「静かな退職」から「静かな成長」へ<学習する組織ショート・コラム第2回>
本連載では、学習する組織や組織開発の考え方や洞察をビジネスの文脈に照らし合わせて、短いコラムとして紹介しています。今後の組織づくりに役立つヒントやインスピレーションを得る機会となれば幸いです。
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昨年(2024年)は、日本においても「静かな退職(Quiet Quitting)」という言葉をキーワードとして耳にすることが増えました。もともと海外のZ世代を中心にTikTokなどで広がった言葉ですが、日本においても日経、東洋経済、朝日新聞など主要なメディアのヘッドラインを賑わすほど認知度が高まってきたと言えます。
静かな退職とは、実際に退職するのではなく、仕事はしているけど退職しているというような状態、つまり、あまり会社に期待しないで最低限の仕事をこなすような働き方、生き方を指します。
その背景には、社会や会社との間で、これまで健全な関係性を築けなかったことの影響もあり、会社に変に期待せず、時間的あるいは身体的なリスクを負ってまで仕事に邁進するようなスタンスを持たないといった考え方があるようです。
また、ゴールが見えづらく、こうすればこう成長できるといった実感がもちづらい現代のビジネス環境や、主体性や個性を大切にすべきという社会的メッセージに反して、会社に入ると規律が重んじられるという「ダブルバインド」も影響していると思われます。
もちろん、昔のようにがむしゃらに働くことが正解ではありませんし、現在は多様な働き方や価値観が大切にされる時代です。しかし、こうした静かな退職のような状態が続くことは、1日の大半の時間が無為に過ごされることでもあり、それは個人の幸せにとっても、組織や会社にとっても望ましいこととは言えないでしょう。
実際に若手や次世代リーダーの育成に取り組む企業の人事担当者やマネジャーの方からも、「仕事を給料を得るための手段とどこか割り切っているように見える」「自分の役割を限定的に捉えてしまい、チームや会社全体への貢献意識が感じられない」「改善点を指摘されると、防御的になったり、モチベーションを失う」といった悩み相談を受けることもあります。
しかし、こうした相談を受けながら、どこか違和感を抱くこともありました。そもそも世代で括ることの違和感であったり、仕事で若いメンバーにインタビューを行った際に、よく話を聴いてみると、本当に多様なことを考えていることが伝わってきたり、新しいチャレンジに柔軟に取り組む姿勢に感銘を受けたりすることも多々ありました。 学習する組織のディシプリンに「メンタルモデル」がありますが、これは自分たちのものの見方で世界が規定されるという考え方です。「静かな退職」というキーワードを作り、表面的な事象で世代を括り、そうした存在と決めつけ、腫れ物を触るように対応したり、会社に居続けてもらうために安易な福利厚生施策に走るような対応は、こうしたメンタルモデルを強化することにも繋がりかねません。
「静かな成長(Quiet Thriving)」に目を向ける
そんなことを考えている際に、セラピストのレスリー・アルダーマン(Lesley Alderman)氏がワシントン・ポストに投稿した記事が目に止まりました。
「You’ve heard of ‘quiet quitting.’ Now try ‘quiet thriving.’( 「静かに辞める」という言葉を聞いたことがあるだろう。今度は「静かに成長する」を試してみよう。)」という記事の中で、彼女は「静かな成長(Quiet Thriving)」という考えを述べています。
それは、やる気をなくして最低限のことしかしない「静かな退職」の反対語であり、ストレスや不満がたまる状況においても、何か具体的な行動を取り、精神的な変化を起こすことで、仕事に少しずつエンゲージしていくことを提唱したキーワードです。記事の中では、「何か1つ好きなことを探す」「大きな目標ではなく、日々に意図をもつ」「仲間を探す」など、静かな成長につなげるための10のティップスが紹介されていました。
個人的には、こちらのキーワードの方がしっくりときます。
変化が激しく、先が見通しづらい現在においては、特に若い世代において、大きなビジョンや達成感を得ることを目指して、仕事を成し遂げていくというよりも、もう少し身近な手触り感のある成功に喜ぶ傾向も高まっているように感じています。
日々の仕事の中で、「ちょっと認めてもらえた」「成長できた」「お客さんに喜んでもらえた」といった、日常の小さな成功を軸に自分で自分の仕事をコントロールすることを学び、小さなやりがいや自律的な成長につなげていく。当たり前のように聞こえるかもしれませんが、そうした機会が今相対的に減少しているのかもしれません。
職場を「静かな退職」ではなく、「静かな成長」というメンタルモデルで眺めてみると、何が変わるでしょうか。
たとえば、1年に1回のフィードバックではなく、1on1やチーム・ミーティングの中で、小さな変化を振り返られるようにすると、日々の喧騒の中においても気持ちを整えて成長に向き合うことができるかもしれません。ヒューマンバリューでは「ポジティブ・リフレクション」という振り返りの方法を提唱していますが、定期的にそうした場を持つことの意義をこれまで以上に実感しています。
また、キャリア開発支援においても、明確なキャリア・プランやキャリア・パスを明らかにするといった大掛かりな取り組みに入る前に、自分の視野や行動範囲が広がるような小さな目標を意識できるといいかもしれません。ヒューマンバリューでは、「ワーク・イニシアチブ行動」という未来を切り拓く行動様式を明らかにしていますが、そうしたものも参照していただけると良いでしょう。
人材開発の体系も、数年に一度の階層別研修のような形から、より頻繁にお互いから学び合えるソーシャル・ラーニングを軸に見直すこともできるかもしれません。 2025年は、静かな退職ではなく、静かな成長がキーワードになる、そんな年にしていきたいものです。