなく、自分たちの強みや価値に焦点を当てる。

そして、「あるべき基準」を外側から押し付けるのではなく、全員参加で「ありたい姿」を考え、その実現に向けた新しい取り組みをみなで主体的に始めていく。このアプローチのもとでは、自分たちのポジティブな強みが認識されるとともに、ありたい姿が自分たちの内側から出てくるので、関わる人々に自信が出て雰囲気が明るくなり、チャレンジ意欲や主体性が高まりやすいといった特徴がある。

変化が激しく、正解が見えづらい現在においては、あるべき基準を設定して問題解決型アプローチで取り組むよりも、関わる人々の主体性を重視するポジティブ・アプローチのほうが新しいアイデアや創造的なプランが生まれやすく、変化が継続し、効果につなげやすいだろう。

職場での実践

では、自職場でポジティブ・アプローチを実践するとは具体的にどんなイメージだろうか? やり方は様々だが、ポイントとなるのは、ポジティブ・アプローチに基づいた会話を日常の仕事やコミュニケーションの中にデザインしていくことにある。

たとえば、お手伝いしているある企業では、それまで期首に個人やチームが目標を設定する際には、上位の目標や方針が下りてきて、その理解をいかにメンバーに促し、効率的に進めるか、また前期に未達だった課題をいかに改善できるかといったことのみに焦点が当てられていた。

しかし、それだとメンバーは言われたことはきちんとやるが、当事者意識に欠け、言われたこと以上の取組みが生まれず、全体的に受身的・非協力的な雰囲気が蔓延していた。そこで、ポジティブ・アプローチを適用し、ただ上から目標を落とすのではなく、一人ひとりが今期の仕事を通じて、どんな状態を実現していきたいかについても考えてもらい、チーム内でオープンに共有し、みなで「ありたい姿」を描くことにした。

その際、みなが考えやすいように、ポストイットとサインペン、模造紙を用意して、たとえば「自分自身の成長は」「チームの関係性は」「仕事の進め方は」「お客様への価値は」のようにいくつかフレームを設けて、今期が終わったときにどんな状態が生まれているといいかを現実の制約を脇に置いて自由に記入してもらい、お互いに読み上げていった。

最初こそ戸惑いもあったが、ありたい姿を考えるプロセスは、本質的に楽しいものである。「たくさんの笑顔が職場にあふれているといいな」「困ったときにお互いに助け合えている」「上質なサービスに、お客様が心から喜んでいる」など、様々な想いが共有された。

普段一緒に仕事をしていても、業務に必要な会話しかなかったような職場において、各自の想いを率直に聴ける体験は新鮮だったようだ。「それぞれ考え方は違っても、みなが共感し合える想いを持っているんだな……」といった感想も聞かれ、チームにポジティブな雰囲気が生まれ、一体感も高まった(こうしたポストイットを使った話し合いは、シンプルだが、とても効果的で、多くの職場で活用されている。)

そして、共有された「ありたい姿」と今期の目標を照らし合わせながら、各自が何に取り組むか、お互いの強みを生かしてどう支援し合えるかをチームで話し合うことで、目標に対する意味づけが高まり、自律的なプロジェクトや協力関係が生まれるなどの変化が起きた。

問題に対してもやらされ感ではなく当事者意識を持って向き合うことができるようになった。その後も、こうした話し合いを継続し、お互いの強みや価値をフィードバックする機会も設けながら、自分たちで活力を生み出していく文化が少しずつ根付いていった。

この例のように、ポジティブ・アプローチを取り入れることで、委縮していた思考を解放し、信頼関係を築き、みなが前向きな一歩を踏み出すことにつなげていける。
活用の場は日常にたくさん存在している。たとえば、部下の育成を考えるときも、本人が生き生きと取り組めた仕事の体験などを一緒に振り返りながら、強みや価値をどう伸ばせるかを探求してもいいかもしれない。

あるいは、サービス改善に向けて、お客様からいただいたポジティブなコメントをもとに自分たちの価値を再確認し、どんなサービスにしていきたいかをオープンに話し合えると、創造性に富んだアイデアが出やすくなるかもしれない。こうした場を意識的に創り出していくことで、強みやありたい姿にフォーカスした会話を育んでいくことが活性化された職場づくりにつながるであろう。


全国信用組合中央協会機関紙「しんくみ」連載コラム-今日から始める「いきいき職場」づくり~職場活性化の実践~ 2016年6月掲載

第3回:ポジティブ・アプローチが職場に活力を生み出す(2016年6月)

関連するメンバー

私たちは人・組織・社会によりそいながらより良い社会を実現するための研究活動、人や企業文化の変革支援を行っています。

関連するレポート

次世代リーダーシップ創造に向けたシステム思考学習の可能性〜東京都立日比谷高等学校における実践から考える〜

2024.11.05インサイトレポート

株式会社ヒューマンバリュー 主任研究員 川口 大輔 システム思考は、複雑な問題の本質を理解し、長期的な視野から変革やイノベーションを生み出していく考え方であり、社会課題にあふれた現代に生きる私たちに必須の思考法です。 ヒューマンバリューでは、これまで長年にわたりビジネスパーソンに対してシステム思考を広げる取り組みを行い続けてきましたが、今回、東京都立日比谷高等学校の生徒19名に対して、システム

【Rethink -組織開発を再考する対話会 実施レポート】第4回:OSTの体験から、自律分散・自己組織化型の変革を考える

2024.08.28インサイトレポート

【Rethink:組織開発を再考する対話会】の第4回目を、2024年7月9日(火)にオンラインで実施しました。今回のテーマは、「OSTの体験から、自律分散・自己組織化型の変革を考える」でした。本レポートでは、対話会当日の様子や参加者の皆さま同士の対話から生まれた気づきをご紹介できればと思います。

【Rethink -組織開発を再考する対話会 実施レポート】第3回:人間性を回復し、ソーシャル・キャピタルを育むワールド・カフェの可能性

2024.02.08インサイトレポート

【Rethink:組織開発を再考する対話会】の第3回目を、2024年1月18日(木)にオンラインで実施しました。今回のテーマは、「人間性を回復し、ソーシャル・キャピタルを育むワールド・カフェの可能性」でした。本レポートでは、対話会当日の様子や参加者の皆さま同士の対話から生まれた気づきをご紹介できればと思います。

コラム:ピープル・センタードの人事・経営に向き合う5つの「問い」

2022.10.28インサイトレポート

株式会社ヒューマンバリュー 取締役主任研究員 川口 大輔 「人」を中心に置いた経営へのシフトが加速しています。パーパス経営、人的資本経営、人的情報開示、ESG経営、エンゲージメント、ウェルビーイング、D&I、リスキリングなど様々なキーワードが飛び交う中、こうした動きを一過性のブームやトレンドではなく、本質的な取り組みや価値の創出につなげていくために、私たちは何を大切にしていく必要がある

自律分散型組織で求められる個人のマインドセット変容

2022.10.19インサイトレポート

株式会社ヒューマンバリュー 会長高間邦男 今日、企業がイノベーションを行っていくには、メンバーの自律性と創造性の発揮が必要だと言われています。それを実現するために、先進的な取り組みを行う企業の中には、組織の構造を従来の管理統制型のピラミッド組織から自律分散型組織に変えていこうという試みをしているところがあります。それを実現する方法としては、組織の文化や思想を変革していくことが求められます

組織にアジャイルを獲得する〜今、求められるエージェンシー〜

2022.01.20インサイトレポート

プロセス・ガーデナー 高橋尚子 激変する外部環境の中で、SDGsへの対応、イノベーション、生産性の向上などの山積するテーマを推進していくには、組織のメンバーの自律的取り組みが欠かせません。そういった背景から、メンバーの主体性を高めるにはどうしたら良いのかといった声がよく聞かれます。この課題に対し、最近、社会学や哲学、教育の分野で取り上げられている「エージェンシー」という概念が、取り組みを検討

アジャイル組織開発とは何か

2021.10.25インサイトレポート

株式会社ヒューマンバリュー 会長 高間邦男 ソフトウエア開発の手法として実績をあげてきたアジャイルの考え方は、一般の企業組織にも適応可能で高い成果を期待できるところから、最近では企業内の様々なプロジェクトにアジャイルを取り入れる試みが見られるようになってきました。また、いくつかの企業では企業全体をアジャイル組織に変革させるという取り組みが始まっています。本稿ではこういったアジャイルな振る舞いを

<HCIバーチャル・カンファレンス2021:Create a Culture of Feedback and Performance参加報告> 〜「フィードバック」を軸としたパフォーマンス向上の取り組み〜

2021.10.01インサイトレポート

2021年 6月 30日に、HCIバーチャル・カンファレンス「Create a Culture of Feedback and Performance(フィードバックとパフォーマンスのカルチャーを築く)」が開催されました。

コラム:『会話からはじまるキャリア開発』あとがき

2021.08.27インサイトレポート

ヒューマンバリューでは、2020年8月に『会話からはじまるキャリア開発』を発刊しました。本コラムは、訳者として制作に関わった私(佐野)が、発刊後の様々な方との対話や探求、そして読書会の実施を通して気づいたこと、感じたことなどを言語化し、本書の「あとがき」として、共有してみたいと思います。

ラーニング・ジャーニーが広げる学びの可能性〜『今まさに現れようとしている未来』から学ぶ10のインサイト〜

2021.07.29インサイトレポート

過去に正しいと思われていたビジネスモデルや価値観が揺らぎ、変容している現在、「今世界で起きていることへの感度を高め、保持し続けてきたものの見方・枠組みを手放し、変化の兆しが自分たちにどんな意味をもつのかを問い続け、未来への洞察を得る」ことの重要性が認識されるようになっています。 そうした要請に対して、企業で働く人々が越境して学ぶ「ラーニング・ジャーニー」が高い効果を生み出すことが、企業の現場で認

もっと見る