経営者に今投げかけたい問いは?<学習する組織ショート・コラム第3回>
本連載では、学習する組織や組織開発の考え方や洞察をビジネスの文脈に照らし合わせて、短いコラムとして紹介しています。今後の組織づくりに役立つヒントやインスピレーションを得る機会となれば幸いです。
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学習する組織を実現する上で、経営層の果たす役割は大きいと言えます。ヒューマンバリューでも近年、経営のリーダーシップ開発やビジョン策定、さらには経営合宿のサポートなど、経営層を対象とした支援を行う機会が増えてきています。
その目的は多様です。たとえば経営陣のチームワークを高め一枚岩となって経営に臨める体制をつくりたい、戦略を再確認し方向性を統一したい、外部環境への洞察を高め変革の準備を行いたい、経営者一人ひとりの組織への影響力を高めたい、など様々なものがあります。
中でも特に昨今では、「経営の視座を高めたい」という声を聴くことが多くあります。経営の目線が低く、短期的・サイロ的な視点しか持てないと、当然ながら組織全体の視座も低くなります。現在は経営層の能力以上に、器や視座が、会社の方向性を規定する時代といえるかもしれません。
そうした経営層の支援になればとの想いから、ヒューマンバリューでは、2023年7月に、書籍「GROW THE PIE」を翻訳出版しました。
ロンドン大学ビジネススクールのフィナンスの教授であるアレックス・エドマンズ氏による同著は、企業が短期的な利益を追求するのではなく、社会的価値を創出することで、長期的な成長と短期的な利益の双方を実現する道を示しています。そして、最新のデータと実例を用いて、限られたパイ(価値)をステークホルダー同士で奪い合うのではなく、協働してパイ(価値)を広げるアプローチの重要性を語っています。
学習する組織のディシプリン(規律)の1つに「システム思考」がありますが、これは短絡的な対症療法に走るのではなく、長期的に好循環を育んでいく考え方です。「GROW THE PIE」の著書は、システム思考に触れられているわけではありませんが、システム思考を経営に取り入れるエッセンスが多く入っており、経営層にぜひ読んでもらいたい一冊です。 エドマンズ教授のアプローチでは、経営者は単なる利益追求者ではなく、「社会の価値を創造するアーキテクト」として捉えられています。経営者は、企業が長期的に社会に貢献しつつ、すべての関係者にとって持続可能な成長を実現するためのリーダーシップを発揮することが求められています。
どんな問いを経営に投げかけるか
そうした視座を経営層が持つためには、「どんな問いを投げかけるか」が重要であると説かれています。アインシュタインの有名な言葉に、「いかなる問題も、それが発生したのと同じ次元で解決することはできない。」とあるように、問いの質が経営の次元を決めると言えるでしょう。
あらためて振り返った時に、経営会議ではどのような問いが議論されているでしょうか?
たとえば、
- 次の四半期で売上を最大化するための価格戦略をどうすべきか?
- 利益を最大化するために、どのコストを削減すべきか?
- 競合A社の新製品に対抗するために、我々も同じ機能を追加するべきではないか?
- B社が今年の報告書で環境貢献を強調しているが、我々も何か急いで対応すべきか?
- 業界平均の利益率はX%だが、なぜ我々はそこに届かないのか?
- 各部門のKPIを最大化するにはどうするか?
- 離職率を下げるためにはどうしたら良いのか?
- …etc.
こんな問いが思い浮かぶかもしれません。もちろん、これらも経営において重要な論点ですが、経営の役割を「社会の価値を創造するアーキテクト」と捉えたとき、これだけではパイの拡大にはつながらないかもしれません。
これに対し、エドマンズ教授は、同著の中で、企業がパイを拡大することを後押しするために、次のような問いを投げかけることを勧めています(書籍では「投資家からの質問」という形で紹介されています)。
企業経営者への質問
<パーパス>
- 貴社のパーパスは何ですか。それを達成することが、社会及び貴社の成功にどのように寄与しますか。パーパスから省いた内容は何ですか。それはなぜですか。
- パーパスの実践状況を測定するものとして、どのような先行指標と遅行指標を使っていますか。
- パーパスをどのように内部に――取締役会や現場レベルに――定着させ、外部に発信していますか。これまでにどのような段階を踏みましたか。また、どのようなプロセスを実践していますか。
- 最近パーパスに基づいて下した判断のうち、株主価値だけが目的だったら下していなかったものの例を教えてください。
<卓越性とイノベーション> - 株主価値だけでなくステークホルダー価値を向上させるために、卓越性を得ようとしてきた分野の例を教えてください。
- 社会に価値をもたらすために最近実行したイノベーションは何ですか。
- 貴社の主な比較優位の源は何ですか。それを社会課題のためにどのように展開していますか。
<ステークホルダーとトレードオフ> - 貴社の従業員及び主要ステークホルダーの主な懸念事項は何ですか。また、貴社がそれに対処するために取った具体的なアクションを教えてください。
- ステークホルダー間のトレードオフをどのように管理していますか。最近トレードオフを迫られた例を教えてください。
- ステークホルダーに対する投資の中で、却下するものをどのように決めていますか。最近下した判断のうち、社会的な好ましさよりも商業的必要性を重視して下したものの例を教えてください。
これらは投資家視点での問いになりますが、こうした問いに経営としてどのように答えていくかを考え、対話し、実行に移していくことが、経営層の視座を高めることにつながります。エドマンズ教授も、カスタマイズして活用することを推奨していますので、こうした問いを参考に、自社の経営層とともに考えたい問いを検討してみるとよいでしょう。
本連載をお読みいただいている方は、人事領域で活躍されている方が多いと思われます。以前に、スイスのIMD(国際経営開発研究所)の名誉教授であり、多くの経営幹部を育成してきたトーマス・マルナイト氏に、これからの人事のあり方を尋ねたことがあります。
その際、氏は「質問を投げかけなさい。私たちができる最も重要な役割は、リーダーにチャレンジングな質問を投げかけることです。」と語っていたことが印象的でした。 私たちの問いの質こそが、組織や経営の方向性を決めるーーそんな姿勢を大切に私自身も引き続き経営支援に取り組んでいきたいと思います。
学習する組織ショート・コラム
<第1回>ビジョンは「浸透」させるもの?
<第2回>「静かな退職」から「静かな成長」へ